野生の証明
〜バンギラスギルド、アブソルの部屋21:00〜
取材も終えて休暇も終え、アブソル達は遂にヘルガーとその仲間を潰す為の遠征に行く事が決まった…キングドラ曰く、早めに行ったほうが被害を小さく出来るかもしれん……との事だったので行くのは明日の早朝…急だか妥当な判断だ…戦闘に備えて早めに寝るのも良いと思ったがやめておく…話しておきたい人がいるのだ…。
コン…コン…コン…。
リオル「先生…俺です…入っても大丈夫ですか?」
アブソル「あぁ…鍵は開いてるよ。」
リオル「し、失礼しまーす…。」
さて、話しておきたい人とはもちろんこのリオルの事だ…食堂で軽く話すことはあったが周りの視線がある以上、深追いした質問は出来ない…今回2人きりにしたのはその為だ…。
リオル「………………。」
アブソル「そ、そう緊張しなくても大丈夫だよ?正座も崩して楽な体制で…ね?」
リオル「あ、はい…では…お言葉に甘えて……。」
アブソル「明日のこともあるのにこんな時間に来てもらってごめんね…実は君にいくつか聞いておきたいことがあってさ……。」
リオル「俺は大丈夫ですよ!先生からお呼びがあれば尚更です…で、聞きたいこととは一体……。」
アブソル「そっか…良かった、じゃあ早速、君はいつから僕を知っていたのかな?」
リオル「…………はい?」
急だがこれが第一の疑問だ…この子、リオルは正直言って見覚えがない…なのにこの子は自分のことを知っていた…しかも技や戦闘スタイルもだ…彼のメモ帳を見た所、自分の攻撃法…槍、ナイフを使ったものまで書かれている…ここがおかしい…槍ならともかく、ナイフはヘルガーと戦った時にしか使ってない筈なのだ…。
アブソル「…覚えてない……かな?」
リオル「いえ…それは…その…先生がヘルガーと戦ってるのを…真近で見てましたので…。」
アブソル「見てた……?」
リオル「はい!えっと確か…海岸洞窟の時に!」
ヘルガーと始めて戦った場所!?確かにあそこは広かったが…気配はヘルガーのものだけだった筈……どういう事だ?
リオル「あの時俺はちょっとした探検気分で洞窟内に入り込んでたんです…しかしその時にあいつ(ヘルガー)が攻めてきて…俺も逃げようとしたら…その、目の前で顔を潰されたアメタマを見たら動けなくなってしまって……。」
アブソル「ごめん、もういい…この先は分かったかも…恐怖で動けなくなった所で僕が来たんだね。」
リオル「はい!あの金属の武器を持ったヘルガーに一人で諦めず挑むアブソルさんに私は気がついたら目が離せなくなっていました…そのせいでアイツに見つかりましたが……。」
そうか…ここからリオルは自分のことを知って…まて…見つかった…アイツに!?
アブソル「ねぇ…今、見つかったって……?」
リオル「あ、そうでした…先生は撃たれて気絶してましたね…あの後介抱に入ろうとしたら足音を立ててしまって…その音を聞きつけてか戻ってきたアイツに…俺は…。」
リオルはここで俯いてしまう…視線の先は…横…アブソルから逸らして…いや……背中か?
アブソル「リオル…背中をよく見せてくれないかな?」
リオル「…構いませんけど……?」
思ったよりもあっさりリオルはアブソルに背を向ける…その背に傷はほとんど残っていなかった…がよく見ると右端にはまだ治りきっていないものがある…その跡を見る限り、余程残酷に…袈裟に切られたのだろう…治癒が間に合ってない…。
アブソル「……ごめんよ…僕がもっと強ければ……。」
リオル「せ、先生が謝ることはありません!俺の注意不足が招いた事ですから!」
アブソル「しかしそのせいで君は……!」
リオル「俺!そうやって周りを考えて動く先生の所憧れます!」
アブソル「……え?」
アブソルが言う前にリオルは続けた…その言葉にアブソルは何を言おうとしたのか忘れてしまう……それほどまでに衝撃が強かった。
リオル「えっと…なんて言ったらいいんですかね…俺、生まれてからずっと一人だったんですよ…なのでその、誰かの為に動くーとか、大切な何かの為に守るーとか、そう言うことが…誰かの為に行動するのがよく分からなかったんです。」
アブソル「一人…今までかい?」
リオル「えぇ…親なんて影も形もありませんでした…あるのは木などの自然ばかり…今ではこの通りすっかり慣れましたが…改めて考えてみると異常だったかも知れませんね、ハハッ。」
生まれてから……今まで一人で生きてきたのか……?誰にも頼らずに?何も学ばせて貰うことなく独学で知恵を身につけてきたのか……?元人間の自分からしたらこの子の言う通り、その光景は……異常でしかないぞ!?
リオル「だから気になって自分なりに動いてみたんです!見るだけじゃなく師匠に聞いて、デンリュウさんや親方、キングドラさん、キュウコンさん、いろんな人に聞いて見たら…何となくですけど…分かるんですよ、先生がどうして一人で挑んでいくのかが…周りが見たら何を阿呆なと思うかもしれない…でも!俺はそんな先生を聞いて無謀とは考えれないんです!むしろかっこいいと思います!」
アブソル「僕が……かっこいい……?」
リオル「そうです!先生がとった行動は無謀ですが間違えじゃ無かったんですよきっと!寧ろ模範解答として誇っても良いくらいでは無いでしょうか?」
リオル「俺、守る為に戦うことは間違いじゃないと思います!」
〜アブソルの部屋、22:00〜
リオル「先生!今日はありがとうございました!」
アブソル「あ、うん…早めに寝るんだよ…。」
リオル「分かってますよ!先生、明日は頑張りましょう!」
リオルはドアを閉めると自室へと走っていく…。アブソルはまだベッドに座ったままだった…。
アブソル「はぁ…何となく合点がいったよ……シルヴァ。」
シルヴァ「そ、そうですか……それは良かったですね、マスター……。」
アブソル「……。」
シルヴァ「…………………………あの…マスター?」
アブソル「ん?」
シルヴァ「いつから気づいてました?」
アブソル「リオル君の失礼しまーすから。」
シルヴァ「ほぼ最初からじゃないですか!?なんで部屋に入れてくださらないのです…壁に捕まって待機するのも辛いんですよ……マスター?」
アブソル「は、はぁ……。」
いや、盗み聞きされつつリオル君に見つからないように目線を誘導するこちらの身にもなって欲しいんだが!?というツッコミは心の中で入れ、この際シルヴァにも……聞いてみるか。
アブソル「シルヴァ…リオル君のこと…どう思う?」
アブソルがリオルの名を口にした途端、シルヴァはふざけてやっていた嘘泣きを辞める…すぐに元の主従関係に戻すと彼女は真剣に答えてくれた。
シルヴァ「そうですね…始めから聞いていましたが…マスター…結論から言うとあの子はマスターの感情の一部だけ強いタイプです。」
アブソル「感情……一部?詳しく聞いてもいいかな?」
シルヴァ「はい、暫くあの子と特訓に付き合ってきましたが…そこでふと疑問に思ったのです、私が実践のつもりでぶつかれ、と言っても…あの子は笑顔で向かってくるのですよ…拳を構えて。」
アブソル「…サイコパス?」
シルヴァ「サイコ…?」
アブソル「いや、殺人鬼を意味する言葉なんだけど…ごめん、逸れた…続けて。」
シルヴァ「あ、はい…要するにあのリオルには…感情が無いのではと思うんです。」
アブソル「感情が…無い?」
シルヴァ「具体的に言うと喜怒哀楽、この四つを活かしたものの使い方が理解しきれていないのでは無いでしょうか?」
アブソル「確かに…リオル君は一人で生きてきたし…それに守る、ということに重視してる気がする……。」
シルヴァ「はい、しかし守るにも種類は沢山あります、己の為に守るのか、他人の為に守るのか…従うことの喜びを携えて騎士のように守るのか、怒りをこめて一人で敵を穿つ守りか、悲しみに打ち震えた選択肢の途絶えた守りなのか…ゲーム感覚の面白半分の舐めた守りなのか…それぞれどの思いが込められるかで…力の出し方は大きく変わります。」
アブソル「うん…だけどリオル君の幼いままの感情では…。」
シルヴァ「…自然によって鍛えられた洞察力、身体能力、それを支えるスタミナ…隠能力、あの子は今までの暮らしの中で当たり前のように戦闘の基礎を身につけています…それが揺らぎやすい感情だけで…単純な喜怒哀楽で変わるとしたら…マスターの言うとおり、まさにサイコパスの完成ですよ……。」
アブソル「周りに他の人がいないせいで狂気の一歩手前か…純粋がここまで恐ろしいとは…。」
シルヴァ「リオルは今恐らく守る=相手を打ちのめすと考えているかも知れません…。」
アブソル「……シルヴァ…僕は…出来ればみんなを守りたい…リオル君にも出来れば本当の守り方を知ってもらいたいんだ。」
シルヴァ「えぇ…ではマスター……。」
アブソル「あぁ…僕とシルヴァで変えるしかないよ、手伝ってくれるかい?」
シルヴァ「マスターならそう言うと信じておりました…もちろん返事はyesと答えさせて頂きます。」
シルヴァはマスターのやり方に心から安堵する…私達で可愛い弟子を変えるのだ…孤独を一人で我慢すると、守るを殺すと間違えている純粋なあの子を…私はリオルを…血に濡れた矛ではなく殴れる輝く盾に変えてみせる…本当の守り方を教えるのだ…その野生の考えが…始めて伝えた感情が…間違えじゃないと証明するために…。