一人
記憶の泉、最奥地
「…………あれ…………?」
気がついたら目の前は研究施設……ではなく青く映る泉が広がっていた…戻ってきてしまった…水面には人間の八雲虹ではない、アブソル…八雲虹のポケモンとなった姿が映っている。
「アブソル…大丈夫!?」
「ロコンさん…。」
隣からロコンが声を掛けてきた…後ろにはキングドラとエーフィもいる、帰ってくるのをずっと待ってくれていた。
「身体に異常は!?、痛いところは無い!?」
「え、ちょっ…ロコンさん!?」
アブソルが答える間もなくロコンの荒々しいメディカルチェックが始まった…腕、両足、頭、しっかりと確認していく。
「身体には異常は無いね…アブソル、私が分かる?」
「あ、はい、大丈夫です…記憶にも異常はありません。」
「じゃあ念のため質問!私とアブソルの関係は!?」
「え?………関係………バンギラスギルドの…仲間?」
「…………まぁ、いっか………。」
え、なに?今の間はなんなの!?なんか僕間違った答えだしちゃったかな!?
アブソルはオドオドしながらキングドラの方を見て助けを求める……うんうんと首を縦に振られた…心でも読めるのかな…。
「結果を聞きたい所だが今は疲れてるだろう…ギルドに戻るぞ。」
キングドラはエーフィに指示を出して帰還の準備に入る…話逸らされたな…。
「アブソル…お疲れ様…帰ろっか…。」
「……はい……。」
アブソルはキングドラとエーフィの元に行こうとする前にもう一度泉に触れてみた……変化はない、どうやらここまでのようだ…。
「アブソル……?」
「…ごめんなさい…行きましょうか。」
「あ、待って…!」
「はい?」
ロコンは下を向くと少し言葉を詰まらせる…しばらくして顔を上げるといつもの明るいロコンの顔に戻っていた。
「えっと…おかえり…アブソル。」
「…ただいまです…ロコンさん。」
家族の言葉ではない…パートナーの何気ない一言…アブソルは何故かそれに強い安心感が生まれていた、ただロコンもアブソルと同じような表情をしていたのが気になった。
〜時間不明、記憶の泉……攻略。〜
〜バンギラスギルド、アブソルの部屋〜
「…………。」
アブソルはメモ帳に泉から伝わった記憶をできる限りまとめていた、バンギラスからは報告は明日で良いと伝えられていたがそんなゆっくりとしているのはとても落ち着かない…忘れたくない…この記憶を…1片残らず!、そう思った時にはメモ帳を手に掴んでいた。
「桜咲先生……父さん……母さん…。」
恩師の名前も忘れずに大きく書く、両親を殺した三人の殺人犯は名前が分からなかったので言語や顔の特徴をまとめておいた。
「……そう言えば先にここに来た三人って誰だろう……?、逃げられたか…って僕は言ってたけど…。」
記憶の泉で見たことを手がかりにうーん…と頭を横に傾けるアブソル…、だめだ…やっぱり心当たりがない。
コンコン……。
「あれ?こんな時に誰が…。」
「…………アブソルさん、起きてますか?」
「……今開けますね…。」
ドアを開けると目の前にいたのはエーフィだった、2本の尻尾で器用にお盆を、その上には湯気を立てているココアが入っている。
「休んでと言われて部屋に戻ってから電気が消えてなかったので…一息どうですか?」
「わざわざありがとうございます…。」
アブソルは一言お礼を言うとエーフィからココアを受け取った。
5分後……。
アブソルはココアを口に含む…程良い甘味が広がってきて身体中が暖かくなった…少し楽になった所でまたメモ帳に鉛筆を走らせる…がアブソルはチラッと右を向く。
「…………あの〜……。」
「はい?」
「なんで当たり前のように部屋にいるのです?」
「あ〜……お構いなく♪」
「いやお構いしますよ!結構気になりますから!あと近いです!」
「え〜。」
「あざとい目線でえ〜もダメです!、せめて少し離れてください!」
ギャーギャーとアブソルが奮闘?をして3分、短いはずなのだが結構疲れた……。
「で、目的は何ですか?、今日も一緒に寝ます?」
このままじゃ埒が明かないということでアブソルは本題に入ろうと質問に入った。
「それもあるのですが…アブソルさん、記憶の泉から帰ってきてから様子…変だなぁって思って。」
「え?」
「明らかに寂しさを含めた目です、なので心配になって来ちゃいました。」
「そんな目…してました?」
「えぇ…下を向いていることが殆どでしたね。」
「…………。」
「何か…出来ることってありますか?」
自分が寂しさを含めた…あぁ、家族がいないってことを知ったからだ…だがこれは僕の運がなかった家族事情、しかもここは人間じゃなくてポケモンの世界だ…無理に言う事はない…逆に心配をかけるだけだ……。
「…いえ、心配をおかけしました…ですが自分は大丈…」
「嘘ですよね!?」
「っ……!?」
誤魔化そうとした時に響くエーフィの声、始めてだった…こんなに感情を表して声を荒らげる姿を見るのは…。
「アブソルさん…なんでそんなに一人で解決しようと抱え込むのですか!?」
「い、いや、そんなつもりじゃ…。」
「じゃあなんで私達に頼らないのです!?ロコンさんや私では力不足ですか!?」
「……エーフィさん…。」
そんなことないと言い返したかったが出来なかった…現にアブソルはその家族を失った悲しみをギルドに帰ってから誰にも伝えていないのだ…確かにバンギラスからは報告は明日で良いと言われたが…普通なら寂しさに心が潰されてもおかしくない…その孤独から抜け出すために誰かに話し、楽になるのが正しい仲間のしてのあり方だ…だがアブソルは心配をかけるからということを理由に自身の中だけに隠してしまった……それはロコンだけじゃない、エーフィ達を仲間(家族)として完全には認識していない証拠にもなる……。
「人間からポケモンになって不自由な事もあるかと思います…ですが…それを一人で押し止めないでください…もっと…もっと楽に生きても良いのですよ?」
「もっと楽に……ですか…。」
「はい…私達をもっと頼ってください……。」
楽に生きても良い…この言葉を聞いてアブソルの心の鎖は切れた…。
「話して……くれますか?」
「…………はい。」
恐らくこの感情をエスパータイプ特有のテレパシーで受け取ったからエーフィは此処に来たのだろう…隠してもバレるなと考えたアブソルは全てを話した、家族を失ったこと、待ってくれる家族はもういないこと、研究施設でのこと、バンギラス達には家族以外のことを報告しようと思っていたのだがエーフィには見たもの全てを伝えた……とても長い思い出話だったがエーフィはそれを頷きつつ、しっかりと聞いてくれていた、それがアブソルにはとても嬉しかった…。
「……以上…です。」
「…そんな事が…。」
「……………。」
思い出すだけで心が締め付けられる…研究施設にももう誰もいないだろう…孤独…それを僕はまた…。
「アブソルさん……。」
エーフィはアブソルに近づくと首に抱きつく…最初はアブソルも驚いたがそれが慰めだと分かるとすぐに大人しくなった……。
「エーフィさん…僕には…もう…何処にも居場所が……。」
「居場所ならここにあります…私が…私達がアブソルさんの新しい家族です。」
そういうと抱きしめた腕に力を加える、少し痛いと思うだろうが…それが逆にアブソルの安心感を生むとエーフィは考えていた。
「何が正しいのか、どうしたら良いのか、それも一緒に見つけましょう…大丈夫、私達がついてます。」
「……………はい………。」
エーフィはアブソルの頭をゆっくりと撫でる…アブソルはエーフィの胸の中で静かに笑い…目を閉じていった。
「………………。」
眠ったかな?とアブソルの顔を見てみるとやはり泣いてしまっていた…抑えて我慢していたのだ…。
「やっと本音を出してくれましたね…アブソルさん……。」
その涙をエーフィは静かに笑いながら尻尾で拭ってあげた…少しアブソルの表情が良くなった気がした…。
「帰りを待つ家族がいない……か、想像するだけで辛いですよね…私だったら耐えられない…更にはそれを2回も味わってしまった……。」
エーフィは近くの毛布を取り、アブソルにかける…エーフィも毛布の中に入ってもう一度アブソルを抱きしめた。
「話したことで…少しは楽になれたでしょうか……?」
問いには答えない…アブソルはエーフィの胸の中ですぅすぅと規則正しい寝息をたてるだけだった……。
「………ご両親の分も…先生の分も…頑張って生きましょうね…アブソルさん。」
エーフィはアブソルの額にそっと口付けをする、そして部屋の電気を消し、またアブソルの頭を何回か撫でてからエーフィも一緒に眠りに入った。
「これで良いのですよね…ロコンさん?」
そう言い残して……。
〜バンギラスの部屋、8:20〜
翌日、アブソルはバンギラスとキングドラに見たものを全て話した、ロコンにはエーフィが話してくれるそうだ、内緒にしようとした家族のことも…悲しいとは余り思わなかった…エーフィのおかげでアブソルからは重荷が無くなっていた。
「……以上が自分の見た過去の全てです!、詳しいことはこのメモ帳にもまとめてみたので目を通して頂ければ…。」
「なるほど……ヘルガーの事は分からなかったがアブソル君の家族や過去は知ることが出来た…か。」
「リーダー…すまない…。」
「いや、キングドラのミスじゃないよ。アブソル君の両親や先生については残念だったけどね…。」
バンギラスはアブソル君は大丈夫かな…と思って様子を見る、その顔には絶望、悲しみのものは一片も感じられず、真っ直ぐに向けられた目からはいくつかの決心が伝わった。
「アブソル君…無理してない…?」
「整理はもうついています!時間は元には戻りません…今は自分の…僕の出来ることをやるだけです!」
「…強くなれたんだね…また一つ……。」
「一人じゃないって知ることが出来ましたから。」
「あぁ、その通りだ、君は決して一人ではない……ポケモンになってもだ、そのこと、忘れちゃダメだよ?」
「はい!失礼しました!」
アブソルはバンギラスの部屋を歩いて出ていく、ドアを閉めた瞬間、タタタ……と走る音が聞こえた…やることは既に考えているのだろう…。
「……キングドラ…。」
「どうした?」
「アブソル君はこの先、一回じゃない、何度も壁に当たると思う…あのヘルガーと当たった時のような困難が…。」
「分かるのか?」
「いや……勘だよ……だけど今の彼ならきっと…もう大丈夫だろう。」
「……そうだな…じゃあ…後は。」
「準備だ…キングドラ、今度は僕達の番、ヘルガーを見つけるよ。」
「捜索隊の加勢に行くのか。」
「うん、記憶の泉で見たものは決して無駄なものでは無い、なにか関係するものが……必ずあるはずなんだよ。」
「……関係…か…。」
「恐らくだけど…アブソル君がゲートに飛び込む前に先に入った三人が鍵を握っていると思う…。」
「アブソルは追うようにそれに入ったと言っていたな。」
「あぁ……だがヘルガーのことを知るために泉に触れたアブソルにわざわざ4歳の頃の記憶を見せる必要は?」
「特にない……と思うが。」
「そうだろう?だが泉はそれをアブソル君に見せた…両親が殺される瞬間も…その犯人も一緒にね…。」
「……そこまで言ったら流石に俺でも分かった…そういう事か……。」
「ならこの先はいいか……行くよ!キングドラ!」
「あぁ…了解だ。」
バンギラスは勢い良くドアを開ける、その顔はまさにギルドを引っ張るリーダー(親方)と呼ぶに相応しかった。
ぐぎゅるるるる〜…………。
「…………………………。」
「……………………おい、リーダー……。」
「………朝ごはん……食べてからにしよっか……。」
親方としての風格がバンギラスにつくまではまだまだ時間がかかりそうだった……。
〜バンギラスギルド、朝食前、ロコンの部屋〜
「……って事がありました……。」
「そっか…様子がおかしいと思っていたのは間違いじゃ無かったんだね…ありがとう…エーフィ。」
「そう言えばロコンさん、何故私に頼んだのです?、別にアブソルさんの所へ行くのはロコンさんでも良かったのでは……?」
「あぁ…うん、それも考えたんだけとね、やめておいた。」
「……理由を聞いても?」
「私の他にもね……仲間がいると知って欲しかったから。」
「あぁ…ロコンさんが行ったらパートナーだから、で片付けられる…そうかんがえたのですね…。」
「そういうこと、だからエーフィに頼んだの。」
「意識が飛んだアブソルさんの隣に3時間ずっと離れずに待っているとなると…気づくものが違いますね…。」
「パートナーだもの、当然だよ!」
「それだけが理由ではないのでしょう?」
「え!?、いや、それだけ…だよ?」
「ふふっ…疑問形になってますよ、ロコンさん。」
「っ///!、ま、まぁとにかく!これからもアブソルを一緒に支えてくれるかな?」
「えぇもちろんです!お互い頑張りましょう!」
アブソルやバンギラス達の知らない内に二人の仲は更に深まっていた。
「…………所で一緒に寝ることは無かったんじゃないかな?」
「え!?あ、あの〜、それは…その…ついやっちゃったというか…場のノリで…。」
「……ふーん……。」