過去の記憶と壊音の霹靂(1)
〜記憶の泉〜
そこは一言で表すと神秘的な場所だった、綺麗な水で満たされる泉には一つの汚れなどなく、洞窟天井の隙間から入った太陽を鏡のように反射している。
「着いたぞ…ここが本当の奥地…記憶の泉だ。」
「こ、これが…。」
「…綺麗……。」
アブソル達はその光景に目を奪われていた、心から思う、この景色を他の誰かに見せたいと、だが本来の目的も忘れてはいけない。
「…アブソルさん、いけますか?」
エーフィが隣から声を掛ける、気がつくとロコンも視線をアブソルに向けていた。
「アブソル…もう一度言うがこの泉は過去の記憶を思い出させてくれる、だがそれは良いこととは限らない…運が悪ければ心が壊れるぞ…引き返すなら今のうちだが。」
キングドラはアブソルに最後の忠告をする、アブソルはしばらくして一歩前へと足を進めた。
「…大丈夫です、覚悟は…出来てます。」
「そうか…ならその泉に触れるが良い、あとは頭の中に入り込んでくる。」
「分かりました。」
アブソルは泉の前に立つ、がその前に気になることがあった。
「キングドラさんは…この泉に触れたことが…?」
「ん?あぁ、一度だけな、特に何の思い出は無かったが……。」
「そうですか…。」
「どうした?、怖くなったか?」
「いえ、頭に入り込んでくると言っていたので少し気になっただけです、では……。」
アブソルは泉に前足をつけた、ロコンとエーフィは変化がないかアブソルをしっかり見張っている。
「…リーダー…これで…これで良かったのか…?」
キングドラは己の選択が正しいのかどうか未だに考えていた、しかしアブソルはもう泉に触れた、今更手遅れ…分かっていても心の中の何かがキングドラを締め付けていた。
(ねぇ…私とその夢、叶えない?)
「な…ロロ!?」
後ろから声がしてキングドラは後ろを向く、しかしそこには誰もいなかった…。
「……クソ…俺は…。」
「キングドラさん!」
「ロコン?どうした!?」
「アブソルが…動かなくなって…。」
ロコンとエーフィはアブソルが先程から一歩も動かないのを気にしていた。キングドラもすぐにアブソルの近くへと寄る。
「…アブソル!…アブソル!」
ロコンが耳元で声をかけてみるが応答はない、アブソルは目を開けたままだった、そしてキングドラは気付く。
「これは…意識を持っていかれてるな…。」
「意識を!?、だ、大丈夫なのですか!アブソルさんは!?」
「…しばらくしたら戻るだろう、俺もそうだった…それまでは…待機だ。」
「そんな…見ていることしか出来ないなんて……。」
「エーフィ…今は我慢だよ…アブソルのためにも…ね?」
「……はい……。」
ロコン達は近くで腰を下ろし、アブソルが帰ってくるのを待った…。
「………………ここは?」
気がつくとあたりは真っ暗な闇で染まっていた、どこを見ても黒…クロ…くろ……。
「…………。」
アブソルはただひたすら真っ直ぐ進んでいく、しばらくすると小さな光が見えた。
「これ光は…もしかしてこの先が…。」
光に向かって走り出す、小さい光は近づくと共に大きくなっていき、アブソルを包み込んでいった…。
「……おーい、起きてるかなー?」
今度は暗闇ではない所で目が覚めた…ここは…部屋?
「お、今目が覚めたか!おはよう!」
「あ、おはようございます……あれ?」
アブソルは挨拶を返したが方向が全く違った、目覚めの挨拶をかけた白い髭が目立つ老人はアブソルではなく、もう一人の白髪の小さな子供に向いていた。
「……。」
子供は挨拶を返さない…老人をただじっと見ているだけだった、アブソルにはその子が怯えているようにも見えた。
「うーん、まだだめか…残念。」
老人は苦笑いを浮かべると子供の頭を優しく撫でる、そしてみんなの所に行こうか、と言うとその子の手を引いた、子供は返事を返さない、連れられるがままだった。
「あのおじいさんと子供は一体…それに僕が見えてないのかな?」
アブソルもあとをついて行こうと扉に手をかける。そして開けた瞬間…。
「…また暗闇!?しまっ……。」
アブソルはまた暗闇へと吸い込まれた……と思ったら今度はまたハッキリと場が見えるところへ落とされる。
「…え?暗闇じゃない…ここは…庭?」
アブソルがいる場所は個室ではなくいつの間にか庭らしき広い空間にでていた、目の前には緑が広がっており、たくさんの子供達が無邪気に走り回ったり公園の遊具で遊んだりしている。
「…幼稚園か何かかな……ここは…あ!あの子はさっきの!」
アブソルは先程の小さな男の子を見つけた、しかし何故かその子は誰とも遊ぶことなく離れたところで本を読んでいた……。
「ねぇ…ちょっと良いかな?」
「……。」
「やっぱり声も届かないか…。」
ダメ元で声を掛けたが無駄だった、アブソルはこの世界では認識されないものとして存在していた。
「なんでこの子はさっきからなにも話さないんだろう……。」
アブソルはこの庭に他になにかないか探してみた、すると一つの建物が目に入る。
「……これは…そうか…ここは幼稚園じゃない…一つの研究所だったのか…!」
建物の横の表札のおかげでここが研究所だと知ることが出来た。
「でもどうして森の中の研究所にこんなに子供が…ん?」
アブソルはいつの間にか部屋の中に立っていた、どうやらまた時間が飛んだらしい…。
「またか……。」
左右を見て再確認する、今度は資料室の様な所だった。目の前には誰かが座って何かを書いている。
ガチャ……
「失礼します…先生、今日はどうでしたか?」
入ったきた一人の若い男にそう聞かれると、座っていた先生と呼ばれた誰かはクルリと椅子を回す、先程の老人だった。
「んー?あぁ、今日もダメだったよ…やはり老いぼれには口は聞かないのか……。」
「いえ、流石に歳は問題ではないかと…そうですか…あの子はまだ……。」
「うん、本を読んでばかりで他の子と関わらないんだ……。」
本を読んでいた子…それでアブソルはあぁ、あの男の子だと確信した。
「もう一週間経ちますね…。」
「あぁ…だが未だに誰とも口を聞かない…余程大変な思いをしたんだろうな…まだ6歳だよ…可哀想に…。」
「何か…きっかけでもあれば良いんですけどね…。」
「きっかけ?例えばどんな?」
「え?……そうですね…本を読んでばかりと言っていたのでその本と関係があるのを話に混ぜる…とか?」
「それだ!」
「えぇ!?」
老人はその手があったか!と急に立ち上がった。
「そうだ本だ!、あの子はきっと、いや絶対読書が好きに違いない!そうと決まったら早速明日試してみよう!」
「は、はぁ……。」
「こ、行動力あるな……さらにはあのおじいさんは先生…でもなんの…あ。」
アブソルはふと机の上の書類に目がいった。
「子供が楽しいと思えるあそびNo.4、桜花ちゃん、慎吾君の体調記録…気づかう心のメンタルケア…色んな本や書類があるな…。」
「あ、あの…先生?、研究の方も忘れないでくださいね?先生の知識はとても欠かせないものなのですから…。」
「おぉもちろん!、この研究は成功したら子供達がもっと楽しいと思える世界が作れるんだ、忘れるはずがない!」
老人はハハハッと笑うと若い男の肩バンバンと音が出そうなくらい強く叩く……それにしても研究?
「なぁ、変なことを聞くが君は今のこの世界をどう思う?」
老人は急に真面目な態度になった、先程の笑顔は残っていない、若い男も老人の真剣な顔を見て気持ちを切り替えていた。
「と、いうと?」
「ここは元はこの実験を行うために私が用意した場所だ…この研究のテーマは…子供達にあるんだよ。」
「……。」
若い男は黙って聞いていた。老人は続ける。
「私はこの世界を変えたい…この研究を成功させて…私は…子供を捨てる無責任な大人をゼロにして…全ての子供達が恵まれる…そんな世界を作りたい…。」
「じゃあ…先生は…。」
「あぁ、研究所を孤児園として開いてみて分かった…先は遠く長いものだったよ…だけどね、そんなことは最初から分かっている、確信を持ったんだ、これは誰かが変えなくてはならないって。」
「そうですね……。」
「だからやるんだ、全ての人間が不自由なく暮らせる世界、それを作るには多くの手伝いが必要な事もあるだろう…だがそれをすることは自身の家族を放っておくことも同じ。」
「先生はそこで思いついたんですね。」
「その通り、じゃあ他に何があるか、犬や猫のように人間でなくても家族同然に受け入れられ、人間とハッキリコミュニケーションがとれる賢い知能があり、小さい子でもあ、これ知ってる!ってすぐに打ち解けれるお手伝いさん…。」
「……ポケモンの力を借りるのはどうか…ってね。」
「えぇ…この研究…必ず完成させましょう!先生!」
「なん…だって!?」
アブソルは老人の一言に驚きを隠せなかった、ポケモンと人間が共生!?そんなのゲームやアニメの話だろう、だがこの2人は本気だった。
「子供達を救うためとはいえ、そこまでする必要が…ってまた場所が変わってる……。」
アブソルが一瞬の瞬きをしているうちに場所は変わっていた、今度はあの男の子の隣に老人が座っている。
「ねぇ、君は本が好きなのかな?」
「……?」
「また本を読んでいるのかあの子…ん?あの表紙の銃って確か……待って…よく見たらあの本…読んだ記憶がある…僕が好きな人が出てくる本…ってことはまさかさっきからあの子が良く出てくる理由って……。」
アブソルは男の子を改めて見る。
「あの子供は……人間の僕…なのか……。」
アブソルは目の前の何も話さない男の子が自分だと言うことが未だに信じられなかった…記憶を失ったとはいえ、今の自分とここまで性格は変わるものなのか?この過去は僕に何を教えたい?アブソルは更に近づいて会話の聞き漏れがないようにする。
「その本…どんなものか良かったら教えてくれないかな?」
「……ビリー…。」
「ん?」
男の子は始めて老人…いや、先生に口を開いた、先生も最初は驚いていたがすぐにこれはチャンスだと気づき、何か続きがないか探す。
「ビリー…あぁ、ビリー・ザ・キッド、この物語の主人公だね。」
「(コクリ)」
「君は主人公のビリーが好きなのかな?」
「ビリーも…好きだけと…これも好き……。」
そう言うと男の子は本の絵に指をさす…先生はそれをみるとビリーが持っている銃を指していた。
「…はて?普通の銃に見えるけど…。」
「「サンダラー。」」
アブソルは思わず男の子と同じことを口にする、壊音の霹靂(サンダラー)、ビリー・ザ・キッドが愛用していた銃の名前だった。
「やっぱりだ…これ…僕が作っていた銃と見た目が一緒……。」
アブソルは自身が作った銃がビリーのサンダラーをモデルにしたものだと確信した、しかしこの子…いや、僕は何故そこまでこの物語が……。
「え?サ、さんだ?」
「この銃の名前なの、お父さんが教えてくれたんだ!」
「そ、そうなんだ、お父さんは物知りなんだね。」
「うん!……でも…お父さんはもう僕に何も教えてくれない…お母さんも…。」
「……。」
「銃は僕のお父さんからの入れ知恵だったのか…でももう教えてくれない…ってことは僕の両親は…この時からもう亡くなって…。」
アブソルは自分の両親がいないことを余り悲しまなかった…両親のことを覚えていないから…アブソルは引き続き二人の会話に耳を傾ける。
「あの…今まで黙っていてごめんなさい…。」
「いや、君が思ったことを口にしてくれただけでも私は嬉しいよ、でも…どうして今なんだい?」
「おじさんの事…遠くからも見てた…僕以外の親がいない子供を…差別なく接してくれる…だから…信用出来るって。」
「あ〜、そういう事だったのか、私がどんな人か知らなかったから怖かったんだね。」
「でも今は大丈夫、おじさんなら…僕のことも受け入れてくれるかもって…思えたから……。」
「心配要らないよ、私はどんな事があってもすべてが同じ人間だと思ってる、差別なんてもっての他だ、辛いことがあったなら話してみなさい、そうすれば気分も楽になるし私も君のことをもっと知ることが出来るのだから。」
「……おじさん…。」
「あ、先生でいいよ。」
「…分かりました…先生…その…僕は…。」
「うんうん…。」
「僕は…。」
「うんう……ん?」
男の子は今にも泣きそうな顔をしていた、先生は無理はしなくていいよと言っていたが男の子は首を振って聞かない、そしてしばらくの間があってようやく口を開いた。
「両親を………見殺しにしたから……僕はここにいるんです…。」
「み…見殺し…僕が……?」
アブソルはこの一言で頭の中が真っ白になった……。