構えるものは…。
出口への道を知っているロコンを前に、アブソルはその後を追いながらスピアーに襲われないよう、後ろを警戒していた……。
「もう少しで出口だよ!これならスピアーと戦うことなく森を出られるかも!」
あと少しで襲われる恐怖から解放される。しかし現実はそう甘くない、なぜなら…。
「……残念ながら運が良くない限り戦闘は避けられないかと思います。僕達は今、森の中、しかもあのスピアーの縄張りを抜けようとしています。そうすると草木をかきわけて移動しなくてはならないのです。なのでどうしても物音を立ててしまう…標的を逃したスピアーは僕達を血眼になって探しているでしょう、いずれこの音も耳に入ってしまう…見つかるのは時間の問題です。」
襲われるのが怖い……そう思っているはずなのに自分の頭は恐怖にのまれること無く冷静に物事を考えていた。そう、この戦闘は一発勝負、失敗なんて許されない…一つ間違えればアブソルの白い体毛は赤い血で染まってしまうだろう……。
「も、森を抜け出ることにとらわれすぎてそこまで考えれなかったよ……君、もしかしてこういうの慣れてる?」
「いえ、始めてですよ(多分…)僕もここまで冷静でいられるのが逆に不思議なくらいで…ん?」
会話が途切れたその時、風の音にしては不審な音が聞こえた。アブソルはすぐにその音に気づく。
「!?…静かに…この音…風の音じゃないな…羽音だ、逸れることなくまっすぐにこちらに向かって来ている……もう気づかれたか!」
「えぇ!?ど、どうしよう!あと少しなのに!」
ロコンはあまりの急な襲撃にあわてふためいてしまう。アブソルは1度深呼吸をし覚悟を決めていた。
「ここまで来たからにはもう避けられませんね…準備は出来てます!来なさい、スピアー!」
声を上げると同時にスピアーが二匹の前に現れた。目は真っ直ぐにこちらを見据えている、ばくれつのタネのダメージで体はボロボロだったがその両手に構える針はキラリと太陽の光を反射していた。
「……作戦通りに行きます!後ろで援護、お願いしますね。」
アブソルはロコンの前に立つようにして構える。その口には……。
一本の槍が構えられていた。
森の木の枝を槍の柄として使い、先端にはゴローンの石を鋭利にげずり、ツルで固定していた。アブソルが人間の頃の記憶を活かして作ったものだ。ロコンは簡単に作られたその武器を見て?マークを頭に浮かべる。そりゃそうでしょう。普通のポケモンは武器じゃない。技を使うのだから…普通のポケモンならね。だが技が使えないよりはマシなはずだ。
本当はタイプ相性的にも有利なロコンを中心に戦いたい所だが……オレンのみを使ったとはいえダメージは残っている筈……余り長く戦えない以上、僕が代わりをしなくては……。
「戦闘行動……開始します!」
先に動いたのはスピアーだった。真っ直ぐとアブソルに突っ込んで間合いを詰め、右手の針を振り下ろす。
「よい、しょっと!」
アブソルが首を振り、構えた槍で攻撃を凌ぐ。そして瞬時に体をスピアーに当てる。体当たり程の威力ではないがスピアーの体制は崩れた。
「隙あり!」
続けて首を左右に振り、槍の攻撃をスピアーに当てる。ゴローンの石のおかげでダメージは入っていた。しかしやはりそれだけでは倒れない…スピアーもすぐに体制を立て直し、その攻撃を両手針で受け止める。
コン!カァン!と大きな音をたてて槍と針の交戦は続く。避ける、突く、払う、止める、移動する、そしてまた突く、止める、二匹が戦っている中、ロコンは後ろで行く末を見守っていた。その手に最後のばくれつのタネを握りながら…。
「!?」
1分の交戦が1時間に感じる。そんな緊張感の中、ついにスピアーは針を杖にして地に体を下ろす。体力の限界が来たのだ。その瞬間をアブソルとロコンは待っていた。
「体制を崩した!今です!」
「あ、うん!……それっ!」
ロコンがアブソルの指示を受け、ばくれつのタネを思いっきり投擲する。
ブゥゥン!
「そんな!?」
スピアーは右の羽だけ動かし、体を横に飛ばした。よけられた!その瞬間ロコンの表情が絶望的なものになる。失敗した、そう思ったが……。
スピアーの動いた先にはアブソルが槍を構えて先回りし待っていた。
「やっぱりばくれつのタネを警戒してましたね!彼女の折角の道具、外れでしたじゃ終わらせません!」
即座に回転して槍をふるい当て、スピアーは投げたタネの方向に飛ばされる……そして……。
着弾……。
ドガアアアァァン!
「やったか!?」
周りには土煙が舞っている。しばらく待つとそれもはれていった。その中心にはダメージでボロボロのスピアーが目を回して倒れている。戦闘不能、始めての戦いは道具のおかげで勝利を収めた。
「……ハハッ……な、なんとか…勝てた…。」
緊張感と恐怖から解放され、アブソルはその場で体を下ろす。立ち上がろうにもしばらくはできそうにない。
「あ!だ、大丈夫?すぐに回復を!」
ロコンがアブソルに駆け寄り、オレンのみを食べさせようとする。しかしアブソルはそれを首をふって断った。
「攻撃は全て捌けたので僕は無傷です、そのオレンのみはスピアーの近くに置いてあげて下さい。」
アブソルの言葉を聞いてロコンは一瞬驚いたがしばらく考えてスピアーの近くにオレンのみを置く。後ろを振り返るとそれを見ていたアブソルが静かに笑ってこちらを見ていた。先程の戦闘での真剣な表情が嘘のようだった。
「よし、では危険も去った事ですし、早くこの森を抜けちゃいましょう!目的のギルドへGOです!」
アブソルの一言でロコンもようやく思い出す。そうだ、ここを抜けたらギルドのある街に行けるんだ!そう考えるとロコンの表情も自然と明るくなる。
「私の憧れた探検隊……遂に……その仲間に入れるんだ!よし!森の出口はすぐそこだよ…付いてきてってあれ!?」
ロコンが引き続き道案内をしようとしたらアブソルの姿は既に消えていた。慌てて周りを見てみると既にアブソルは先を行っている。
「あぁ!ちょ、ちょっと待ってよ!私を置いていかないでぇ〜!」
ロコンもすぐにその後を追う。
アブソルとロコンの新しい日常が始まる……。
「道、反対方向だよぉ〜!」
…………上手くやっていけるだろうか…。