P10 潮騒
こんなはずじゃなかった・・・
私はずっと、隣に居たいと思っていた。
けどそれは叶わぬ願い。
私の前には広大な暗闇が広がっていて、
隣を歩いていた彼は迷いなくまっすぐ進んで、
私は歩みを止めて。
私は一体何をしたいの?
遠くなっていく彼の後姿を見ること?
闇におびえて立ち止まること?
違う。
彼の隣を歩くこと。
でも彼は遠すぎて、
手をのばしても届かなくて、
視界が闇に包まれて・・・・・・
「起きろってばぁ!」
「にゃあッ!!」
瞼の裏で多数の星がチカチカと光り、私の意識はあるべき場所に叩き戻される。
・・・本当に叩かれたみたい。
いったぁい・・・・・・
「ちょっと、何も本気で叩くこと無いでしょ!?」
「なんだかセレナがうなされているようだったから起こしてあげようと思ったのに、本当に寝てるのかって疑いたくなるような鋭いパンチを数発繰り出してくるんだもの。スキを見て全力で叩く以外にどんな方法があるってのさ!」
異様なまでに早口で状況の説明をするナオヤ。
一瞬で覚醒した私の脳は、その顔のところどころに赤い跡を発見した。
その大きさは、私の手と同じくらい。
・・・・・・・・・。
「えっと・・・ごめんなさい」
とりあえず謝ってはおいたけれど、ナオヤは特殊な性格の持ち主だ。
ここで許してくれるかどうかは気分による。
ぶすっとした表情は崩さずも、その場に座って遠くの何かを見つめているあたり、どうやら今は怒らないでおこうということらしい。
私は自分の頭を空に向けて思いっきりのばし、体全体の強張りを少しずつほぐしていく。
ここはこれといった名前も無い小さな森の中。
どうやら森を抜ければ、広大な海が広がっているらしい。
潮の香りが私の鼻孔をくすぐる。
多分この距離なら散歩程度で見に行くこともできるだろうけど、まぁ今はいいや。
「だ〜か〜ら〜さー! 攻撃を防ぐなら炎を小さくギュギュッと圧縮しなきゃダメだって何回言ったらわかるのさ! その程度じゃ石ころでも貫通するよ!」
「うるせぇな! ちょっとずつでも上達してんのがわかんねぇか!?」
「わかんないよ! じゃためしに・・・おりゃッ!!」
「ぎゃあっ!」
私が寝る前から始まっていたリシルくんとシキくんの特訓らしきモノはいまだに続いているみたい。
リシルくんの顔面に石ころ衝突。
うわぁ・・・いたそ・・・
「やりやがったなコノヤロウ!!」
リシルくん逆ギレ。
今のは完全にシキくんのせいじゃないわね。
ただなんというか、リシルくんがねんりきで炎を操って戦うということを思いついて、シキくんがその特訓に付き合って、楽しそうなのよね。
怒鳴り散らすシキくんも、なんだか嬉しそう。
それにしても、フレイムダンス・・・かぁ・・・
「セレナ? どうしたの?」
ナオヤはさっきのことなど覚えていないのか、心配そうな表情で私を見下ろす。
ふぅっと息をはき、とりあえず心の中で考えをまとめてみた。
「ねぇナオヤ、リシルくんはどうして強くなるのかな」
「どうしてって・・・さぁ」
「リシルくんがシキくんに頼まれたのは。この世界が壊れていっている原因の調査。たまに凶暴なポケモンがいたりもするけど、今のままでも十分に追い払えるんじゃないかなぁって」
「セレナ、菖蒲の森でのことを覚えてないの?」
それは、覚えていないわけがない。
突如リングマに襲われ、分断を余儀なくされ、リシルくんは危うく命を落としかけたと言う。
そのことを考えると、強くなるっていうのは本能的な何か・・・
つまり、必然的なものなのかもしれない。
「まぁただ、僕たちがいくら仮説を立てても答えは出てこないよ。直接聞いてみるしかないんじゃないかな」
「それが難しいから今ナオヤに聞いてみてるんじゃない」
けど、その通りなのかな。
確かに行動に移さなきゃ、私の心は誰にも伝わらないよね。
「・・・・・・うん、そうする」
ナオヤは穏やかな笑みを浮かべると、再びリシルくんたちに視線を移した。
そうね・・・じゃあ明日にでも聞いてみようかな。
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ドーム状の空に敷かれた漆黒の膜。
その中に張り付いた無数の星が、自分こそが一番美しく光るとでも言わんばかりに輝きを競い合い、ぼんやりと浮かび上がる月が星々を静かに見守る。
奈落の海が望める岩場の上で夜空を見上げる俺は、潮騒の音色を聴きながら小さく鼻歌を歌っていた。
特に思い出に残っているとか、特別な曲だとかそういうわけではない。
単に、ふと思い出したから。
音楽の授業でずっと前に歌った記憶が残っている。
なんか歌ってるなぁ、と音楽室に乗り込んできたエイル先生も妙にきれいな声で歌い始める。
俺のクラスの皆は音楽の授業がそれなりに好きだった。
皆のテンションは次第に高まり、授業などそっちのけでのど自慢大会が始まったっけか。
何気ない記憶。
それゆえに、大切な記憶。
俺の思い出のパズルを埋める1ピース1ピースを見つけるたびに、帰りたいと強く願う。
リーオは流行っていたバンドグループの名曲を熱唱し、クラスの皆に拍手をもらっていた。
リシルも一緒にどうだ? と大声で尋ねられ、ひきつった笑みで遠慮した。
懐かしい。
ひたすらに。
俺は元の世界に帰ることをこんなにも強く望んでいる。
けど、心のどこかに戻りたくないと思う自分がいる。
『悩んでんのか?』
もう一人の、俺か。
リングマの一件以来、コイツはこうして話しかけてくることが多くなった。
俺が1人で行動してる時に限るけどな。
「やっぱ、わかる?」
『当然だろ。俺はおまえで、おまえは俺なんだから』
その言葉も何回聞いただろう。
“彼”の存在が一体何なのかは相変わらずわからないが、俺はいつの間にかすっかり馴染んでいた。
自分と話すってこういうことなのかな。
そんな、感覚。
たまに俺は聞いてみる。
お前は誰なんだ? って。
帰ってくる答えは、やっぱり同じ。
俺はおまえで、おまえは俺だ。
どっちが本物のリシルで、どっちが偽物のリシルなのか。
俺にとってはどうでもいい疑問だった。
ただ、両方がホンモノだったら嬉しいと思う。
“彼”はもう、俺の友達だから。
『・・・別に友達になった覚えはないぞ。その体は俺のものだ』
「俺のものでもあるけどな」
心の中で、小さく笑い声が聞こえた。
『それはそうと、お前が悩んでる理由についてなんだが・・・』
「うん?」
『元の世界に戻りたいとは思っているようだな。それはわかる。が・・・・・・』
“彼”は一呼吸おいて、ゆっくりと言った。
『帰りたくないのは何故だ。お前のすべては元の世界においてきてしまったのだろう?』
「・・・・・・まぁ、そうだけどさ・・・」
ここからは、自分でもよくわからないことだ。
「たしかに、俺がいるべきはあっちなんだろうな。けどな、俺のすべてがあっちにあるわけじゃない。こっちの世界でも、新しくできたんだ。俺の大切な物」
『・・・それは、あのシャワーズか?』
「さあな、自分でもよくわからないって俺が思ったの、わかっただろ?」
返事はない。
「けどまぁ、多分そうだろうな。セレナだってそうだし、ナオヤもシキも、この世界だって俺の大切な物だ」
『・・・・・・ふん、まぁ美しい世界だ』
「やっぱ、お前もそう思う?」
流れる水、漂う雲、そよぐ風、瞬く星。
すべてがありのままの姿で、自然の姿であるからなのだろうか。
「けどさ、はっきりしてることが一つある。」
『それはなんだ?』
自覚してるけど、いつも忘れかけてること。
二度と忘れないよう、心に、自分に誓う。
「俺は絶対に、元の世界に戻ってやる。絶対に」
『・・・・・・まぁ、がんばれよ』
それっきり、“彼”は何も言わなくなった。
波の音が静寂の彼方に溶けゆき、少しの風がそよいだ。
淡い月光が照らす俺の姿は涙を流しているのかもしれない。
いや、本当に泣いてるのかな・・・
頬を伝う冷えた涙は光を受けて小さく光り、岩にしみ込んで消えていった。
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戦闘シーンの無さに定評のあるリレイトですな。
・・・・・・いや、まぁ内容的にしょうがないんですが・・・
ふむ、話すこともありませんな。
今日はここまでといたしましょう。
ホッホッホ、次回をお楽しみに・・・・・・