P9 思い出の欠片を集めて
「雨・・・か」
地味なねずみ色に染まった空を見上げ、木の幹に背中を預けていた俺はポツリと呟いた。
天から降り注ぐ雫が景色を霞掛け、自分たちのいる場所だけが世界から隔離されたかのような錯覚に陥る。
雨と言えば、菖蒲の森でリングマに襲われたことはいまだ記憶に新しい。
俺とセレナ、シキとナオヤの2つに分断させられた俺たちはなんとか合流に成功した。
そしてあの時はっきりと会話したもう1人の俺。
アイツは一体・・・・・・
あれから2週間、この地の果てまで残り3分の2ほどにある丘の上、そこにそびえる1本の樹の下に俺たちはいた。
「これ、止みそうにないね」
ナオヤは抱えた膝に顔をうずめ、そっと息をつく。
雨の中を動けば、俺はニブくなるし、ナオヤは風邪ってやつを引いちまうらしい。
セレナとシキは大丈夫らしいが、俺のせいで動けないというのだから、申し訳ない気持ちでいっぱいだったりそうでもなかったり。
それもこれも、つい先ほどのことだ。
歩いているときにセレナが、「疲れた」と一言。
そこにちょうどよく雨が降ってきてやむを得ず雨宿りをするハメになり・・・
どんよりとした景色と同じく暗い心持ちの俺とナオヤとは正反対に、セレナの心は快晴のごとく晴れ渡っていることだろう。
シキは・・・おそらく年がら年中お昼寝日和だろうな。
ま、なにはともあれ・・・
「しばらく足止めかな」
ナオヤに習って俺も膝を抱えた。
そして心をシンクロさせての俺とナオヤの見事な同時溜息。
シキは苦笑した。
「まぁ森で食料を大量にとったばかりだから、3日はもつよ。うん」
「3日・・・ねぇ・・・・・・」
リーオほどではないが、じっとしてるより体を動かす方が好きな俺は、72時間の拘束宣言に眉をひそめる。
「セレナが起こしてるんじゃないの? この雨」
「私はあまごいなんて覚えてないわよ」
他愛もない話に花を咲かせるセレナとナオヤ。
隣に降りたシキは、俺を見あげて言った。
「リシル君、せっかくだからいろいろと聞かせてくれないかな。リシル君がいた世界のこと」
「へ? この前話さなかったっけ?」
「もっと詳しくだよ。この前は大体のことしか聞いてないから」
そういえば・・・そうだったな・・・
「・・・ああ、時間はあるんだ。なんでも話すよ」
なんでも話す、じゃないだろ俺。
話したいことがたくさんあるんだ。
わかってほしかった。自分のことを。
理解者がほしかった。
「何から話せばいいかな」
「じゃあまず、君の住んでた町のことから教えてよ」
「わかった」
俺の住んでいた町、古代の都市ってよく言われてるけど、実際に古いのは時計台くらいだったな。
アンティーレ。
人口はかなりのもので、商店街にはいつでも大量の住民がいる。
みんな生き生きと物を売り買いしているんだ。
優しい人ばっかりだったよ。
最高の・・・町だった・・・・・・
「でな、ある日突然アルフが現れたんだ。快晴の空に16人。ずっと見とれていた」
「そこからだよね、アルフとかかわっていくのは」
「ああ。アルフ研究部全員でアルフについて調べまくった。図書館に言ったり、聞き込みをしたりな。それで出会ったのが、ヨルノズクのナレクさんだ」
図書館にて、自分をアルフについて調べる者だと言って俺たちにいろんなことを教えてくれた。そしてアンゲルス遺跡に付いて教えてくれた。
その遺跡はアンティーレからちょっと離れたところにあって、アルフについて何か手がかりがあるかもしれないと考えていたらしい。
実際に行ってみれば、そこにはアルフの居城である天界への案内人が待っていた。
名はフェリル、種族はメタモン。
謎の多い奴だが、ホウオウにへんしんして俺たちを天界まで連れて行ってくれたんだ。
ちなみにフェリルは今、アンティーレで暮らしているぞ。
「それで、天界に行ったんだね」
「ああ、厳密に言えば天界に落とされた。まぁなんだかんだでようやくたどり着いたわけだが、手荒い歓迎を受けたなぁ・・・」
オノノクスの姿をしたアルフ、トーレルの襲撃。
ハイドラストリームっていう技をくらって、そろって天界から弾き落とされちまった。
「ヴァーリ君と出会ったのはその時だよね、確か」
「ああ、ヴァーリが俺たちを助けてくれたらしいな」
ピチューの姿をしたアルフ、ヴァーリ。
最初はアルフっていうことを知らなくて、歳の割にはずいぶん丁寧な言葉遣いだなぁとか思っていたけど・・・
ヴァーリは俺たちの学校に入学し、しばらく平凡な学校生活を送った。
天界では未熟なアルフとして辛い生活を送っていたらしいけど・・・
今思えば、あいつはぬくもりを、仲間との友情を求めていたのかもしれない。
素直に、楽しかった。
いつもの日常に新たに仲間が加わって、それだけでいいって思った。
幸せだったんだ、俺は。
リーオともケンカしたけど、かえって絆を深めることができた。
あのころに戻りたいって思ったのは、1度や2度じゃない。
「でもある日、イグリオはついに行動を起こしたんだ。アルフと地上の民の戦争、ラグナロクの開戦と言う、な」
「イグリオって誰? ボクは初耳だけど・・・」
「ああ、アンティーレを治めているやつだ。種族はガブリアス。と言っても、イグリオはさらに上層部の命令に従っただけらしいけどな」
最終戦争は無慈悲にも哀愁の叫び声を響かせた。
詳しくは知らされていないけど、多分多くの人が亡くなった。
俺たちにとって、それは現実か幻かの判断をつけることのできないものであって・・・
半ば夢を見ているような気持ちだった。
そんな俺を現実という戦地に叩き出したのは、トーレルの繰り出したディルフォートサンダー。
強烈な雷撃は俺たちを貫き、大地を抉った。
意識が戻るなり視界に入り込んできたのは、地面に伏してぴくりとも動かない仲間たちの姿。
雷鳴が鳴り響く寸前、1秒も無い間に、リーオは俺を庇ってくれたんだ。
俺の傷は浅かった。
「その後だ。俺の視界はみるみる闇に飲まれていったんだ。意識が飛んで、水の中を浮かんでるような感覚だった。気付けば俺は、アルフとしての記憶を取り戻したエイル先生に抱えられていた」
ヴァーリ、ティアル、フィーネ、リーオ。
皆の説得によって、アルフの頂点に立つ、オーディは俺たちを信じると言ってくれた。
愚かな行いを繰り返す地上の民を、その可能性を。
エイル先生は残ったけど、ヴァーリは天界へと帰って行った。
再開を誓って、あいつは笑顔で飛び去って行ったんだ。
「ヴァーリは今日も、天界で技の習得に励んでいるはずだ。俺はそんなヴァーリのもとに行くために努力しなくちゃいけないんだ。先にヴァーリが降りてきてもいいように、笑顔で迎える準備をしなくちゃいけない」
「・・・・・・そうだね、そうするとなんだか申し訳ない気持ちになってくるよ・・・」
シキはうつむき、祈るように両手を重ねた。
雨は降りやまない。
「この世界に起きた異常は、ほんとならボクがなんとかしなきゃいけないはずなのに・・・異世界から君を呼び出して、結果君に迷惑をかけている」
「いや、それはちょっと違うぜシキ」
俺は雨のせいでぼんやりとしている、遠くにそびえる山脈を見つめる。
「確かに最初は迷惑に思ってた。けど、俺がこの世界に来たことは決して無駄じゃない。この世界で学び、覚えたことは既にたくさんあるんだ。新たな絆を結ぶことだってできた。だってさ、この世界は・・・それほど悪くないじゃないか」
「リシル君・・・?」
「俺、もっとこの世界を見てみたい。本来なら小さい1つの世界の、そのほんの一部しか見ることができなかったはずだ。それが今、別の世界を旅している」
そう、これは多分、アルフでさえもできないことなんだ。
俺と言う命に与えられた時間は限られている。
その間にできることをしておかないと、損だろ?
「・・・・・・・・・うん、そう言ってもらえると気持ちも楽になるよ。ありがとうリシル君」
「いや、感謝したいのはむしろこっちさ」
シキと俺は、そろって空を見あげた。
暗い色の雲が途切れ、かすかに明るい水色が顔をのぞかせる。
「そういえばなんだけどさ、リシル君の話に出てきたアルフって合計で18人だけど、もう1人には会ってないの?」
俺は思わず首をかしげた。
「へ? いや、18人しかいないって聞いたけど・・・」
「そんなはずないよ、全世界の神様に聞いたんだけど、アルフは19人いる筈だって・・・」
全世界の神・・・
その言葉が妙に引っかかったが、それ以上を違和感を俺は感じた。
アルフは本当は19人。
オーディやヴァーリも言っていなかったから、これはアルフたちも知らない事実なのか?
だとすると最後の1人は・・・・・・
「・・・・・・ごめん、もう過ぎた話だし、空気を悪くしちゃったね」
「・・・ああ、気にすんなよシキ」
「あ、雨あがったね」
光が差し込む。
ぼやけていた景色はみるみると鮮明になって行き、さらには薄く輝き始めた。
残った微量の水滴に光が反射しているのだろうか。
空は先ほどの雨がウソのように、清々しく晴れ渡っていた。
吹き抜ける静かな風が草木をさらさらと揺らし、俺たちの出発を急かしているようだ。
「ナオヤ、セレナ、行けるか?」
「私は十分休んだし、おっけーよ」
「僕も平気」
俺たちはそろって立ち上がる。
目指すはこの世界の果て、旅の終着点。
「じゃ、行こうか」
大地を踏みしめ、歩き出す。
ところどころにできた水たまりが光を集め、キラキラと光る。
空には大きな虹が架かり、俺たちの旅路を盛大に示していた。
歩いて行こう。
1歩ずつ、ゆっくりと。
その1つ1つが俺たちの紡ぐ、物語になるのだから・・・
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今回は過去を振り返る回とさせていただきました。
アルフのこと、もはや懐かしいですな。
ヴァーリ君も元気にしてるといいのですが・・・
さて、ゆっくり光狼の大地を行く彼ら。
次は一体どんな苦難が待ち構えていることやら。
ホッホッホ、ではまたお会いしましょう・・・・・・