第2章 『光狼の大地』
P7 菖蒲(あやめ)の森
菖蒲の森。
この世界に来た地点から見えた、横方向に無駄に広いこの森には、名前の通り菖蒲色っていう・・・まぁ薄い紫の木々が鬱蒼と生い茂っている。
果てしなく異様な光景だが、不思議と神秘的な感じがする。

「この森にいるポケモンたちは大人しいから、休むには最適だと思うよ」
「確かにみんな大人しそうだな」

俺が傍らのキャタピーに手を伸ばすと、キャタピーは笑顔ですり寄ってきた。
思わず笑みがこぼれる。

「今夜はここで野宿か?」
「そうしようか。これ以上行くと、多分暗くなっちゃうしね」

日は既に傾き、空はうっすら赤みを帯びている。
しかしこういう、野生のポケモンたちが大人しくて安全な場所と言うのはありがたい。
さっきの草原ではマンキーたちの群れに幾度となく襲われた。
タイプ相性もあってシキのエスパー技で簡単に追い払うことはできたが、30分に一度のペースではさすがに面倒だ。
俺は無数の葉によって覆われた見えない天に向けて手をのばし、強張った体をほぐす。

「く・・・く・・・・・・・ふぅ」
「どうしたのリシル。もうお疲れ?」
「そう・・・かもな」

ナオヤの言うとおり、疲れてないわけではない。
が、まだこの世界に来てから24時間もたっていないのだ。
とりあえず未知の事態が起こることも想定して、休息は多めに取るべきだろう。
それに何より、野宿となればエスパー技の修行が再開できる。
早く技をものにしてしまいたかった。

「リシルくん、またエスパー技のこと考えてるでしょ」
「う、うるせぇぞセレナ。習得できたらかっこいいだろ?」
「まぁ・・・普通じゃ考えられないもんね、リザードであるリシルくんがエスパー技なんて」
「そうそう、だから早く修行の再開を・・・・・・」
「リシル君、静かに」

シキの強張った表情から発せられた言葉に、俺たちはピタリと動きを止めた。
ふと揺らぐ、周囲の雰囲気。
気のせいかと思ったが、どうやらそうではない。
森の木々たちはざわざわと不気味にざわめく。
ポケモンたちが・・・・・・慌てて逃げている?
さっきのキャタピーだけでなく、頭上にぶら下がっていたタネボーたちも地面に降りてスタコラと走って行ってしまった。

「シキくん、これって・・・」
「うん、さっきの言葉は撤回するよ。世界が壊されている影響でここも安全じゃなくなったんだね・・・」

ふと巨大な威圧感を背後に感じた。

「な・・・・・・」

あまりにもでかい。
セレナたちも、俺の背後を見て血の気を引かせている。
ギギギ・・・と機械仕掛けの人形のように振り向く俺。
場に走る戦慄。
そこに立っていたのは俺の3倍はあろう巨体。

「リングマ!?」
「グゥゥゥゥ・・・グルアアアアアアアァァァ!!!」

狂気の色に染まった瞳を輝かせ、リングマは高く唸り声を上げた。
その数は一体ながらも、恐怖に足がすくんで逃げられない・・・!
動け、動いてくれよ、足!
リングマが高々と振りかざした右腕は、白い光を帯びる。
アームハンマーは、命を押しつぶさんと俺の頭上に落ちゆく。
明確な死を目前にしてもなお、俺は命が尽きるのを待つしかできなかった。
やっべ・・・・・・

「せやあっ!」
「グアアァ!!」

と、突如飛来した青い気弾はリングマの胸板を正確に撃ち抜き、リングマは大きく仰け反った。
今のはサイコショックか!?
振り向くと、リングマ向けてかざしたシキの手の平からは小さく煙が上がっている。

「みんな! 逃げるよ! 早く!!」
「リシルくん! 急いで!」
「あ、ああ、わかった!」

俺たちは方角も確認せず、がむしゃらに走り出した。
明らかな敵意を抱いているリングマは尚も俺たちを追っているのか、ズシンズシンと重い足音が背後から響く。
そしてその足音はどんどん迫ってきている・・・!

「セレナ! リシル! シキ! 一旦2手に分かれよう! 固まっているんじゃ危険だ!」

ナオヤの初めて聞いた真剣な声は説得力十分で、俺もセレナもシキも無言でうなずいた。
全員一緒にいるとその分移動が遅くなってしまうし、他の仲間に囲まれて一網打尽にされるという可能性も無いわけじゃない。

「ならボクがナオヤ君と一緒に行く! ナオヤ君は戦闘力ゼロだから!」
「シキ、そんなバッサリ言われると軽く傷つくんだけど・・・・・・」

シキはナオヤの言葉など耳に入らないとでも言いたげに続ける。

「リシル君とセレナちゃんは2人で大丈夫だよね! 合流地点はこの森の・・・」
「グオオオオオオオアアアアアアア!!」

リングマの咆哮によってシキの言葉を聞きそびれた。
俺は焦りを覚え、冷や汗がにじむ。
冗談じゃないぞ・・・!
迷子になっちゃ敵わない、せめて集合場所だけでも・・・・・・

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

再び響くリングマの咆哮。
後ろを振り向いた俺は目を見開いた。
あのモーションは・・・・・・
・・・はかい・・・こうせん・・・・・・・・・
リングマの大きく開かれた口から放たれた巨大な光線は、木々をなぎ倒して俺たちに迫る。

「リシルくん!」
「くっ・・・セレナ! 掴まってろよ!!」

絶望的な状況の中、とっさに俺がとった行動は、隣を走るセレナを抱き寄せること。
彼女を守る。
無意識のうちに体が動いていた。
セレナのなよやかな腕が背中に回される感覚。

衝撃、爆発。

まばゆい閃光が視界を染めた。


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「ナオヤ君! もうちょっと走れる!?」
「まだ大丈夫。体力は自信あるから」

すぐ隣を飛行するシキは、心配そうに背後をちらちらと振り返っている。
なんとかリングマは振り切った。
が、最後の瞬間、セレナとリシルに向かう白い光線が見えた。
それにリングマがまったく追ってこないということは、あの2人がターゲットにされた可能性が高い。
心に渦巻く不安の念をあの2人なら大丈夫だと無理やりに払いのけ、僕たちはひたすら走る。

「シキ、合流地点はあの木の下なんだよね」
「そうだよ、2人にも伝えた」

そんなに遠くない場所に、他の木よりはるかに高い1本の巨木がそびえている。
確かにあの木はこの森のどこからでも見えるだろうし、集合場所としては最適だ。
けど、あの2人には本当に聞こえたのだろうか・・・・・・

「・・・・・・無事でいて、2人とも・・・」

ポツリと、頬に1粒の雨が落ちる。
いつの間にか空はどんよりとした雲が覆い、豪雨を降らせていた。


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「撒いた・・・・・・か?」
「みたいね・・・」

外の様子をうかがっていた俺は、あたりにリングマの気配が既にないことを確認すると、壁に体重を預けて座り込んだ。
その隣にセレナもちょこんと座る。
雨が降ってきて視界が悪くなり、手近な洞窟に飛び込んで息を潜めたところ、リングマは俺たちを見失ってどこかに行ってしまったようだ。
そこでシキとナオヤの2人に合流しようと思ったのだが、この雨である。
さっきだくりゅうを喰らった俺が衰弱しきっていたことからわかるように、雨だろうと水は苦手だ。
セレナもそのことを察してくれたようで、何も言わない。
そして何より、ここを動けない理由がもう一つあった。

「いって・・・・・・」

俺は眉をひそめ、ズキズキと痛む左肩を押さえる。
俺もセレナも体じゅうボロボロだが、この左肩だけはどうにもならない。

「あの、リシルくん・・・ごめんね、私のせいで・・・・・・」

セレナはその色の違う双眸で軽く腫れている俺の左肩を見つめ、悲しげな表情でそう言う。
俺は痛みをこらえて、なるべく自然に笑顔を作った。

「大丈夫だって、強く打ちつけただけだ」
「でも・・・・・・」
「平気平気」

リングマのはかいこうせんが目前に迫った時。
セレナを抱いた俺はとっさに体の向きを変え、はかいこうせん向けてかえんほうしゃを放った。
溜め無しで撃ったために威力はかなり弱かったが、はかいこうせんの威力を弱めることに成功した。
しかし、爆風で全身が傷つき、俺は肩から地面に激突した。
幸い俺もセレナも意識があってここまで逃げてきたが、しばらく左手は使えそうにない。
以前にも同じようなケガをした俺は、ティアルに「明日には治ってるよ〜」と言われ、翌日本当に治っていて驚いたものだ。
多分、今回もすぐ治る。

「それにしてもリシルくん、随分と戦闘慣れしてるね」
「ああ、あれはふと思いついたことなんだ」

正確には、体が勝手に動いていた・・・かな。

「しかし、2人とは完全にはぐれちまったわけだ」
「うん・・・」

シキが言っていたであろう合流地点は聞き逃してしまったし、2人の居場所だってわかるハズもない。

「もうすぐ日が暮れて暗くなる。それに、ナオヤもシキもこの雨じゃ俺が動けないことわかるはずだ。・・・・・・なさけない話だけどな」
「フフッ、そうね」

セレナは小さく笑った。
その笑顔は本当にきれいで、俺もいつの間にか一緒になって笑っていた。
笑いが収まると、どっと襲い掛かってくる疲れ、そして眠気。

「セレナ、ちょっと眠ってていいかな、俺は少し・・・・・・疲れた・・・」
「・・・・・・・・・うん」

背後の壁に体重を預け、俺は目を閉じた。
そういや、夢の世界で夢って見れるのかな・・・・・・
そんなことを考えた俺は、右腕にコツンと何かがぶつかるのを感じた。

「ん?」

目を開けると、既に眠りに落ちたセレナが俺に寄りかかっている。

「俺より早いってどういうことだよ・・・」

呆れながらも、俺は右腕にかすかなぬくもりを感じていた。
雨が降り、冷え冷えとした洞窟の中で、それはあまりにも温かい。
可愛らしい寝顔の頬を、手の甲でそっと撫でる。
一流の彫刻師でも、画家でも、セレナを芸術と言う名のカタチにするのはできないだろうな・・・
彼女が本当に愛おしくて、彼女といる間は途方もなく楽しい。
そして彼女を見ると、心の奥に灯る小さな火。
守ってやりたいと思う。

「この気持ちってさ・・・なんなんだろうな・・・・・・」

答えは返ってこない。
むしろ返ってくるのが怖くすらあって、俺は目前の真実から目を背けるように瞼を閉じる。
何も見えなくなると、なんだか心地が良い。
それが事実から逃げているだけなのだとしても、少なくとも今はこうするのが一番いいのだろう。
薄れゆく意識の中、俺はそんなことを考える。
気づけば俺は、深い眠りについていた。


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んぐぅ・・・ノドが痛い・・・・・・
ちょっと、水もらえますかな?
・・・・・・・・・ふぅ。
失礼、あんまり長く語っていると、こうなってしまうのです。

さて、なんだか恋愛モノみたいになってきましたが・・・
まぁ作者によると、『第2章はリシルの心の成長っていうのがテーマだから』らしいです。
それがこれらと一体どうかかわっているのか・・・・・・

そして、この世界での「繋がり」とは・・・?
ホッホッホ、ではまた次回・・・・・・


タクミン ( 2013/03/04(月) 21:26 )