P6 偽りの笑顔
「この世界の果てだぁ!?」
一面の緑・・・ではなく青が広がるだだっ広い草原の真っただ中、思わず声を張り上げた俺にシキは笑顔で頷いた。
「そ。世界のはじっこから壊れていってるんだよ。ちなみにここは、その丁度反対側付近だよ♪」
・・・・・・ウゼェ・・・
スバメが空を飛び交う中、心の中で黒く渦巻く怒りをぶつけるべくかえんほうしゃの構えに入る。
3、2、1・・・
「はい、ストップ」
「ぐぇっ」
突然体が宙に浮いた。
俺の首根っこを掴んでヒョイと持ち上げた人間のナオヤを、俺は2段階防御が下げるくらいの形相で睨む。
体制が不安定になり、さらに首元を捕まれたため、かえんほうしゃの中断を余儀なくされた。
ナオヤは大げさに溜息をつきつつ、手足をパタパタ動かす俺を見つめる。
「言っておくけどリシル、その顔怖くないよ」
「んなことより、何すんだよ!」
「落ち着いてって。シキにかえんほうしゃなんか使ったら後々困るのは自分だよ?」
「そんなのどうでもいい! 俺はただアイツをブチのめしたいだけだっ!!」
ジタバタもがく俺、呆れた表情のナオヤ、アハハと笑うシキ。
我ながら先が思いやられる。
ていうか笑ってんじゃねえこのやろう!!
俺は届きもしないドラゴンクローをシキに向けてぶんぶん振った。
「もー・・・しょうがないなぁ・・・・・・」
「ん? セレナ、どうし・・・」
セレナの方を振り返ったナオヤは言葉を切った。
はてと思った俺も、セレナの方を見る。
驚愕、戦慄、その2つが入り混じり、俺は動きを止めた。
そして瞬時に察した。
ナオヤは言葉を切ったのではなく言葉を失ったのだと・・・
「お、おいセレナ・・・そりゃちょっとまずいんじゃあ・・・」
セレナの足元にゴボゴボと渦を巻き始める泥水。
そういや、シャワーズってその技覚えるんだったっけ・・・・・・
真っ白になった頭の隅で、俺はそんなことを考えていた。
なみのりと肩を並べる威力を誇り、まれに相手の命中率を下げる水タイプの技・・・
「だくりゅうッ!!!」
セレナの叫びと同時に、薄茶色に濁った水が巨大な波となって視界を遮った。
「「「いぎゃあああああああ!!!」」」
シキ、ナオヤ、そして俺の悲鳴が脳を揺さぶる。
俺はリザードで、リザードは炎タイプ。
こんな勢いの水流を喰らえば、びしょ濡れどころかタダでは済まないだろう。
「あー・・・・・・」
だくりゅうは彫像のように固まった俺たちを易々と飲み込んだ。
その後の記憶は無い。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「シキくんは、リシルくんをからかっちゃだめだよ?」
「ぅあ〜い」
地面に倒れてぐてーっとしているシキは、その姿勢にたがわぬやる気のない返事を返した。
「ナオヤは・・・・・・まぁいいわ。むしろ止めようとしてたしね」
「ん、どーも」
ナオヤは小動物のように頭をプルプルと振り、長めの髪に付いた水分を必死に落としている。
頭痛くなんないのかな・・・
「リシルくんは、シキくんにすぐ食ってかかろうとしちゃだめだよ」
「お・・・おう・・・・・・」
正直に言おう。
寒い。
やっぱり炎タイプが水をかぶるのはよくないらしい。
体中の水滴は、俺の体温をギガドレイン並みの威力でどんどん奪っていく。
が、まぁ登山中に凍死するとかそこまでではないので、時間の経過とともに寒さは和らぐはず。
「リシル、大丈夫? 寒そうだけど・・・」
「さみぃけど・・・まぁ大丈夫だろ」
自分こそ寒そうなナオヤの心配の眼差しに、まぁ強がってはみたが体の震えは止まらない。
ガクガク、ブルブル。
ポケウォーカーを持っていれば一気に歩数がたまりそうだ。
「うーん・・・・・・あ、そうだ」
さっきから横になったままうんうん唸っていたシキは、頭に電球マークを浮かべた。
夢の世界だからなのか、比喩ではなく本当に浮かんだのだ。
その不思議な現象になんとなくビビリながら、シキの話の続きを待つ。
「リシル君、クリスタル渡されたんだよね」
「クリスタル? ・・・・・・ああ、これか」
俺はしばらく間をおいて、胸に手を置いた。
非科学的なことだが、クリスタルはこの・・・俺の中にある。
「でさ、クリスタルって一体なんなんだ?」
「うん。今説明するね」
シキはまっすぐ俺に手をかざした。
別にアヤシイものが飛んでくるわけでもなく、シキの体が青いオーラに包まれたかと思うと俺の体からパァッと光が散り散りに飛び出す。
「ふひぇぇっ!?」
セレナはおっかなびっくりと言った表情で2mほど飛びずさった。
ナオヤは不思議そうな顔で見つめている。
俺はためしに目の前の光に手をそっと添えてみた。
・・・・・・・・・・・・。
「おいシキ、これなんだ」
「この前渡されたクリスタルだよ。形変わってるけど、そういうものだから」
「ふ〜ん」
光は一つ一つが小さく発光し、その色はやや紫を含んでいるように見えた。
「それは簡単に言っちゃうと、ボクのチカラの一部だよ」
「何いぇあっ!!!」
噛んだ。
ちなみに、何ィ!!! と言おうとしただけだ。
なんとも奇妙なところで噛むものだな。
じゃなくて・・・
「力の一部だと?」
「僕の力。エスパーの、ね」
「エスパー・・・か」
目を閉じて。とシキから指示が飛び、俺は言われるがままに目を閉じた。
視界が闇に包まれると、その分、別の感覚器官が機能を強めた気がした。
肌を撫でる心地よい風、さらさらと揺れる一面の草、そしてかすかに香る太陽の匂い。
そして、口では説明し辛い力が体中にみなぎるのを感じる。
「もういいよ、リシル君」
俺はそっと目を開けた。
視界を閉ざしていたのはほんの数秒なのに、暖かい日差しは眩しくすらある。
気づけば、周りの光はすべて消えていた。
なんか・・・不思議な気分だ・・・
しばらく自分の手の平を見つめていた俺は、足元に落ちている石ころに視線を向けた。
単純な力は一切使わない。
全てはイメージ。
力を抜け・・・・・・
誰に言われるでもなく、情報が頭に流れ込んできた。
その通りにイメージを強める。
「・・・・・・ねんりき」
小さく呟くと同時に、石ころは紫色のオーラに包まれた。
見えない手で持ち上げるような感覚。
必死にイメージする。
「・・・・・・・・・・・・ッ・・・」
・・・・・・動かない。
どれだけイメージを強くしようと、石ころは俺を嘲笑うかのようにその場を離れようとしない。
苛立ちを覚えた俺は、遂に力任せに叫びをあげた。
「動け・・・・・・・動け、動けッ!!!」
どれだけ叫ぼうと、どれだけ石ころを睨もうと、状況は一向に変わらなかった。
「リシルくん、そんな力任せじゃエスパー技は・・・・・・」
セレナの指摘が飛びかけたところで、一同は沈黙・・・いや、言葉を失った。
石ころが確かに、コロンと転がったのだ。
「・・・・・・・・・シキ、今の・・・」
「うん、できたね・・・・・・リシル君・・・」
しばらく全員が呆然としていた。
「は・・・・・・はは・・・は・・・」
やがて俺の口から、小さく乾いた笑いが漏れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねんりき」
「おっ・・・へぇ・・・・・・」
紫のオーラを纏ってほんの少し浮かび上がる石ころ。
それを興味深そうな目でナオヤが見つめる。
そしてワァワァ騒ぎながらその周りを飛び回るシキ。
俺は安堵の息をついた。
とりあえずここまで形にすれば充分だろ。
ふと、隣に立っているセレナが口を開いた。
「リシルくん、大分上達してきたね」
「ああ。シキのおかげかな」
体を乾かしがてら2時間ほどエスパーの修行をするとした俺は、既にあまり集中せずとも石ころを少し浮かべるくらいなら簡単にできるようになっていた。
シキ曰く、飲み込みはメチャクチャ遅いらしいが実感はない。
普通なら既に人間一人浮かべられるくらいにはなっているはずらしいが・・・
俺にあるのは、新しい力を得た自分への賞賛と興奮だけだった。
飛び回っていたシキは俺の目の前でフワリと制止した。
「その力は頼みを聞いてくれるリシル君へのプレゼントだよ。ただ・・・・・・ちょっと工夫が必要だね」
「工夫? なんでだよ」
シキは呆れた表情でサイコキネシスを発動させると、俺のねんりきを軽々と破り、操っていた石ころを目の前に浮かべた。
「あのさ、この程度の威力で実践に使えると思う?」
「そりゃあ・・・使い方に寄るんじゃないか?」
「そう、それ」
シキが俺の眉間のあたりをびしっと指差し、俺は思わず半歩後退した。
「君のエスパー技は練習が足りないのもそうだけど、圧倒的にパワーが足りないんだ。敵の技を弾いたりとかはできないだろうね。変わった使い方をする必要がある」
「つ、つまりどういう・・・」
「ここから先は僕もわからない。答えはキミ自身が見つけるんだ」
「俺自身で・・・ねぇ・・・・・・」
使い方か・・・
ま、旅は長くなるだろうし、ゆっくり考えりゃいいさ。
それにしても・・・・・・
「この力、リーオたちが見たらどんな顔をするんだろうな」
エスパー技が使えるリザードなんて、俺だけだろう。
元の世界に帰ったらこの力を見せてやろう。
きっとリーオのやつ、開いた口が塞がらないぜ。
自分の手の平に落としていた視線をシキに向けると、シキはうつむいていた。
「シキ?」
よく顔が見えないが、わずかにうかがえる表情は悲しみに満ちている。
「シキ、俺なんか悪いこと言ったか?」
慌てて顔を上げ、シキは首を横に振った。
「う、ううん、何でも。そうだね、驚くと思うよ」
シキは笑顔を浮かべていた。
けど俺は、なんとなく違和感を感じる。
そう、ウソをついているようなそんな感じの・・・・・・
シキはどうしたの? とでも言いたげに首をかしげ、笑顔で俺を見つめている。
その笑顔、作り物じゃないのか? ・・・・・・シキ・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
エスパー技を手に入れたリシル君。
ここらで読者の皆様から罵声が飛びそうな予感がします・・・
まぁなにはともあれ、リシル君のこれからの成長に期待ですな。
そしてシキ君が抱える秘密とは・・・?
では、またお会いしましょう・・・・・・