P4 拒絶
「えっと・・・リシルくん」
「なんだ?」
「さっきはその・・・・・・ありがと」
前を歩くセレナは、顔をうつむかせてそう言った。
さっきの光景を思い出すと、俺でも顔が熱くなってくる。
いかんいかん。
俺は顔をブンブンと振り、わざとふてぶてしい表情を作った。
「まったく、人前で泣くとは・・・子どもだなお前」
「な、なんですって!?」
セレナはしばらく俺を睨んでいたが、やがてぷいと前を向く。
俺が声をあげて笑いだすと、セレナの鋭い視線が俺の全身を貫いた。
「何を笑っているの? リ・シ・ル・くん?」
「や、あまりにも天気がいいもんでつい・・・」
セレナをいじるのは楽しいが、やりすぎると反撃が痛そうだ。
ヘタするとハイドロポンプが飛んでくる可能性もある。
俺はしばらくそんなことをかんがえながら、黙って付いて行った。
「えっと、確かここを右に曲がって・・・・・・あ、着いたわよ」
セレナが足を止めたのは、パッとしない灰色の建物。
正面に迂回すると、2階建てであることがわかった。
1階2階ともにドアが4つずつ付いており、その1つずつが部屋なのだろう。
すかさず隣のセレナから説明が入る。
「この建物はアパートっていうんだけど・・・何人かの人が住めるようになっているんだよ」
「へー・・・」
小さいいくつかの家が1つにくっついたようなもんか。
感嘆の声を漏らしながら、俺はしばしその建物を見つめた。
「私のトレーナーの部屋は2階の左端だよ」
「ん」
隅にわた埃のたまったコンクリートの階段を一段一段踏みしめる。
人間用に設計されたであろうそれは、俺たちにとってはちょっとしたアスレチックのようなもので・・・・・・
と言っても、俺もセレナもそこそこ身長はあるので軽々と登って行った。
目的のドアの前に立った俺はドアの横に着いた札を眺める。
『204 藍芽崎』
「なんて読むんだこれ・・・」
俺ははてと首をかしげた。
セレナも同じく札を見あげると、ああと一言。
「それは『あいがさき』って読むのよ。リシルくんがいた世界って漢字あるの?」
「あるけど、こんなに難しいモンは読めん」
そう断言する俺に、セレナはうっすらと笑みを浮かべた。
「まぁとりあえず、入るよリシルくん」
セレナは突然体制を低くした。
その行動に、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる俺。
一体何を?
「せー・・・・・・のッ!!」
セレナは柔軟な足をバネのように使い、ドアノブに跳び付いた。
「お、おお・・・」
なにやらガチャガチャとドアノブを器用に回すと、後ろにかかった重心でドアは静かに開く。
危なっかしく着地したセレナをボーゼンと見つめていると、セレナはなにやら含みのある微笑を浮かべてさっさと中に入って行ってしまった。
「人間界って・・・・・・大変そうだな・・・」
やや重い足取りで同じく中に入ると、そっとドアを閉じた。
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俺たちが足を踏み入れた部屋は、まぁ至ってスタンダードとでも言うか・・・
自分で組み立てるタイプの鉄製タンス、勉強机、部屋の隅に置かれたソファ、真ん中にどーんと置かれた丸テーブル、ついでにクローゼット。
茶色や灰色、白といった落ち着いたイメージのある部屋には、赤い壁時計が真紅のアクセントを添えている。
必要最低限と思われるものしかなく、とてもきれいに片付いていた。
「なんか、いい部屋だな」
俺の率直な感想にセレナは戻ってきたという安堵の表れか、大きくのびをしながら笑みを浮かべた。
「几帳面というか綺麗好きと言うか・・・とにかく、なかなか居心地良いわよ」
「なんでお前が得意げなんだよ」
セレナといるのは本当に楽しくて、一瞬でも元の世界のことを忘れそうになる。
・・・ダメだ。
俺の居るべきはここじゃない。
「あれ、お帰りセレナ」
「!!」
突如背後から響いた声に俺は前方に大きく跳躍すると同時に体の方向を180度変え、ドラゴンクローを構えた。
そこに立っていたのは人間の男。
少し長めでところどころがハネている、青みがかかった黒色の髪。
肌は俺の腹と同じくらいの白さで、体のラインも随分と頼りない。
本当に男かコイツ・・・
前髪が静かに揺れるその表情は、苦笑いを浮かべていた。
「えっと・・・とりあえず大丈夫だよリザード。だから落ち付け、ね?」
「平気だよリシルくん」
2人に言われてはさすがに逆らうのは難しい。
警戒の色を見せつつ、俺はしぶしぶと戦闘態勢を解いた。
「セレナが連れてきたってことは、君はワケありなんだろ? ちょっと待ってて、飲み物取ってくるから」
セレナは大丈夫だと言っていたがそれでも警戒は解けない。
人間はパタパタと玄関脇に走って行った。
確か、あそこには冷蔵庫があった・・・
「ね、大丈夫だって言ったでしょ?」
セレナはなんとなく不安な俺の隣で満足そうに笑った。
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「へー、別の世界から・・・」
「あくまで予想だけどな。けど、俺がいた世界に人間はいなかった」
正しくはいなかったと思う、だ。
俺だって、元の世界を知り尽くしているわけじゃない。
「えっと・・・じゃあこの世界のことを教えないとだな」
「頼む」
人間はグラスに入った『ジンジャーエール』っていう飲み物を一口。
のどを軽く湿らせたところで、テーブルに大きな地図を広げた。
地図上部には3つの大きな山。
真ん中あたりには2つ街らしきものがあって、下の方の湾には1本の大きな橋が架かっている。
人間は地図の中央、街らしきもの2つの内の右側を指さした。
「今僕たちがいるのは、このヤマブキシティってとこ。この地図はカントー地方っていうのの地図なんだけど、その中で一番大きな街だよ」
「へぇ・・・」
中心にいるというのは、正直ラッキーだ。
情報収集や移動なんかに便利だからな。
ふと、俺は地図の左端が途切れていることに気づく。
「ここ・・・地図が途切れてるけど・・・」
「ああ、このカントー地方のとなりにはジョウト地方っていうのがあってね、この町から新幹線が出てるよ」
話を聞くに、この世界はそりゃあもう広いようだ。
しかし新幹線とはなんだ?
俺は、話の流れから察するに移動に使う機会だろうと結論付けた。
「ま、こんなところかな。わかんないとことかあったら遠慮なく聞いて」
人間は地図を丸めながら言った。
なら、単刀直入に聞かせてもらおうかな。
「俺がいた元の世界への帰り方、知らないか?」
それを聞いた人間とセレナは顔を合わせ、そっとうつむいた。
「ごめん、わかんない」
「私も・・・」
「そっか」
もちろんそんな楽に情報が手に入るとは思っていない。
が、もしかしたらと思ったんだけどな・・・
しかし、この2人に会えて本当に助かった。
なにもわからずにこの世界をさまようのとは精神的に違いがある。
長居は無用と感じた俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、ありがとな。俺は元の世界に変える方法を見つけないと」
「え、行っちゃうの?」
そう言った人間に、俺は頷く。
「いろいろ教えてくれて助かったよ。俺は早く行かないとだからな」
リーオたちは今頃心配して、学校を休んでまで探し回っているだろうか。
・・・リーオなら喜んで学校休むだろうな。
小さく微笑むと、俺は玄関に向かって歩き出した。
そんな俺を呼び止める声が一つ。
「待ってリシルくん!」
セレナだ。
俺はゆっくりと振り向いた。
セレナも、そしてその隣の人間も真剣な瞳で俺をまっすぐ見ていた。
「どうした?」
「私も手伝うよ。リシルくんを」
「僕も学校は大きな連休に入るし、手伝いたい」
正直、俺は迷った。
仲間が増えればその分効率が上がる。
そして心のありようってやつも随分と変わるはずだ。
だが・・・・・・
「・・・ありがとな2人とも。けど・・・・・・いい」
俺はそう冷たく言い放ち、玄関のドアを開けて外に出た。
日は既に沈みかけていて薄暗くなっている中、ひゅうっと冷たい空気が全身を駆け抜け、俺は身を震わせる。
再びドアを閉める際、俺を心配そうに見つめるセレナが見えた。
「じゃあな・・・」
小さくそう言い、俺は踵を返して歩き始める。
ドアは勝手にゆっくりと閉じていく。
俺を拒絶するかのようにドアが完全に閉じた時、俺は前を向いていた。
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仲間になったかと思いきや、いきなりお別れですな。
1人で歩むことを決めたリシル君。
果たして彼を導く運命とは・・・
そしてこの世界に飛ばされたその理由とは・・・?
ホッホッホ、ではまたお会いしましょう・・・・・・