P3 静かなるセレナーデ
「はぁ・・・」
溜息と共に、俺は薄暗い道を1人、とぼとぼ歩いていた。
確か人間は、特殊な機械を使ってポケモンを電子化し、捕まえると聞いたことがある。
それで一緒に戦ったり遊んだりしてその絆を深めるらしいが、中にはポケモンを売買する連中もいるらしい。
いや、絶対にいるだろう。
俺はどっちもまっぴらごめんなので、人目に付かない道を歩いている。
そういや町を歩き回ってみたところ、何人かポケモンを見かけた。
が、人間が近くにいて、話しかけることができない。
「どーすっかな・・・」
八方塞がりだった。
情報収集のためにこの町にいたいが、その情報収集ができない。
せめてその辺にいる野生のポケモンに話を聞けたらと思ったが、そういう時に限って誰にも会わない。
こういうときにまで、俺の運の無さが影響してくるというのはかなり痛い。
ふと、自分を動かしていた気力が抜け去ったような気がして、俺は仰向けに倒れた。
建物――さっき聞いたんだが、ビルとかマンションって言うらしい――の隙間から覗く青空には、雲の切れ端が風に乗ってふよふよと漂う。
まったく同じだ、俺の世界と。
文明の発達も、住んでいる生物も違う。
けど、空だけは何一つ変わらない。
もしかすると、ここは別の世界ではなくアンティーレから遠く離れただけの場所とさえ思える。
俺はもう一度溜息をついた。
「ねぇ、リザードのキミ」
「んえ?」
突如響いた、高く、澄んだ声に俺は体を起こした。
後ろを振り向くと、そこに立っていたのはメスのシャワーズ。
思わず息をのんだ。
潤いを持ったツヤのある体。
声はやや幼さを含み、年は俺と同じくらいか・・・
そして何より目を引くのは、通常の黒い目とは違う左目。
その色は透き通るようなアクアブルーで、体と同じ色にもかかわらずよく映えている。
その姿は、湖畔にたたずむ精霊のように儚く美しい。
「初めて見る顔だけど、どこから来たの?」
「・・・・・・・・・」
「な、なによ・・・」
思わず見とれていたことに気づき、俺は慌てて視線を逸らした。
「へ!? あーいや、その・・・お前さ、この町に住んでんのか?」
「うん。正確には、この町に住んでいるトレーナーのポケモンってところかしら」
「おぉ、なるほど」
それなら、話は早い。
この世界について聞いてみよう。
「なぁ、悪いけどこの町に事を詳しく教えてくれないか? っていうか、この世界のこと」
「その前に!」
彼女の右前足が俺の顔面に向けられる。
気迫に押され、俺はピタと言葉を切った。
「まだ私の質問に答えてない」
「へ? ・・・ああ」
なかなかフィーネに似ているやつだと俺は思った。
それなのに、心の奥に小さく灯るこの火は一体・・・・・・
「私の名前はセレナ。とりあえず私のトレーナーのところへ行きましょう。話は途中で聞くわ」
「ああ、俺はリシルだ。よろしくな」
セレナは満足そうに薄く微笑んだ。
「私のトレーナーはこの先だよ。行こ、リシルくん」
「あ、ちょっと待てって!」
さっさと歩いていくセレナの後姿を、俺は慌てて追いかけた。
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「遠いところから来たって・・・・・・なんかテキトーね」
遠い目で俺を睨むセレナに、俺は苦笑いを浮かべた。
「ちょっとワケありなんだよ。内容がぶっ飛んでるから、信用してくれるかも疑わしい。というわけで話すべき時まで黙っておく」
「そう・・・」
俺たちはビルの間の薄暗い道をひたすら突き進む。
分かれ道では、セレナは迷わず左を選ぶ。
右側を覗いてみると、ゴミをあさるベトベターやヤブクロンが俺の視界に入った。
左側からしか行けないのか、単に右側を通りたくなかっただけなのか・・・
「セレナ、ここってなんていうか・・・衛生上あまりよとしくないというか・・・・・・」
住んでいる街をけなされて、決していい気分にはなれないだろう。
多少話すのをはばかられたものの、俺は意を決して聞いてみた。
すると、セレナから帰ってきたのは意外な反応だった。
「しょうがないことなのよ、それは・・・」
セレナは歩きながらうつむく。
「ここは都会なんだから・・・・・・」
俺はその言葉の意味を汲み取り損ねた。
アンティーレだって、大都会と言われるほどの都市だが、裏道だってとてもキレイだ。
これは、人間の『特性』というやつなのだろうか。
俺はとりあえず思考に区切りをつけた。
斜め前を歩くセレナの表情は、なんだか悲しげだった。
そういえば・・・
「なぁ、悪いこと聞くかもしれないけど・・・お前のトレーナーは俺を捕まえようとしたりしないかな」
「大丈夫よ。あの人はやさしい人だから・・・私を傍においてくれる・・・」
「どういう意味だ?」
セレナは歩みを止め、まっすぐに俺を見る。
話しにくいことなのか、瞳をすっと細めた。
「この目、オッドアイっていうんだけど・・・知ってる?」
俺が首を横に振ると、セレナは左目をまるでいたわるかのように押さえながら話し始めた。
「これは生まれた時、遺伝子の関係でまれに起こるの。左右で目の色が違うっていう、ね。オッドアイは本当にたまにしか起きないことだから、私はイーブイのころから様々ないじめの対象になった。生物は、自分が持ってないものを持っている同種を嫌う傾向があるんだよ」
「な・・・・・・」
言葉が出なかった。
そして脳内に渦巻く疑問。
なんでオッドアイを・・・・・・セレナを嫌うのか・・・
だってこんなにも・・・
・・・綺麗な色をしているんだぜ?
「私は物心ついてすぐに逃げ出した。当時、わたしを嫌っていた全てから遠ざかってしまいたくて・・・」
セレナの頬を、銀色の雫が伝う。
「それであの人と出会って、あの人は私を受け入れてくれた。嫌わないでくれた・・・」
セレナは泣いていた。
自分の過去を振り返り、手を差し伸べてくれた人と出会って・・・
懸命に笑みを作ろうとしても、セレナの顔はすぐ涙でグシャグシャになる。
女の子の涙を見たのは、いつ以来だったかな・・・
確か小2のころ、ティアルが友達に仲間外れにされた時だ。
あの時、俺は笑わせようと必死に変顔したり1人漫才やってみたり、駄菓子屋でお菓子を買ってきたり・・・
俺は反応に戸惑いながらも、1つの行動を思いついた。
笑わせることは不可能、お菓子かなんかを渡すこともできない今、唯一俺ができること。
俺は・・・そっとセレナを引き込み、腕に抱いた。
セレナは尚も嗚咽を漏らし、涙を流す。
せめて、セレナに降り注ぐ悲しみを分かち合えるくらいの存在になる。
俺はそう心に誓い、いっそう強くセレナを抱きしめた。
「ありがと・・・・・・リシルくん・・・」
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新しい出会い、それはリシル君にとってプラスとなるのでしょうか。
私はそうだと信じたいです。
そう言えば私、2章に入ってから出番がありませんな。
・・・・・・・・・。
第2章と言うことで新しいキャラも登場しますよ。
そして物語はまだまだこれから。
ホッホッホ、次回をお楽しみに・・・・・・