P16 天使の羽
信じられない。
たった1人。
たった1人のリザードによって、アルフがほぼ全滅だと?
俺が飛んでいるその下には、意識を失ったアルフたち。
そして赤く染まった目で俺を見つめるリザード。
残ったアルフは既に俺一人。
いま、彼を動かしているのはおそらく・・・・・・
怒り。
仲間を倒した俺たちアルフに対してか・・・
いや、違うな。
おそらく結果として仲間を傷つけることになった自分に対する怒りだろう。
赤い眼差しは静かに燃えていた。
だが、俺はアルフのトップ、オーディ。
使命は果たさなければならない。
俺は両手平をパァン! と合わせる。
ゆっくりはなすと同時に、ほとばしる電流。
いくぞ!
「チェインスパーク!」
電流は幾重にも枝分かれし、その全てがリザードに向かっていった。
リザードは電流を冷たく見据え、足元の地面に向かってかえんほうしゃを放つ。
瞬間、巨大な火柱がたちのぼった。
「な・・・・・・!!」
雲が円形に晴れ、青空が覗く。
樹木のような形の電流は、その熱気で跡形もなく消え去った。
なんてパワーだ!
並の技ではロクに効果がない。
「ヴウゥゥゥ・・・・・・」
うなり声をあげるリザード。
殺気を含んだその声は、心なしか悲しみも交じっているようだ。
その理由はわからない。
今もこれからも。
悪いが、これまでだ!
俺はさらに高く飛び上がった。
左手を頭上に掲げ、その手の平から炎を放つ。
炎は球体となり、俺はその中に突っ込んだ。
体が溶けてしまいそうな感覚。
それにこらえながら、体に纏った灼熱の業火ごと急降下。
くらえ・・・・・・・・・!
「ヴォルカエンド!!」
シヴに何度も言われた。
隕石のようだ、と。
何度も天界そのものを破壊しかけたこの技。
止められるなら止めて見せろ!!
「ヴウ・・・・・・ウガアアアアアァァァアァ!!!」
ドラゴンクローを構えて跳びあがってくるリザード。
勝負だ! 下界の民よ!!
衝突まであと50m、30m、10m、5m。
いよいよ交錯するその瞬間。
勝負はしかし意外な形で幕を引いた。
「スィーリングプロテクト!!」
凛とした声と同時に、俺とリザードの間に張られた青いバリア。
薄い壁1枚を隔て、互いの技は炸裂した。
大音量の爆音と、金属同士がこすれるような音が響く。
その轟音は俺の聴覚を一瞬だけ塞いだ。
数メートル下がり、巻き起こった煙を風を吹かせて吹き飛ばす。
バリアは割れるどころか、ヒビ1つはいっていなかった。
この技は・・・・・・
「ハッ・・・ハァ・・・ゼェ・・・」
翼を広げ、息を切らせたバクフーン。
そいつは意識を失ったリザードを抱え、俺の少し上にいた。
その姿は数年前に天界を逃げ出した裏切り者と、なんら変わらない。
いまの技も。
アルフの中で最もサポート技、特にバリアを張る防御技に優れていた俺たちの元同志。
「エイル・・・・・・」
エイルは呼吸を整えながら、俺をじっと見据える。
やがて、視線をリザードへと移した。
「おい、リシル君! しっかりしろ! リシル君!!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
誰かが俺を呼んでいる。
暗闇に閉じ込められたこの俺を。
光が・・・・・・差し込んだ・・・・・・
手を伸ばす。
光・・・・・・
「おい、リシル君! しっかりしろ! リシル君!!」
「う・・・・・・う? ・・・・・・エイル・・・先・・・生・・・・・・?」
目の前にいるのは、心配そうに俺の顔を覗き込むエイル先生。
そうだ、俺は確か正気を失って・・・・・・
瞬間、一気に脳が覚醒した。
「そうだ! エイル先生、みんなは!? リーオは!?」
「大丈夫だ。みんな無事だった」
「そ、そうか・・・・・・よかった・・・」
そこまで来て、俺は異変に気づいた。
自分が今、上空に居ること。
そしてエイル先生の背中からのびる純白の翼。
「エイル先生・・・・・・あんた・・・」
「全て・・・思い出したんだ。オーディ! お前も聞いてくれ!!」
オーディは変わらず、俺たちを見つめる。
エイル先生はゆっくりと話し始めた。
「俺は6年ほど前、天界を脱走したアルフだ」
「そうだな、お前はアルフでいることを捨てた」
エイル先生は頷く。
「アルフのやり方っていうのかな、に共感できなかったんだ。俺は自身のアルフである記憶を消し、地上で教師を始めた」
「記憶を・・・消した・・・・・・? エイル先生、それって・・・」
「自分がアルフだってこと、知らなかったんだ。さっきすべてを思い出したがな」
「なら話は早い。エイル、ラグナロクを手伝え」
「まだわかんねぇのかオーディ!! 地上の民の可能性が!!」
場がシン・・・と静まり返る。
沈黙を破ったのはオーディだった。
「下界の民は愚かだ。過ちを繰り返す。存在してはならない」
「それは違います。父上」
見れば、隣をヴァーリが飛んでいた。
いつの間に起きたのか、ところどころに火傷を負ったヴァーリはかなり痛々しい。
ヴァーリは俺たちに向かって、大丈夫です。とでも言うようにほほ笑むと、オーディをまっすぐに見据えた。
「父上たちは地上の民のことを下界の民と呼ぶ。それはリシルさんたちの持つ可能性から目を背け、見ようともしていない証です。下でトーレルさんに全て聞きました。リシルさんがアルフの皆さんを次々と倒していったって」
「・・・・・・だからどうした」
「例え怒りという感情に身をゆだねようと、それはその人の底力、可能性なんです。地上の民は皆優しい。その力を正しき事に使うことができます。なら僕たちの使命はその可能性をつぶすことではなく、万が一道を誤った時に正すことではありませんか?」
静かな空気に響く、ヴァーリの声。
俺は耳を澄ませ、その一言一言に自分の立場をかみしめた。
「アルフはこれまで様々な形で審判を行ってきました。けど、それこそが愚かな行いなのではありませんか? 僕はリシルさんやリーオさん、フィーネさん、ティアルさん、ナレクさん、そしてアンティーレの人々から無限の可能性を感じたんです。例えばリシルさんとリーオさんがケンカしたとき、2人は一週間会話を交わさなかった。でも、2人はお互いのことがずっと心配でならなかったんです。そして絆を結び直した。僕は見守りたいです。今のリシルさんたちを」
今・・・わかった。
ヴァーリは自分の意志をぶつけ、そして俺たちの可能性に賭ける道を選んだ。
なら俺たちがすべきことは、その期待に応えること。
愚かな行いだってするかもしれない。
けれど、正しき道を突き進むために努力することが大事なんだ。
「ライチュウのオッサン!!」
声が響く。
振り返ると、そこにはホウオウにへんしんしたフェリルの背に立つティアル、フィーネ、そして・・・・・・
「リーオ!!」
リーオは俺を見て、にっと笑う。
全員がヴァーリと同じく、全身に火傷を負っていた。
フィーネは大きく叫ぶ。
「私たちがんばるから!! 今の世の中はよくないこともたくさんあるけど、それでも努力するから!!」
続いてティアル。
「アンティーレの人たちも同じだよ〜! だから滅ぼすとか言わないでほしいな〜!」
リーオ。
「俺たちに賭けてみてくれないか!? 頼むよ! ライチュウのオッサン!!」
それは願い、叫び、誓い。
地上の民は運命を変える力がある。
可能性を秘めているんだ。
誰だって持ってる、当たり前だけど気付けないもの。
アルフたちに教えてやる。
オーディはしばらく黙っていたが、そっと目を閉じた。
「・・・・・・・・・いいだろう。お前らの可能性、見せてもらおう。それと俺はライチュウのオッサンではない、オーディだ」
オーディが強く羽ばたくと、下からアルフが全員飛びあがってきた。
いつの間に回復したのか、全員傷は消えている。
翼を持ったポケモンが16人。
雲間から差し込む光を浴び、輝くそれはまさに天使のようで、何より美しく、そして神々しかった。
オーディが前に出る。
「俺たちは天界に戻る。これからはお前らの可能性を見守っているとしよう。エイル、ヴァーリ、お前らはどうする?」
・・・そうだ、すっかり忘れていた。
2人はアルフ、天界の住人なのだ。
「俺は残る、もう俺は2年A組の担任のエイルだ。それに、こっちの方が住み慣れちまったしな」
エイル先生は俺をフェリルの背に降ろし、苦笑いしながらそう言った。
「僕は・・・・・・天界に帰ります」
「ヴァーリ君・・・」
俺の背後で、ティアルが小さくそう呟いた。
ヴァーリは薄く微笑んだ。
「僕はまだまだ未熟ですから、天界でもっと力をつけないと・・・」
「ヴァーリ」
俺はまっすぐにヴァーリを見つめた。
ヴァーリは不思議そうな顔で首をかしげる。
俺からは一言。
「また会おうぜ、ヴァーリ!」
ヴァーリはしばらくぼーっとしていたが、やがて今度こそ満面の笑みを見せてくれた。
「はい!」
次はお前が来るどころか、さっさとリザードンに進化してお前の所に俺が行ってやる。
俺はそっと心にそう誓い、ヴァーリに向かって親指を立てた。
ヴァーリも同じく親指を立てる。
約束、だ。
「戻るぞ」
オーディが短くそう言うと、アルフたちは翼をはためかせ、天界へと羽ばたいてゆく。
次、また次にと、アルフたちが飛び去っていく。
「じゃあな! 少年少女!」
トーレルは突然振り向き、そう叫んだ。
俺が片手をあげてこたえると、トーレルは満足そうに飛び去って行った。
そして最後に残ったヴァーリ。
ヴァーリは無言でうつむいていたが、俺たちの方を見てそっと微笑み、バサ・・・と飛び立つ。
またな、ヴァーリ・・・・・・
俺の思いははたして届いたのか、ヴァーリは雲の上へと姿を消した。
「・・・・・・終わったな・・・・・・・・・」
リーオがそう呟く。
ラグナロクは終結した。
アンティーレに多大な被害を残しながらも、俺たちの滅亡は免れたのだ。
急に疲労感を覚えた俺は、その場に倒れ込んだ。
スキありだぜ! と俺にボディプレスを決めようとするリーオ。
慌てて止めようとするフィーネ。
にこにこと笑うティアル。
微笑みながらその光景を眺めるエイル先生。
無言でゆっくりと下降していくフェリル。
俺の仲間たち。
俺は彼らとともに、アルフが賭けてくれた可能性に応えるため歩んでいく。
天界では、オーディあたりが俺たちの行動に目を光らせているだろう。
ただただ、俺たちは未来を信じて歩き続けていくのだ。
何があろうと永遠に歩みは止めない。
それが俺たちが結んだ約束。
友に誓ったことなんだ。
上に乗るリーオに少し息苦しさを覚えつつ、俺は暖かい日が差し込む空を見あげる。
舞い落ちてきた天使の羽は俺の開いた右手に収まり、俺はそっと目を閉じた。
そう、永遠だ・・・・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ラグナロクの終結。
そしてアルフとの和解。
リシル君たちが歩みを止めることはないでしょうな。
私はラグナロクの終結後、アルフの全てをリシル君から聞きました。
自分の考えが誤っていたことに気づいたのは、その時でしたな。
イグリオさんも、必死に頭を下げておりましたよ。
さて、皆さん。
楽しんでいただけましたかな?
これにて第1章は完結ということになりますな。
とりあえずここまでお付き合いくださった皆さんにお礼を言っておきましょう。
本当に、ありがとうございました。
文章がしっちゃかめちゃかで、上位の存在『アルフ』だとかよくわからない設定だったにもかかわらず最後まで読んでくださった方には、精一杯の感謝を送らせていただきます。
第2章も、引き続き読んでいただけたら幸いです。
あと、作者からお知らせが1つあります。
2章が全然できてないのと、やることがたくさんあるので、しばらくは更新停止気味になるらしいです。
そんなこと知ったこっちゃねえ!! と思うかもしれませんが、どうか抑えてくだされ。
調子に乗った結果だ。と言っておりましたぞ。
アイタタタ・・・腰が少し痛みますな・・・・・・
年は取りたくないものです。
ホッホッホ、ではまたお会いしましょう・・・・・・
リレイト 第1章 『天界の使者』 完