P10 蒼嵐の叫び
今日、リシルとケンカした。
原因は俺たちが衝突してリシルがケガをしたこと。
言い合いはよくするが、ケンカはあまりしない。
心配してくれたティアルにも素っ気ない態度を取ってしまった。
俺も確かに悪かった。
けど、リシルだって言い過ぎだ。
これからしばらく日記をつけることにした。
リシルと口を利かなくなって1日がたった。
今日は学校が休みの日だ。
たとえ俺とリシルがケンカしようと、太陽はいつも通りに昇り、そして沈んでいく。
世界は何一つ変わらない。
唯一変わったことといえば、毎日がつまらないものになったこと。
リシルと口を利かなくなって2日がたった。
今日も学校は休みだ。
気分転換に町中を散歩したが、空気が苦いような気がして、気はちっとも晴れなかった。
知ってるやつにも全く会わなかった。
なんだか体が重い。
気分が沈んでいるのだろうか。
リシルと口を利かなくなって3日がたった。
今日の授業は数学、理科、家庭科、体育、社会。
理科ではよく発言をするリシルも最近静かだ。
エイル先生も、なんだか不思議がっていたような気がする。
その後の体育は2人1組の戦闘実習。
リシルは学年でもトップクラスの実力をほこっている。
俺はそのちょっと下あたりだ。
リシルとペアになったものの、会話を交わすことはなかった。
リシルと口を利かなくなって4日がたった。
最近、夜眠れない。
おかげで朝寝坊することはなくなったが、食欲が出ない。
今朝も、小さなパンをすこしかじっただけだった。
給食を残したのは、ずっと前に病気になった時以来だ。
リシルと口を利かなくなって5日がたった。
図書室での調査、町での聞き込み、あるいは図書館に行って本を読み漁っていたアルフ研究部の活動はいつの間にか止まっていた。
フィーネもティアルもヴァーリも元気がない。
成績優秀なはずのフィーネは簡単な数学の問題をいくつも間違えたし、ティアルはいつものように陽気な声で話しかけてはくれない。
ヴァーリはこの学校生活を楽しもうとしているのだから、悪いことをしていると思う。
リシルと口を利かなくなって6日がたった。
今日気づいたことだが、俺は授業中に居眠りをしなくなった。
普通ならいいことなのだろうが、なんとなくさみしく感じる。
エイル先生の授業にもなんだか張りがない。
気づけば世界は灰色に見えていた。
そして今日で7日目。
これから学校に行く。
天気はどんよりとした曇りで、できれば学校に行きたくない。
今日が終われば、また2日間学校は休みだ。
願わくば、この日記を書くのはこれが最期であってほしいと思う。
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「はあ・・・・・・」
通りすがる人々は俺の目には灰色に、コマ送りのように見える。
さながら機械仕掛けの人形劇のようだ。
それは生き物としての様々な能力が低下しているからだろうか。
「うっ・・・・・・・・・」
急に胸苦しさを覚え、すぐ近くの小道に入った。
壁に手をつき、大きく深呼吸。
そのままじっとすること約2分。
落ち着いてきたところで顔を上げると、目に入るのは小道のさらに奥。
確か、この先は・・・・・・
素早く町の地図を脳内に広げると、俺は歩き出した。
一歩。
一歩。
たった一歩が途方もなく小さい気がしてならない。
すぐ脇でイトマルが巣を張り、エモノの到来を待ちわびている。
俺はうつろな目でそれを見つめ、また歩き出した。
小道を抜けて大通りに出たのは約5分後。
めずらしく人通りが少ないその通りで体を90度右に曲げ、俺は“そこ”を見つめた。
7日前の、あの悲劇の場所。
俺とリシルが激突し、全てが壊れたあの場所。
俺はそれを見つめ、じっと立ち尽くしていた。
学校に遅刻する。
その思いがよぎったが、俺の心までは届かなかった。
あの日寝坊さえしていなければ、あるいはもう少し早く家を出ていたら、ここで一旦止まっていれば・・・
リシルの声が聴きたい。
それだけが体中に、脳内に、心に響いた。
けど、リシルはもう俺と一緒に居てはくれない。
最高の親友として共に笑い、泣き、背中を預けてはくれない。
ふと熱いものがこみあげてきて、俺は必死に頭をブンブンと振った。
「リーオ君?」
自分を呼ぶ声に振り向くと、そこにはヨルノズク・・・ナレクのじいさんの姿。
不思議そうな目で俺を見つめている。
胸の奥が苦しくなる。
気づけば大あごの隣にある小さな頬を、暖かいものが伝っていた。
「ど、どうしたんですか!? リーオ君!」
ナレクのじいさんは駆け寄ってきて、俺の背中を必死にさする。
自分が泣いていたことに気づいたのは、それからしばらくしてのことだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「サンキューなナレクのじいさん・・・」
「ホッホッホ、私は今の時間帯は暇ですから」
ナレクのじいさんは泣きじゃくる俺を、以前リシルが昼寝していた土手まで連れてきてくれた。
このあたりは今人通りが少ない。
俺はなんとか落ち着いたものの、涙を流していた目に痛みがはしる。
「それで、一体どうしたんですか? 鞄を片手に道端で泣いているなんて、リーオ君らしくないですよ?」
そうか、俺は道端で泣いていたんだ・・・・・・
さっきの出来事を夢のように感じていた俺は一つ深呼吸をした。
「ナレクのじいさん、俺は・・・・・・親友を失っちまったんだ」
ナレクのじいさんは目を丸くした。
「リシル君・・・・・・ですか?」
「それだけじゃない。仲間も・・・友達も・・・楽しい日常さえ失っちまったんだ・・・自分のせいで・・・」
再び熱いものがこみあげてきて、じんわりと涙があふれてくる。
「じいさん! 俺はどうすればいいんだよ! 俺はすべてを失ったんだ、どうすりゃいいんだ! 教えてくれよ! なあ!!」
ナレクのじいさんは、しばらく驚いた表情をしていたが、スッと目を閉じた。
「リーオくん、あなたが天界に行ったこと、アルフと出会ったこと、こいつはアルフなんだってヴァーリ君を連れてきて、私に話してくれたこと、覚えていますか?」
「え? ・・・・・・ああ、10日くらい前だったな」
ナレクのじいさんはゆっくりと頷いた。
「そうです。私は最初驚きました。けれどあなたたちがとても楽しそうに話しているのを見て、嬉しかった。私がこの世に居る意味を見つけたんです」
ナレクのじいさんは俺の肩に、その大きな翼をポンと置いた。
そしてそっと微笑む。
「自分が嬉しいと思うこと、楽しいと思うこと、それはとっても大事なことなんです。あなたは何も失ってはいない。ほんとうに全て失っているのなら、あなたはここにはいないはずです」
「ナレク・・・・・・さん」
何も失ってはいない。
何も・・・・・・
「ちょっとリーオーーー! 学校サボって何やってんのよーーー!!」
「ナレクさん、お久しぶりです〜!」
「大丈夫ですかー!? リーオさーーーん!!」
「リーオーーー!! 授業休んだ分補習付けるぞーーー!!」
振り向いた俺は、再び涙を流した。
手を振って走ってくるのは、フィーネ、ティアル、ヴァーリ、エイル先生、そして・・・・・・
「ったく・・・ナレクさんと何やってんだよリーオ。心配かけさせやがって」
「リシル・・・・・・」
駆け寄ってきたリシルは片手を腰に当て、呆れたような表情をしてそこに立っていた。
一層涙があふれ、景色がぐしゃぐしゃになる。
「早く行かねえと、2時間目の授業が始まっちまうぜ? 1時間目の授業抜け出してきたんだからな」
「リシル・・・・・・・・・リシル・・・・・・」
「ん? なんだよ・・・・・・」
俺は強引に涙をぬぐって立ち上がり、リーオに言い放った。
「よくも俺を泣かせてくれたじゃねえか!! 次はお前を泣かせてやるよ!!」
「・・・・・・へっ、やれるもんならやってみろよ」
リシルが拳を作り、俺に差し出す。
俺も拳を作り、リシルのそれにコツンとぶつけた。
俺はこれからは絶対に泣かない。
そして、部長としてこいつらも泣かせない。
けど、リシルだけは絶対に泣かせてやる。
俺は心にそう固く誓い、涙の残る顔でにっと笑った。
「皆悪かったな! 今日からアルフ研究部の活動、スタートだッ!!!」
「「「「「「おーーーーーっ!!!」」」」」」
リシル、フィーネ、ティアル、ヴァーリ、エイル先生、ついでにナレクのじいさん。
確かに、俺は何も失ってなんかいなかった。
自分から壁を作り、見えないようにして遠ざかっていただけ。
ありがとう・・・・・・
俺は心の中でそう呟き、俺を待ってくれている仲間の中に入っていった・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
無事・・・・・・友情の鎖はつなぎなおせたようですな・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・いえ、すみません。
ホッホッホ、物語もいい感じに進んできましたな。
語っている私としても、なんだか盛り上がってきましたよ。
では、また次回お会いしましょう・・・