第一章 始まりの風が吹く
プロローグ
―――――――――――――――――――――――


「ハァ…ハァ…ハァ…」


自分の荒い息遣いが聞こえる


いつもは何週間居ても平気なくらい愛しているジャングルが今は鬱陶しい

足にはいちいち頑丈な木の根が張り巡らされているから何度も躓きそうになるし、木の葉も私の頬を何度も切り裂いた

それよりも、ジャングル特有の視界の悪さが一番の困難だった。周りを見渡しても、3、4メートル以上は、ジャングルの木々に遮られて見る事が出来ない

上を見ても、うっすらと木漏れ日が降ってくるだけで、殆どが陽光を我が物にせんと張り出した木の葉と枝で埋め尽くされている

深い緑と木の皮、そして色彩豊かな花々が私の視界を覆った…いつもはずっと眺めていても飽きないだろう


だが、状況が状況だ。状況によればどんな景色も見ていても、頭の中には入ってこない


自分の中の本能というものが、頭の中に入ってくる全てを遮断し、自分にとって最優先の目的を遂行しようとする

私もそういう本能に突き動かされていた





ワケの分からない、私を追っている軍隊のようなやつらから、逃げ延びたいという本能が





チラッと首からかけた古い皮のバッグに目をやる

この中にあるものは、絶対に渡してはならない―――――――――



そう思った瞬間、開けたところに出た

かつて樹齢何百年という大量の木々があったのだろうが、寿命を終え、消滅してしまった跡のようだった。天然の広間のようになっており、上は木の葉が届かず、青空だった

後ろの、木々で覆い尽くされたジャングルを振り返る。追っ手はまだ来ていない


「丁度いいや」

私はそう言って一本の木に寄りかかって、少しの間休むことにした

寄りかかってから、私はもう一回青空を見上げた


「…………ハァ……………」

自然と溜め息が出てしまう


「どうしてこんな事になっちゃったんだろ…」


…………………………当然、私の問いに答えてくれる者など居なかった
ただ、自分のすぐ傍に、寄り添ってくれる人がいてくれればいいのに


私はもう一度溜め息をつき、ゆっくりと立ち上がった

先を急がなきゃ


そう思って足を踏み出した――――――――――――――その時



「シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!」


突如私の頭上から聞くに堪えないかん高い奇声が聞こえてきた

「っ!?」

私は危険を察知して自然の広場の真ん中辺りへと転がり込む

そして私の寄りかかっていた木の前辺りに、赤い極色彩の身体のポケモンが飛び降りてくる


「…………………!!」

一瞬にして、頭の中に、「ヤバい」という単語が浮かび上がってきた

何処からか飛び降りてきたポケモンは、ゆっくりと顔を上げた

全体が赤く、白い足袋のような足、同じく白い手袋のような手と赤い頭、そして黒い腹には鋭い刃が付いている

ゆっくり上げた黄色い顔を私に向けてきた

黄色い顔の中の目は、何十匹と殺してきたポケモンの数を物語っていた


「やっと……見つけたぞ。そこのグレイシア」

そいつは私の種族名を言う
だが、そいつの言葉なんて頭の中で本能によって右から左へと通り抜けていた


口元を歪め、こちらの目を見てくる


「さあ…死にたくなかったら、そのバッグに入っているものを渡せ」

「いっ……嫌に決まってるでしょ!?」


キリキザンは更に楽しげに笑いを見せた

「それでもいいんだぞ?まぁ、お前が死んでしまえばそれまでなんだが」

キリキザンはゆっくりと近づいてくる

「さぁ…こっちも忙しいんだ。さっさと渡してもらおう」


「嫌…!嫌ぁぁぁぁっ!!!!」

私は咄嗟に身体を方向転換させて、ジャングルの中へと逃げ込む

「逃がすか…!!」


そして私は再び、ジャングルの中へと戻り、逃げ続けた。本当にどうしてこんな事になってしまったのだろうか



「もう…!しつこい…!!」

身体と精神の疲労が限界にまで達してくる
横をちらっと見る
川があった。川を辿れば、何処かに行き着くかも知れない

そして途中から、ザアァァァァ…という音が聞こえてくる

「……嫌な予感が………」

嫌な予感はものの見事に的中した


川の先は、ジャングルの森が開け、巨大な滝になっていたのであった

恐る恐る滝壺を覗いてみたが、落差はおよそ60メートルはあり、白い水の飛沫が大量に飛び散り、ブルーで綺麗な水も逆に恐ろしく見えてくる


「……………!!!!」


ここまでか

そう思ってその場にへたり込んだ


後ろからザクザクという木の根や葉を踏みしめる音が聞こえてくる。それも一匹やそこらではない。大量にだ

「う・・・!」

振り返ると、後ろの緑色に埋め尽くされているジャングルから、先頭にキリキザン、そして20匹ほどのコマタナ達が現れる
キリキザンは広場で見せたような笑いを作り、近づいてくる

「終わりだな?さあ、無駄な抵抗はよしてさっさと渡せ」

それだけは嫌だ!絶対に嫌だ!

「嫌よ!」

「それじゃあ…仕方がないなッ!!」

キリキザンが襲いかかる


そして私は、覚悟を決めた


「うッ…うわあああああああっ!!!」

私は、持っていた川のバッグを抱き締め、川から滝へと、滝から滝つぼへと、頭から真っ逆さまに落ちて行った

頭の中と、自分の今までの過去が、恐怖と落ちていくという実感のなかでぐるぐるとめまぐるしく回転する

滝壺へと衝突し、ブルーの世界に飲まれてしまう頃には、もうすでに意識はなかった


「な…何っ!?しまった…!!」


キリキザンは慌てて駆け寄るが、もう私の姿は見えてなかった



―――――――――――――――――――――――  舞台は変わり










日当たりの良い、丘の上の一軒家。さんさんと日の明かりが常に降り注いでくる



ベッドの中に、一匹のルカリオが居た。ま、俺のことだが?






「…くぁ…」


何時もと変わらないベッドの上で、俺は目を覚ます。一度大きく伸びをしてから、ベッドの上に座り込んで俯く


ああ、畜生


俺は頭を掻いた。青い毛並みの方からポロポロと汚れが落ちる

…顔でも洗ってこようかな

久々に惰性のようになった習慣を思いながら、変なことを考えたもんだと苦笑してベッドから跳ね起きる

さて、と

一番初めに、ベッドの向かいのソファーの上に山積みになった小説の山が飛び込んでくる

俺は思わず顔をしかめた



…小説のエベレストやで。いや、冗談抜きで


「そういやあ、また本屋から大量に買ってきたんだったよな…昨日」


…俺は、本を読むときと本を買うときは一種のトランス状態に陥ってしまうようだ。買ってしまえば、もう遅い。ただの本の虫なわけだが

そして俺の、物を片付けられない習慣から、ソファーか机かどこかに山積みになって、勝手に本のエベレストが出来上がるのは目に見えてる


そんでもって全て一日に読破してそのままになってしまう

片付けようとしても、トランス状態から目覚めた後には睡魔と言う悪魔が自分を襲う。そうなればさっさと寝てしまうのは目に見えてる

明日片付けよう・・・いつもそう思ってしまう


「ああ…駄目だ。やる気になれん」


そしてこの展開。明日になるとさっぱり片付けようという意識は忘却の彼方へと消え失せる


駄目だ俺。駄目だ俺。大事なことなんでもう一回 駄目だ俺


「外の空気でも吸ってこよう…」


ベッドルームから、居間へと移る。居間の中には、同じく大量の本と、愛用の赤いスカーフ、俺の名前が書かれた大量の表彰状と写真が置かれてる


「…『 シルバー級名誉フリー トレジャー・ハンター フィルト様 』…か」


シルバーっていったら、そんな大層なもんでもないのに、ギルドにも属していない、しかも一匹でのフリーとなれば、

探検隊達の元締めである、『世界探検&救助協会』がめざましい活動をすれば、表彰をくれる

俺は脇の下が痒くなるような感触がした

それにこの写真、ちょっと角度がおかしいし…いや、そんなことはどうでもいいや





この世界は、世界中の探検隊や救助隊のギルドのギルド長達を幹部とした、『世界探検&救助協会』で平和が維持されている

ギルドの長達が連携し、世界中で警察の役割をし、お尋ね者を捕えたり、困っているポケモンたちを助けている

幾つもの探検隊や救助隊が集まって出来たギルドだが、そんな中でも、凄まじいのがプクリンのギルドだろうか?


あの、『星の停止』を食い止めた英雄達がいたのだから…


まぁ、そんなギルドにも属さないフリーの探検隊や救助隊は幾つかいるが、一匹というのは結構珍しい

はぐれ者ってわけだろうか?まあ、俺はそんなことは気にしてなかった

二匹以上で探検隊をやるのは知らないが、一匹で探検家をやると、そいつらはなぜだか昔からこう呼ばれてる


トレジャー・ハンター、と







俺は居間から外へ出た

明るい光と素晴らしい空気を吸って、何があるというわけでもなく、前へ前へと歩き出した


俺の家の近くには川がある。かなり遠くのジャングルから流れているようだが、あそこはもう何度も探検した

自分で言うのもあれだが、俺ってやっぱ結構なもんなのかな…

にやにやと顔がにやけるが、はっと我に返る。やっぱ駄目だ俺

やっぱ顔でも洗ってこよう

そう思って川に近付いた

冷たい、青い色の水で、顔を洗う。顔にビンタを食らわされたかのような感じが来る



「ふぅ………」



冷たさの余韻に浸りながら、川を眺めていると、何かが向こうから流れてくるのに気づいた


「んっ…?」


流れてくるものに目を凝らす


「何だ…?」


それは、ポケモンだった。ポケモンが流れてきていた


「は…!?おいおい…水泳するったってこんなとこでするこたぁねえのに…」


流れてきていたポケモンの流れ汁で顔を洗ったことに気づいて、少々愚痴をこぼしたが、そんなことを言ってられなくなったことに気付いた

泳いでいるのとは違うようだ。よく見ると、全身傷だらけだし、汚れまみれだった


「まさか…!? くそっ!!」


俺はすぐさま川に入ってポケモンを引き上げる

ポケモンはどうやらグレイシアのようで、青いスカーフを首に巻いている

足でしっかりと皮でできたバッグを抱えており、呼吸が荒かった


「しっかりしろ!?おい!」


俺は必死に呼びかけたが、グレイシアは意識が無かった


「…ああ…畜生!」





俺は、悪態をついて自分の住処へと駆け込んだ




■筆者メッセージ
ああ、投稿したもが、文字数が・・・

ここからですが、どうかよろしくお願いしますです・・・
チャスバレー ( 2013/10/07(月) 01:19 )