第八話 金は借りるもんじゃない
二匹と三匹の闘いの火蓋は、シアルの氷のつぶてによって切って落とされた
スピード的に不利なスピアーを遠距離から倒して行こうというのだ
相性で不利なシードラと戦うのは賢い選択ではない
昨夜、相性という物を聞かされたシアルはそれを理解し、目と目でフィルトと合図し合っていた
「『氷のつぶて』!」
「『ミサイル針』!」
だが、シアルの放った氷塊はいとも容易くスピアーの大きな毒針によって打ち砕かれ、空に四散する
もう一匹のスピアーの『ミサイル針』も加わり、防戦一方となってしまう
ぎりぎりで全て避けるが、大きく体制を崩してしまった
そこへすかさずシードラが追撃を仕掛けるが、フィルトに妨害される
「通すか!『猫騙し』!」
猫騙し。相手にフェイントを掛けて怯ませる技だ
ダメージは全く無いが、シードラを少しの間行動不能にする事が出来た
フィルトはシアルに目配せし、シードラに向かって行く
気を取り直したシードラはフィルトに向かって口から『水鉄砲』を放つ
「う…わっぷ!?」
かろうじて直撃だけは免れたが、凄まじい鉄砲水がフィルトの身体を襲った
「食らえ!『煙幕』!」
激しい水の攻撃にフィルトが怯んでいると、シードラは相手の視界を奪う『煙幕』を繰り出してきた
どす黒い煙がフィルトの周りを一瞬にして取り囲む
「ちっ…くしょ…!」
シードラは『例え波導を使われて場所を察知されたとしても、一瞬でも視界を奪えればいい』と考えていたようだが、煙幕はそれ以上の効果をもたらした
波導が使えないフィルトにとって、相性は最悪だ
「(どうする…?)」
彼は見えない敵に間合いを取り、一端後ろに引く
が、遠距離でも命中が可能な『水鉄砲』が再びシードラの口から発射された
目の見えぬ今では、避ける事すらままならず直撃を食らってしまう
「うっ…ぐ!?」
身体にダメージが加わったが、煙幕は晴れないままだ
「(…やばい)」
シードラの『水鉄砲』の第三撃が来る
フィルトは咄嗟に回避しようとするが目が見えなくてはどうしようもない。フィルトは波導すら使えないのだ
「(くそっ…!どうする!?)」
冷や汗を垂らして必死に思考を働かせていた瞬間、フィルトの後ろから冷たい風が吹いてきた
極寒…というわけではないが、一瞬にして身体の体温が奪われる程だ
「っ…冷たっ!?」
敵の攻撃かと思って周りを確認すると、どんどんフィルトの周りに広がっていた煙幕が晴れて行くではないか
どうしてだろう
とても寒いはずなのに、何故か不思議な暖かみが感じられる
「…シアル!?」
そこには、傷だらけだがしっかりとした足取りで立つシアルが居た
昨日会ったばかりなのに、まるで何年も付き合っていた親友のように、フィルトに『凍える風』と共に笑顔を送っていた
シアルは既にスピアー二匹を相手にして満身創痍だ
自分がシードラに勝負を掛けねばならない
「…よっしゃ!」
煙幕は晴れた。スピアーもシアルが倒してくれて、逃げ出してしまっていた
後は一匹、シードラだけだ
「…くそっ!?やっぱそこらで雇ったゴロツキ連中じゃ駄目だったか…!!」
シードラは仲間の無能さをぼやき、再び水鉄砲を放つ体制を取った
だが、フィルトは一瞬にしてシードラの眼前へと迫っていた
「!!」
「…言っとくけどよォ、てめーの今の顔も…そこらのゴロツキ並みだぜぇ…?」
すぐさま水鉄砲を放つ…だが、完全に溜め切れていなかった
通常より見るからに威力は低かった
先程の『水鉄砲』を濁流とするならな、今回は単なるホースから放たれた水流に等しかった
シードラの水鉄砲を突っ切って、フィルトはシードラの顔面にパンチを叩き込んだ
「うおおおおおおおお!!!」
「があああああああああ!?」
凄まじいパンチの音と共に、シードラは気を失った
フィルトは呼吸を整え、戦友の方へと振り向き、ニヤリと笑いを送った
………………………小高い山 頂上
私とフィルは、スピアー達とシードラを倒して一休みしていた
特に私は、かなりのダメージを負ってしまった
「…………ふう………」
「大丈夫か?」
フィルが心配して私に声を掛けてきてくれた
私は大丈夫だよ。と返し、気絶しているシードラを見た
いきなり襲いかかられたとはいえ、同じポケモンなのだ。心配してはいけないという法律は無い
「う…………うう………」
「!」
気絶していたシードラが目を覚ましたみたいだ
私とフィルはゆっくりと近づき、様子を窺った
「………ひ…ひぃっ!?」
何だか怯えてるみたいだ
「…あ、あの、大丈夫?」
「え…えーと…」
シードラは慌てて救いを求めるかのように右往左往し始めた
哀れとも思える姿にフィルトは言った
「おい…なんだかしらねーけどよぉ。どうして俺達をいきなり襲ったんだ?」
昨日のコマタナ達の事もあってか、フィルトの口調は険しかった
そんな彼に、シードラは覚悟を決めたかのようにいきなり叫んだ
「お願いです!!勘弁してください!このまま踏み倒されると、商売あがったりなんですよお!!!」
…………え?
「おいおい…一体何の話だよ?」
本当にそうだ
「えっ?あなた方、あれを取り戻しに来たんじゃないんですか?」
シードラは顎で頂上の地面に落ちている紙切れを示した
手にとって見てみると、そこには『借金 1000000
P』と書かれていた
Pとは、この世界の通貨の事らしい
記憶の無い私でも、これはヤバいという事は分かる
100万
P…一体誰がこんなに借金をしたのだろう
まずそれが頭の中に浮かんできた
「ちょっと待て。じゃあお前は、盗賊でも何でもないのか?」
「?、はい。私は単なるしがない金融業者ですが?」
ええ…?
「じゃ、じゃあ、私達を襲ったのは…?」
「はあ。この借金をしている奴が、あの手この手でこの証明書を無かった事にしようとして来るんです。何時になっても返そうとしないばかりか、今度は誰かを使ってこの証明書を消してしまおうという情報が入っていましたので」
…ええ?
「…もしかして、その借金しているポケモンって…ボーマンダじゃ?」
「あれ?良く分かりましたね。そうなんです。あいつ、何時になっても一銭も返さないんですよ…」
シードラはウルウルと涙を滲ませていた
…と、言う事は…
「…戦犯は、あの食堂のボーマンダか」
「…だね」
私達二匹はぼそぼそと自分たちだけのブラックな会話をしていた
シードラは、いそいそと立ち上がり
「えー…この度は真に失礼致しました!それじゃあ、さよなら!!」
私から紙切れをひったくって逃げ帰ってしまった
「…何だったんだろうな」
「うん」
私達ががっくりと肩を落とし、文字通り肩透かしを食らっていたのは言うまでも無い
………………………麓町
「あ〜あ…まさに骨折り損の、くたびれ儲けってやつだな…」
「そう言わないでよ、元気出そう」
フィルト達は夕焼けでオレンジ色に染まった麓町を歩いていた
まだまだ人通りは多く、賑わっていた
このポケモン達の賑わいは、恐らく夜まで続くだろう
「…さて、と。さっさと登録終わらせて家に帰ろうぜ」
フィルトは肩を伸ばしながらシアルに言った
体中塗り薬を塗りつけ、鼻の先に絆創膏を貼りつけたシアルは呆れながら答えた
「…って、あのボーマンダに何か言わなくてもいいの?結局取ってこれなかったわけだし」
しかしフィルトは露骨に嫌な表情を出していた
周りにネガティブなオーラも漂う
「構わん。行っちまおう」
「…分かった」
シアルもそれに同意し、ようやくギルド『ドラゴンナイツ』へと到着した
フィルトはゆっくりと飴色のテントの前の鉄格子の前に立った
「開けてくれ!探検家のフィルトだ!探検家の登録のし直しがしたい!」
フィルトが叫んでから数秒後、テントの鉄格子が開いた
フィルトは何の臆面もなく、シアルは少々おどおどしながら入って行った
明るい、テントの入口のすぐ近くのロビーのような所へ出た
テントの中は小奇麗でさっぱりしており、色んなポケモン達で賑わっていた
探検隊を組んで今日の戦果を話し合っている者、この世界で言う、トレジャーハンターとして働き、今日の稼ぎの分を数えている者…
部屋の中央には二枚の掲示板が張られ、出店のような物も出ていた
フィルトはクルクルと振り向き、部屋の中を確認する
「へえ…ドラゴンナイツには始めて来たけど、こんな風になってるのか…」
そしてギルド長と書かれた看板を見つけ、シアルを促して入って行った
が、入る手前で足を止めた
ギルド長の部屋の状況は、あまり芳しくなさそうだったからだ
何だか言い合いの声が聞こえていた
「だからあなたは!アレほど控えてくださいって言っていたのに!!」
「仕方なかったんだよ!だって、あの時のお金が必要だったし…」
「だーかーら!!ギルドで必死に貯めればいいと何度も…」
フィルトはこの流れを断ち切ってしまいたく、横の柱をコンコンとノックする
「あの、失礼しますよ?」
ギルド長室の前に掛けられたカーテンを開け、中に入ると、そこには一匹のフライゴンが居る
そして…………………………
「「「あ〜!?」」」
食堂で会ったボーマンダが居た