01
私はいつからかここにいる、わたしはその時からあるポケモンを見ている。
なぜだろう?
そうだ、彼が私のパートナーだったからだ、
でもなんで? どうして私は彼を見てるだけなの?
否、私が黙って見ているなんてありえない。実際、わたしは何度もアプローチをかけたはず……、
見てるだけじゃない、見ることしかできないのだ。
私は、嫌われた……。
私はサーナイト、本来なら彼、今見ているポケモン、ナエトルのパートナー。
かつて、私たちは自分から言うのもなんだけど、優秀なコンビだった。
私が攻撃役、彼がサポート役、連携もばっちりだったはず……。
それなのにどうして嫌われたのか? それを思い出そうとしてもなにも思い当たる節がない。
……そもそもそんなことなんてなかったのかな。
私はそんなことを思う。
あ、ナエトルが出てきた。今日はどっかでかけるのかな……。
この距離なら……話しかけられる。
「ねぇ、ナエトル――」
反応さえなかった。
いや、反応はあった、ナエトルは確かにサーナイトを見た。
しかし、あたかも見えないようにふるまっていたのだ。
「……」
ショックだった。これほどまでに距離ができていることが、
いや、何よりもそれを知らない、思い出せない自分が悔しかった。
私は何をした? 何が私とナエトルとの距離をここまで開けさせた?
考える、しかし思い出せるのはナエトルと築いた黄金時代だけ。
何一つ、嫌われる出来事に当てはまらない。
もしかして……、私自身が封印してしまった?
確かに私自身はふういんという技を使える。
しかしそれを自分自身にかけるとどうなるかは分からない。
相手にかければ、しばらく相手は何もできなくなる、いわゆる暗示、催眠術みたいなものだ。
もしかしてそれで私は何も思い出せないの?
聞いても誰もわかるはずはない、しかし、仮にそうだとすれば……。
私は自身の記憶を封印するほどひどいことをした。
ということになる。
「ナエトル……」
もしかしたらお互いもう干渉しないほうがいいのかもしれない。
だからこそ、私は私自身の記憶を封印した。それでつじつまが合う。
「いやよ……、そんなのいや……」
サーナイトはその場ですすり泣く、もし通行人がその光栄を見たら、
誰もが心配するほど、その姿は孤独で、さみしかった。
……それでも私がもう必要とされていないのなら、
悔しいけど彼に捨てられてしまったのなら、私はナエトルの前から消えるしかない……。
そのほうがきっと、ナエトルにとっても望んでいるはずだから……。
でも、せめてあと少しだけ……、ナエトルが新しいパートナーを見つけるまでは、
ナエトルを見つめていたい……、
私自身の最後で最高のパートナー、私自身の感謝と謝罪の意味として……。
それからどれだけたっただろう、ナエトルには新しいパートナーと組むといった動きはない。
いっそのことこのまま組まなければいいのに……。
サーナイトの頭にそんな考えが浮かぶ、
「……っ!」
あわててサーナイトはその考えを否定した。
「――!」
ナエトルが家から出てくる。サーナイトはナエトルの死角になるところに隠れた。
……ストーカーだね、もう……、なんで私ってこんなに未練たらしいのだろう……。
自分自身の姿を考えると嫌になる、でも、私にはこんなことしかできない。
「……あれ?」
ナエトルの様子がいつもと違う、……いや、いつもと違うのではなく、
正確には違和感があると言ったほうがいいだろう、
「何かしら……、もっとナエトルに集中しないと……」
サーナイトはナエトルに意識を集中させる。
「――ッ! これね……」
サーナイトは気付いた、ナエトルの変化、それは影、ナエトルに何かが憑いているのだ。
払わないとナエトルに何か悪いことが起きそうだ。
「……」
少々危険だが自分自身で捕まえるしかないだろう、
ささやかだけどこれが私にとっての感謝の気持ち、嫌われてしまった私には、
これくらいしかできない、それで何か私自身が悪いことになっても、
それは……本望。
「……」
サーナイトは全神経をナエトルに取り付いている黒い影に集中させる、
ナエトルに気づかれないようにするには影事態に攻撃をしかけねばならない。
そのためには正確さ、そして集中力が必要だ。
「……やぁっ!」
ナエトル、これが今の私にできる精一杯の恩返し、こんなことしかできなくて……ごめんね。
「くっ!」
影はその姿を現す。
「観念しなさい、もうあなたは逃げられない」
どうやらうまくいったようだ、ナエトルは気付かずそのまま曲がり角を右へ曲がって行った。
影の正体はカゲボウズだった。
「答えなさい、いったい何が目的なの?」
サイコキネシスでカゲボウズを拘束しサーナイトは問い詰める。
「それは……君が一番知ってるんじゃないのかい?」
カゲボウズは口元をほころばせサーナイトを見つめる。
「……っ!」
実際サーナイトに後ろめたいことがなければこれくらいの挑発には乗らなかっただろう。
しかし、サーナイトにはそれがあった。
「……うぐっ」
「答えなさい、次はこれじゃ済まないわ」
サーナイトはカゲボウズの拘束を強くする。
「ふ、ふふっ、その反応、図星のようだね……」
カゲボウズは不敵な笑みを崩さない。
「……どういうことなの?」
サーナイトは拘束を少し緩める。
「……わからないの? なら話は早いや、サーナイト、もうナエトルには近づかないで」
「えっ……」
唐突に繰り出されたその言葉にサーナイトは動揺を隠せない。
「な、なんでそんなことを……!」
「もう一度言うよ、ナエトルには近づかないで、それがいちばん平和な方法」
カゲボウズはまっすぐサーナイトを見つめ淡々と言う、
その言葉には何も感情が含まれていなかった。それが余計に真実だということを物語る。
「なんで? 教えて! どうしてなの?」
サーナイトは柄にもなくとりみだしてしまう。
「……まだわからないの?」
カゲボウズの口元がつりあがる。
「ど、どういうこと?」
「このままいくと、ナエトルは死ぬんだよ、自分の意志で」
「……っ!」
ナエトルが……自殺?
「な、なんとかならないの……?」
サーナイトは拘束を解き、カゲボウズにたずねる。カゲボウズは突然拘束を解かれ、
バランスを崩した。
「……っと、いきなり解かないでほしいな……、悪いけどどうにもできないよ、
それに、今言ったよね、君自身がナエトルの前から消えるしかないって」
「……っ!」
サーナイトは走りだしていた。もし、本当に自殺を考えているならば、止めなくてはならない。
私のせいで死ぬなんて、許さない。
おそらくまだ遠くへは言っていないはず……。
「……ナエトル!」
見つけた!
「……! こ、来ないで!」
「えっ……」
思わず足を止める。
「うぅ……」
ナエトルは踵を返し逃げ出す。
「あっ!」
サーナイトは反射的に追いかけた。
「あっ……」
「ナエトル! どうして逃げるの?」
二匹は小高い丘まで走ってきていた。
「ねぇ! 答えて!」
自然に強い口調になってしまう。
「そっか、そうだよね……サーナイト、わざわざ迎えに来たんだ」
「え……?」
「やっぱりこんな僕を許してくれるはずないよね……、君が死んで、僕だけが生きてる。
ここまで僕が来たのも、何かの運命だったんだ」
私が……死んだ?
「サーナイト、僕も今すぐ行く」
そう言うとナエトルは崖から身をひるがえす。
「――だめっ!」
次の瞬間、サーナイトはナエトルを追って飛び込んでいた。
――そうだ、
私、ナエトルをかばって……。
「……サーナイト、今日は何もできなくてごめんね……」
その日は私たちが負けた日だった。ただの負け方ではない、何もできずにやられてしまったのだ。
「気にすることない、たまにはそんなことあるわよ」
「でも……」
「いいの、前から決めてたでしょ? 私が攻める役、そしてナエトルが守る役、
あなたが力尽きてしまう前に勝負をつけれなかった私が悪いのよ」
サーナイトはナエトルを慰める。
「ねぇ、サーナイト、ちょっとだけ寄り道してもいいかな」
「ええ、いいわよ」
それが、あの小高い丘だった。
「ぼくね、ここ、お気に入りの場所なんだ」
「そうなの、いい場所じゃない」
サーナイトはナエトルに笑いかける。
「ありがとう、ちょっと高いところは怖いけど、でも、ここに来ると、気持ちが落ち着くんだ。
負けたとき、ここに来ると、すごく気持ちが落ち着く、明日もがんばれる気がするんだ」
「ふふっ、あなたらしいわ」
「そうだね、弱者が考えそうなことだよ」
「……っ! 誰?」
声の主はキノガッサだった。今日の相手、私たちのチームが何もできずにやられた相手だ。
「何のつもり? まさか私たちを冷やかしに来たの?」
サーナイトが問い詰める。
「そんなことないさ、ねぇ、サーナイト、僕と組まないかい?」
キノガッサはサーナイトをスカウトしに来たのだ。
「君とならもっと強くなれる、チャンピオンだって夢じゃない、だから……さ」
「そ、そんな! サーナイトは僕のパートナーなんだよ?」
ナエトルが必死に引き止める。
「サーナイトを守ってあげられなかったのは誰だい?
僕とならサーナイトは思う存分力を発揮できるはずさ、あくタイプだって僕が蹴散らす。
サーナイト、僕に乗り換えてよ、お願いだからさ」
「……ごめんなさい、私のパートナーを悪く言う人に乗り換える気はないの、
確かにあなたの実力は認める、あなたとならチャンピオンも夢じゃない、
それも認めるわ、でもね、私はナエトルとチャンピオンになるって決めたの」
「サ、サーナイト……ありがとう」
「ふふっ、当然でしょ?」
「……そっか、なら力づくでわからせようかな」
キノガッサが身構える。
「別にいいよね? 僕は二匹を相手するんだから。これで僕が負けたら潔く諦めるよ。
そのかわり、僕が勝ったらサーナイトをもらう、いいかな?」
「いやよ! どうして私にこだわるの?」
サーナイトはキノガッサとの距離をとる。
「言ったでしょ? 君がほしいからさ」
「……っ!」
キノガッサは言ってて恥ずかしくないのだろうか、実際サーナイトのほうはすごくはずかしい……。
「いやなら、僕を倒せばいいじゃないか、君たちのコンビネーションでさっ!」
キノガッサはこちらの返答の有無なしで襲いかかってきた。
「くぅ……ナエトル、戦える?」
「う、うん!」
キノガッサの動きはこちらよりもかなりすぐれている。
「さて、どうやって戦ってくれるのかな?」
「ナエトル! 私から離れないでね」
二匹はお互いの背中を守りながらキノガッサを目で追う。
「ほらほら! 攻めないと何にもできないよ?」
「……っ!?」
ナエトルが小さく弾き飛ばされる。
「な、なに?」
「これくらいは読めるでしょ?」
マッハパンチだ、おそらく牽制がわりにでも売ったのだろうか、
キノガッサは少し残念そうな表情をする。
「くっ……」
何とか動きを封じなければ何もできない……。
「それじゃあこれでどうかな?」
「あっ……」
足元に動きを鈍らせるつるが生える……。
「サーナイト! 僕が肩代わりするから攻撃に集中して!」
ナエトルがはっぱカッターでつるを切り刻む。
「ありがとう! ……これで!」
サーナイトのから七色の葉っぱが打ち出される。
「くっ! マジカルリーフか! だけどその程度じゃ――!」
キノガッサは無数の葉をいとも簡単に撃ち落とす。
「ええ、その程度で倒せるなんて思ってないわ!」
一瞬の隙がほしかったのだ。
「サイコキネシス」
「うぐあああぁっ!」
悲鳴を上げキノガッサは苦しむ。
「勝負あり……ね」
サーナイトは技を解除する。キノガッサは力なく地面へと伏した。
「サーナイト! やったね!」
ナエトルがうれしそうにサーナイトへと駆け寄る。
「ええ、でも相手は一匹、とてもじゃないけど喜べる勝利でもないわね」
「そうだね、そのうえその一匹を倒せていないんだから」
「――ッ!」
「残念だったね」
刹那、轟音がとどろいた。
「う……」
次はサーナイトが地面に伏す番だった。
「サ、サーナイト! だ、大丈夫!?」
「大丈夫だったらちょっとショックだけどね……」
キノガッサは体についた砂を払いながら言う。
「うぅ……、な、なんで平気なの……?」
「おや……、まだ意識があるんだ。う〜ん……まあいいや、これだよ、これ」
「……っ! ウタンの実……それで……」
ナエトルがサーナイトの代わりにこたえる。
「じゃあとどめを刺そうかな、サーナイト、これで君は僕の物だ――」
「はっぱカッター!」
「……っと、不意打ちとはずいぶんだね」
「ナエトル……っ!?」
体の言うことが聞かない……!
「動こうたって無理だと思うよ? ばくれつパンチの効果、知らないわけじゃないよね?」
「……!」
それでさっきから頭がはっきりしないわけね……。でも、助けないわけには……。
「サーナイト、君にはしばらくの間、眠っててもらおうか」
キノガッサはいたずらな笑みをうかべ、サーナイトを見下ろす。
「待ってよ! まだ僕がいるじゃないか!」
「わからないやつだね、弱った僕にろくにダメージも与えられないのに相手になるはずないだろ!」
「うわっ!」
キノガッサはナエトルに裏拳を浴びせる、それだけでナエトルはボールのように弾き飛ばされる。
「ナエトル! もう……無理しないで!」
「サ、サーナイトは僕のパートナーなんだ……、絶対におまえなんかに渡さない……」
「虚勢だね、もう立つのも精一杯じゃないか」
キノガッサはナエトルに背を向け、サーナイトを連れ去ろうとする。
「甘く見るなッ!」
「――っ!?」
ナエトルの周囲に嵐が巻き起こる。
「きゃあっ!」
サーナイトは思わず顔を伏せる、これは……リーフストーム?
それにしては規模が大きすぎる、……っ! 特性のしんりょく……それのせいね!
「うああっ!」
キノガッサは吹き飛ばされ、岩にたたきつけられた。
「ううっ……」
ナエトルはその場に倒れこむ、
「ナエトル!」
サーナイトはまだはっきりとしない頭でナエトルに近づく。
もし、物事を考えられれば、もう少し賢明な判断ができただろう。
「な、なるほどね……、底力とはこれのことを言うのかな……」
「――ッ! そんな!」
「でもね、それでも僕は負けない、もう手加減はしないよ」
キノガッサは目を閉じる。
「――ッ! ナエトル! 逃げて!」
「無駄さ、こころのめからは逃げられない。……ばくれつパンチ」
再びその場に轟音がとどろいた。
「か……はっ……」
「し、しまった!」
ナエトルは崖のほうに吹き飛ばされる。
「ナエトル――っ!」
「サ、サーナイト!?」
キノガッサの声で我に返る。気づけば自分はナエトルを追って崖から飛び出していた……。
無我夢中だった。私はナエトルを助けることに必死で自分のことを考えてなかったのだ。
「う……」
「サ、サーナイト……どうしてまた僕をかばったの……?」
不思議なことにどこも痛くない、
「理由なんてないわ、気づけばナエトルを追って飛び出してた。ただそれだけ……」
「……」
ナエトルは黙り込んでしまう。
「私、死んだんだね」
もうわかりきっていることだが、聞かずしてそれは受け入れられなかった。
「……うん、ちょうど一か月前のことだよ、サーナイトは僕をかばって、死んだんだ」
「そう……」
「僕は……無力だったんだ。キノガッサの言うとおり、僕はサーナイトを守れなかった」
ナエトルはうつむき、うわごとのようにその言葉を口にする。
「なんでそんなこと言うの? ナエトルは私を守ろうとした。それで十分よ」
「守ろうとした……、ただそれだけだった。実際に僕は、僕自身ですら守れなかったんだ。
サーナイト……、どうして君だけが死んで、僕が生きてるんだろうね」
「ナエトル、そんなことを言うもんじゃないわ」
「僕なんて、あの時に死んじゃえばよかったんだ。そして、サーナイトが――っ」
サーナイトはナエトルの頬をビンタした。ナエトルは突然のことに驚いたのか、
ぶたれた姿勢のまま固まっていた。
「ナエトル、あなたがそんなだったら、命をかけてあなたを守った私は何だったの?
ナエトル、今更だけど……、あなたには生きてほしいのよ」
「なんで……? サーナイトは僕を恨んだりはしないの……?」
「なんで恨まないといけないの? 私たち、チームでしょ?」
サーナイトはナエトルに笑いかける。……もしかしたらこのために私はいたのかもしれない。
「私ね、あなたとチームを組めて、よかったと思うよ、だから、後悔してない」
「――っ! サ、サーナイト?」
「あ、もしかして……、時間、なのかな」
サーナイトの体が実態を保たなくなってくる。
おそらく自分が死んだという事実を知ったからだろう。
「ナエトル、最後に一つだけ、……ありがとね、今まで」
「……っ!」
これで、いいんだよね。
サーナイトの意識はそこで途絶えた。
ここは、どこなのだろう。
サーナイトのいる空間は一面真っ白で何もない空間だ。
……いや、そこにはサーナイト自身も存在していなかった。
サーナイトの実態はなくなったのだ。
「やあ、またあったね」
「あなたは……カゲボウズ、どうしてここに?」
その言葉を聞くとカゲボウズは、またあのときと同じように笑う。
「それはできれば自分で気づいてほしいな、じゃないと意味がない」
「……」
サーナイトは考える。カゲボウズはナエトルに取り付いていた。
そしてナエトルは、その時自殺に至るまで思い悩んでいた……。
……まさか、私はすでに死んでいる身、今更自殺なんて考えるはずがない。
「カゲボウズってポケモンはね、負の感情に引き寄せられるんだよ」
負の感情?
「サーナイト、本当は君自身でもわかってるんじゃないの?」
何を……?
「君は、まだ心残りがある。僕にはそれが読めるんだ」
「私の……心残り?」
「時間がない、君を案内するよ」
そこはナエトルの住処、サーナイトはカゲボウズとともにナエトルの寝床に来ていた。
ナエトルは食事もとらず寝床でうつぶせになり寝ていた。
目が腫れている、おそらくあの後ずっと泣いていたのだろう。
「これから君をナエトルの夢の中に案内する。それが最後のチャンスだよ」
「……どうしてここまでしてくれるの?」
サーナイトは尋ねる。
「……僕は僕のしたいことをしてるだけさ」
それだけ言うとカゲボウズはナエトルに意識を集中させる。
「……ここはナエトルの夢のなか……ね」
「サーナイト、どうやら無事にたどり着いたみたいだね」
「ええ」
「僕は、ここで見守っていることにするよ。時間は夜明けまで、
……君の答え、見せてもらうことにするよ」
「……」
サーナイトはそれに対しては何も答えなかった。
「ううっ……」
どこからかすすり泣く声が聞こえる。
おそらくナエトルだろう、
……泣き虫だな、ほんとに、今ではそれさえもなんだかなつかしく感じる。
チームを組んでから、これでもだいぶ泣かなくなったほうなのだ。
「――っ」
ナエトルだ。
「ナエトル――」
声をかけるとナエトルが泣き疲れた顔をこちらへと向ける。
「サー……ナイト」
ああ、そう言えばそうだったな。
初めて会った時もそう、ナエトルは泣いていた。
「泣いたらだめだよ、ほら……笑って」
「……うん、ごめんね、また、困らせちゃって……」
ナエトルは涙でぬれた顔でサーナイトに笑いかける。
……私はこの笑顔を守りたいと思った。
そしていつしかそれは、好きに変わってたんだ。
「でもこれは夢、もうサーナイトはいないんだ……」
ナエトルはサーナイトに近づく。
「夢でもいい、今日だけ……、今日だけは、甘えても……いいよね」
ナエトルはサーナイトに抱きつく。
「……」
本当に伝えたいこと、それは、好きということば……。
「ナエトル、こんな形でしか伝えられなくてごめんね。でも、今度こそ本心を言うよ。
私、やっぱり悔しい。あなたの笑顔をもっと見たかった。
チャンピオンになって、あなたの最高の笑顔を見たかった」
「……やっぱりそうなんだ」
ナエトルはその言葉を聞き、泣きそうな表情になる。
「でもね、あのとき、ナエトルを守ったことは、後悔していないんだよ。
だって……大好きなナエトルを守れたんだもの……。それだけで、私は十分だった。
ナエトル、改めて言う、ずっとずっと、大好きだよ」
「サーナイト……そんなこと言わないで、ずっとずっと……僕のそばにいてよ……」
「……ごめんね、そばにいてあげられなくて……」
なんでだろう、覚悟はもうできていたはずなのに。
なんで……涙がこぼれてきちゃうんだろう?
「ナエトル、あなたに出会えて、私、幸せだったよ――」
サーナイトは、ナエトルを抱き、やさしくキスをする……。
「あ……」
「もう……いかなきゃ」
サーナイトは立ち上がる。
「まって! サーナイト!」
「心残りは、もうない、ナエトル、私の分まで、……生きて」
ゆっくりとサーナイトは元来た方向に歩きだす。
私の心残りは、もうない。
さようなら、私の大好きなナエトル。
わたしの、最高のパートナー……。
「……心残りは、もうないんだね」
カゲボウズが尋ねる。
「ないって言ったらうそになる、でも、ナエトルにいたいことはもう言った。
私はもう、いつ消えてもいい……」
「そう、か……」
「……あれ?」
カゲボウズから白い光らしきものが出ている。
「……僕は、君に謝らなきゃいけないな」
「ど、どういうこと?」
サーナイトは理由が分からず、問い返す。
「僕は消える、生者と死者の干渉をしたから」
「――っ!」
言葉にならなかった。
「さんざん意地の悪いことを言ってごめんね。僕は、君の気持ちをひどく踏みにじってしまった。
……ほんとにごめん、こんな形でしか言えなかったけど……」
「……ううん、いいの、それよりも、どうしてあなたはここまでしてくれるの?」
サーナイトはこらえきれずカゲボウズに問いかける、そんなことを言って、
カゲボウズが困るのは目に見えるのに……。
「……単なる片思い……かな」
「えっ……?」
カゲボウズのシルエットが変わる……。
「……なんだ、せっかくかっこつけようと思ったのに。結局魂の姿は本来の姿なんだな……」
「キノ……ガッサなの……?」
シルエットを見る限り間違いない、口調からしてもキノガッサ本人だ。
「どうしてあなたがここにいるの!?」
思わず声をあげずにはいられなかった。
「君は僕を恨むだろうね、でもいいんだ。これは僕なりのけじめ……のつもりなんだ」
「どうして……? あなたは――」
「君が好きだから、それ以外に理由なんて必要ないよ。……カゲボウズに転生して分かった。
君は本当にナエトルを愛していたんだ。それを僕が……引き裂いてしまった」
キノガッサから放たれる光が涙を表現してるように見える。
「許してくれなんて言わない、ただ、謝りたかったんだ」
「……ありがとう、キノガッサ」
「……っ! どうして……?」
「あなたのおかげで、私はナエトルに本心を伝えられた。
私がこうやって後悔がなくいられるのも、キノガッサのおかげなんだよ。……ありがとう」
その言葉を聞くと、キノガッサは黙ってしまった。
「キノガッサ、本当は謝るのは私のほうなんだよ。私のために、命まで投げ出させてしまった。
……ごめんね」
謝ることしかできない自分が悔しい、
「……悔しいな」
「え……?」
「最後まで僕は君を困らせてばかりだったね……」
心なしかその声は震えているように聞こえる。
「サーナイト、僕なりのけじめ、受け取ってくれないかな……、
こんな僕の、最後のわがまま」
「……うん」
「僕という存在を引き換えに、君という存在を現世に戻す」
「……えっ?」
あまりにも突拍子のない発想に一瞬理解ができなかった。
「ただし、僕という存在は永遠に記憶から抹消される。もちろん君からも、
……本当は初めからこれをすればよかったのかもしれない、でも怖かったんだ。
ほかのだれからも忘れられてしまう、それが……」
「キノガッサ、そんなことはしなくていい、私は、十分幸せだった!
もう、私のために犠牲を増やすのは……やめて……」
「サーナイト、それ以上は何も言わないで、……もう決めたんだ。
大好きな君に、幸せになってほしい。……ナエトルと、幸せになってね。
……さよなら、そして、ありがとう」
「キノガッサ!」
「……もし、生まれ変わってまた会えたなら。今度こそは君と一緒になりたいな」
それが、彼の最後の言葉だった。
「う……ここは?」
「サーナイト! よかった! 気がついたんだね!」
ナエトルがほんとに安心した表情で顔をのぞかせる。
「ナエトル! 私はいったい……?」
「ああ、落ちたショックで記憶が混乱してるんだね。
サーナイト、君は崖から足を滑らせて落ちたんだよ。……ごめんね」
「そうなの……?」
確か何かあったような……。
しかし、サーナイトの記憶はもやがかかったように思い出せなくなっていた。
「サーナイト、元気になったらさ、修行しよう! そして、いつかチャンピオンになろうよ!」
ナエトルの言葉に、サーナイトは自然と笑顔になる。
久しぶりのような気がする。ナエトルのこんな笑顔は……。
「うん、そうしましょう」
いつしか、このもやのかかった記憶は忘れてしまうのだろう。
きっと大切なことのはずなのに、それがわからない。
……もどかしいな。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない、いきましょうか」
でもこれだけはわかる気がする。
きっといつか、どこかの世界で一緒になれるって……。