HEROSHOW










小説トップ
season.06 ヒーローショー・アゲイン
第6話:ヒーローショー 2Round
 観客の期待が四天王に集まる中、総監が背中を押してくれたことはワタルにとって何より喜ばしい。彼はその声援を噛み締めながら、後衛に残ったボーマンダとリザードンを奮い立てた。
「状況は不利だが、オレは最後まで諦めない。行くぞ!」
 主人の熱意を受け、ドラゴンは忠誠を誓うように高々を唸りを上げた。スタジアムを震わせる雄たけびに観客が圧倒される一方で、フィールドの反対側に待機する四天王は冷静だ。ワタルの目線に注視していたキョウが、ベンチから次の手を予想する。
「ボーマンダだな」
 ベンチ前の外野エリアにいた仲間達も頷いた。比較的軽傷のリザードンはともかく、ボーマンダは自滅の呪いをかけられており長くは戦えない。そこでカリンがワタルに背を向けながら仲間達に囁いた。
「私が行くわ。イツキ、ちょっとスタンバイするふりをしてて」
「オッケー!」
 不意打ちでローテーションしようと準備をする仲間を見て、シバは呆れるように息を吐く。
「わざとらしい。正々堂々と戦えばいいだろう」
「マニューラはもう長く戦える体力がないの。だから、確実にボーマンダを仕留めるまでよ」
 カリンの傍で待機するマニューラは、肩で息をしながら何とか立っている状態だ。仲間に任せても良かったのだが、彼女はまだワタルのポケモンを一匹も倒せていない。それはマニューラも悔しいようで、ベンチ席に目を向けるたびヘルガーとバンギラスの視線が焦燥を掻き立てる。カリンのポケモン代表として、何とか結果を残さねば――そんな意地を見透かしたシバが、皮肉を込めてカリンに告げた。
「“吹雪”でトドメという訳か、悪タイプ使い」
 その言葉は思いの外、カリンの後悔を刺激した。彼女はここまで一度も専門とする悪タイプの技を使用していない。ドラゴンが苦手とする氷技一辺倒だ。
「文句ある? 私はドラゴンに勝ちたいのよ。“好きなポケモン”で勝つためなら、方法は何だっていいじゃない。力押しのあなたとはプレースタイルが違うのよ」
 と、強がってみてもやはり専門タイプの力を発揮できないのは心残りだ。ベンチで心配そうにこちらを見つめるヘルガーを直視できなかった。
「さあ、かかってこい!」
 フィールドの逆サイドからワタルが声を荒げ、観客がヒーロー達に期待の声援を送る――今、この場ではそれに応えて勝利を優先することが重要だ。カリンは息を整え、覚悟を決める。
「……マニューラ、私についてきてくれる?」
 マニューラは真っ直ぐに主人を見つめ、ただ一度頷いた。詳細な指示を受けずとも、主の表情を見れば戦闘の策が分かる。その大筋に従って、後は自分なりに戦うだけだ。
「行くぞー!」 
 イツキが右手を振り上げ、さも自分が相手だと言わんばかりにフェイントを仕掛ける。外野からボーマンダが踏み出したことを確認し、カリンはマニューラを嗾けた。タイプを見ればヒーロー側が有利、観客が沸き立つ中――マニューラは主人手製のタスキを外し、目の前に転がっていたバレーボール大の隕石をそれに引っ掛けて手中に収める。
「投げつけなさい!」
 強烈なサーブがボーマンダの顔面に直撃し、一瞬視界を奪って隙を与えた。すかさずマニューラが右腕を振り上げる――「辻斬り!」ドラゴンを狙う鉤爪は、鞭のように飛んできたドラゴンの尾によって阻まれた。
「残念。フェイントまで仕掛けたのに、技を見誤ったようだな」
 技を防がれ絶句するカリンに、ワタルが追い打ちをかける。
「ボーマンダ、ドラゴンダイブ!」
 相手の刃を抑え込んだまま、ボーマンダはマニューラへ突進。会心の一撃に鉤爪ポケモンはあえなく崩れ落ちるが、それでも余力を振り絞って千切れかけたタスキをドラゴンの爪に引っ掛け、ローテーションを手間取らせた。僅か数秒の悪あがきだが、戦友が残した呪いを発動させるには充分な時間である。満身創痍のボーマンダの脳内に先に倒れたルージュラの“滅びの歌”が反響し、たちまちドラゴンは恐怖にかられて気を失った。
「ボーマンダ……! 滅びの歌が作動してしまったか……」
 悔しがるワタルと同様に、ボーマンダの足元は無念を露わにした抵抗の引っ掻き傷が無数残されていた。一方、マニューラは役割を全うしたことで、どこかすっきりとした表情で気絶している。カリンは彼を気遣うようにボールに収めると、それを観客へ掲げて称賛を仰いだ。降り注ぐ温かな拍手に、気を張ってばかりの顔つきが穏やかな笑みへと変わる。それを不思議そうに眺めるワタルの視線に気付き、彼女はさっぱりと微笑んだ。
「さっきのは指示ミスじゃないわ。氷技で勝ったところで、私もマニューラも嬉しくないってだけ。ポリシーを曲げてまでチャンピオンになるつもりはないの」
 経済的に苦労してまで悪タイプを追及していた頃を思い出す。タフで野生的、そしてスタイリッシュなポケモン達に魅了されたからこそ、その力を最大限に引き出して頂に立ちたいのだ。
「これ、カンナには内緒ね」
 カリンはピンと伸ばした人差し指を唇に当て、チャンピオンに微笑みながら背を向ける。澄ましたつもりだが、いくらか無念は残っていた。負けて悔しくない訳がない。それでもそんな気持ちを払拭しようと、イツキらを横切ってすぐにテクニカルエリアを出た。ベンチに座っていたヘルガーがさっとその場を降りて着席を促してくれる。迎えてくれる眼差しは誰よりも穏やかで、彼女は思わず頬を綻ばせた。
「マスターシリーズでは一緒に頑張りましょうね」
 ヘルガーを抱き上げながら着席すると、自分も同じだと背後からバンギラスが首を突っ込む。元々窮屈なベンチが更に狭くなり、隣に座っていたキョウは迷惑そうではあったが、これほど頼もしい存在に囲まれカリンは満足げだ。このメンバーが居れば今季も良い成績を残すことができるだろう。
 和やかな南側ベンチにワタルはほっと胸を撫で下ろしつつ、後衛で鼻息荒く待機しているリザードンに向き直った。四天王はまだ十分に戦えるローブシンとネイティオがいる一方で、このローテバトルでワタルに残された手持ちは彼のみである。長く戦える体力もあまり残されていないはずだが、尾の炎は青く燃え盛り、逆転に意気込んでいる。
「頼んだぞ」
 ワタルはそれだけ告げると、右手を握りしめて彼の前に掲げた。
 リザードンもそれに応えるように拳を当てた。会場の誰もが自身の敗北を望んでいるが、予定調和で終わるつもりはない。いかなる時も勝利を手にするのはこの主人でなければならないのだ。その為には死闘も辞さない、それがチャンピオンのポケモンとしてのプライド。四天王を後押しする場内の声援を打ち消すように咆哮し、フィールドの中へ飛び込んだ。
「リザードン様、頑張って!」
 ナナミの声援とワタルの指示のみがリザードンの耳に届く。それだけあれば十分だった。視界に捉えたローブシンがコンクリートを振るうより早くその間合いへ入り、喉の奥から渾身の業火を放出する。相手の攻撃を押しのけ、フィールドへ叩きつけた。ヒーローの転倒に会場がざわめいたが、ワタルはお構いなしだ。
「リザードン、大文字だ!」
 すかさず炎を絞り出し、起き上りかけていたローブシンを強襲する。その攻撃が決定打となり、再びフィールドへ転がったポケモンはそのまま意識を失った。フラッグがリザードンの勝利を告げるなり、総監は思わず拳を振り上げる。
「よし、いいぞ!」
 これで残るは大将を除き両者一匹ずつ――チャンピオンの猛追にスタンドは穏やかではない。四天王側に残されたのは主に補助役を担っていたネイティオ、対するワタルは強豪リザードンを残している。
「くそっ、やられたか……イツキ、後は頼むぞ」
 ローブシンを回収したシバは、観客に礼を言うことなく素っ気なくベンチへと帰還した。敗者は弁明せず立ち去る、それが彼のポリシーだ。ベンチではカイリキーが試合に出られず遺憾に震えていたが、シバがその胸板を叩いて檄を入れた。
「早く復帰させたいのはおれも同じだが、急いては台無しになる。確実にリハビリをこなそう。おれの手持ちにはお前が必要だ」
 主人の真摯な眼差しを受け、カイリキーは納得したように頷いた。シバがカイリキーのリハビリに注力しているのは仲間も周知である。カリンはその様子を微笑ましく見守りつつ、フィールドに一人残った戦友に向き直る。  
「残ったのはイツキね……ネイティオはまだ軽傷で能力を高めているとはいえ、ワタルのリザードンに勝てるかしら」
「勝てるよ! なんたって僕らは四天王一の最強コンビだからね!」
 イツキはネイティオの肩を抱き、引き攣り笑いを見せた。一体感が心地よかった団体戦だが、あっという間に一人ぼっちである。待機していた外野フィールドがやけに広く感じられ、孤独感さえ覚えた。しかし逃げ出すという選択肢はない。ここまで仲間達が勝利を繋ぎ、最後に試合を決めるのは他ならぬ自分とネイティオである。いよいよ観客が望むヒーローになれるのだ。
 イツキはネイティオを引き連れてテクニカルエリアに飛び込むと、両手を掲げてスタンドへアピールした。
「たとえ残り一匹だろうと、相手がドラゴンだろうと僕は諦めない! ご声援、よろしくお願いしまーす!」
 独占した拍手喝采が、篠突く雨の如く降り注ぐ。その中には、かつての師であるヤナギも混じっていた。これは昨年のスランプ以降、交流がない彼に成長を見せつけるいい機会である。
「いくぞ! ネオ、追い風!」
 ネイティオは既に止んでいた風を再び起こして準備を整えようとしたが、たちまち全身から汗が吹き出し、痺れるような痛みが背中を駆け巡った。唖然とする鳥に対し、ワタルとリザードンはしたり顔だ。
「あっつう……コレ“熱風”じゃん……」
 追い風の直後に熱風を被せられたのだろう。風はネイティオの背後から吹いてくるため、テクニカルエリアにいるイツキもすっかり汗だくである。その上ワタルのリザードンの火力は並以上、追い風を休ませると陽炎さえ発生する有り様だ。熱に負けてほんの僅かに隙を見せると、リザードンはネイティオへ殴り掛かる。
「リザードン、炎のパンチだ!」
 猛火を纏った拳がネイティオの華奢なボディを狙い撃ちしたが、鳥は咄嗟に脇をすり抜け大きくとんぼ返りして攻撃を回避した。間一髪の光景に観客は肝を冷やしたが、イツキだけは熱に浮かされ何もかもワンテンポ遅れている。いつまでも出されない指示に呆れる相棒の眼差しを受け、イツキはその場で蝶ネクタイを外しベストを脱ぎ捨てた。
「僕がネオの足を引っ張ってどうする……!」
 派手なシャツの袖を捲り上げると、暑さも幾分緩和される。切羽詰まった様子に、後押しする声援が厚みを増した。観客を夢中にさせる、それこそ彼のアイデンティティである。途端に頬が緩み、自信へと変わっていく。
「行くよ、ネオ! もう一度――テレキネシスだ! 疑似ストーンエッジを見せてやろう!」
 ネイティオがフィールドに散らばる隕石を再び浮き上がらせ、リザードンを取り囲む。日々高めている念力を最大限に引き出せば、無数の岩を持ち上げることなど朝飯前だ。ネイティオは隕石を派手に回転させながら、リザードンへ狙いを定める。それを見て、ワタルは流れ弾を受けないよう後退しつつ声を荒げた。
「すぐに勝負を決めよう、リザードン。フレアドライブ!」
 ドラゴンは体内から業火を解放するように咆哮する。毛穴から炎が噴き出し、背後に控える主人のマントを熱風が大きく翻す。さながら火山の大噴火、見えない壁を一枚隔てた先に広がる灼熱のフィールドに観客は言葉を失った。
 あまりの熱でネイティオの集中が途切れ、浮遊していた岩石が次々地上へ落下する。猛煙を纏ったリザードンは炎の化身だ。突進が直撃すればひとたまりもないだろう。
「レッドのピカチュウを倒した技だね……二年前より威力が増してる」
 イツキの頬が更に緩んだ。全身は水を被ったように汗でずぶ濡れだが、不快感は一切ない。こみ上げる興奮が抑えきれず、臆するネイティオの背中を笑顔で後押しする。 
「ネオ、こいつを倒したら僕らは真のヒーローだよ! これこそ理想のヒーローショーだ!」
 屈託のない笑顔に、ネイティオは呆れた。去年の挫折をファンをきっかけに立ち直ったことから、彼は誰よりもポケモンバトルを魅せることに拘っている。時には妙なダンスを仕込まされるなど、面倒ばかり増えていくのだが、訓練は怠らないしデビュー時より能力が向上していることは明白だ。滾る念力を全身に巡らせれば、巨大活火山のようなリザードンを前にしても少しも臆することがない。
「さあ今度こそ見せてやろう! みんなもよろしくね!」
 イツキは大袈裟に身体を反らすと、胸元で両手を結んで観客の子供達にアピールする。昨年の復帰戦をきっかけに彼らの間で流行している息の長い遊びだ。本家が実行してくれるとあり、養護施設の児童らは次々に彼の真似をする。猛火を纏ったリザードンが床を蹴り、彗星の如く飛びかかってきた。イツキはネイティオの背後へと走りながら、観客席を一瞥する――大方の子供達の準備は終わった。両足を踏みしめ、組んだ両手を空高く突き出す。
「いくぞ、ネオ! アシストパワー!!」
 リザードンを確実に仕留めたくば、先ほどの疑似ストーンエッジを仕掛ければいいだけだ。しかしこちらにはゲストを確実に喜ばせる決め技がある。一度失敗し、当然ワタルにも読まれていただろうがそれでも発動させずにはいられなかった。目と鼻の先に迫る炎のドラゴン目掛け、ネイティオがありったけの念力を解放する。鳥を起点にした衝撃波は熱風を掻き消し、フィールドに強力な竜巻を起こしながらリザードンに襲い掛かった。
「リザードン、押し切れ!」
 マントを後ろに引っ張られ、ワタルは何とか持ちこたえながら吼えた。あとほんの数センチでリザードンの額はネイティオに届こうとしていたが、念の嵐がそれを阻む。全身を駆け巡る激痛に意識を奪われながらも、リザードンはフィールドに爪を立て、身体を大きく振り動かしながらネイティオを薙ぎ払った。華奢な鳥は軽々と宙に弾き飛ばされたが、しかし彼も負けてはいない。痛みを堪えながら余力を掻き集めて念力にブーストをかけると、フィールドを一掃する突風にリザードンと近くにいたイツキが吹っ飛び、遠くにいたワタルが膝を折る。
 すぐに嵐は止んで、フィールドには二体のポケモンが倒れていた。
「リザードン!」
 ワタルがいち早く声を上げる。しかしリザードンは床に伏せたままだ。次に彼の視界に入ったのは、南側ベンチでシバに抱き起されているイツキである。ヒビの入った眼鏡をカリンから受け取り、その場で相棒を呼んでいた。
「ネオ」
 フィールドに転がったネイティオは無反応だ。あちこちの痛みをこらえながら、イツキは立ち上がってもう一度、その名を叫ぶ。
「ネオ!」
 審判が二つのフラッグを握りしめ、観客も固唾を飲んで見守る中――リザードンの前で倒れていたネイティオが無表情の顔を主人へ向け、翼を掲げてそれに応えた。南側ベンチにいたイツキはじめとする四天王、そのポケモン達が腰を浮かせて驚嘆する。
 勝負が決した瞬間だ。
 その一押しで観客の興奮は最高潮に達し、大きな拍手喝采を生んでフィールドに降り注いだ。本部職員やスタジアムスタッフ、売店の店員まで――すべて合わせても三千に満たない数ではあったが、満員の本戦に匹敵する称賛であった。かつてない盛り上がりにイツキがぽかんと立ち尽くしていると、後ろからキョウに突き飛ばされ、彼はテクニカルエリアへ転がり込んだ。そこでやっと自分の役目を思い出した。そうだ、相棒を褒めてあげなくちゃ。
「やったあ! 超カッコ良かったよ、ネオ!」
 イツキは節々の痛みをこらえながら、ベンチを飛び出し翼を掲げたままのネイティオへ駆け寄る。テクニカルエリアから腕を伸ばして翼を引っ張り、力強くその身体を抱きしめた。それに安堵したネイティオはそこで意識が途切れ、主人の腕の中で眠りにつく。イツキもほっと胸を撫で下ろし、割れんばかりの大歓声に応えようとしたが――フィールド反対側にいるワタルの鋭い視線を感じ取り、リハーサルの流れを思い出した。五対五ローテーションバトルの後は、それぞれの大将ポケモンによる決闘を行うことになっているのだ。
「見事なパフォーマンスだったね、イツキくん。まさかリザードンが敗れるとは思わなかった。しかし、ショーはまだ終わっていないよ。こっちにはまだワイルドカードが残っている」
 イツキはさっと青ざめた。可能ならばネイティオを続投させ、ワタルの切り札を倒したいところだが相棒はもう戦えない。見通しの甘さを反省したが、飛び跳ねながら歓喜している子供達を目にすると、やはり決め技を実行したことは間違っていないと確信した。
「そ、そうだよ!」
 イツキは声を荒げながらワタルに答える。浮足立つ観客への牽制でもあった。
「ショーはまだ終わってない! ネオはもう戦えないけど、僕には後を任せられる頼もしい仲間がいる!」
 彼は芝居がかった仕草で南側ベンチを振り返り、その双眸にたっぷりと救済の意を示す。ワタルの大将ポケモンは誰もが予想する通り。さて、誰が行く――膨らんでいく大歓声、これをさらに盛り上げる最適な人物はただ一人。キョウとカリンがその男に視線を送り、イツキもそれに合意した。
「アニキ、後は頼んだよ!」
 バトンを投げ渡したのは四天王一番人気、格闘使いのシバだ。彼が無言で立ち上がるなり、スタジアムの熱気は急上昇。この人選にはワタルも満足げだ。
「じゃ、よろしくね」
「分かった。後は任せろ」
 テクニカルエリアにやってきたシバとフィストバンプを交わし、ネイティオを抱えたイツキが軽い足取りでベンチに帰還する。会場の声援はすっかりシバの後押しへと変わっており、彼は苦笑しながら不満を零した。
「あーあ、アニキに持っていかれちゃった。リザードンは倒したけど、締りが悪いや」
「そう? でもなかなか頑張ったじゃない。バトルは一番盛り上がってたわよ。思わず立ち上がっちゃった」
 カリンの労いに、キョウも頷いた。
「そうだな。お前の試合がセキエイの趣旨に一番合ってる。ここは興行施設でもあるから、魅せ方は大事だ」
 と、褒められれば手放しで喜んでしまうのがイツキの常だ。頬を緩ませ、機嫌よくベンチに座り直した。遠くの北側スタンドにうっすらと見えるヤナギからも、不満の色は窺えない。このスタンスは間違いではないと確信し、喜びを分かち合うように腕の中で眠るネイティオを強く抱きしめた。
 一方で、フィールドでは良きライバルトレーナー同士の睨み合いが続いていた。篠突く歓声はシバのものばかり。その応援は有り難いが、一方的過ぎては興を削ぐ。彼は少し考えると、はっきりとした口調でワタルに尋ねた。
「どうだ、おれ達の真の実力は。これでもなお、四天王は弱小だと言うのか?」
「いいや……見直したね。ちょっとダーティではあるが、誇れる仲間達だよ。安心してシーズンを迎えられる」
 彼は安堵したように微笑む。総監の気が変っただけでも、悪役を引受けた甲斐があるというものだ。あとはこの声援に負けず試合を決めるだけ――満足げな友人の表情と必死で声援を送る養護施設の児童らを見て、シバはあるアイディアを思い付いた。
「なるほど、いつもの調子が戻ったようだな! 我々の戦いと声援でワタルはいつもの馬鹿真面目な男に戻り……これで正義や悪は関係なくなった。一人のトレーナーとして、勝負を挑ませてもらうぞ!」
 つまり役割など無くしてしまおうという考えだ。思わぬ対応にワタルが目を丸くしていると、言葉通りに受け取った児童養護施設の子供達が悪役の心変わりに歓喜する。歓声はまだまだ圧倒的にシバが勝っているが、それでも児童らのヒーローはワタルだ。
「お前の無理やり取り繕った悪役演技は不快だ。ちっとも似合ってない」
 観客に聞こえないよう素っ気なく告げる友人に、ワタルは思わず口元を綻ばせた。
「ありがとう。オレは別に問題ないんだが、サザンドラや他のドラゴンがちょっと落ち込んでいたから気になっていたんだよ。助かるよ」
「ふん……しかし容赦はせん。行くぞ!」
 ベンチで烈々たる眼差しを向けるカイリキーから闘志を引き継ぎ、シバがフィールドに投じたのはオコリザルだった。昨年開幕戦MVP、児童施設のチャリティイベントでも大人気だった格闘ポケモンである。観客の興奮に応える選択に、スタンドの熱気はさらに高まった。
「さあ、倒れた者の分まで存分に戦え!」
 シバの咆哮に合わせてオコリザルが拳を打ち鳴らし、負けん気を見せつける。ワタルもそれに屈せず、ベルトから切り札のボールを取り外した。
「頼むよ、相棒。チャンピオンの威信をかけて、全力で戦い、試合を決めよう! 行け――カイリュー!」
 真っ直ぐに投じたボールの中から満を持して現れたのは、二メートルを超える大型のドラゴンだ。磨き上げた素肌は銅のように輝き、神秘的な佇まいが観客の関心を鷲掴みにする。チャンピオンの右腕たるドラゴンはその地位に相応しい大将の風格を備え、しかし芸術品のように整った出で立ち。シバのファン以外は迷わず声援をそちらへ切り替えてしまうほど吸引力があった。移り気なファンではあるがカイリューの存在は別格で、圧倒的だった応援もこれでほぼ五分五分である。これは総監も満足げだ。
「オコリザル、メガトンパンチだ!」
 早速オコリザルが床を蹴り、右腕を振りかぶりながらカイリューの懐を狙う。
「応戦しよう、カイリュー!」
 マントを翻し、ワタルが吠える。カイリューは力強くフィールドに踏み込むと、その足を軸に身体を捻りオコリザルを拳で出迎えた。場内に鈍い打音が響き、二体のポケモンのボディにそれぞれの拳がめり込む。豪快なクロスカウンターは観客の興奮を一気に引き上げた。総監は身を乗り出し、既に枯らした声でドラゴンを推す。
「いいぞカイリュー、そのまま押し切れ!」
 その声援通りにカイリューの拳がオコリザルを押し切り、後方へ吹っ飛ばした。ぶたざるポケモンは転倒際、素早く身を捻って体勢を立て直したが、すぐに眼前へドラゴンの巨体が迫る。
「ドラゴンダイブだ!」
「オコリザル、腹を狙って突き上げろ!」
 ワタルの指示に被せるようにシバががなり立てると、オコリザルはさっと腰を落としてカイリューの懐へ潜り込み、柔らかな腹めがけて渾身の右アッパーを叩き込んだ。ドラゴンの身体に理性を狂わせる程の激痛が走り、彼女は混乱状態のままフィールドに伏す。痛烈な一打にスタジアムが沸いた。
「カイリュー、大丈夫か」
 ワタルが傍に駆け寄り、テクニカルエリア越しに声をかけると、カイリューはすぐに膝を立てて起き上った。小さな翼を広げて根性をアピールすると、会場は再び有頂天だ。シバは思わず感心する。
「さすがだな。並のポケモンならこれで一撃だ」
「“並”の力じゃチャンピオンにはなれないよ」
 ワタルは口元を緩ませた。
 一時は確執も生まれた二人であったが、そんな時期も思い返せばほんの僅かな時間だ。吹っ切れたように戦う二人に、ポケモンも気負わず全力で挑むことができる。闘争心溢れる二者を見て、ベンチにいるイツキはいてもたってもいられず、相棒を抱えたまま立ち上がった。
「ねえ、どっちが勝つと思う? 今夜の打ち上げの食事代賭けようよ。僕はアニキかな!」
「私も。オコリザルが押してるし、同僚としても彼を応援しなきゃね」
 カリンも嬉々として便乗し、腰を上げる。人間二人にベンチ前で立ち見されると、着席しているキョウの視界はたちまち遮られた。彼は北側スタンドから興奮気味に騒ぎ立てている娘の姿に呆れつつ、シートから腰を離してイツキの隣についた。
「シバには悪いが、賭け事は外したくない。娘も応援してることだし、俺はワタルだな」
 背後でカイリキーの殺気を感じたが、気付かないふりをした。フィールドでは再びカイリューとオコリザルが対峙し、同時に床を蹴ってぶつかり合う。
「カイリュー、暴風だ!」
 しかし今度は肉弾戦ではない。先制したのはカイリューが素早く発生させた突風、オコリザルの周囲を捉え軽々と上空に巻き上げた。疾風の刃がポケモンを襲うが、シバはすぐに対策を講じる。
「そこから抜け出せ――岩なだれ!」
 暴風に翻弄されていたオコリザルは我に返ると、さっと繰り出した岩石にしがみ付いてカイリューの元へ雪崩れ込む。見事頬に命中し、ドラゴンは鋭い悲鳴を上げながらのた打ち回った。
「いいぞーっ、オコリザル! 畳み掛けろ!」
 イツキの歓声が飛ぶ。その期待通りにオコリザルが疾駆する。
「決めろ、メガトンパンチだ!」
 これまでほぼ一撃で挑戦者のポケモンをノックアウトしてきた自慢の拳がカイリューを襲う――「守る!」ワタルが鋭い声が飛び、ドラゴンはすかさず両腕を顔の前で揃え、パンチを受け流した。
「よし、そのまま攻めろ!」
 キョウの怒声と共にカイリューは身体を捻りながら尾を振るう。
「カイリュー、ドラゴンテール! 脇を狙え!」
 ワタルの指示通りに技は命中。パンチを繰り出し、空いた脇腹への強烈な一打にオコリザルは南側ベンチ前へと弾き飛ばされた。カリンが身を乗り出し、彼を鼓舞する。
「頑張って! あなたはまだ立てる」
 その背後でカイリキーがこちらを覗き込んでいた。闘志を託すような眼差しに、オコリザルは再び立ち上がる。会場が沸き、シバがその背中を押してくれた。
「よし、行け!」
 一メートル程度の小さな背中が、臆することなくチャンピオンのドラゴンに立ち向かっていく。昨年のマスターシリーズ最終戦を思わせる局面に、それを見届けるシバの掌がじわりと汗ばんだ。克服したはずの恐怖が再び浮かび上がってきたのかもしれない。しかしベンチから響く相棒の唸るような声援を聞き、すぐに思い直した。それでも戦い続けると、決めたじゃないか。
「オコリザル、高速移動だ!」
 オコリザルは力強く床を蹴り、拳を振り上げながらカイリューの前に躍り出る。
「今度こそ――メガトンパンチ!」
 鍛え上げた鋼鉄の拳がカイリューの腹に命中し、サンドバッグを叩き割るような音が場内に反響する。小回りの利いた隙のない動作でこれほど強力なパンチが打てるのはシバの特訓の賜物だ。
 カイリューは大きくのけぞり、観客はオコリザルの勝利を確信して騒然となる。ドラゴンにとっては不愉快な反応だったが、望まずとも感覚機能は次第に失われていく――遠のく意識の中で、聞き慣れた声が耳に入った。
「カイリュー!」
 勇ましい響きに、主が支えてくれるような感覚を覚える。その一言でまだ戦えると確信し、歯を食いしばって身を持ち直した。離れかけた聴覚が引き戻され、大歓声が押し寄せてくる。リハーサルとは思えない盛り上がりだ。ここで勝利すれば主人はヒーローになれる――カイリューはワタルを一瞥した。
「よく耐えてくれた。ありがとう」
 ワタルが安堵するように微笑み、ぽつりと囁く。
「君だけに本音を言うと、悪役のままで終わりたくないんだ」
 やっぱり。
 カイリューの顔も綻ぶ。彼は昔から誰よりもヒーローに憧れてきたのだ。それを体現するような人間になったのに、こんな役回りに心から納得している訳がない。他のドラゴン達も不満を抱いているし、サザンドラなどは真面目な性格故に向こう一週間は落ち込み続けることだろう。それを解消する方法はただ一つ。
「次で決めよう!」
 カイリューは素直に頷くと、余力を掻き集めるように体内にエネルギーを蓄積する。直接指示を受けずとも、次の命令は理解していた。両足を踏み込んで体勢を整え、オコリザルを迎え撃つ。
「今度こそ確実にノックアウトさせる! オコリザル、トドメだ――爆裂パンチ!」
 シバの命を受けたオコリザルが再び駆け出した。ほんの僅かな隙さえ与えてしまえば敗北だ。四天王は皆、年々その力を増しチャンピオンの王座を狙っている。ワタルは今回のヒーローショーでそれを痛感した。徒党を組んで向かってきたとはいえ、これほど拮抗するのは予想外だ。
(しかし、チャンピオンの地位を簡単に譲り渡すつもりはない)
 デビュー会見で無敗を宣言して以降、頼もしいドラゴンポケモンと共に勝利を積み重ねて守り通した王座こそ彼のアイデンティティ、そして誇りである。それに固執するあまり恋愛は上手くいかないし、堅物だと揶揄されがち、この座から一たび陥落すれば燃え尽きてしまうことだろう。それでもお構いなしだ。子供達の甲高い声援に後押しされ、ワタルが腕を振りながら咆哮する
「さあ、いくぞカイリュー!」
 カイリューがのけ反りながら大きく口を開く――突風が起こり、マントが勢いよく翻った。
「――破壊光線!」
 ドラゴンが瞬いた途端、フィールドの障害物を蹴散らす衝撃波と共に強大な光が解き放たれる。その時点で圧倒的な力を目の当たりにしたシバは絶句し、全てを悟った。どう足掻いてもこれに太刀打ちすることはできない。自分が取れる手段はオコリザルの安全をできる限り確保することだけだ。己も安全圏に避難しながらオコリザルへ防御を叫ぶ――光線は接近していたオコリザルの急所を外しながら一撃で昏倒させ、南側ベンチ上段の見えない壁に直撃して四散した。立ち見していたイツキらが堪らずにその場に伏せる。
 会場に一瞬の沈黙が流れたが、結果は旗が上がる前から明白だ。薄らと煙が立ち込めるフィールドにしかと足を付けるのは一匹のドラゴン。その後ろで漆黒のマントをはためかせ、仁王立ちする男がようやく決着がついたと息を吐く。そのコンビネーションはまさにヒーローだと、誰もが確信した。
「勝者――チャンピオン・ワタル!」
 審判が高らかと宣言し、万雷の拍手喝采がフィールドに降り注ぐ。ワタルの勝利を讃えるのは勿論、果敢に立ち向かったシバ、試合を盛り立てた四天王らへの敬意も込められていた。観客から公平に称賛を得られる試合というのはそう多くあるものではない。たいていは勝者のみにスポットライトが向けられ、敗者はただ背を向けて去るのみ。だが、今回の趣旨は“ヒーローショー”で、彼らは皆誰かのヒーロー、その期待に応えることができたはず。観客の反応を見てワタルはそれを実感した。右手を掲げて声援に応えると、北側スタンドから総監が微笑みかけてくれる。
「おめでとう。素晴らしい“茶番”だったね」 
 皮肉めいた台詞だが、その笑顔は淀みなく清々しい。ワタルの顔もつられて綻ぶ。
「ご期待に添えて何よりです」
 鳴り止まない拍手が響く中、北側ベンチ奥からやや赤ら顔の支配人マツノが飛び出し、テクニカルエリアの真ん中で立ち止まって深呼吸。数秒間を置いて、震える右手でマイクを掲げた。
『皆様、本日のショーはいかがでしたでしょうか! 毎度おなじみ、スタジアム支配人のマツノです。本日はうららかな日和を迎えリハーサルショーには最適、お天気も彼らを味方したのでしょうか。私なんぞは幼少期より雨男ともっぱらの噂でして、このイベントには雨を降らせまいと一週間前から天気予報を分刻みで確認していたのですが……』
「マツノさん、時間!」
 早くも中だるみしかけたマツノを牽制するように、シバ以外の四天王がそれぞれの腕時計を示しながら厳しい視線を向ける。支配人はマイクを持たせると緊張で我を忘れ、話が逸脱するきらいがある。支配人はすぐに襟元を正し、咳払いして話をレールに戻した。ワタルを始め、会場のあちこちから失笑が起きる。
『失礼、お昼休みもあと十分程度しかありませんね。あの、それで……一つだけお願いがございます。ショーの前に組織内アカウントへ一斉送信したメールに記載しておりますが、今回無料で提供したフードの数々! 給与天引き――』
 それを聞いてたちまち嵐のようなどよめきを生んだスタンドを面白がりながら、マツノはさっぱりとした笑顔で否定した。
『――ではございませんよ! メール内に専用フォームへのパスを記載しています。新作フードのご意見・ご感想、どしどしお寄せくださいますようお願いいたします! たっくさん食べていただきましたので、たっくさんいただけると期待しております。スタジアム運営部は四天王共ども、辛辣なご意見どんとこい! バッチリ改善していきます。我々はこのような形でシーズンを戦っていく予定ですので――皆さま今後ともご協力・ご声援の程宜しくお願い致します!』
 ワタルはすかさず南側ベンチに集まっている四天王に視線を送ると、マツノに合わせて軽妙にお辞儀する。歓声は増幅し、心地よいスタンディングオベーションが場内を包み込んだ。ギャラリーの大半は施設関係者である。これだけ好意的な反応を示してくれるのならば、シーズンも円滑に進めることができるだろう。ワタルは顔を伏せたまま、目の前に広がるフィールドを見渡した。薄灰の床には岩石の欠片が散乱し、光線や炎であちこち焼け焦げている。決して美しいとは言えない外見、それでも照明に照らされた舞台は栄光に輝いているようだった。

鈴志木 ( 2014/04/30(水) 20:11 )