第2話:決断の代償
カイリキーはすぐにスタジアム傍にあるポケモンリーグ附属病院に搬送された。
ストレッチャーに乗せられた相棒が手術室に入った後、シバは待合スペースの長椅子に腰を下ろす。病院の廊下は夜の静寂に包まれ、消毒液の臭いがふんわりと漂っていた。ぼんやりと床を眺めていると、慌ただしい足音がしじまを破って近付いてくる。仲間たちだった。面子は顔を曇らせている同僚と、スタジアム支配人のマツノ、そして親友のワタル――彼は薄暗い照明の下、今にも倒れそうなほど青ざめており、試合中の勇壮な面影は消えている。
「容体は?」
一番に口を開いたのはカリンだった。その険しい表情に同情の色はない。
「……命に別状はない。今、腕の治療をしている」
シバは極めて事務的に回答した。他人事のような口ぶりは彼女の怒りに火を点ける。
「なんであの時、カイリキーに攻撃させたの? あなた、分かっていたでしょう」
指摘通りだった。
シバも気付いていたのだ、カイリキーの違和感に。破壊光線の後、明らかに右腕は負傷していた。プロトレーナーとして見落とすはずがない。それを承知の上で相棒をけしかけたのだ。その理由は、ただ一つ。
「勝ちたかった」
あまりに率直すぎる回答に、仲間たちは眉間に深い皺を刻み付けた。イツキのみがこの息が詰まりそうなほど険悪な空気に耐え切れず、その場から数歩後退する。
「あそこでタイムを取って容体をチェックしていては、ペースを乱してポケモンのメンタルに影響する可能性がある」
「だからってポケモンが怪我してもいいの!? カイリキーはあなたの――」
食って掛かるカリンの言葉を遮るように、シバは咆哮した。
「相棒だからこそ、勝たせたかったんだ! お前らも分かるだろう!」
苛立ちを含めた野太い絶叫が深夜の病院内に響き渡り、悲痛な思いを撒き散らす。呼吸すれば肺に突き刺さりそうな罪悪感、ワタルは立っているのがやっとだった。状況は理解しているが、頭が現実を受け入れることを拒んでいる。血の気が引いた身体で謝罪の言葉を紡ぎ出そうとした時――手術室のドアが開き、暗い面持ちの執刀医が現れた。シバは反射的に腰を上げる。
「結果は」
彼は冷静さを保ちながらも、震えるような声色で尋ねた。
「……粉砕骨折です」
その結果に、仲間たちはいたたまれず視線を逸らした。シバのみが無表情のまま執刀医を見つめている。医者は異様な光景に恐怖心を覚えながらも、説明を続けた。
「腕の中に金属シャフトを入れて一時的に補強し、骨が癒合する頃に抜く治療を考えています。カイリキーでしたら、三年程度かかるでしょうか……完治の可能性は薄く、麻痺などの後遺症が少し残ると考えられます」
三年、と聞いてシバは絶句した。
「その間、ポケモンバトルは控えていただきたく」
プロトレーナーのポケモンが三年も戦えないというのは戦力外通告に等しい。アスリートの如く日々鍛え上げているポケモンの訓練を突然打ち止めれば、多大なストレスがかかり、復帰しても全盛期並みの力は望めない可能性が高い。特に本能的に戦闘を好む格闘ポケモンはその傾向が強く、シバが人一倍トレーニングに傾倒している一因でもある。
「他にもっと早く完治する方法はないのか」
怒りと絶望が混ざり合ったシバの言葉に、ワタルは気絶しそうになった。医者に詰め寄る大きな背中を直視できない。
掴みかからんとする大男に、執刀医は畏怖を露わにしながらも非情な現実を突きつける。
「こ、これが最善策です。こんなことは言いたくありませんが、右の二本の腕を切断すればもっと復帰は早いかもしれません。しかし、それでは……」
四本腕のカイリキーが左腕二本になるなど、一体何の冗談だろうか――シバは自嘲気味に頬を緩ませながら、長椅子に力なく腰を下ろした。
「……戦力外、か」
相棒の怪我を知りながら、勝利を優先した代償はあまりにも大きい。彼は溜め息をつきながら、弱々しく前髪をかき上げた。その姿に普段の威圧的な佇まいはまるで感じられない。日ごろから彼と口喧嘩しているイツキはその疲弊した様子を見ていられず、親切心を出して激励した。
「そ、そんなことないよ! 三年のブランクがあったって、リキさん戦えるよ! シバのポケモンだし、頑張ればきっと……」
不確かな励ましはシバの苛立ちを増長させた。憤りに震える右手を強く握りしめる彼を見て、キョウは即座に袂から財布を取出し、千円札を抜く。
「イツキ、飲み物買ってきてくれよ。ここは三階病棟にあるカフェオレが美味いんだ」
そこでイツキはようやく自分の失言を理解し、掌にねじ込まれた札を涙目で握り締めた。
「う、うん……」
逃げるように階段へと消えていく小さな背中を目で追いながら、スタジアム支配人のマツノも同行したい衝動に駆られる。それほど場の空気は険悪化しているが、彼は立場上ここに残らねばならない。
空回りした同僚がいなくなったことで怒りを治めたシバは、少し考えてから執刀医に向き直った。
「腕を切り落とすなんて考えられない。シャフトを入れてくれ」
「分かりました」
医者はすぐに頷き、手術室へと戻っていく。金属扉が閉じられる音が病院の廊下に重々しく反響する。シバが徐に仲間たちを見回すと、彼らは相変わらず難しい顔をして俯いたままだ。特に親友ワタルの表情は深刻で、今にも倒れそうな程真っ青になっている。見るからに罪悪感に包まれ、責める気にもなれなかった。
しばらくの沈黙の後、窒息しかけていたマツノが顔色を窺うように口を開く。
「シ、シバくん。カイリキーは、その……」
シバは口籠るマツノにきっぱりと答えを告げた。
「リハビリは続けるが、もう戦力にはならないだろう。訓練の補助でもやらせるしかない」
「き、君の相棒なのに……」
「おれにとって相棒とは最も強いポケモン、ただそれだけだ。入れ込んではいない」
いつも通りの落ち着き払った口ぶり。
マツノはともかく、それが本心でないことは仲間の誰もが理解していた。自身の相棒ポケモンに重ね合わせてみればすぐに分かることだ。ポケモンたちへ均等に愛情を注ぐことがトレーナーの大原則とはいえ、最も思い入れのある相棒を失うことは家族を亡くすにも等しい。
「……シバ」
ずっと黙り込んでいたワタルは、意を決して親友の前に踏み出し、頭を下げる。
「すまなかった……!」
腰をほぼ直角に折り、誠意ある謝罪だった。だが試合の衣装のまま――勝者のチャンピオンを見せつけるように詫びられては自分のみが悪者のように思えてくる。鎮まっていたシバの怒気が再び波打ちだした。
「オレはカイリューでカイリキーを受け止めようとせず、すぐにタイムを取れば良かったんだ」
「いや、お前は正しい。カイリキーが先に動いていたから、試合を中断させる暇はなかった。カイリューの手を抜いた攻撃もあいつは跳ね除け、勝利をもぎ取ろうとした……見事に主想いのドラゴンに返り討ちにされてしまったがな」
カイリキーが“起死回生”を仕掛ける前にカイリューが“アイアンヘッド”を繰り出したのは、彼女の独断だった。相手の故障は理解していたが、攻撃を回避できずに反撃してしまったのだ。おそらく起死回生が命中していれば試合の結果は変わっていただろう。チャンピオンの座を守りきった相棒を、ワタルは責めることができなかった。腰に装着しているモンスターボールから、カイリューが不安そうにこちらを見つめているが、このような健気な姿は一層ワタルの身を削る。
ふと、シバは手術室に背を向け裏手の入り口へと歩み出した。呼び止めようとするカリンの動きを察し、振り向かずに言い添える。
「……飯を食いに行くだけだ。手術に時間、掛かるだろう。十五分ほどで戻る」
薄暗い廊下の奥へと消えていく項垂れた背中を見送った後、マツノがぽつりと呟いた。
「打ち上げ、中止だね……」
今日は試合後、シーズン終了を祝ってスタッフを含めた大打ち上げ会が予定されていたのだが、この事態のため保留となっていたのだ。
「店のキャンセル料はオレが負担します……」
陰鬱なチャンピオンを見て、マツノが慌てて訂正する。
「あ、いや……ワタルくんを非難しているわけじゃ訳じゃなくて」
「こうなったのは自分の責任ですから」
蓄積されていく罪悪感を取り払うように、キョウが彼の肩を軽く叩いた。
「あんまり背負い込むなよ。プロならこういうこともある」
確かにプロ視点で見ればこのような事態は珍しくないが、今回の被害者は親友の相棒ポケモンである。互いに切磋琢磨して高め合ってきたというのに、まさか自分がこんな形で引導を渡すことになるなんて。嘆息するワタルを見て、カリンが気遣うようにその顔を覗き込んだ。
「……ワタル、顔色悪いわよ。手術は長いんだし、病院の外にあるカフェで少し休んできたら? 私たちがここで待機しているから」
ワタルは戸惑ったが、カリンとキョウの真摯な表情を見て、その好意に甘えることにした。
「そうだね。二人とも、気遣ってくれてありがとう……」
「その恰好で行くのか? 外、寒いぞ」
キョウに引き止められ、ワタルは黒い窓ガラスに映る姿を確認する。ジョッキーの勝負服へ礼服の品を足したような衣装にマントという、試合そのままの格好は現実離れしており、病院で浮いていた。ここではヒーローも存在を成さない。
「そ、そうですね……」
キョウはメルトンコートを携えているマツノを向いた。
「マツノさん、そのコートお借りしても? 俺は羽織だから、彼の衣装には合わないので」
「あ、はい」
マツノはあっさりと服従し、小脇に抱えていたコートをワタルに差し出した。身長差がある彼らだが、このイタリア製コートはマツノが見栄を張ってオーバーサイズのロング丈を選んで購入した為、長身のワタルが羽織ると丁度良い具合になる。
「ありがとうございます……」
ワタルは彼らに恭しく頭を下げると、力ない足取りで裏口へと向かって行った。
出口へと歩を進めるごとに罪の意識を高めていた消毒薬の臭いが薄らいでいくが、それでも胸のつかえは取れないし何の解決にもならない。病院裏口の自動ドアを抜けるなり、晩秋の夜風が身体をぞっとさせるほど不気味に撫で回した。改めてコートを借りて良かったと実感する。右手に抱えているマントはほとんど飾りなので、メルトン地のコートに比べると防寒すら使えない。
(こんなことになるなんて……)
吹きすさぶ風にマントが揺れる。
彼は深い吐息を漏らしながら、ゆっくりと夜空を見上げた。
この時期、地元フスベシティの自宅に広がる澄み渡った空には、宝石を撒いたような星々が耀っていたものだが――深夜でもビルに明かりが灯っているセキエイの街並みでは、その輝きも殆ど失われている。ふいに腰に装着しているモンスターボールの一つが揺れた。
「カイリュー」
ベルトから外し、相棒の入ったボールを目線の高さまで持ち上げる。彼女は心配そうに顔を歪ませていた。
「君は何も悪くないよ」
トレーナーである以上、ポケモンに罪を擦り付けるなどあってはならない。必死で笑顔を作り、慰めた。主らしい思いやりだ――相棒とはいえ、手を差し伸べられないことはカイリューにとって心苦しい。
「……チャンピオンの座を守ってくれて、本当にありがとう」
カイリューはただ、控えめに頭を下げる。
闇夜を映したボールの中で、青いスワロフスキーのマーカーが煌めいた。
ワタルが手術室の前を去った後、入れ替わる様に人数分の缶飲料を抱えたイツキが戻ってきた。二人の仲間が席を外していることに気付くと、無意識のうちに安堵しつつ残ったメンバーに飲み物を手渡す。
「ワ、ワタルとシバは?」
「ちょっと休憩に行ったわよ。長丁場になるかもしれないから、入れ替わりで休まないとね」
カリンは缶コーヒーを受け取ると、ソファに腰を下ろして長い脚を組んだ。
「そ、そっか」
居心地悪そうにしている彼を見かねたキョウが帰宅を促す。
「お前、先に帰っていいぞ。眠いだろ」
「ぼ、僕はそんなに子供じゃないよ! ちゃ、ちゃんと手術が終わるまで見届けるから……」
と、強がってはみたものの修羅場経験が少ないイツキは既に胃に穴が開きそうなほど心労が重なっていた。この言葉に甘えて逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。
まだまだ幼い同僚に呆れつつ、キョウはカフェオレを口にしながらマツノに視線を移す。
「そうか。しかしマツノさん、あなたは戻った方がいいですよ。ここは俺に任せて、残ったスタッフを解散させてください。彼らはまだ待っているでしょう」
スタジアムの正規スタッフは皆、まだ現場に一時待機させられている。それを思い出したマツノは勢いよく頷いた。
「そ、そうだった。それじゃ、あと、お願いします……マスコミ発表はどうしようかなあ……」
「ありのまま説明すればいいのでは? 我々はプロですから、こういった事態は想定内です。二人はまだ若いから困惑しているだけでしょう」
冷淡な言い様に、カリンとイツキは耳を疑った。長年スタジアム支配人を続けているマツノも仰天する。
「そ、そうかなあ? でも、プロ歴が長いキョウさんが仰るならそうかもしれないですね。それではあとお願いします……コートは明日返してくれれば結構なので……」
「はい、お疲れ様」
背中を丸めて裏口へと駆け出していくマツノを見送った後、カリンはキョウに対して不快感を露わにした。
「……ねえ、それ本心で言ってるの?」
「お前ら、長くトレーナーをやっているくせに一度もポケモンを戦力外にしたことがないのか?」
二人は間髪を容れずに頷いた。
「ぼ、僕はないよ……」
「私も」
「ああ、そう。近いうちに来るさ」
彼は呆れた様に息を吐きながら、壁にもたれ掛る。
「そういう経験、あるの?」
「ジムリーダーなら避けて通れない道だよ。ポケモンの所持数が多いし、育成レベルの制限もあるから特に寿命が短くなりやすい。五年目くらいからかな、“戦力外通告”が増えるのは。今の若いリーダー連中は、そろそろ脱落するだろうね。これをキッカケにプロを辞める奴も多いから」
それを聞いたイツキは、友人・マツバのことが心配になった。
「ゴ、ゴーストポケモンって元々幽霊だけど、戦力外になることってあるのかな?」
「私のゲンガーは怪我しにくいわよ。ゴーストは物理的に故障しづらいって評判ね」
カリンの経験則を聞き、イツキはほっと胸を撫で下ろした。しかし、元ジムリーダーのシビアな話は続く。
「そうだな、ゴーストは確かに丈夫だな。だが毒タイプは種族によって毒の成分が異なるから、練習中にも思わぬ作用を引き起こしやすい。常にチェックをし、万全を期しておかないと、些細なきっかけで命を落とす可能性ある」
「それはプロなら当然の事ね。だから、無理をさせてまで勝たせようとしたシバにはやっぱり同情できないわ」
大人二人につられるようにイツキも首を縦に振ってみたが、内心は懐疑的であった。シバと同様の状況ならば、自分は降参せずにそのままネイティオを向かわせるだろう。相棒も同意してくれそうだ。だからこそ同僚を非難できない。
(シバの行動は仕方なかったと思う。僕だってチャンピオンになりたいから、分かる。あの時はチャンスだったんだ……王者になれる絶好の……)
故障に関する込み入った会話を始める仲間を眺めながら、イツキはカフェオレを口にした。クリーミーな甘さの中に混じるほろ苦さ。今日は特にその刺激が際立っているような気がした。耳に入ってくるのは、大人たちが語る故障したポケモンは復帰が困難だという話。
(大人は諦めが早いよね、なんで希望を持って生きないんだろ。ネオが怪我したら、リハビリに何年かけたって戦えるようにするよ。それがトレーナーでしょ……?)
苛立ちを感じて言い返そうと意を決したその時、廊下の奥から無骨な足音が響いてきた。三人は一斉に振り返る――シバだ。
「まだ続いているようよ」
カリンがソファから立ち上がる。
「そうか。お前たち、帰っていいぞ」
無表情のまま、ごく普段通りの口ぶりで追い返すシバに仲間たちは吃驚した。
「何言ってるの? 私たちは同じ仲間、四天王でしょう?」
「だがこれ以上、いてくれても仕方がない。何が変わるというんだ?」
正論だが皆の心配を踏みにじる様な態度に、擁護を考えていたイツキは憤慨する。
「僕たちはリキさんを心配して……!」
「恩着せがましい好意はごめんだ」
思ったままを言葉に変換するのはシバの悪い癖だが、今回ばかりは黙っていられない。イツキは色を成して詰め寄ろうとしたが――キョウがすぐに立ち塞がる。代わりに灸を据えてくれるのかと期待したが、ベテランはシバに従った。
「分かった。じゃ、結果をマツノさんに連絡――ああ、お前携帯持ってないんだったな。ロビーの隅に公衆電話があったよ」
「術後に電話すればいいのか」
面倒くさそうに眉をひそめる彼に気を留めず、キョウは手帳にマツノの携帯番号を書き記すと、そのページを破ってイツキに買わせたカフェオレ缶と共にシバに手渡した。
「四天王も本部組織の一部だから、報告は必要だ。よろしく頼むよ」
「……分かった。外でワタルに会ったら、帰るように言っておいてくれ」
シバはメモを乱暴にポケットに突っ込み、ソファへ腰を下ろす。
「もちろん、伝えておくよ」
キョウは口角を僅かに上げて微笑むふりをすると、イツキとカリンを小突き、「さて、帰りますか」と裏口へ促す。納得できない彼女は、シバを睨み据えながら振り返った。
「安心したわ。こんな時でも一匹狼なのね」
シバは何も反論しなかった。
矢継ぎ早に罵ろうとしたカリンを、キョウが制する。
「やめろって……行くぞ」
「オジサマ、これでいいと思うの?」
「シバが望んでいるんだから、それで構わないさ」
余裕ある口調で諭されたが、カリンはまだ不満だった。自己都合でポケモンを故障させ、その上仲間への態度も悪い――不愉快極まりない。
すぐに仲間たちの足音は消え去り、廊下はようやくシバだけが残った。
気遣ってくれるのは分かるが、今は何もかも逆効果に感じていた。
仲間の健常な相棒たちを見たくない。自分のカイリキーは間もなく戦力外通告を受けるというのに。
『相棒』ポケモンはトレーナーの手持ちでも特に忠誠を誓っており、その仲睦まじい姿を見るだけで今は吐き気を催してしまいそうだった。だがこうなったのも自業自得。
(おれは何故、あの時カイリキーを攻めさせた?)
その答えはただ一つ。
(勝ちたかったから……)
しかし結果は悲惨だった。
十数年間、一日も欠かすことなく修行を積んできた相棒を失ってしまったのだ。たった一度の試合――それもチャンピオンとなった親友との大一番。無理をさせた後悔が芽生え、これから現実と向き合うことを考えると頭が重い。
シバは深く溜め息をつくと、プルトップに指を掛けた。静寂の病院内に缶を開ける音が反響する。