HEROSHOW










小説トップ
season.04 戦力外通告
第1話:意地とプライド
 十月末日、セキエイはプレーオフのシーズンに突入していた。
 バッジを八個揃えたトレーナーが挑戦できるタイトルマッチは一昨日で全ての日程が終了、今年も誰一人チャンピオンを破ることなく、そのまま幕を下ろす結果になった。公式戦は残すところあと一試合――それが今日である。
 最後に執り行われるのは四天王同士が争うマスターシリーズ。月末の最終戦は、今季このシリーズで最も勝ち星を挙げた四天王とチャンピオンとの一戦。スタジアムは満員御礼、会場外のパブリックビューイングさえ人で溢れ返るほど興奮の渦に包まれていた。人々の視線はフィールドの端で対峙する二人のトレーナー、そして内野のポケモンに注がれている。
『いよいよ、マスターシリーズも最終戦……! この一戦で、長きに渡った今シーズンの戦いが幕を閉じます! 見逃せないこの試合――最後の戦いに挑むのは我らがヒーロー、チャンピオン・ワタル!』
 興奮を押し付ける様なアナウンスの後、画面に映し出されたのは今季出番は少ないが、圧倒的な存在感をアピールし続けていたドラゴン使いワタルである。紺碧の礼服に身を包み、夜を映したようなマントを翻してテクニカルエリアに佇む姿はまさに絶対王者。
『そして――彼に挑戦する四天王は、この方! マスターシリーズ最多勝記録を更新、大人気格闘使い、シバだああ!!』
 贔屓目に捲し立てる実況に乗せてカメラが映すのは、南側ベンチ前に立つ大男。着古したカーゴパンツに惜しげもなく晒した筋肉隆々の上半身――彼こそ四天王で抜きんでた人気を誇る、格闘使いシバである。彼はステージに対峙しているワタルを無言で睨み据えながら、腰のベルトからモンスターボールを一つ選び出した。
『毎月のマスターシリーズでは一度もチャンピオンに勝利することが叶わなかった彼ですが、有終の美を飾ることができるのか!? 仲間たちも、北側のベンチ前で彼の勇姿を見守ります!』
 テレビカメラはワタルの後方、北側ベンチの特等席で試合を観戦している四天王の三名を映し出す。とり澄ました顔つきでベンチシートに腰を下ろすプロトレーナー達は、それだけで十分存在感があり、実力者の風格を醸し出している。会場中が今季一番の熱気で溢れ返る中――イツキが気取った口調で呟いた。
「僕は4−2でワタルかな」
 続いて、カリンがすらりと伸びた脚を組み直しながら、赤いルージュを引いた唇を動かす。
「3−2−1でワタル」
 最後に、上等なモノトーンの着物を纏ったキョウがゆったりとベンチにもたれ掛りながら答えた。
「5−1でワタル」
「やっぱりワタルだよね。僕ら、結局今年も勝てなかったな〜」
 この様子がカメラに抜かれていることをよく理解しているイツキは、小さく口を窄めながら不満を溢した。これらの音声はベンチ外に漏れることはなく、大衆の目には厳かな大スターとしか映らない。
「でもシバも結構頑張ってたわよね。前半は私がトップだったのに、ラストスパート掛けられて追い抜かれちゃった」
 肩をすくめるカリンからは悔しさが窺えない。それはキョウも同様である。
「“アニキ”は一番の負けず嫌いだからな。何かあると直ぐ修行、修行修行……ま、お陰で努力は実ったわけで。プレーオフ最終戦を飾れるなんて名誉なことだ」
 三人の視線は、目の前のテクニカルエリアではためく黒いマントのずっと先――同僚の大男に注がれていた。

『プレイボール!』
 赤い旗が振りあげられると同時に、緊張感が一気に高まる。テクニカルエリアに立つ親友たちは、ボールをフィールドへ同時に投げ入れた。
「行け、ガブリアス!」「エビワラー!」
 封印から解き放たれたガブリアスが真っ先に飛び出した。エビワラーは足を踏みしめ、身体を捻りながら渾身のパンチでドラゴンを迎え撃つ。
「ドラゴンダイブ!」「マッハパンチ!」
 重なり合う二つの指示――先に届いたのはエビワラーの拳だった。ガブリアスの右頬を撃ち抜き、大きく後退させる。怯んだ相手の懐に、エビワラーが飛び込んだ。
「エビワラー、スカイアッパー!」
 シバの咆哮と共にエビワラーのアッパーがガブリアスの顎に炸裂する。鉄を打つような鈍い轟音が、大歓声に覆われたスタジアムの中にはっきりと反響した。いきなりの先制攻撃にドラゴンは悶絶したが、それでも痛みを堪えながらエビワラーを抱え込む。
「いいぞ、ガブリアス! “竜の波動”だ!」
 至近距離で放たれた衝撃波は、エビワラーの意識を奪うには十分すぎる威力だった。噴火する歓声を耳にしながら、フィールドに崩れ落ちるパンチポケモン。シバは直ぐにボールへ戻すと、入れ替わる様に二番手のボールを投げ入れた。労いの言葉もないのでワタルは一瞬戸惑ったが、リズムを乱してはいけないとガブリアスへ微笑みかけてから交代する。
「次っ、ルカリオ!」
 二番手に選ばれたのは波動ポケモン、ルカリオ。僅かに遅れて、ワタルのボールが開いた。
「次は君だ、フライゴン!」
 マスターシリーズの試合はチャンピオン戦と同様で手持ち六匹ずつ、一対一のバトルで交代・持ち物なしのルールである。シバは試合のテンポを重視する傾向にあり、一カード終われば即座にポケモンを交代させていた。ボールを投げる前にポケモンを激励するワタルには少々やりづらい。それは主人に甘えたがっているフライゴンも同様である。浮足立つ精霊ポケモンの様子を、シバもルカリオも見抜いていた。
「神速!」
 ルカリオは両手にトンファー状の波動を形成し、フライゴンの眼前へ疾駆した。腕を振り回し、波動の武器でフライゴンの顔を滅多打ち。悲鳴を上げる竜を見て、ワタルは対策を講ずる。
「フライゴン、破壊光線で追い払え!」
 フライゴンは頭を豪快に振り上げながら光線を解き放とうとするが――「ルカリオ、避けろ!」シバの命に弾かれ、ルカリオは後ろへ跳躍して距離を取った。軽快なステップで破壊光線を回避し、フライゴンの身体に光線の反動が伝う隙を狙って、右手に波動を集約。
「波動弾!」
 放たれた気はフライゴンに炸裂し、両目を守るガラス状のカバーを割って主人の足元まで吹き飛ばした。直後、戦闘不能を告げるフラッグが上がる。
『おお……! 一進一退の展開だあ!』
 スタジアムDJの絶叫が、観衆の興奮を刺激する。
「やるな……でも、オレは負けるわけにはいかない!」
 ワタルは気絶したフライゴンをボールへ戻すと、マントを翻しながら三番手をフィールドに召喚した。スタジアムを震わせるような咆哮と共に現れたのは凶悪ポケモン、ギャラドス。
「いいぞ、かかってこいっ!」
 対してシバが繰り出したのはハリテヤマである。荒々しく四股を踏んで大龍を威嚇するが、ギャラドスは怯む素振りも見せず、咆哮で跳ね返す。
「ギャラドス、ハイドロポンプ!」
 ワタルはギャラドスの凶暴な性格を考慮しつつ、まずは小手調べとハイドロポンプを指示する。久しぶりの実戦登板、観衆が見つめる大舞台――自信過剰な龍は辺り構わず放水した。それを見たカリンたちは、足元に置いていた傘を素早く開き、座席の下へ潜り込んだ。直後、ベンチの壁に激流のレーザーが被弾する。
「来年はベンチ前にも見えない壁、設置してくれないかしら」 
 ビニール傘を打ちつける村雨を見上げながら、カリンは呆れる様に息を吐いた。 
「ちょっと冷静になろう、ギャラドス! 久しぶりの出番が嬉しいのは分かったから……!」
 ワタルはテクニカルエリアへ飛んでくるハイドロポンプを上手く避けながら、フィールドで大暴れするギャラドスを諌める。試合前のメンタルは万全だったのだが、スタジアムの熱気に同調してしまったようだ。性格を把握していても、ポケモンは些細なことで精神が揺れ動き易い。
「進め、ハリテヤマ! 修行の日々を思い出すんだ」
 身体を打ちつける水撃を物ともせず、シバは声を張った。シロガネ山で激流に耐える、過酷なトレーニングを積んできたハリテヤマはハイドロポンプを押し切ってギャラドスの尾を掴む。六メートルの巨体を引き寄せ、放り投げようとするがワタルも黙ってはいない。
「ギャラドス、氷の牙を剥くんだ!」
 彼はギャラドスの興奮を利用し、正面切ってハリテヤマへ攻撃させることにした。大龍は身体を鞭のようにしならせると、その勢いを利用してハリテヤマの肩に凍てつく牙を突き立てる。
「吹き飛ばせ!」
 ハリテヤマは歯を食いしばって激痛を堪え、目と鼻の先に迫るギャラドスの喉元に渾身の張り手を食らわせる――が、攻撃はギャラドスが先制した。
「破壊光線!」
 至近距離で受けた強力な光線はハリテヤマの巨体を蹴散らし、フェンスの壁へ叩きつけた。そこで勝敗を決する旗が舞い、力士とドラゴンの決闘が終わる。
「次!」
 シバはすぐに次のボールを構えた。気絶したポケモンを全く構わない友人を見て、ワタルに生じていた違和感がはっきりと形を成す。
(シバ……いつになく余裕がないな)
 彼は元々ポケモンにあまり入れ込むタイプではないが、今日はそれが顕著である。ワタルはギャラドスを諌めて労いつつボールに戻すと、友人の顔色を窺うように一笑した。
「なかなかやるじゃないか」
 すると、シバは彼を突き刺すように睨みつけながら、乱暴に言い捨てる。
「……話しかけるな、ここは戦場だ。馴れ合いの場ではない。おれは、勝ちたいんだ」
 ここで気を緩め、雑念にペースを乱されることなどあってはならない。
 シバは自制するように深呼吸すると、フィールドに四番手ローブシンのボールを投げ込んだ。両手に抱えたコンクリート棒を自在に振り回し、その腕力をアピールするとたちまちスタジアムは拍手喝采。ワタルは戸惑いつつも、リザードンを召喚する。戦闘前にフィストバンプで気合を入れる彼らを眺めながら、シバは唇を噛みしめた。

 ワタルは彼にとって良き理解者、親友の存在だった。互いに実力を認め、更に高め合っている。
(だが) 
 南側ベンチ前に立つ自分と、北側ベンチ前にいる友人。
 同じ四天王としてスタートを切ったはずなのに、いつしか二人の技量はこのフィールドの距離感ほどに差が開いていた。
(おれはいつまでもこちら側だ。プロとして、男として、これ以上の屈辱はない……!)
 人一倍努力し――ようやく今年、四天王内でトップに立てたというのに。
 チャンピオンはまだずっと遠くにいる。

 シバは劣等感を取り払うように咆哮した。
「ローブシン、頼むぞ!」
 主の想いを理解したローブシンは、コンクリート棒を抱えたままリザードンへ突撃する。「アームハンマー!」両腕から放たれた巨大な棍棒が、リザードンに襲い掛かる。
「リザードン、空を飛べ!」
 ワタルの命令に弾かれるように、リザードンはフィールドを蹴って空へ舞い上がった。直後、フェンスにコンクリートが突き刺さり、観客は息を呑む。ローブシンは素早くそれの回収に走った。
「火炎放射だ!」
 背を向けたローブシン目掛け、リザードンが上空から業火を発射した。会場の熱気を引き上げる炎が彼に襲い来るが――「耐えろ!」ローブシンはコンクリートを引き抜き、振り向きざま防火壁を作り上げた。チャンピオンのリザードンの火力は凄まじく、盾を持つ手はじりじりと焼け焦げる。だが、厳しい修行の日々を思い出せばこの程度のこと我慢して当然だと、ローブシンは必死に耐え忍ぶ。炎が僅かに緩んだ隙を狙い、シバが反撃を叫んだ。
「今だ! リザードンを撃ち落とせ!」
 ローブシンは両腕を振りかぶった。盾を取り払って火を被ることもいとわず、渾身の力でコンクリートを投げつける。
「リザードン、右へ逃げろ!」
 ワタルが回避を出す前に二つのコンクリートはリザードンの腹に命中し、見事撃墜。血液と火の粉に混ざって意識も口から流れ出てしまいそうな激痛がリザードンを支配しようとしたが、チャンピオンのポケモンだという意地だけでそれを跳ね除け、すぐに身を起こした。その根性にスタンドは沸き上がったが、目の前に現れたローブシンによってその希望も打ち砕かれる。
「爆裂パンチだ!」
 リザードンの起立を待ってからの、トドメの一撃。アンパイヤの事務的な判定を待たず、スタジアムDJは仕事を忘れて絶叫した。
『ご、互角だぁああ!!』 
 この展開には、さすがのワタルの焦燥を感じ始めていた。
 圧倒的な実力を誇らなければ、チャンピオンとして顔が立たない。昨年のデビュー戦の序盤、レッドに苦戦した経験が不愉快なほど生々しく蘇る。
(オレだって、負けるわけには……!)
 五番手のボールを握る手は、じわりと汗ばんでいた。ふいに最後に控えている相棒とボール越しに目が合い、頼もしい眼差しに勇気づけられる。
「ありがとう、カイリュー。二年足らずで王座を譲るわけにはいかないよ」
 カイリューは同意するように頷いた。
「オコリザル、試合を決めろ!!」 
 次にフィールドに現れたのは、開幕戦MVPのオコリザルである。シバによって今年人気が急上昇しているこのポケモンの登場に、スタジアムは更に沸き立った。
「流れを変えてくれ、ボーマンダ!」
 一方、ワタルが繰り出したのはボーマンダである。召喚されるなり猛々しい唸り声を上げ、オコリザルを威嚇した。大抵のポケモンはここで怯み上がるのだが、シバのポケモンは容易く跳ね除け、気合に変換する。
「やっぱり、シバのポケモンには効かないな……ボーマンダ、空中へ!」
 ボーマンダは翼を羽ばたかせて飛翔する。オコリザルがその後を追った。
「オコリザル、今のうちに打ち落とせッ!」
 まだ跳躍して間に合う高さにいるうちに、オコリザルはボーマンダに強烈なボディブローを食らわせた。サンドバッグが破裂する様な鈍い音が辺りに響く。ドラゴンが悶絶した隙に、もう一打――「ボーマンダ!ドラゴンクロー!」ワタルの指示でボーマンダはカウンターを合わせる様に拳を突出し、相手の腕を切り裂いた。鮮血が宙を舞い、オコリザルがフィールドに落下する。そこへボーマンダは狙いを定めた。
「迎え撃て、オコリザル!」
 今はポケモンの怪我を気にしている暇はない――がなり立てるシバの声を耳にしたオコリザルはバック転で身を起こすと、上空から急降下してくるボーマンダを間一髪で回避した。そのまま床を蹴り、負傷していない方の拳を振り上げながら相手の懐に飛び込んだ。
「インファイト!」
「ボーマンダ、ドラゴンテール!」
 二つの指示が交錯する。リーチの長いドラゴンの尾が先に届いたが、激痛に耐えながら放たれたオコリザルのパンチも、本来の精度を保ちながら炸裂した。スタジアムを震わせる衝撃と轟音が響いたかと思うと、二匹はその場に倒れ込んだ。
「立て、オコリザル!」
 絶叫するシバの願いも空しく、ドローを告げるフラッグが上がる。一進一退の試合展開に観客たちは魅了されたが、判定に不服のシバは審判に食ってかかった。
「まだやれる!」
「いえ、気絶しています……」
 審判は詰め寄る大男の威圧感に慄きながらも、フラッグを握りしめて結果を覆さない。この判定システムはポケモンに装着が義務付けられているICマーカー内蔵の心電計データを基にしており、一定の条件を満たし、意識不明状態になると決着がつく仕組みである。ポケモンに致命傷を負わせることがないよう、数十秒間気絶するとすぐに判定が下るように配慮されていた。
「それは機械上の……!」
 試合の流れを決める勝ち星を消され、彼は一歩も引かなかったが、これにワタルは反論した。
「シバ! 審判に文句を言うなんて、君らしくない」
 チャンピオンは自分よりずっと冷静だ。二勝二敗一分けという拮抗した状況においても、次で必ず勝負を決めるという自信が平静へと繋がっているのだろうか。シバは舌打ちすると、そのままテクニカルエリアの定位置に戻った。
 
 このやり取りをベンチから見ていたカリンは、シバに対する違和感に首を傾げた。
「ねえ。シバ、ちょっと焦ってない? いつもより様子が変ね」
「だって互角だもん、そりゃあの堅物の“アニキ”でも焦るよ! あーっ、僕も緊張してきた! もし次で“アニキ”が勝ったら、チャンピオンになれるのかな? 何か悔しいんだけど」
 イツキは汗ばんだ両手を擦り合わせながら身を乗り出した。不安と期待が混じり、その表情は複雑そうだ。一方でキョウは冷静である。
「前例がないが……以前副総監のフジさんから聞いたところによると、一応審議をして王座交代となるらしい。しかし、あいつ人気はあるが不愛想だからな。ワタルやグリーン並に稼げるかどうか」
 この試合を一等席で観戦しているであろう、総監やフジの複雑そうな表情がありありと思い浮かぶ。ビジネスライクな彼らは気が気でないだろう。そう考えると、ここでチャンピオンが交代するのも面白い、とキョウは考えた。
「大丈夫、すぐに僕が王座に取って代わるから! 格闘使いなんて僕のエスパーポケモンで……」
 得意げに話を広げようとするイツキを、カリンが鋭い口調で制する。
「二人とも、ワタルが負ける前提で話してない? ちゃんと応援しなさいよね。うちのボスはそう簡単に負けないわよ」
「……ごめんなさい」
 最近彼女はワタルを贔屓する傾向にある。
 しおれるイツキを見て、キョウは噴き出しそうになりながら「大変失礼しました」とわざとらしく頭を下げた。

「王座まであと一手だ。必ず決めるぞ……!」 
 シバは最後のモンスターボールを掲げ、勇を鼓した。中に収まっているのはもちろん相棒のカイリキーである。
 鍛え上げた怪力ポケモンの肉体にチャンスの興奮が心地よく流れる。
 本能のまま生きていた野生のワンリキーがシバによって捕獲され、育成を受けているうちにその立場などを理解し、やがて絶対の忠誠心を抱くようになった。戦闘こそ生きがいの彼にとって、プロトレーナー――その中でも抜きんでた俊豪である四天王のポケモンであることは何よりの誇りだ。そして今、ようやく主人を王座に導くことができるのだ。これほど名誉なことはない。六年前に相棒と認められてからその地位は誰にも譲らず、いよいよ頂点は目の前だ。手を伸ばせば掴める距離――逃すわけにはいかない。
「行け、カイリキー!」
 ボールから飛び出た彼を待っていたのは、ワタルの相棒・カイリューだった。彼女もまた、王座を死守すべくその使命に心を燃え上がらせている。総立ちの観客たちの喝采が、試合のゴングを鳴らした。
「先手必勝、クロスチョップだ!」
 カイリキーは床を蹴ってドラゴンに飛びかかった。「カイリュー、暴風!」カイリューは素早く疾風を発生させ、カイリキーを跳ね除けようと試みる。瞬く間にフィールドに暴風が吹き荒れ、ワタルのマントを激しくはためかせるが――カイリキーは持ちこたえ、四本の腕でカイリューの首筋に強烈なチョップを食らわせた。
「いいぞ、そのままもう一発!」
 相手が怯んだ隙をついてカイリキーは再び腕を振り上げる。だが百戦錬磨のドラゴンはすぐに持ち直し、カイリキーの右肩へ果敢に食らいついた。スタンドが吃驚で沸き上がる。
「カイリュー、そのままたたきつけろ!」
 カイリューは130キロはあろうカイリキーに爪を立て、抱き込みながら床へなすりつけようと試みる。だがシバも黙ってはいない。
「動く手をすべて使い、爆裂パンチを食らわせろ!」
 カイリキーは噛まれている上部右腕以外の、三本の拳をカイリューの喉に突き立てた。下部右腕を無理に捻り、めきりと鈍い音がしたが気にしている暇はない。強烈な一撃はドラゴンをも悶絶させ、ワタルは唖然とする。試合の流れを掴んだシバの頬が緩んだ。
「今のは効いたな! さらに攻めろ、カイリキー! 瓦割りを叩き込め!!」
 カイリキーは自由になった四本の腕を振り上げる。右肩にやや違和感を覚えたが、ここで攻撃を中断するわけにはいかない。チャンピオンのドラゴンを王座から引き摺り下ろさなければ。
「高速移動で逃げろ!」
 えずくカイリューを心配し、ワタルは彼女を一旦引き離すことにした。するとドラゴンはその巨体からは考えられないスピードを発揮し、瓦割りを受ける寸前で攻撃圏から脱出する。その際、主人と視線が絡み合った。アイコンタクトで次の指示を理解し、体内にエネルギーを充填しながら身を翻す。
「破壊光線!」
 振り向きざま、カイリューは間髪入れず口内から強大な光線を発射した。あまりに鮮やかな動作は、カイリキーに回避する時間さえ与えない。出番が少ないからこそ、日々磨き上げている決め技だ。
「くっ……! 耐えろ、カイリキー!!」
 シバはそれしか指示することができなかった。
 破壊光線が直撃する寸前でカイリキーは四本の腕を頭の前で組むと、ガードの態勢を取った。その途端、身体を引き裂くような激痛に襲われる。吹き飛んでいきそうな意識を、彼は必死に抑えつけた。ここで倒れてなるものか――王座はすぐそこにある。歯を食いしばり、身を屈めて何とか踏みとどまろうとするが、二本の右腕は千切れんばかりに悲鳴を上げていた。
 数秒後、光線は止んだ。
 破壊光線を辛抱し、フィールドに何とか足を付けているカイリキーを見て、スタジアムの興奮が噴火する。ワタルはすぐに違和感を覚えた。
(あの腕……)
 体勢を持ち直そうとしているカイリキーの右腕二本――明らかに力が抜けている。このまま攻撃するのは危険だ。
 そう考えていたのは北側ベンチから観戦している仲間たちも同様である。互いに顔を見合わせ、キョウが代表して審判席にアピールしようとしたとき、シバが遮るように声を張り上げた。
「よくやった、カイリキー! さあ勝負を決めるぞ!」
 激励に後押しされ、カイリキーはフィールドを蹴って疾駆した。
 もう視界にはカイリューしか映っていない。聴覚も、主の声しか反応しない。
 ただ、がむしゃらに突撃した。
 全ては尊敬する主人を王座に据えるため。
 
 この勝負に勝てば、主はヒーローになるのだ……。 

 北側ベンチの仲間たちがシバを「辞めろ!」と叱責する。ワタルも困惑しながら審判席を一瞥するが、カイリキーの攻撃が早いと判断し、カイリューで止めることを選んだ。
「カイリュー、ドラゴンテール! カイリキーのボディを狙い、絶対に右腕を攻撃しないように抱え込んで――」 
 相棒の尾でカイリキーを抱き込み、そこでタイムを取ってカイリキーの状態を確認させよう――そんなワタルの意志通りにカイリューは動こうと尾を振るうが、力を抜いた技はカイリキーの左腕一本で容易く受け止められた。
 怪力ポケモンの目の前に飛び込んでくるノーガードの龍の腹。ここに拳を叩き込めば、勝負は決する!
「起死か――」
 主人の指示が紡がれるうちに、空いた左腕を振り上げる――カイリューが一瞬躊躇した様に顔を歪ませた。悲しげな眼差しを湛えたまま、迎え撃つように頭突きが飛んでくる。鉄球で殴られるような衝撃がカイリキーの頬を伝って右肩で爆発し、そこで意識はぷつりと千切れた。

 白く霞むシバの視界の中で、赤いフラッグがひらひらと揺れていた。
(負けた)
 また、負けてしまった。
 最後にワタルに勝ったのは、一体いつのことだろう。

 彼は数メートル先で気絶しているカイリキーにボールを向ける。だが、不自然に曲がっている二本の右腕を見て、目を見張った。全身から血の気が引いていく。
「シバ、カイリキーをボールに戻すな! 動かすのもやめろ! ……担架! 誰か担架を!」
 ワタルがマントを翻し、テクニカルエリアを回りながら駆け寄ってくる。
 スタジアムの興奮は一瞬で鎮火し、不安と静寂に包まれる中、セキエイ・プレーオフ最終戦は幕を下ろした。

鈴志木 ( 2013/08/19(月) 19:24 )