第3話:父の断片
夏祭りまであと1週間。アンズは焦燥に駆られていた。
毎日煩く鳴き続ける蝉の声が、彼女をさらに追いたてる。縁側に座り、庭でポケモンを鍛えていたが目覚ましい成長は見られず、先へ進まない状況が続いていた。たまに外に出てトレーナーから勝負を挑まれても、バッジを2個以上所有している者には惨敗してしまう。
「なんで勝てないんだろ……」
朝から縁側に寝転がって扇風機の風に当たっていると、視界の中にレンズを掛けた父親のクロバットが入ってきた。出勤まであと30分、彼女は庭の木陰でくつろいでいたのだが、煮詰まっているアンズを見かねて寄ってきたのだ。反抗心を出してから父親のポケモンとも顔を合わせてなかったが、クロバットだけは例外だ。
「クロちゃん……」
アンズはクロバットの翼にそっと触れながら、弱音を溢した。
「も〜、どうしよう!このままじゃバトル大会に負けちゃうの……。恥かきたくないよ。エントリーしなきゃよかった……」
クロバットもそれに同情するように、悲しげな表情を浮かべた。彼女はアンズが幼い頃、よく子守りを手伝っていたポケモンなので、互いに強い思い入れがある。現在では姉妹のような絆で結ばれていた。
「……クロちゃんがいれば勝てるのになぁ」
とうとう思ってもみないことを呟いてしまい、アンズは己の耳を疑った。しかしクロバットはまんざらでもなさそうな顔つきをしている。
「う、嘘だよ。クロちゃんはお父さんのポケモンだもんね……。そ、そこまでして勝とうと思ってないから」
アンズは父に頼りたい衝動を意地で抑えつつ、身体を起こした。すると遠くからクロバットを呼ぶ声がする。
「おい、クロバット。そろそろ行くぞ」
心配そうにアンズにくっついていた蝙蝠は、その声を聞くなりすぐに後方を振り返った。弱視だが音に敏感な彼女は、特に主人の声や物音には反応する。アンズも長年の経験からそれは理解しているのだが、今は面白くないとばかりにサンダルを引っかけ、縁側から庭へ飛び出していった。
「……あいつまだ拗ねてるのか。困ったな」
キョウはつけっぱなしにされていた扇風機の電源を切りながら溜め息をついた。
「でもお前には心を許しているみたいだな。羨ましいよ」
苦笑する主人の姿は、クロバットのレンズ越しの瞳には一層悲痛に映った。この問題を解決できるのは自分しかいないのではないか?と、思い悩む。
そんな相棒の気も知らずに肩を落とすキョウの前へ、台所から家政婦のアキコがタオルで汗をぬぐいながら現れた。
「クロバットちゃんはズバットの頃からお嬢様のお世話をしていましたからね。お嬢様にはお姉さんのような感じなのかも」
その感覚は、兄と不仲だったキョウには理解できなかった。
「ほう……。と、いうことは下の子ができればあのへそ曲がりも改善されるのかな」
「いいえ、そんなに簡単な問題ではありませんよ。旦那様が再婚を考えてくださっているのでしたら、それは大歓迎ですが!」
アキコは呆れたように言い放つ。目の前にいる雇い主は世渡りは上手いし、ポケモンを動かす能力にも長けているが、女の扱いだけは昔から最悪だ。愛が結ばれた途端に熱が冷めるタイプで、恋人も結婚生活も長く続いたことがない。
「もう失敗するリスクは背負いたくないから、その予定はないなー」
今こそ前妻との離婚話を他人事のように笑い飛ばす主人だが、その当時は大変だった。あの頃の苦労を思い出すと、アキコもやや同情的になってしまう。
「大変でしたものね。アンズちゃんの親権を取るために、私も何度弁護士さんと話し合ったことか」
「その節はお世話になりました。今でも大変感謝しております」
キョウはわざとらしく頭を下げると、引きつった笑いを浮かべながらアキコの顔を覗き込んだ。
「反抗期もなんとかなりませんかね?」
アキコはすかさず跳ね除ける。
「それは旦那様の努力次第でございますよ!私の担当ではありません」
「だよなァ……。ああ、酒を飲み交わすまで親を理解してくれないのかね……」
深く息を吐く主人を見て、クロバットはますます心配になった。
反抗期という概念が理解できない彼女は、何故これほどアンズが反発しているのか不思議であった。自分にとっては非の打ちどころのない主人だったので、これ以上嫌われる姿を見るのは胸が痛い。何より主人は家族のために、ここまで頑張ってきたというのに。
この亀裂を修復するのは、やはり自分しかいないのかもしれない。クロバットの中に、使命感の火が灯る。
+++
大学を卒業したキョウはヤマブキ製薬へ就職した。ヤマブキシティに本社を置く、国内最大手の製薬会社である。父親の背中を認めてからポケモンにも興味が湧いた彼は、ポケモン向けの新薬開発に携わる仕事につき、身を粉にして働いた。元々優秀で要領が良い彼は会社でうまく立ち回り、32歳にしてその部署の課長に昇進。同時期に上司の紹介で見合い結婚をし、まさに順風満帆であった。
仕事が多忙になったこともあり実家に帰る機会はほぼ失われていたが、半年前に行われた結婚式では父親は大変喜んでおり、いい親孝行をしたと思っている。ずっと芽が出なかった兄は2年前にとうとう修行の旅に出され、式には不参加。ついに立場が逆転したのだ。
最近は仕事が立て込んで連日残業をしていたが、まるで苦痛ではなかった。ふと自分の名刺を左手で持つと、名前の上に記載された役職と薬指に光るプラチナの結婚指輪が同時に目に入り、社会的地位と家庭を手に入れた安心感が湧き上がってくる。再び仕事に打ち込んでいると、部下が書類の束を持ってやって来た。
「課長、ハブネークの毒の分析が終わりました」
「ありがとう。お疲れ様」
彼はペンを片手に、受け取った書類に目を通す。部下はその薬指にはめられた指輪と、壁に掛けられた時計を見比べながら苦笑した。
「新婚なのにこんな遅くまで仕事してていいんですかぁ〜?奥さんに怒られますよ」
「なら俺を早く帰らせてください。ちょっとデータが足りないな……。もっとサンプル数増やさないとな」
提出されたデータを睨みながら改善案を考える上司を見て、部下は不思議そうに首を傾げた。
「課長のお父様、毒タイプ専門のジムリーダーですよね?その伝でハブネークをお持ちじゃないんですか?」
「俺ペーパーだから。ポケモン自体持ってないよ」
この部下は昨年入ったばかりの新人である。思わぬ失言に、彼は慌てて頭を下げた。
「ええっ!?し、失礼しました……」
しかしキョウは全く不快に感じることなく、軽妙に笑い飛ばした。
「いいよいいよ、もう慣れてるから。昔はさ、付き合ってた女に『ポケモンバトルをしない男なんて人間じゃない!』って罵倒されたもんだったな〜。そんなものかもしれないが、身も蓋もないね。そこで覚めて別れたけど」
部下はほっとしながら顔を上げた。この上司は仕事はこなすが飄々として親しみやすく、ついうっかり軽い口を聞いてしまいそうになる。この話を聞いて、残業に没頭していた部署内の空気が緩み始めた。
「オレもペーパーだから分かりますよ!定番ですよね。彼女にペーパーを罵倒され、別れるって」
キョウと同じペーパートレーナーの部下が声を上げて笑った。その向かいのデスクに座っていた女性職員も笑みを溢す。
「まあジムリーダーとか四天王が一番モテる時代ですからね。課長のお父様はどうですか」
その問いに、彼は書類に目を通しながらふと父の背中を思い浮かべた。
「硬派だったからなー。うちはお袋が早くに亡くなってるが、そういえば再婚しなかったな」
「一途ですねえ!」
「代わりに兄貴は結構女にモテてたよ。でも実力が伸び悩み始めてからは、サッパリだったな。今も独身だし」
「お兄様、何をされているんですか?」
「一昨年とうとう家を出されて、今さらトレーナー修行を始めたらしいが……。そういえば音信不通だな」
兄とは未だ会話も数えるほどしかなく、まだ一度も心を開いて話したことはなかった。
ようやく自分が優位に立ち、周囲から称賛されるようになったが、キョウは兄を不憫に感じている。次男として放置されるのも苦痛だったが、跡継ぎの長男として過度に期待されるのもまた憂悶したことだろう。全ては不器用な父親の責任だが、彼も気苦労が多いことだし一概に非難できない。
「課長がこれだけ順調なら、家に居づらいよねえ……」
と、話す部下たちを見て、キョウはふと思いつく。
(修行から帰ってきたら、飲みに誘ってみようかな)
その時、デスク上の電話が鳴り響き、緩んだ部署の空気を引き締める。
ディスプレイに表示されていた番号を見て、キョウはワンコールで受話器を手にした。
「……はい」
修行から戻ってきた兄は、既に息を引き取っていた。
会社に電話を掛けてきた家政婦のアキコによると、遺体はセキチクシティ南方にある『ふたご島』で漁師によって発見されたらしく、死後数日が経過していたとのことだった。警察の現場検証で事故が確定、どうやら洞窟内で足を滑らせてしまったようだ。
キョウは忌引きを取って妻と共に実家に帰ったが、父親のあまりの疲弊ぶりに愕然とした。あのキャッチボールを楽しんでいた姿からは想像できないほど痩せこけており、まるで病人の様だったからである。アキコによれば、警察から兄の死亡を聞いたショックで食べ物が喉を通らない生活が続いているとのことだった。
そんな様子がとても見ていられず、キョウは喪主の父親に代わって積極的に葬儀に動き回った。あまり人望がなかった兄だが、地元では有名な家柄ではあるので、弔問客は大変に多い。体調のすぐれない喪主に代わり客の対応をしていると、白髪が多く混じった初老の男が彼の前に現れた。
「この度はご愁傷様です。我々はトレーナー界の希望を亡くしてしまった」
独特の雰囲気がある男だった。
上等な黒いスーツがよく似合っており、気品も感じさせる。どこかで会ったことがあるような。
「恐れ入ります」
頭を下げながらキョウは記憶を引き出すが、思い当たる人物がいない。男はやや残念そうな表情で彼に尋ねる。
「君は次男のキョウくんだよね。今は何を?」
「ヤマブキ製薬に勤務しております」
それを聞いて、男は僅かに眉を動かした。
「立派になりましたね。ジムリーダーの息子が大企業の会社員になるなんて珍しい」
「私はポケモンに時間を割きませんでしたから……」
「ほう、君はペーパーなのか」
まるで見下すような口調だが、キョウは不愉快さをぐっと堪えてぎこちなく尋ねた。
「……あの、あなたは?」
「お父上の友人です。ポケモンリーグ本部で勤務していましてね。そうか、ペーパー……。大変だな、彼は」
凍てついた男の瞳は、明らかに自分を軽蔑している。キョウはさすがに眉をひそめた。
「父の次に、私がジムリーダーに指名されるとでも?」
「そのような非常識なことは、頭の固い彼ならば絶対にやらないでしょう。しかし、困りましたね。ジムリーダーは世襲制なんです」
男は冷たく息を吐いた。
一体何様のつもりだ、とキョウの中に憤怒が渦巻く。怒りを内に溜め込んで、表情はみるみる仏頂面になった。一目でそれなりの地位にいる男だと確信していたが、吐き捨てる様に言い放つ。
「……これを機に、制度が変わることを望んでおります」
「そうですね。検討しなければなりませんね」
男は口角の端を僅かに持ち上げると、会釈をして去って行った。その後ろ姿を睨みつけながら見送ったあと、彼は妻とアキコに場を任せて10分ほど休憩を取ることにした。葬祭場の裏手で一服していると、式の手伝いをしていたライパチが現れる。相変わらずのリーゼント頭にブラックスーツという組み合わせは、とてもアンバランスだ。彼も同じ32歳、しかし同じ背広姿で並んでいても、気品が滲むキョウとは対照的だった。
「おい、さっきの。ポケモンリーグの副総監じゃねえか」
ライパチはスーツの裏ポケットから煙草を取り出しつつ、興奮気味に話す。
「へえ、そうなのか。妙に癇に障るジジイだった。あんなのがリーグのナンバー2なんて、トレーナー界も終わってる」
「なかなかのやり手らしいぜ。何の話したんだよ?」
キョウは疲労感を煙と共に吐き出しながら答えた。
「ジムリーダーは世襲制だから、親父が死んだら俺にお鉢が回ってくる可能性があるってよ」
「いやいや、まさかそんなこと……!」
「なるわけねぇだろ。何のために弟子がいるんだ」
当り散らすような口調でキョウは否定した。副総監の表情を思い出すだけでも苛立ちが募る。そんな様子は、幼馴染にも敏感に伝わってきた。彼は申し訳なさそうに話題を変える。
「うん、そうだよな。ところで親父さん、体調悪いらしいけど大丈夫か?」
「かなり塞ぎこんでる……。まあ一番可愛がってた息子が死んだからな。相当堪えるだろう」
「様子見て、酒にでも誘って話聞いてやれよ。もう子供はお前しかいないんだから」
「そうだな……」
キョウは煙草を咥えながら、薄暗いセキチクの空を見上げた。
それから忌明け法要、納骨が済むと季節は夏になっていた。
最近キョウは週に二日は仕事を早く切り上げ、実家に顔を出すようにしていた。本当ならばヤマブキシティに購入したマンションを売って実家へ戻りたいのだが、ヤマブキの利便性が手放せない妻が嫌がるのでやむおえない。
(嫁なら少しは気を遣ってくれよ……)
彼はスーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外しながら自宅ガレージから屋敷門までの道のりを歩いていた。空はすっかり夕暮れ、辺りにはヒグラシの風流な鳴き声が響いている。敷地内に敷き詰められた白砂利を踏みしめながら、彼は深く息を吐いた。
門の中へ入る前に顔を正し、屋敷内へと足を踏み入れる。
だが縁側に浮かぶシルエットを見て、すぐに立ち止まった。浴衣姿の父親が、そこに胡坐をかいて座っていたのだ。縁側に垂れ下がっている風鈴が、夕暮れのそよ風に吹かれ控え目に音を奏でる。
「……ジムは?」
キョウはやや驚きながら、父親の傍へ近寄った。
「身体の調子が良くなくてな。半日で切り上げた」
父親は冷酒を口にしながら微笑んだ。
すぐ傍には涼しげなビイドロの冷酒カラフェが置かれており、中のくぼみには氷が詰められていた。
「それで夕方から酒を……」
キョウは縁側の隅にビジネスバッグと上着を置きながら、呆れるように息を吐いた。その姿は、傍から見れば仕事を怠けて酒を飲んでいる様にしか映らない。
「お前もどうだ。『石竹の海』は美味いぞ」
父親がカラフェを勧める。その時、居間の奥からザルに盛られた枝豆を抱え、アキコがやってきた。
「あら、キョウさん。また来てくださったんですね」
ヒグラシが鳴く、日も傾いた夏の縁側に枝豆。何と風情を感じさせることだろう。この時を楽しまないなど、野暮というものだ。彼は泊まりも視野に入れながら、アキコに向けて左手の人差し指をぴんと立ててアピールする。
「アキコさん、お猪口持ってきてくださいませんか?」
「はいはい、畏まりました」
アキコは父親の傍に枝豆を置くと、嬉しそうに台所へ小走りで駆けて行った。僅か数十秒でカラフェと揃いのビイドロのグラスがやって来たので、キョウはそれを片手に父親の隣へ腰を下ろす。直ぐに横からカラフェが伸びてきた。
「息子と酒を飲むなんて、初めてだ」
父親は心から嬉しそうに破願する。キョウは無言で杯を差し出した。
「……兄貴とは?」
「あいつは、酒がダメだった」
「知らなかった」
ビイドロの盃に透明な酒が注がれる。ほのかに漂う、海辺に咲く花のような香りはこの時期にぴったりだ。
暑さで喉も乾いていたので、キョウはグラスの半分を一気に口にする。抜けるような刺激と共に喉に感じる、辛口で上品な味わいは思わず頬を緩ませた。
「やっぱりこれは美味い」
「そうだろう、ジムリーダー連中にも人気なんだ」
枝豆を口にしながら力なく笑う父を見て、キョウはやや迷いつつも先のことを問うことにした。
「次のジムリーダーはどうするつもりなんだ?」
すると彼は酒を飲みこんだ後、冗談っぽく微笑んだ。
「お前、やってみないか」
「ペーパーにやらせてどうする」
キョウはカラフェを持って父の杯に酒を注ぐ。
傍で見る親の顔は皺だらけで、すっかり老いが目立っていた。思えば自分も30過ぎ、若くはないし親も老け込むのは当然なのだが。
「そうだな……。だが、お前なら上手くやれそうな気がする。お前は子供の頃から器用だったから」
――それはアンタにこっちを向いてもらいたかったから。
本音を閉じ込め、酒と共に喉の奥へ流し込む。涼しげな風が屋敷を抜けて、風鈴がちりんと音を立てた。
「俺をトレーナーに育てなかったこと、後悔しているのか?」
キョウは庭園を向いたまま父親に尋ねる。気づけば放し飼いにされていたポケモン達は一匹残らずいなくなっていた。父親はゆっくりとかぶりを振る。
「……してないさ。むしろ、死んだあいつの人生を最初から決めてしまったことを申し訳なく思う。長男の苦労は私もよく分かるのに……私は親として何もしてやれなかった。ポケモンバトルに人生を投じ、お前たちを蔑ろにした頃を後悔している。子供が成長してから、愚行に気付くなんてな……」饒舌な父親は、悲痛な声でさらに続けた。「お前も……本当に、申し訳――」
「昔は反面教師にしてたもんだが、」
キョウは父親の言葉を遮った。
「今こうして良いスーツを纏い、夕方から酒を飲めるご身分になったのは、親父のお陰だよ」
その感謝を聞くなり、父親は安堵するように息を吐きながら俯く。グラスを持つ手が震えていたが、息子は見ないふりをした。
ヒグラシの声が、眩い夕日に照らされた庭に鳴り響く。
「そうか……。やっぱりお前は器用だな。誰に似たんだろう」
父親は擦れる声で尋ねた。
丸まった背中は何よりも小さい。
「……アンタだよ」
キョウはぽつりと答え、酒を含む。
すっかり小さくなった背中を見ていられなくなり、少しでも励まそうと、思ってもないことを口にした。
「来年、仕事が落ち着くからさ。ポケモンバトル教えてくれよ。経験はないが、ポケモンの研究をしているから生態に関する知識は親父にも負けないと思う」
すると父親は、嬉しそうに顔を上げた。
「甘くはないぞ」
「分かってるさ」
爽やかな夕風に、風鈴が揺れる。
その夜は遅くまでポケモンに関する知識を語り合った。
父親が亡くなったのは、それから一年半後のことだった。
娘が生まれて一か月後。孫の誕生を喜ぶ間もなく病死した。
ポケモンバトルも教えてもらえずじまいだった。
兄の死からあまり間が開いていないため、改めて喪主を務めることに不安はなかった。周囲は悲嘆にくれる中、不思議と涙も湧いてこない。キョウはただ黙々と葬儀の段取りをこなした。
(お疲れさま)
火葬場で、父親を労うように火入れのスイッチを押した。
これでもう、自分には新しい家族しかいない。娘がまだ小さいので妻子は葬儀に出席できなかったが、背中には家庭を守る重圧が圧し掛かる。
一方で、火葬の済んだ父親はすっかり身軽になっていた。
全てから解放されたような、骨だけの姿。周りは残らず灰になっている。
箸でつまみ上げた背骨の欠片は、崩れ落ちそうな程に脆く、儚い。
(これが、俺の追っていた背中……)
彼はやるせなさに耐えながらも、それを骨壺の中にゆっくりと収めた。