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season.03 背中を認める瞬間
第1話:反発
 それから数日後、アンズの通う小学校では一学期の終業式が行われていた。
 明日からはいよいよ夏休み、生徒たちの気分は既に高揚しており、皆楽しげに休暇中の予定を話し合っていた。10歳以上の子供たちの夏の予定といえば、短期間のトレーナー修行である。長期修行に出ず、学業を選んだ子供たちにとってはつかの間の冒険だ。
 子供は10歳になるとトレーナー免許が取得でき、皆すぐに修行の旅へ出てしまうが、学校に残る者もそれなりにいる。アンズのクラスでは、中学年の頃40人いた生徒が今では30人に減っていたが、これはかなり多いほうだ。皆が修行に出て、学級閉鎖に追い込まれる学校も多々存在する。大半は基本修業期間の3年が経過した頃に再び学校へ戻ってくるのだが、この制度は長年教育者たちを苦しませていた。
「今日で一学期は終了、明日から夏休みです!修行の旅に出る人も多いと思いますが、怪我や病気に気を付けて過ごしてくださいね。宿題は忘れずに」
 ホームルームで大量の宿題を配布し終えた女担任は、意気消沈している教え子たちに向けてにこやかに微笑んだ。アンズは机の上に積まれた宿題に目を落とす。
『夏休みが始まったら、宿題をこなすスケジュールを組んで早めに片付けておくように。時間ができたら、それだけトレーニングに付き合うから』
 今朝、父親が出勤前に彼女に言った台詞だ。訓練をしてくれるのは嬉しいが、宿題に手を付ける気は全く起きない。元気がないアンズを見て、隣の席に座っているシニヨンヘアの少女が声をかけた。 
「アンズちゃんは修行いくの?」
「多分行かないかな……」
 アンズは免許を取得してから、長期休暇等を利用して旅に出たことは一度もなかった。一人で冒険するより、憧れの父親の傍にいられる方がずっと良かったからだ。しかし気持ちは揺れ始めている。
「そうだよね、お父さんに教えてもらった方が上達するよね。私もちょっと迷ってて」
 苦笑する少女に、アンズも同調する。
「サファリ改装するから、お手伝いがあるんだっけ」
「そうなの!来年パルパークになってオープンするからね。そしたらパパは園長さんなんだ〜♪だから少しでもお家の力にならなきゃって思うんだけど……、旅には出たいしな〜」
 彼女はセキチクシティ一番の観光名所、サファリゾーン副園長の一人娘である。現園長のバオバ(彼女の祖父)が今年をもって引退するため、間もなく副園長がサファリのトップになることが確定していた。それと共に施設も改装するらしく、彼女は放課後よく親を手伝っている。
 純粋に父親を尊敬し、微力ながらも仕事をサポートする姿はアンズにはとても羨ましく思えた。自分はジムを手伝うことなどできなかったし、いつも門下生たちに遊んでもらってばかり。こうして甘えているうちに、父親はもはや追いつけないほど、ずっと先へ行ってしまった……。
(私、これからどうしよう……。お父さんみたいなトレーナーになりたいはずなのに)
 込み上げてくる焦燥感。
 楽しげに夏休みの予定を話し合うクラスメート達が、単純に羨ましい。
「そうそう、最後に大事なプリント配るの忘れてた」
 手元に残っていた書類の束に気付いた担任が、慌てて生徒たちに紙を配布する。
「それは進路の希望調査のプリントです。小学校を卒業したらどの学校へ進学するか決めておいてね。必ず家の人に見せてサインを貰い、夏休み明けに宿題と一緒に提出してください。私立の中学校に行く子は絶対よ。忘れずにね」
 中学生になるとトレーナー修行に出ていた子供たちが一斉に帰還するため、授業のペースが乱れてしまいやすい。そのため、勉強に専念したい者は私立校を選択するケースが多いのだ。最近ではトレーナー修行をしつつ、通学できる学校も存在する。
(私立かあ……)
 父親が四天王になってから、自分に対する周囲の期待は一層高まった。放課後はよく学校の内外から試合を挑まれてばかりだし、クラスメートが修行に出ずこれほど学校に残っているのも、『四天王の娘が旅に出ずに通学している』という事実があるからだ。一流プロが娘を修行に出してないという教育方針は保護者にも理解され、教員たちからも崇められている。しかし、この影響力は今のアンズにはただ重いだけであった。
「それでは、今学期最後の帰りの挨拶をしまーす」
 周囲に合わせてアンズは起立し、頭を下げながら机に向けて問いかける。

――あたしはお父さんみたいなトレーナーに、なれないんじゃないかな?

 帰りの挨拶も終わり、宿題をランドセルに詰め込んでいると、シニヨンの少女がアンズの前にピンク色のチラシを差し出した。
「そうそう、来月の夏祭り!アンズちゃん一緒に行こうよ」
 それは8月中旬に予定されている、地元の夏祭りである。サファリゾーン協賛のため規模が大きく多くの出店も並ぶ、アンズも毎年楽しみにしているイベントだ。
「も、もちろんっ」
 彼女はぎこちなく微笑んだ。
「ポケモンバトル大会にはエントリーするの?」
 バトル、と聞いて彼女は硬直する。この夏祭りのメインイベントは、特設会場で行われるポケモンバトルである。花火の実施はないが、毎年白熱した試合が繰り広げられていた。ここ数年はキョウの弟子達がずっと優勝を続けている。ならば、彼の娘であるアンズにも希望はできるだろう。祭りの話を耳にしたクラスメートたちが、次々に彼女に近寄ってきた。
「アンズちゃん強いから絶対優勝できるよ〜っ」
「そうそう、だってお父さん四天王だし。この間は負けちゃったけど、本当はあんなものじゃないよね!?」
 期待の籠った友人たちの瞳は、アンズに否定させる勇気を削ぎ落してしまう。 
「あ、うん……。が、がんばる……」
 今から父に頼み込んで特訓すればきっと何とかなるだろう。アンズは安直に考えた。
「じゃあパパにエントリー頼んでおくね。頑張ってね、応援してるから!」
 サファリの一人娘は嬉しそうに微笑んだ。

「勉強に専念したいんだったら、私立に行くべきだな」
 その夜、キョウは扇子を仰ぎながら、アンズから手渡された私立進学に関するプリントを縁側で読んでいた。この日もうだるような熱帯夜だったが、僅かな夜風に揺れる風鈴の音と、麻の浴衣がその暑さを和らげる。アンズは扇風機の前でニドラン♀と寝転がりながら、ぼんやりと呟いた。
「別に勉強したくない……」
「何言ってるんだ……。バトルに影響するぞ?」
「だってプロにも学校行ってない人、いっぱいいるでしょ。そんなに重要?」
 すると父親は眉をひそめる。大学を卒業し、社会人を経てプロになった彼はこの意見をよく思っていなかった。
「サインを得たいんだったら、勉強しなさい」
「だって例えば分数とか、何の役に立つの」
「餌の配分、フィールドでの攻撃範囲……」
 そう言いながら、彼は分数を応用できる事例を次々に挙げて行った。全てポケモンに関する内容で、反論できる隙さえ与えない。アンズは次第に苛立ちを感じ始めていた。暑さで理性が緩み、感情的になってしまう。
「お父さん、理屈っぽい。なんでいっつも勉強しなさいって言うの」
「知識があればあるだけ、将来の可能性が広がるからだよ。……そういえば、通知簿は?今日は終業式だったんだろう」
「……あんまり良くないよ」
 アンズは提出しようか迷っていた通知簿を、渋々父親に手渡した。聞かれなければそのまま見せずに隠しておこうかと企んでいたのだが、やはり甘かったようだ。彼は通知簿を開いた瞬間、そこに並んだ数字を見て僅かに眉をひそめる。アンズはそれを見逃さなかった。
「まあ、2学期頑張れ……。分からないことがあったら教えるから。これ、後で仏壇にあげておきなさい」
 父親はその成績を注意することなく、アンズに手渡した。昨年度末より少し落ちていたのに、何故怒らないのだろう。今はその優しさが惨めに感じる。
「……恥ずかしくない?」
 声は震えていた。
「タマムシ大学も出てるお父さんの娘が、こんな成績で恥ずかしいと思わないの?」
 すると彼は、微笑みながら返すのだ。
「そう思うなら頑張ってくれよ。俺も手伝うから」
 そんな優しさも、余裕のないアンズの心には鋭利な刃物の様に突き刺さった。何が何でも勉強させたい、そんな風に聞こえてしまい頭にカッと血が上る。理性は飛んで、彼女は思いつくままに捲し立てた。

「いいよ……。別に勉強しなくたって、ポケモントレーナーにはなれるよ!もうサインも教えてもらわなくてもいい。ワタルさんは勉強いっぱいしなくてもチャンピオンになったでしょ。あたしはワタルさんみたいなトレーナーになる!口うるさいお父さんのことなんか聞かない!あたしはそんなに頭良くない!あたしはあたしの道を行くの!」
 溜めこんでいた大半の不満を放出した、ついに言ってやった――目を丸くする父親を前に、アンズは解放感に支配されていた。
「お嬢様、どうされたんですか」
 珍しく乱心するアンズの声を聞き、台所を掃除していたアキコが飛び出してくる。大人二人揃ったこの状況では直ぐにやりこまれてしまうため、アンズはニドランを抱き上げ部屋へと駆けて行った。その小さな後姿を呆然と見送りながら、キョウはアキコと顔を見合わせ頭を傾ける。
「……ちょっと暑さで疲れてるのかな」
 この状況を呑み込めない主人に、老練な家政婦は苦笑する。
「旦那様のことが、プレッシャーになっているのかもしれませんね」
「俺が?」
 吃驚する父親は、全く自覚がないようだ。アキコは小さく息を吐きながら呆れ返る。
「周囲からいらぬ期待がかかっているようですよ。まあ四天王のお子さんですからね。夏祭りのバトル大会にもお友達の勧めでエントリーされたとかで」
「実力不足なら断ればいいと思うんだが……」
「そう簡単ではありませんよ、女の子の人間関係というのは」
 キョウは縁側の外へ足を投げ出し、項垂れながら溜め息をついた。庭でくつろいでいた毒ポケモン達が心配そうに寄ってくる。特にクロバットは不安げだ。
「はあ……。段々と難しくなってくるな。つい最近までは純粋に、お父さんみたいなトレーナーになりたいって言ってたような気がするのに。あの頃が懐かしい。いい父親の顔するだけじゃ、駄目なんだな。学業や仕事は、優等生面してれば上手くいっていたんだが」
「家庭とお仕事は違いますよ。子供は親に反発するときが必ずやってきますからね。皆、通る道なのです」
 大黒柱の背中が丸くなる瞬間を見て、アキコは少し安心した様に微笑んだ。
「そうですか……」
 彼は苦笑しつつ、懐から煙草を取り出した。
「あら、旦那様……。禁煙治療中でしょう?」
「本数減らしてますから。治療開始したばかりなんだから、あんまり咎めないでくれよ」 
「見なかったことにしますね。バレたらお嬢様、ますますへそを曲げるかも」
 そう言いながら、彼女は台所へと戻っていく。
 会話が無くなった縁側には、外から聞こえてくる虫達の歌声のみが響き渡っている。微かな夜風に風鈴が音を立てると同時に、キョウは煙草の煙を吐き出した。
(親の重圧か。そういえば、あったな……。俺も……)
 一筋の煙が、真夏の月に向かって伸びていく。

+++

 10畳ほどの狭い部屋は、煙草の煙に包まれて灰色に霞んでいた。長年の喫煙で壁はすっかり黄ばんでおり、積み上げられた椅子や下品なスプレーアートが不浄さを更に強調している。部屋の中央には、くたびれた正方形の緑のテーブルが置いてあり、4人の少年がそれを囲って麻雀を楽しんでいた。皆、年は18歳といったところで、学生服に身を包んでその口に煙草を咥えている。三人は揃って着崩した学ランにリーゼント、見るからに素行が悪そうな格好をしていたが、残りの一人はこの場に似つかわしくない、整然と着こなしたブレザーにセットされた黒髪姿。知性がにじみ出ており、その口に煙草がなければ、誰が見ても優等生の手本のような少年だった。
「そういえばさ……キョウ、受験の結果どうだったんだよ?発表いつだっけ」
 唇にピアスを刺したリーゼントの少年が、彼に尋ねた。優等生は牌を捨てながら答える。
「昨日。合格した」
「おっ、スゲエ。どこ受けたんだよ」
 ピアスの少年は目を輝かせて食いついてきた。
「タマ大」
 それは国内最高峰の教育機関、タマムシ大学の略称である。そんな場所には縁がない不良達は感嘆の声を漏らした。特に喜んでいるのは、このピアスの少年である。
「うっはー、一番スゲエ大学じゃん。お前やっぱ頭いいな。幼馴染として自慢できるわ、ダチがタマ大なんてさ」
「馬鹿だな、ライパチ!キョウもこんなクズに自慢されたくねえだろ」
 残りのリーゼント二人が、腹を抱えて笑い出した。しかし優等生は、黙々とゲームに興じながら肯定する。
「別にいいけどな。余計なことを言わなければ」
 鋭く釘を刺す彼に、ピアス男“ライパチ”は気に留める様子もなく白い歯を見せた。
「セキチクトップの進学校を首席卒業予定、生徒会長も務めたキョウくんが裏ではクズと遊んでて飲酒喫煙してますなんてね〜。バレたら人生終わりだな」
「それなら俺も、セキチク一の底辺校を中退するライパチ君とその仲間達の悪行の数々を通報するわ。宿題ずっと代行してカンペも作ってやってたのに、結局出席日数足りなくて中退とか、馬鹿にも程がある」
 冷酷な掌返しに、リーゼントたちは委縮した。彼らはキョウに恩がありすぎるため、優等生の闇を言いふらすこともできないし、そんなつもりもなかった。その力関係に安心しつつ、キョウは上がりを宣言する。
「ツモ、四暗刻」
「うわっ、またキョウにやられた……」
 彼らはさらに肩を落とした。

 その後、リーゼント二人が用事があると帰ったので、部屋の中はキョウとライパチだけになった。ここは来年取り壊しが決まっている廃ビルの一室で、不良高校生達の雀荘となっている。二人は煙草を咥えながら、ぼんやりと汚れた天井を見上げていた。
「あーマジ嬉しいわ、親友がタマ大進学するとか。ここで遊んでることバレんなよ。お前ならうまくやれるだろうけど」
「大丈夫。もうここには来ないし、家でも学校でも疑われたことがない」
 キョウは足元に転がっていた古びた野球ボールを拾い上げると、捻りを加えて弄んだ。そんなことをしていると、仲間同士だったリトルリーグチームを思い出す。休止したチームはあの後も人が集まらず、結局再開することなく解散してしまった。
「いいな、お前は器用でさ。頭の足りないオレには無理。――そういえば聞いたか、昔いたリトルでキャッチャーやってた……」
「ああ、“ゴンベ”?」
 ライパチの問いに、キョウはゴンベと呼ばれていた小太りのキャッチャーをすぐに思い出す。1年バッテリーを組んでいたので、彼のことはよく覚えていた。
「そうそう、あいつな。トレーナーの旅を延長し続けて、チーム修行者最長記録作ってたんだけど、とうとう出戻ってきたらしいぜ。バッジ4個」
 次々にトレーナー修行の旅に出て行ったチームメイトたちも、実力が振るわず全員地元へ戻ってきてしまった。ついに最後の希望も潰えてしまったらしい。
「ふーん、8年持ったのか。すげえじゃん。でも帰ってきて何するんだ?進学?」
「それがさ、燃え尽きちゃって何もせずにヤドン状態。出戻りメンバーでまたチーム組めるよなあ」
 若くしてトレーナー修行に出て夢破れた者達は、燃え尽き、元の生活に馴染めず現実逃避をしてしまうことも少なくない。先に帰ったリーゼント二人は、その経緯で不良に堕ちていた。
「やっぱりな。トレーナーなんてどうせ成功しないのに……。うちなんて、ジム跡継ぎの兄貴でさえ怪しくなってきてるんだぜ」
「へー、お前の兄ちゃんポケモン強くないのか?」
「なかなか芽が出なくて焦ってるらしい。俺は4月からあの家出るから、知ったことじゃないが」
 ジムの跡継ぎにと持て囃されてきた兄だったが、免許取得から10年が経過しているというのに目覚ましい成長が見られないのだ。この年祖父の他界で父親がジムリーダーに就任し、一番弟子の座についてはいたが他の弟子達より実力が伴わないため、周囲からは白い目で見られている。キョウはそれでようやく父親が自分を向いてくれるかと期待していたが、距離感は変わらず杞憂に終わった。あの背中はまだ遠いままだ。
 複雑そうな親友の横顔を一瞥しつつ、ライパチは煙草の煙をすっと吐き出した。黄ばんだ天井が白く霞む。
「ジムリーダーの子供も大変だなー。オレなんかトレーナー修行せずにずっとクズだったから、人のコト言えた身じゃねーけど」
 彼は中学2年から勉強を諦め、素行の悪い生活を送っていた。学校にはほとんど通わず、不良仲間と遊ぶ日々。だがどれほど人を寄せ付けない外見になろうと、中身はお調子者で昔のチームメイト、8番ライトの運動音痴“ライパチ”なのでキョウは彼と縁を切ることはなかった。素直で根は良いし、同じ親に反発する仲間として親近感も持っていたのだ。
「お前、高校中退してこれからどうするんだよ?」 
 心配するキョウに、ライパチは危機感もない口調で答える。
「うーん、とりあえずサファリの手伝いかな」
「は?お前、バオバさん嫌ってたじゃねえか」
「それがさ、こないだ親父と中一ぶりに食事したんだけど。それで考え変わったんだわ」
 あっけらかんと答える幼馴染に、キョウは目を見張った。
「小坊のころから家ほったらかして、ポケモンばっか取りに行く親父はマジ死ねって思ってたわ。グレても何も言ってこないし……。でも今年の正月過ぎだったかなー、急にサシで焼肉誘われてさ。『やっと時間が取れた』って顔クッシャクシャにして喜んでるの見たら、何か断れなくてさ……」
 ライパチの瞳からは親に対する毒気が抜けているのが一目で分かった。饒舌に語る姿はとても楽しそうだ。キョウは左手でボールを包み込むと、何となくフォークの握りを作った。
「テキトーに入った店だから超マズイんだぜ。肉もかてーし。親父、ろくに外食せずにポケモンにのめり込んでたらしくてさ、店も選べなかったみたい。それ聞いたら怒りもうせたわ。そっからずっと、ポケモン以外の話してたな。気ィ遣わなくていいのに……全然続かなかった。つまんねー話聞いてたらさ、親父がすげえ老けたことに気付いたわけ」
「そうだっけ。この間見かけたけど、年の割にまだ若々しい気がする」
「そりゃキョウはたまにしか会わないからだろ。気づいたらさ、白髪だらけで皺も多いんだよ。ずっと仕事一筋だったイメージあったから、あんなに老け込んでて衝撃だった」
「……」
「でも一番衝撃だったのは、レジ行った親父の背中がすげえ小さく見えたことかなー。昔と同じきったねえ作業着着てたのに……。オレの中ではさ、越えられない壁みたいな感じだったのに……今はイシツブテみたいなんだ」
「それを見て、サファリ手伝おうって?」
「そうそう、突っ張ってた自分が何かダサく思えてきたんだわ。手伝いたいって親父に話したら、高校中退したことなんか気にせずすっげえ喜んでたから、まあいいかなって」
 高校まで辞めて、一体何がいいのだろう。
 実家が自営業なので働き口には困らないかもしれないが、堅実に大学まで進学するキョウには理解できなかった。しかし、親と和解して同じ道を選択した幼馴染は自分より少し大人に見える。
「その感覚、よく分かんねーな。家族とは話さないし、親父の背中なんざ滅多に見ないけど……」
「お前もそういう瞬間来るって」
 ライパチは屈託なく笑う。ほんの少しだけ、羨ましかった。
「ふーん……」
 肺に入れる煙が途端に不味く感じ、キョウは吸いかけの煙草を空き缶の中へねじ込んだ。

鈴志木 ( 2013/04/29(月) 18:19 )