HEROSHOW - season.01 ヒーローショー
エピローグ
 それから翌月――5月になり、トキワの森の木々も新緑が増してきた頃。
 施設で事務仕事をしているナナミの元へ、シルバーがやって来た。彼から用事を言いに来るとは珍しい。仰天しているナナミの前に、シルバーが書類を差し出した。
「ナナミ先生……これ、書いてくれない?」
 それは未成年トレーナーの免許取得に伴う、保護者承認の書類である。
「えっ、これ……」
「オレさ、免許取ってトレーナー修行に出たいんだけど。免許取る費用と修行許可、出してくれない?」
「だってシルバー君、ポケモン興味ないって……」
 うずうずしながら承認を欲しがっているシルバーの表情を見て、彼女はそれ以上尋ねるのを辞めた。
「……そうかぁ、ワタルさんを見たら気が変わったのね」
 彼はやや照れ臭そうに、視線を逸らす。
「パルクールは極める!……でも、ポケモンも始めたい」
「うんうん、男の子はそうやって巣立っていくのね……」
「何だよっ、馬鹿にするなら他に頼む!」
 ほっとしたように母親顔をするナナミに苛立ちを感じたシルバーは、反発しながら書類を毟り取ろうとした。彼は上から接することを嫌う。それを思い出した彼女は、慌てて少年の手から書類を守った。
「ごめんなさいっ、私にハンコ押させてよお〜。……そうそう、問題集いる?」
 書類を書きながら、彼女はデスクの本棚に並べていた免許対策マニュアルを彼に差し出した。免許は簡単な講習とテストを受けると、半日で取得できる。
「落ちるのが恥ずかしいくらい簡単なんだろ?そんなのいらねえよ」
 とはいえ、ここ2週間こっそり勉強に励んでいたことは秘密である。
 少し逞しくなった少年を眺めながら、ナナミは嬉しそうに書類と受講料の入った封筒を差し出した。
「頑張れ♪応援してるから」
 シルバーはそれを受け取ると、その足で早速トキワシティのポケモン免許センターへ向かうことにした。試験を明日へ回すことなんて絶対にしたくない。すぐにでも修行に出て、憧れのヒーローに追いつきたかった。
 誕生日に貰ったお気に入りのスニーカーに履き替え、施設を出る。
 新しく踏み出した一歩から見る外の情景は、とても新鮮で清々しい。
 
 彼は施設の前で黒塗りのワゴン車とすれ違うと、そのまま街へと走って行った。その様子を、後部座席に座っていたアポロが窓を開けて覗き込む。
「あれが……サカキ様の?」
 その問いかけに、運転席にいた部下が頷いた。
「噂ですが、可能性は高いです。現在裏を取っているところで……」
「ふうん……。免許すら持っていないと聞いたが――まあ、頭の隅に留めておきますか。先々の計画で役に立つかもしれません」
 彼はそう言いながら窓を閉める。
「子供ですが……?」
「子供にしかできないこともありますからね。さあ、車を出してください。いつまでもこんな所にいては怪しまれます」
「了解しました」
 部下は頷くと、そのまま車を発進させ、施設の前を走り去った。
 
+++
 
 同じ頃。
 タマムシシティのコミュニティセンターの会議室では、カントージムリーダーが集結し、トキワジムへ就任する新人リーダーを出迎えていた。
 しかし、彼らの表情は曇っている。
 6年ぶりにあのジムにリーダーが就任するというのに、エリカを除くほぼ全員が怪訝な態度を露わにしていた。昨年彼が起こした失態は、それだけ大きな爪痕を残していたのだ。
「と、言うわけで……今月末からトキワシティジムに新しくリーダーに就任するグリーン君です」
 司会のカツラがぎこちなくグリーンを紹介すると、彼は深々と頭を下げた。
「よろしくお願いします。昨年大きなトラブルを起こしてしまいましたが、気持ちを一新してここまで来ることができました。プロとして慢心せず、リーダーの職務を全うする所存です」
 人が変わったような誠実さに、リーダー達はもれなく驚愕する。
 去年、チャンピオンとしてメディア出演していた彼の不遜な態度とはまるで違っていた。
「挨拶だけは立派なだけかもしれないし……」
 ぽつりと呟いたニビジムリーダー・タケシの声を聞いて、エリカが立ち上がった。
「あら、そんなことはないと思いますけど!6年も後任が見つからなかったジムに新しく就任するんですよ?それだけで彼に問題ないことは分かります」
 彼女の話を聞いていたマチスが頷く。
「Yes ! 試験、難シイからね……。人柄もcheckされるし」
「そうだけどさぁ……」
 不審な空気は徐々に薄らいできたが、タケシはまだ不服そうであった。それを察したエリカが、ここぞとばかりに丸め込む。
「皆さん、新しいスタートに立つ彼を祝福、応援しましょう?過去に何があったなんて、どうして今更気にするんですか?カントージムリーダーは、“訳あり”には慣れているじゃないですか!」
 得意げな微笑みを浮かべるエリカに、会議室の空気はすっかり和らいでいた。
 ロケット団の首領となった者がいたり、ペーパートレーナーが前任からリーダーに指名されたり――これまで起こりすぎた問題を振り返れば、グリーンの失態など小さなことだ。唖然と立ち尽くすグリーンを見て、カツラが苦笑しながら囁いた。
「……一応リーダー長は私なんだけどね、彼女が実権握ってるんだよ。あの機転の良さ、師匠仕込みだよ」
「師匠?」
「ジムリーダーは就任1年は先輩リーダーについて、色々教育してもらうことになってるのは聞いてるよね。彼女と、それからマチスは去年四天王になったキョウに育てられたんだよ。スパルタだったけど、二人とも師匠の教えを余計なくらい受け継いでるんだよねぇ……。ちなみにこの中だと、私はタケシやナツメちゃんを鍛えたよ。ナツメちゃんはカスミちゃん。こんな感じで、まあ色々繋がっている訳さ」
「なるほど……」
 これは元々リーダー同士の仲を深めるために考案されたものだが、数年前にリーダー就任に年齢制限がなくなり、若いプロが増えた今は、本当に社会勉強を積ませる役割を担っている。
 グリーンはこのシステムについて、事前にポケモンリーグ本部から話を聞かされていた。そして、その担当はこのリーダー会議で決まるとも。
「じゃあ、グリーン君の教育係はタケシにやってもらおうかな!」
 迷わずカツラに指名され、タケシの肩は跳ね上がった。
「えっ……、何でオレ!?」
「基本的に街を行き来しやすい、近場のリーダーが担当するのが普通だからさ。ほら、交通費出すの本部だからね。なるべく安く済ませたいでしょ」
「で、でもナツメのケースが……」
 狼狽えるタケシに、ナツメと同期のマチスがすかさず手を挙げて補足する。
「Sorry....ソレ、meが昔英語しか話せなくて、キョウサンと担当代わって貰ったカラだよ」
「えっ、そういうことだったのかよ!?」
 ヤマブキシティ・ジムリーダーのナツメが、美しい黒髪に触れながら不服そうに唇を尖らせる。
「そうなの。本当なら私の担当、キョウさんだったんだけど。カツラさんになっちゃった。セクハラ多くて嫌だったわ〜。でもマチスを見てたら、指導が厳しすぎてあれが当たらなくて良かった、って思ったものだけど」
「キョウサンはSadistic sergeantだったけど、語学や街への馴染み方を教エテくれたし……感謝してマス。So that's why . タケシ、師匠 GOOD LUCK !!」
 と、言いながらマチスは親指を立ててポーズを取った。
 かなり流暢に日本語を話せるようになった彼を見ていると、昨年までエリカの隣に座っていた元セキチクシティ・ジムリーダーを思い出す。就任当時、右も左も分からなかった同期の彼女をここまで立派にしたのは他でもない、彼の厳しい教育の賜物である。お陰であっという間に差を付けられてしまった。
 それを目の当たりにしているから、ここでゴネるのは情けない。今度は自分が立ち上がる番だ。
「……分かったよ」
 息を吐くタケシの前で、グリーンは「よろしくお願いします!」と勢い良く頭を下げた。呆気にとられつつ、タケシは狼狽えながらも声を荒げる。
「き、厳しくやるからな。覚悟しろよ!」
 少し成長した弟子を嬉しそうに眺めながら、カツラは胸を撫で下ろした。最近キョウの教え子ばかりが活躍しているので、落ち込んでいたのだが……タケシもすっかり立派になっている。
「頼もしいねえ。じゃ、簡単に会議をして……夕方から歓迎会をしようか!グリーン君、ようこそカントージムリーダーへ」
 春の日差しが会議室の雰囲気さえも和らげる。
 グリーンはほっとしたように息をつきながら、もう一度丁寧に頭を下げた。

■筆者メッセージ
これにて第二章season.01「ヒーローショー」完結です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

次回はイツキにスポットを当てたエピソードとなります。
プロ二年目、仕事に慣れてきた頃にスランプに陥ってしまうお話。
鈴志木 ( 2013/02/28(木) 18:51 )