第2話:ヒーロー&ヴィラン
平和な“ときわ子どもの森”に、ヴィラン(悪者)の巨人「べのむ」と「ぺんぎん伯爵」が現れた!
彼らはポケモンを悪用し、子供たちに危害を加えるひどーい悪党。とても強くて、警察でも倒せない!
そこへやってきたのは正義のヒロイン「ねこレディ」となぞなぞが大好きな「なぞらー」。二人は正義のヒーロー「ドラゴンスター」の仲間で、ちょうど施設の前を通りかかったところだった。二人は悪党を追い詰めるも、ずるい伯爵の策略で負けてしまう。
大ピンチ!この世界はどうなるの?
そこへ颯爽と現れたのは、正義のヒーロー「ドラゴンスター」!
「ドラゴンスター」はポケモンと協力しながら悪党に立ち向かい、見事倒すのでした。そして子どもたちにポケモンとの友情の大切さを説くと、仲間たちと旅立って行きました。ありがとう「ドラゴンスター」!めでたしめでたし。
※主人公のドラゴンスター以外のキャラクターは立場を入れ替えて結構です。 ナナミ
「何これ?ふざけてんの?」
カリンは台本1ページ目に書かれた概要を読むなり、それを躊躇なくテーブルに叩きつけた。
あれから三日経ち、イベントを催すことが決定した。そして今日、ナナミが徹夜して書き上げたという脚本が送られてきたので読み合わせを行うことになったのだが、その内容のひどさに四天王は早速辟易していた。既にモチベーションが無くなっている仲間を、ワタルは弾んだ口調で諭す。
「まあまあ。素人さんが書いた内容だからさ……でも、かっこよくないかな!?ドラゴンスターなんてヒーロー……!」
「だっさいよ!ここまでダサイとは思わなかった。ナナミちゃんセンス悪いよ〜。それにさ、どうせワタルが主人公じゃなきゃダメなんでしょ?ドラゴンスターだけに」
イツキはむくれながら台本をめくっている。うんざりしているのは、隣に座っているキョウも変わらない。
「カリンは『ねこレディ』確定だしな。ナナミちゃん脚本当て書きしてるな……」
「あら、私は悪役以外ならどれでもいいわよ。イツキが女装すれば?」
面白そうに微笑むカリンに、イツキは唇を尖らせ子供っぽく拒否した。
「やだよ!僕も悪役やりたくないっ。イメージ悪くなるし」
「おれも台詞が少ない仲間役が良いんだが」
台本を面倒くさそうに読むシバに、キョウも「同じく」と左手を上げる。
やる気の片鱗も見えない四天王に、ワタルは段々と苛立ちを感じていた。やると言っておきながら、この消極的な様子は何なんだ?彼は息を吸い込むと、きっぱりと言明した。
「……押し付け合うのは辞めよう!悪役が光ってこそストーリーは成り立つんだよ」
「じゃあワタルが悪者やれば?」
イツキの素早い突っ込みを、彼は反射的に拒否する。
「いや、それはできない!」
あまりにはっきりとした物言いに、場はあっという間に白けた。
そりゃお前は主人公確定だから他人事のように言えるんだろう……そんな視線がワタルに突き刺さる。彼は狼狽えつつ弁解した。
「あの……できれば主人公はオレで、って指定が来ていて……。そうだ、クジで決めるのはどうかな?」
そう言いながら、書類の裏にあみだくじを書いて四天王に提示する。彼らは互いに目を見合わせると、うんざりしながらもそれに従った。
そして決まったのは仲間役にカリン、シバ。悪役はイツキとキョウである。汚れ役を引き当てた二人はすぐに顔を曇らせていた。
「じゃ、私は『ねこレディ』ね♪」
カリンは楽しそうに自分の台詞にマーカーを引いていく。それを見たシバが自分も真似しようとペンを取る前に、キョウが口を挟んだ。
「待て、キャストを入れ替えよう。身長180届かない俺と、チビのイツキが巨人の設定は無理がある。シバでいいだろ」
「台詞が少ないからおれはどれでもいいぞ」
「むかつく!」
悪気なく言うシバに、イツキが歯切りしながら悪態をついた。口論になる前に、ワタルは話を切り替える。
「それじゃシバ、『べのむ』よろしく。ところで伯爵役はイツキ君よりキョウさんの方が向いてると思うんだけど、どうかな」
「僕は問題ないよ。確かに伯爵ならおじさんの方が合うよね。キョウさんもいい年して『なぞらー』は嫌でしょ」
「まあな……」
やはりぺんぎん伯爵は自分へ来た……。キョウはため息をつきながら台本を読む。
「ところでこれ、戦闘シーンはどうするんだ?」
「それはもちろん、『フリ』をするだけです。本当に試合をするのは危険だからね。みんな、手持ちポケモンにも協力をお願いします」
これを聞くなり、再びイツキは不満を口にした。
「えーっ、つまんなー!見えない壁の装置持っていけば?」
「いやいや、設置も手間だし……難しいよ。それにもう、本部に使用申請出してるから」
そう言いながら、彼はポケモン免許証のプロトレーナーポケモン使用許可画面を見せた。プロのポケモンは凶器となりうるため、本部からその使用を厳しく制限されており、公式戦以外での利用には申請が必要なのである。今回の申請は日付をイベント当日、カテゴリはポケモンを戦わせず講習などで使う【セミナー】、対象者はワタルと四天王で登録されており、既に許可が降りていた。
「仕事早いわね」
どこまでも真面目な男だと、カリンは呆れながらも感心する。
「じゃあ配役が決まったところで……、台本の読み合わせといこうか!まずは冒頭、ドラゴンスターと仲間たちが迷子のピチューを救うところから!」
仲間との温度差を気にすることなく、ワタルは姿勢を正して台本を開いた。モチベーションの上昇は限界を知らない。渋る仲間たちを自分が引っ張るつもりで読み合わせを始めようとした矢先、会議室のドアがノックされてスタッフが顔を出した。
「すみませんワタルさん、解説の件で緊急でお話が……。10分だけ、お時間良いですか?」
「あ……、はい。……ごめん、オレ抜かして進めててくれ」
彼はすぐに席から立ち上がると、仲間を残して部屋を出て行った。
ドアが閉められたことを確認するなり、イツキはすぐに身体を伸ばしてリラックスする。
「チャンピオン様、超やる気だね」
「ホントホント。主人公役だとああもやる気が違うのかしら?」
首を傾げるカリンに、シバが口を開く。
「……ワタルは四天王デビューした頃から、ちょっとヒーローに憧れてるような節があったな。衣装にマントを選んだりとか」
彼は自分とワタルが四天王にデビューした頃の衣装合わせを回想した。
真面目な顔で迷わずマントを選び、当時の同僚達を仰天させたことは良く覚えている。『何故そんな子供っぽい格好をするんだい?』と、キクコに聞かれた彼はやや照れながら『子供受けがいいかなって……』と答えていたが、このショーにかける情熱を見ると理由はそれだけではないはずだ。
「ふうん……、そういうこと!超優等生も子供っぽいところあるのね。可愛いじゃない」
嬉しそうなカリンを見るなり、彼女に淡い想いを寄せるイツキは不満げだ。既に台本は閉じてテーブルの上に投げ出している。
「あーあ、僕はダサイ悪役で台詞覚える気にもなれないや……。こんな何ページもあるの、10日ちょっとで覚えるのとか無理……」
「まあ適当にやればなんとかなるだろ」
キョウも台本をめくりながら苦笑していた。
「そうよね、何とかなるわよ」
一向にやる気を出さない男達を見て、カリンも同調するように胸を撫でおろす。
+++
「と、いうわけで……!10日後、なんと!この施設に四天王とチャンピオンさんが遊びに来てくれることになりました!」
同じ頃、児童養護施設『ときわ子どもの森』ではナナミが出来上がったイベントプログラムを施設の子供たち約30人に配っていた。ここに属する子供たちは1歳〜15歳までと年齢は幅広い。まさかシーズン中に大スターがやってくるということで、子供たちは興奮の色を隠せない。
「マジ!?」
「シバが来てくれる!」
「夢みたい!」
プログラムの書類を穴があくまで見つめている姿は微笑ましく、ナナミは安堵を浮かべた。子供たちが皆揃って喜んでいる姿を見るのは久しぶりである。
(良かった……。おじいちゃんに相談して正解だった)
ふとシルバーの様子が気になり、そちらへ目をやる。
彼は相変わらず浮かれた輪の中から外れて座り込んでいるが、その手にはしっかりプログラムが握られており、意外にも真剣に内容を確認していた。そんな姿を見ているとナナミは嬉しくなり、シルバーの元へ小走りで近寄る。
「どう、このイベント?」
「こんな子供騙し、つまんねぇ。オレ、出ないから」
彼は素っ気ない口調でプリントをナナミへ突き返した。
「えっ、せっかくワタルさんや四天王が来てくれるんだよ?こんな機会なかなかないよ〜」
「うるせえなー、興味ないし。しかもポケモンバトルしないんでしょ?つまんね」
これは他の子供たちからも出ていた不満である。そこを突かれるのは大変痛い。ナナミはシルバーの前で両手を合わせると、困ったように謝罪した。
「だってプロのポケモンだもの、アマチュアとは鍛え方が全然違うらしくて……施設が壊れちゃうからね。ごめんね」
「マジどうでもいい。オレ外行きたいんだけど」
彼はそう言いながら、踵を返して自室へと戻って行った。
「そーんなー!プロのポケモンを間近で見られるのよ。それだけでも凄いと思わない?」
ナナミは慌ててシルバーを引き留めようとしたが、すぐにドアを閉められ拒否されてしまう。他の職員達も呆れたようにそのやり取りを眺めていた。彼はこの施設の頭痛の種なのだ。
(難しいなぁ……)
ナナミは呆れたように息を吐いた。