第28話:そして夜は明ける
ルギアが引き起こした豪雨による冠水が落ち着いたタマムシシティは、明け方にも関わらず各所で後処理に追われていた。それを夜通し手伝っていたグリーンは、束の間の休憩をとり、右手にポケギアを握りしめたまま幼馴染にコーヒー牛乳を渡す。
「連絡も寄越さず何してたんだよ。お前の実力は認めたくねーけど、もっと早く来てりゃこんな大事にはならなかったんだぞ」
紙パックに直接口を付けてコーヒー牛乳を流し込むグリーンとは対照的に、レッドはストローでゆっくりと喉を潤しながら軽く謝罪した。
「ごめん。実はシロガネ山の山頂で修行している時に、突然虹色の鳥に襲われて……大した怪我はなかったけど、下山までに時間掛かっちゃった」
「あんな電波の届かねー場所で修行してんじゃねえよ。そのままくたばっても誰も気付かねえぞ」
「そうだね、今度から別の場所で訓練するよ」
レッドは穏やかに微笑む。取り留めのない修行の後に気分を変えてくれるのは幼馴染のぶっきらぼうな対応だ。この束の間が心地いいが、今日のグリーンはやけに落ち着きがなく、右手に握りしめたポケギアを驚くべき速さで操作しながらどこかに電話を掛けている。手伝いの間は端末が触れなかったので、その反動の様だ。この騒動で電話回線はまだ混雑状態だが、ジムリーダー同士での通話ならば専用回線を使うポケギアを使うのが手っ取り早い。回線が接続された途端、グリーンは耳に電話を押し当て、煩くがなり立てる。
「報告は! 遅いぞ!」
彼が幼馴染以外でここまで遠慮なく話せる人間はそういるものではない。受話口で真剣に耳を傾けていたグリーンは、待ち望んでいた報告を聞き終えると、途端にすっきりとした表情へと変わる。
「ま、そうだろうと思った。今日はゆっくり休め。明日から訓練再開だからな!」
その会話の流れから、レッドは電話の相手が最近グリーンが取った弟子だと察した。今年の春にセキチクジムに就任したばかりの前任の娘で、今はセキエイ高原にいるらしい。それなら彼が聞きたかったのは現地の状況だ。
「セキエイは無事だって?」
「戦っていたのはチャンピオンだしな。勝って当然だ」
グリーンはつんと澄ましながら残りのコーヒー牛乳を飲み干した。元々強がりな性格で素直でないのは相変わらずだが、今の彼は地に足付けリーダーとしてしっかりと振る舞っている印象を受ける。それに感心したレッドは傍で木の実を齧るピカチュウと顔を合わせ、少しばかり茶化してみた。
「ワタルさんだしね……ところで、すっかりジムリーダーの貫禄が出てるね、グリーン。弟子にもスパルタだ」
「甘やかすと昔のオレみたいになるからな。厳しく指導しねーと」
真剣に過去を省みている姿にはかつての驕っていた様子が微塵も感じられない。それだけトキワのジムリーダー業に尽力していることだろう。レッドはそんな彼に育てられる弟子が妙に羨ましくなり、そして興味が湧いた。
「グリーンが育てたトレーナーってどんな子なんだろ。やっぱり強い? 戦ってみたいなあ」
だがほんの少し関心を寄せただけなのに、グリーンは烈火の如く反発する。
「お前、もうピンクバッジ持ってるだろ! 挑戦権はねーぞ!」
でも、と口を挟もうとした幼馴染を遮りグリーンは更に捲し立てる。
「あいつはオレより弱いし、まだ負けても結構引きずるんだ。おまけにここ最近、家族が危篤でずっと落ち込んでて……そこにお前ほど強い奴と戦ってみろ、メンタルぽっきり折れちまうよ! 絶対、駄目だからな! こっそりバトルを申し込んでみろ、リーグにチクって免許剥奪してやっからな!」
「そ、そこまでする……?」
「当然だ! 弟子を責任もって世話するのが師匠の使命なんだからな!」
どうやら寂しがりでもある師は責任が拍車をかけて極度の心配性に陥っているらしい。レッドはピカチュウとぽかんと顔を見合わせ、そして思わず噴き出した。何はともあれ、彼はきっと優秀なジムリーダーになるだろう。でも、ちょっと面倒くさい。レッドはまだ見ぬ弟子に同情を寄せた。
「グリーン師匠厳しすぎ……ちょっと大袈裟に怪我の報告をしておくべきだったなあ」
アンズはスマートフォンを握りしめたまま、薄闇の空にそびえる本部タワービルを仰ぐ。普段は気後れするほどに気高い塔も、今はあちこちの窓ガラスが割れて連絡通路は崩壊し、とても頼りない。忙しく行き交う警察や医療従事者に紛れながら、彼女はこっそりと規制線の内側へ潜り込んだ。
「お父さんと……」彼女はぱったりと連絡が止んだスマートフォンに視線を落とす。「ツーさんはどこにいるんだろう……」
心配なのは主にそのふたりだ。ずっと腕の治療に専念しており、結局もう一度タワービルに駆けつけることはできなかった。辺りをきょろきょろと見回して、手の空いた人間に行方を尋ねようとした時、顔見知りと視線が合う。
「シバさん」
アンズの姿に目に留めたシバは辺りを払う凄まじい威圧感を放ちながら機動隊員らを退かせ、足早にそちらへ駆け寄った。気になるのは衣服の下に包帯が巻かれているであろう右腕だ。
「腕は」
「もう大丈夫です。シバさんこそ、早く病院に行った方が」
アンズは唇の端を緩ませつつ、赤茶けた包帯だらけのシバにぎょっとする。見るも痛々しい姿だが、シバは気にする素振りもなく「ああ、そうだな」と小さく頷いた。連れ歩いているカイリキーも心配しておらず、見た目ほどの負傷ではないのかもしれない。そこでアンズは気にかけていた用件を聞いてみた。
「あの、父は……」
「分からん。まだ中にいるはずだ。まあ、大丈夫だろう」
同僚の容態をあまり気にしていなかったシバは、決まりが悪そうにビルを仰いだ。事態は収束したらしいから、きっとカリンが対処しているはず。それを鵜呑みにしたアンズが更に質問を続ける。
「それと、ビルを出る時に遭遇したポケモンってどうなっちゃったんでしょう。あんな変わった子、ロケット団と一緒に捕まってしまったら大騒ぎですよね……」
それはミュウツーの事だろう。父親と同じように心配する素振りから、かなり気にかけているようだ。その思いやりに感激したシバは表に感情を出さぬよう、視線を外したまま彼女を励ます。
「奴はロケット団から解放された。利口なポケモンだ。良いトレーナーに巡り合って、正しい生き方を見出すだろう」
アンズへの下心抜きにしてもこの程度しか期待することはできないし、応援に向かったカリンがトドメを刺していたのならばここまでしか言えなかった。あのポケモンも最初から彼女のように心優しいトレーナーに出会えていれば、捻じれた感情が芽生えることはなかっただろうに――思いに耽るシバへアンズが納得したように微笑んだ。
「そうですね。シバさんみたいな優しい人と巡り合えているといいな。カイリキーの怪我が治って良かったですね」
懐を抉る直球に、シバは硬直した。アンズがポニーテールを揺らしながら、彼の視界に入って故障明けのカイリキーと笑顔を交わす。可憐で、この世の良心を凝縮したような少女だ。ワタルやカリンに再三注意されているにも関わらず、本能がアンズに踏み込もうとする。
「ところで、良かったら連絡先を……」
それは彼の中でポケモンにメールを持たせる文通を意味していた。すると彼女はとびきりの笑顔で、嬉しそうに振り返る。
「そう言えばメールアドレス交換してなかったですね。良いですよ、是非。ポケモンバトルの事とか教えてください!」
予想外の返事にシバは仰天し、くぐもった悲鳴を上げた。だが当然ながら、媒体は携帯電話である。彼はそれを所持していない。今すぐにセキエイのショッピングモールへ向かい、モバイルショップの開店一番に契約してこようかと画策していると、アンズの端末がメールの受信を知らせる。待ち望んだ父からの連絡だ。シバを横目に開封し、その内容に目を見張る。
「うそっ、病院にいるの? 入れ違いになっちゃったのかあ……早く行かなきゃ!」
アンズはスカートの裾を翻しながら、元来た病院の方角へ踵を返す。最優先事項は相変わらず父親だ。「先にアドレスを……」と引き止めかけたシバに両手を合わせる。
「すみません、急いでて……後で父に聞いていただけますか。お願いしますね。メール、待ってます!」
そう念押しすると、アンズは人をかき分け規制線の外へと飛び出して行った。華奢で可憐な後ろ姿は余韻を残しながら警察車両のライトの中へ紛れて消えてしまう。シバはその背中をいつまでも見送りながら、ぽつりと呟く。
「かつてない試練だ」
傍にいたカイリキーはひとまず一度だけ頷いておいた。
セキエイ高原にある附属病院には、本部ビルやスタジアムから負傷した人間やポケモンが次々に運び込まれていた。通路を医療従事者や警察関係者が慌ただしく行き交い、あちこちに設置されたテレビからは現場の状況を知らせるニュースが流れ、たむろする患者達が画面に噛り付いている。
ところが院内の片隅にある、自販機に囲まれた狭い休憩所だけは、一人の男が三十二インチの画面を独占していた。上等だが薄汚れたスリーピースを纏い、応急処置を施して虚ろな眼差しでテレビを眺める彼の鬼気迫る佇まいは他を一切寄せ付けない。
『ポケモンリーグ本部ビルを占領し、セキエイスタジアムを破壊して逃走を図ろうとしたロケット団の首領、サカキがついに現行犯逮捕されました。幹部や構成員らも次々連行されており……』
中継は先ほどからずっと連行されるロケット団首領の姿を流し続けている。両手を拘束され、護送車両へと向かうその男の表情には絶望はなく、意気揚々と構えていた。少し老けたが、あの頃と同じままだ。キョウは背中を丸めたままそんな事を考える。
「セキエイの窮地を救ったヒーローの一人だというのに、テレビに映ってこないのか」
ふいに後ろから聞き慣れた声がする。億劫ながらもそちらに目をやると、ヤナギが軽率な笑みを浮かべていた。
「若い方がカメラ映えしますから」
キョウは二年前に使った台詞を苦々しく流用する。
「奴と顔を合わせたのか」
ヤナギの問いにゆっくりと頭を横に振る。結局サカキと対面する機会は得られず、無線越しに声を二言耳にした程度だ。
「不思議ですね」
彼はぽつりと本音を呟いた。
「こうして画面越しに見ると、あの人はどこか遠くで生きている師のままだ」
ワタルが頂点を宣言し激戦の末にサカキを下そうと、キョウの感覚的には袂を分かったあの夏から何も変わっていない。トレーナーの礎を築いてくれた師がこうして存在している限り、自ら彼に勝利するまでわだかまりが消えることはないだろう。
その無念を汲み取ったヤナギが、キョウに掌を差し出した。
「あの小銭」
彼は何のことかと一瞬困惑していたが、すぐにピンときてポケットに突っ込んでいた六文相当の小銭を返却した。ちょうど自販機で缶コーヒーが二本買える金額だ。ヤナギがブラックコーヒーを選び、一つを彼に差し出す。
「まずは共に生き長らえた事を讃えよう」
「コガネで戦っていたんです? てっきり遠巻きに指示を出していただけかと」
汚れのないヤナギの衣服を見ながら、キョウが苦笑する。ヤナギは誇らしげに白い歯を見せた。
「若手が台頭していると言われているが、まだまだだな。私一人で大方を熨した。衰えは感じない……お前もそうだ。この騒動が終息すれば組織の再編が始まるが、我々もリーグ運営に関われる機会が来るんじゃないか」
サカキを含めた三人でよく語り合っていた未来の展望を思い出す。あの頃の志は潰えていない。
「昔のようにとはいかんが、面白いぞ」
ヤナギがプルトップを開け、コーヒーを掲げる。キョウはようやく表情を緩めると、彼に倣って細やかな乾杯を交わした。
この騒動後こそ躍進の好機だと意気込んでいるのはマツノも同様である。
「これから大変だぞ……この事件で大活躍した私はリーグ本部へ栄転する可能性があるかもしれない。いやでも、まだまだ支配人として使命を全うし……だがしかし、この功績が認められればかなり上の方にいけるんじゃないかな。役員総入れ替えで取締役すらあるでしょ、これ……」
彼は屋根にぽっかりと穴が開いたスタジアムの正面口の前で、今後の立ち回りについて一人ぶつぶつと計画を練っていた。混乱に乗じて現役員に暴言を吐いたものの、彼らは総監一派に属するため今後も居座り続ける可能性は低い。明日からの振る舞いで今後が決まる――かつてないチャンスを前に勇み立っていると、スタンドで大立ち回りをやってのけた立役者の一人が彼の名を呼んだ。
「お疲れ、マツノさん!」
イツキとネイティオは彼の元へ駆け寄ると、興奮冷めぬ先ほどの活躍に胸を張った。
「僕ら超格好良かったね。スタジアムはぼろぼろになっちゃったけどさー、改修し直せばいいよね。マツノさんがいれば大丈夫でしょ!」
支配人として大きな期待を掛けられ、マツノはひどく動揺した。
「う、うん……そうだね。これからいろいろ大変だけど、頑張ろう」
「勿論! 僕もリーグ再開に明日から頑張るよ! マツノさんが支配人でよかったー。誰よりもスタジアムを見ててくれるもんね。これからもよろしく!」
屈託のないイツキの笑顔に絆された支配人から栄転の二文字が消し飛んだ。
「そうだね、ぼかあ生涯スタジアム支配人さ。今ここに、それを宣言するよ!」
彼は豪快に胸を張ると、大手を振って救急車両へと向かって行く。悪気なく激励していたつもりのイツキは、無表情を決め込んだままのネイティオに率直な疑問を零した。
「意外と出世欲ないんだね。これを機にリーグ役員とか目指さないんだ。マツノさんなら上に行けそうなのに」
「貴方が焚きつけるからでしょ。かわいそ」
遠巻きに一部始終を見ていたカリンがヘルガーを引き連れて現れ、呆れたように眉を潜める。だが彼女もあえてマツノに忠告するつもりはなかった。今後しばらくは彼にスタジアムの件を任せていた方が妥当だろう。
この無責任なトレーナー達を眺めていたネイティオは、その影響を受けぬようにイツキに押し付けられたプラチナ色のライターを突き返した。それはイツキが本部タワービルの上階で拾ってそのまま持っていた誰かの持ち物だ。
「あ、これ……どうしよっかな。落ち着いたら総務に返せばいいかな」
あの時はプロ認定証と重ねていたライターも、事態が収束すればただの落とし物だ。それでも手放すには惜しい逸品。
そわそわと迷うイツキの手元に気付いたヘルガーはぴたりと動きを止めて、それを凝視する。デルビルの刻印が入ったプラチナ色のオイルライターには見覚えがあった。自分を気に入ってくれた前の主が、職人に作らせた名品だ。身震いする相棒の反応を見て、カリンもすぐに事情を察した。
「そのライター……」
動揺を浮かべる彼女の表情は、イツキにとって物欲しげに見えた。
「カリンが欲しいならあげるよ。格好いいよね、これ」
本当は記念に取っておきたかったのだが、ここは男を見せるのが最適解だろう。イツキは自らに言い聞かせ、落とし主に詫びつつそれをカリンの掌に押し付ける。
恩師の生きた証なんて、ヘルガーが居ればそれでいいと思っていたが――ロケット団を討った後にそれを得られたことも、何かの縁だろうか。カリンは心底嬉しそうに「ありがとう……」と目元を綻ばせていた。
そんな姿を見ていると、昨年末に諦めたイツキの恋心が再燃する。イツキはすっかり汚れた燕尾ベストの汚れを払い、蝶ネクタイの位置を直すと、やや気取った口調でカリンに尋ねた。
「ところで、これだけ荒されちゃしばらく仕事はお休みだよね。もうすぐバカンスのシーズンだし、僕の地元のタンバにいいリゾート地があるんだけど……」
「あら、素敵」
察したカリンが澄ました笑みを浮かべる。先の予定に女友達のカンナを捻じ込まれぬよう、イツキは慌てて先制した。
「そ、そこは僕の顔パスがなきゃ入れないんだけどね!」
「いいわよ。行きましょ」
彼女はセクシーな笑顔を子供っぽく崩してイツキを期待させたが、
「リーグの皆で慰安旅行」
と、不意打ちの台詞をしっかり付け加える。少年は絶句していたが、少し考えてみればどうせ訓練三昧の大男はともかく、きっとギャロップより速いスポーツカーを用意してくれる最年長に水着の似合う美女、そして終始気を回してくれるリーダーがいれば旅はきっと有意義だ。
「それ、楽しいかも!」
イツキはすっかりその気になって満面の笑みを溢した。
スタジアム前の大通りは救急車や警察車両、マスコミ関係の車が立ち並び、シーズンさながらの忙しさを思わせる。ストレッチャーに横たわり、病院へ搬送されようとしていた総監はそんな感覚に耽っていた。向こう数日は病院のベッドで過ごすことになるだろう。事態が収束した安堵感はスタンドから死闘を目の当たりにしていたことにより、贔屓選手が試合に勝利した後の余韻に似ていた。
「総監」
すると、その彼がわざわざ自分の元へ近寄ってきてくれる。
「ワタル君」
彼はすっかり白くなったマントを揺らしながら、総監の顔を覗き込んだ。散々サカキに甚振られたチャンピオンの顔は今になって腫れ上がり、あちこちガーゼや包帯で覆われていたが、それでも端正な顔立ちは維持されたままだ。ぼろ布のように負傷した総監は羨ましげに白い歯を見せる。
「君は殴られても男前だなあ」
ワタルは謙遜気味に顔を引き攣らせた。相変わらずこの手の冗談は苦手のようだ。総監は目元を緩ませる。
「迷惑かけてすまないね……でもありがとう、本当に感謝しているよ。君達が来てくれなければリーグは終わっていた。ロケット団にビルを占拠された時、私は死を覚悟していたが……」
ミュウツーに土下座した時、自らの命はそこで尽きるのだと覚悟していた。死んで詫びようとも思っていたが、そこへ乗り込んできたトレーナーによってその危機は免れた。総監はワタルの手を取りながら、くしゃりと破顔する。
「今は生きていることがこんなにも誇らしい。騒動の責任もとれるしな」
「それは……」
察したワタルの顔色がさっと曇る。
「事態が収束したら、全ての責任を取って辞任するよ。まあ当然だ。事の発端は私にあるのだから」
揺るぎ無い眼差しに引き止めなど無意味だ。それでもワタルは惜しそうに目を伏せる。
「残念です。まだ続けていただきたいのに」
「私もいい年だからねえ。残りの余生はポケモンを可愛がりながら過ごしたいよ。新しいNPOでも立ち上げようかな……君とポケモンの関係を見ていると、特にそう感じるよ。よくケアをしてあげてくれ」
ワタルがしかと頷く。彼のベルトに装着されている、チルタリス以外のポケモンは満身創痍ながらも誇らしげにボールに収まっている。そんな様子を見ていると、自分もポケモンにたっぷりと愛情を注ぎたくなった。彼はこのリーグに相応しいトレーナーの鑑だ。自分が退いても、きっとセキエイを引っ張ってくれる。
「これからもセキエイリーグを頼むよ。君は我が組織が誇るヒーローだ」
そうして意志を託すと、ワタルは精悍な笑顔を見せながらもう一度頷いた。
「光栄です」
暁の空は徐々に澄み渡り、辺りを照らすパトランプの光を緩和する。
シロガネ山の峰々から間もなく日が昇る時刻だ。永遠に感じられた夜は終わり、新たな夜明けがやってくる。ワタルは総監に会釈すると、マントを靡かせながら身を翻し、大通りで待っている別の救急車両へと向かって行った。