HEROSHOW










小説トップ
第3章
第22話:取り残された男
 リーグ本部ビルの五階にはセキエイスタジアムへと繋がる三十メートル程度の連絡通路が渡されており、スタジアム側の出入り口は十数名の機動隊によって警護されていた。本部ビル側の職員の避難はまだ七割程度しか完了しておらず、また支援を要請したプロ側の危機を受け、場は緊迫の色を成している。避難した職員達の治療が続いているスタジアムにプロさえ手をこまねくポケモンやトレーナーの侵入を許してしまえば、そこは前例のない凄惨な絶望の舞台と化してしまうだろう。機動隊の隊員らは武器と盾を手に息を呑み、人通りのない通路に緊張が走る。
 そんなしじまを破り、本部タワービル側の出入り口の先で趣のないベルの音が鳴った。五階のエレベーターホールに籠が到着したのだ。それも複数基用意されているエレベーターが一斉に。機動隊員達は唾を飲み込み、そちらに目を凝らした。
 程なくして、数多の足音を重ねながら黒づくめの一団が登場する。警察は一斉に武器を構えるが、その先頭に並ぶ人間を見て眉をひそめた。武装したロケット団はそれぞれリーグ役員の人質を盾にし、撃ってみろと言わんばかりにこちらを挑発している。そのまま連絡通路に乗り込み、機動隊の二十メートル手前で足を止めると、先頭を行く幹部のアポロが両手を拘束され顔を腫らしたリーグ総監に拳銃を突きつけながら彼らを睨む。
「政府が我らに迎えをよこした件、末端は聞いていないのですか?」
 勿論彼らはそんな囮が用意されていることは耳にしていたが、そのヘリはロケット団と交渉してタワービル側の屋上に付けられる計画だと信じていた。予想外の事態に機動隊員らは困惑し、互いの顔を見合わせる。
「この先にいる職員の命だけは……」
 甚振られた総監が動きが鈍った唇でぼそぼそと哀願する。そんな彼を乱暴に押しのけ、アテナが煌びやかな装飾を施されたモンスターボールを片手にアポロの横へついた。
「とっとと片付けましょ。四天王の手持ちを試すいい機会だし」
 彼女はとっておきのポケモンが収まったボールを手に、得意げな横顔を傾け大ぶりのピアスを揺らす。
「そうですね、少し分からせてやりましょうか」
 アポロは口元を緩め、仲間を前線へと導こうと右手を差し出したが、甲に熱を感じて即座に顔を上げた。その直後、右側の窓が吹き飛び、外から灼熱の火炎が乗り込んで通路を焼け焦がす。ロケット団と機動隊はそれぞれ近くの出入り口へと退散し難を逃れたが、その額にはもれなく大粒の汗が滲んでいる。ストーブの中に放り込まれたような暑さだ。すると熱で揺れる通路の中央に、窓から虹色の炎が舞い降りる。その姿を見た者は永遠の幸せが約束されると言われる七色の大鳥は、そんな伝説が信じられないほど冷酷な眼差しで人間達を見渡した。その神々しい佇まいに怯み上がる機動隊とは対照的に、ロケット団は皆一様に白けていたのだが。
「てっきり逃げ出したのかと思っていたわ。腑抜けのヒーローさん」
 アテナがロケット団の総意を吐き捨てた。すると虹の光に紛れてホウオウの背に跨っていた青年が、軽やかにその場に着地する。不思議なことに、上着も張りつく暑さだというのに彼の額には汗一つ滲んでいなかった。ただし彼の相好に浮かぶのは憤怒の熱だ。
「ニケ、オレを騙したな。君はロケット団だったのか」
 ホウオウのトレーナーであるランスがアテナを睨むと、彼女は愚者を嘲笑うように仲間を見回し肩をすくめる。
「そうよ。見て分からない?」
 少しも悪びれない彼女の隣には、かつてランスが設立したNPO組織を支援してくれた青年実業家も立っている。ランスを都合よく利用して捨てたあの男だ。
「二度も我が組織を頼りにしていただき、光栄です。わざわざホウオウを返却に?」
 後ろめたさなど微塵も感じさせず、アポロが顎を突出しながら不遜に尋ねる。ランスはきっぱりと答えた。
「悪を始末するためだ」
「物騒ですね。貴方はポケモンバトル反対派だったのでは」
「正義の名の下になら許される」
 揺るぎ無い双眸には捻じ曲がった信念が浮かんでいる。機動隊が警戒を強め、新たな脅威に人質達が戦慄しようともロケット団は誰一人顔色を変えることはない。
「便利な言葉。私も今度から使おうかしら」
 アテナは茶化すように肩をすくめると、傍にいたアポロへ対応を囁く。
「バッジを剥ぎ取りましょ。それでカタがつくわ」
 ランスの襟元に光るグリーンバッジは、ロケット団構成員のほぼ全員に配布されている物と同じく、ポケモンを服従させる目的で作られた偽造品である。バッジを外せばその効果が失われるが、そこで生じる問題があった。
「ホウオウの処理に手間取ります。一度ボールに戻させてから……」
 アポロはベルトに装着していた、ヘルガーが入ったボールに手をかける。死神の咆哮ならば、ホウオウを確実にボールへ帰還させることが可能だろう。脳内でシュミレートして深呼吸した刹那、岩石が通路の屋根を叩く音がしてホウオウが降り立っていた場所が天井から崩れ落ち、連絡通路が真っ二つに分断された。ホウオウのいた通路中央周囲二メートル圏内だけがすっかり下へ抜け落ち、虹色の鳥は瓦礫を抱えて地上へと落下していく。その直後、入れ替わるようにドンカラスに捕まっていたサカキがロケット団の前に穴を挟んで通路に着地した。次いでニドキングが降り立ち、その重みでスタジアム側の通路が軋んだが、サカキは素知らぬ顔で上着の裾を直し、アポロに尋ねる。
「まだこんな所にいたのか」
「申し訳ございません、すぐに向かいます」
 アポロはさっと頭を下げ、高揚に色めき立つ表情を隠しつつ、手持ちの中からモンジャラを召喚する。
「あれはロケット団の……!」
 呆気にとられていた機動隊員らはロケット団首領の姿を見て武器を構え直したが、そこへニドキングが岩石を放って人々を一掃する。その間にモンジャラがスタジアム側の通路へ蔦をいくつも渡して幅一メートル程度の橋を完成させた。構成員らが速やかに移動を始めると、暗幕が下りていた深夜の窓の外を虹色の光が照らし、地上へと消えていったホウオウとランスが再び連絡通路へと戻って来る。 
「お前はロケット団の首領だな!」
 ホウオウの背に跨っていたランスは、額から赤い筋を垂らしながら窓に背を向けるサカキへ吼えた。ポケモンならば敵を否応なくボールへ帰還させるこの技も、ランスが放てば人ひとり揺るがすことさえできない。それは誰も耳を傾けてくれなかったNPO活動の頃を思わせ、彼はやや狼狽える。反対側の窓に映りこむ、その些細な反応をサカキは見逃さなかった。
「その通り。我が組織が色々と世話になっていたのに、その長である私が今まで顔を出せず申し訳なかった」
 彼は風を切って背広の裾を翻し、ランスへと向き直る。スタジアムへ移動するロケット団員の誰もがこの青年に軽蔑の眼差しを送る中、サカキだけは真摯に彼を見据えていた。ふと、サカキが背にした窓に金色の竜の姿が見えた気がした。二年前に対峙したチャンピオンを思わせる佇まいに、ランスは思わず息を呑む。
「オレはお前を、始末、する……」
 きっぱり言い放とうとした台詞が、すぐにもつれて無様に萎む。意気揚々と舞台へ飛び出して行ったのに、大御所に圧倒されて存在を飲み込まれる大根役者の気分だった。揺らぐ自信を、サカキの一言がきっぱりと繋ぎとめる。
「分かった」
 声を失うランスに、サカキはモンスターボールや拳銃を持ち出しながら悠々と提案する。
「その勝負受けてやろう。君は反バトル主義者と聞いているが、ポケモンと拳銃どちらでケリを付ける? 殴り合いでも構わんぞ」
 拳銃を掲げる右手には包帯が巻かれていた。殴り合いと聞いてランスがそちらに視線をやると、サカキがすかさず補足する。
「ハンディだ。くれてやる」
「ポケモンも、ピストルも……どれも等しく武器扱いなのか。あるいはただの道具」
 人間と共存しているはずの生き物を無機質な道具と同等に並べ立てるサカキに、ランスは戸惑いを覚えた。この男は曲がりなりにもトレーナーの鑑であるジムリーダーだったはずだが、傍に立つニドキングは押し黙ったまま微動だにしない。絶対服従する兵士のように見え、同じプロでも手持ちを愛するワタルとは対照的だった。サカキもそれを否定しない。
「その通り。ポケモンや反バトル主義を自己顕示の手段にする君とさして変わらん。何か問題が?」
 不意の牽制がランスの胸を刺し、見て見ぬふりをしてきた真実を曝け出す。
「何だと! オレにとってポケモンは……」
 咄嗟に反発しようとしたが――そこから先が何も出てこなかった。
 ランスは愕然とした。誰しもがポケモンと向き合うこの世界で、この問いに関しては何かしらの答えを出しているはずなのに、自分は何も浮かばない。例えば、“仲間”。ごく基本的な、ありふれた模範回答すら沈黙を守り続けるホウオウを見ればその答えには首を捻る。頭の中にありったけの語彙をひっくり返しても、自分のポリシーに相応しい言葉が得られなかった。
 つまり、自分はポケモンに対し何も感じていないのだ。サカキの指摘通り、反バトル主義を以って注目を受けるための手段。自分の夢が叶えばそれでいい。
「ポケモンとは……夢だ」
 すぐにピンときたサカキが、勝機を掴んだ顔をする。これは二年前、ワタルに直接言われた台詞だ。ところがそれで多くの支持を集めてサクセスストーリーの主役となった彼と異なり、自分は惨めな“独演者(ソロ)”である。
「ヒーローになれるとでも?」
 ホウオウの上で憔悴するランスに、サカキが追い打ちを掛けるように首を傾ける。それを夢見ていたのに、流されるままたどり着いたのは越えてはならない境界線の向こう側だ。
「君は悪人だ。盗聴に窃盗、器物破損にテロ行為……それだけ重ねて、堅気に戻れると思うな」
 反論できず、弱り切ったポケモンのように震えるランスへ、サカキが穏やかに付け加える。
「だが、こちらになら君の居場所はある」
 
+++

 セキエイ高原の開けた闇夜を黄金色のドラゴンが風を纏って颯爽と駆け抜けていく。本部タワービルを抜け、隣接するセキエイスタジアムへと接近すると後を追うように機動隊のヘリがやってきた。急いで警察本部と対策を話し合っていた彼らは、カイリューに跨るワタルへ指示を出す。
「正面口は我々が対応しますので、ワタルさんは本部ビル側へ回り込み、スタジアムの裏手からお願いします。今、そこに応援部隊が向かっていますので連携を取っていただけますか」
 そこへ向かうにはヘリで回り込めば五分以上の時間を要するが、カイリューのスピードならあっという間だ。ワタルは「了解しました」と迷いなく頷いた。勇敢な回答に気をよくした機動隊員は、更なる果報を続ける。
「それと、ボールが開くようになりました。システムが復旧したようです」
 それは恐らく、基地局テロの収束を意味する。この吉報にはワタルも眉を開き、思わず頬を緩ませた。
「それは良かった。ボックスから出したボールに長時間ポケモンを入れておくのは健康上良くない。安心しました」
 大きな不安が一つ取り払われ、いよいよ残るのはあの男だ。ワタルはヘリに会釈すると、手綱を引いてカイリューを本部タワーへと切り返す。ビルの植え込みに白い光が揺れたような気がしたが、ヘリのライトだろう。彼は特に気に留めなかった。僅か数秒でドラゴンは闇夜を切る疾風と化したが、ビルの窓辺に大きな影を捉えて速度を緩めた。ガラスの取り払われた窓の外でクロバットが羽を上下させながら浮かんでおり、建物の中の通路にはそのトレーナーであるキョウが立っている。彼の物言いたげな表情につられ、ワタルはカイリューをそちらに寄せた。
「ミュウツーは倒した。後はスタジアムだけだな」
 吹き込むビル風に撫でつけた黒髪を揺らしながら、キョウは素っ気なく告げる。
「さすがですね」
 ワタルが短く答えると、彼は調子を変えずに尋ねた。
「俺も後ろに乗せてくれないか」
 マントが控えめに翻り、ドラゴンの身体で遮っていた月明かりを解放する。それに照らされたキョウの表情は青白く、額には脂汗が滲んでいた。立っているのも精一杯と思しき様子で、付き添うクロバットもはらはらと不安げである。ワタルは眉を潜めた。
「顔色が良くないですよ。サカキは任せてください。必ず倒します」
 そうやって断言すれば大抵の人間は納得してくれるが、一般人より自分の実力を熟知しているはずの同僚は不満を露わに唇を引き結んだままだ。
「これでもカントーとジョウトでは一番強いと認定されているんですが」
 ワタルは短く息を吐きつつ、核心を突くように続けた。 
「やっぱりキョウさんの中で、オレは二番手のままなんですね」
 キョウの眉間に少しだけ皺が刻まれる。その反応を受け、彼の中でトレーナーの実力トップに君臨し続けているのはサカキなのだとワタルは確信した。だが、師弟関係を考慮しても彼は既に現役を退いている。
「不本意だな。繰り上がりでチャンピオンになったばかりの頃を思い出します。益々挑戦し甲斐がある」
「試合とは違う」
 キョウがきっぱりと否定しても、ワタルは引かなかった。
「ビルへ乗り込む前にも言いましたが、オレはプロのトレーナーです。試合に挑む覚悟で戦います。立場上、決して人を殺めたりはしません」
 そして、万が一への覚悟を決めるキョウに告げた。
「だから、貴方をスタジアムへ連れては行けない」
 魂胆を見透かされた彼は、淀んだ双眸に動揺を見せる。ビルの中から話しかけられた段階で、ワタルはその不穏な空気を感じ取っていた。人にポケモンを向けることも厭わない、自分も数時間前に経験した態度は敏感に伝わってくる。ワタルは表情を緩め、話の矛先を変えた。
「そう言えば初めて会った面接で質問しましたよね。“貴方にとってポケモンとは?”……その後一緒に働いてみて、あの答えはキョウさんらしいなといつも感じています。今でも変わっていませんよね?」
 未曾有の状況にも関わらず、ワタルはごく日常的な会話をするように問いかけた。少々荒っぽい戦闘をするものの、リーグ所属のトレーナーの中では最も多くの責任を背負う彼ならば否定はしないはずだ。するとキョウはぎこちなく目線を落とし、少し時間を置いた後、ワタルが期待した通りの態度を示した。
「死なないでくれよ。まだここで働きたいんだ」
「任せてください。皆がリーグの再開を待っていますからね」
 彼は笑顔で会釈すると、マントを翻してスタジアムの裏手へとカイリューを走らせる。折り紙付きの速度は余韻も残さず闇の中へと消えていった。
 残されたキョウは小さく息を吐くと、サーバルームへと踵を返す。ここはあまり長居したくない場所だ。煩く重なり合う機器類のファンの音と、復旧作業に精を出しながら何かとクロバットを呼びつけるマサキの声が頭をひどく掻き乱す。もう立っているのも限界に近付いていた。傍で配線作業を手伝っていたアリアドスやドラピオンが心配して近寄ってくる。彼はサーバラックの扉にもたれ掛りながら短く舌打ちした。
「俺も二番手のままは御免だ」
 ポケモンは戦えるのに、おやの身体が先に音を上げるなんて。トレーナーとしてこれ以上ない屈辱だが、無理をすればこれまで築いた何もかもが崩れ落ちる。挑戦を誇りにしていた師ならば嘲笑うだろうが、八年前の決別の際に自ら退いたように無念を噛み締めて無線を入れた。
「病院へ行く。後は任せた」
 できる限り平静を装ってそう告げると、真に受けたイツキが弾んだ声で応答した。
『オッケー、ロケット団はばっちり倒しておくからね! お疲れ様、キョウさん色々ありがとう!』
 それはセキエイリーグ本戦で負けてベンチに戻った際の労いに似ていた。隣にいるらしきカリンの声も届く。
「セキエイの病院にはアンズちゃんもいるから、顔を見せてきたら? きっと安心するわよ」
「そうだ。そうしろ、必ずだ」
 語気を強め、シバも同調していた。
「そうだな……」
 思えば病院で治療を受けている娘はそのままだ。一月も入院していたのだから、相当な心配をかけていただろう。窓の外にいるクロバットを一瞥すると、彼女も早く退くべきだと頭を激しく上下させている。それどころか一刻も早く主を病院へ連行したくて身体を震わせていた。こうなると選択肢はリタイア一つ。マサキに一言告げてビルを下りようと、キョウがサーバルームの奥へ顔を向けた時――入り口から生臭い風が吹き抜けた。
「システムを復旧させることは許さない」
 嗅ぎ慣れたヘドロ臭にほんの一瞬ベトベトンの帰還を予想したが、人ではない声音と殺気がそれを否定する。振り向いた先に、白い影が立っていた。影が瞬くなり、今にも崩れ落ちそうだった傷だらけの薄紫の肌が滑らかに再生する。生物は筋肉質の肩を上下させ、鋭い眼光でキョウを睨み据えていた。
「あの化け物、倒したんじゃなかったのか!」
 反射的に足が部屋の奥へと動き、ポケモン達が前衛に立ちはだかる。その直後、背中を貫く衝撃が走り、室内に強力なサイコキネシスが駆け巡った。サーバラックが波打つように揺れ動き、二重床のパネルを吹き飛ばしてキョウはその場に崩れ落ちる。外れたパネルの穴に上着の裏に仕舞っていたモンスターボールが一つと、無線やペンが転がった。慌ててそちらに手を伸ばそうと顔を上げると、視界の先に倒れるアリアドスとドラピオンを脇へ蹴って不気味な足音が近付いてくる。

「キョウさん!?」
 悲鳴の直後に途切れた無線にイツキはみるみる青ざめた。何度その名を呼んでも通信が戻ることはなく、イヤホンは沈黙を続けている。スタジアム連絡階へと下るエレベーター内はたちまち緊迫に包まれた。
「何があった」
 シバが尋ねると、イツキは唇を震わせながら答える。
「ミュウツーが復活したかもしれない……」
 化け物が、と叫んでいたからビルから転落したミュウツーが戻ってきた可能性が高い。あの時余力が残っていれば、テレポートによる帰還は可能だとイツキは推測した。
「四十五階よね。私が行くわ」
 エレベーターが五階で停止し、カリンとヘルガーが籠に残る。彼女は目的階と、続けてドアボタンを押す。
「頼んだ」
 短い激励を送るシバに、カリンが微笑みドアが閉じた。寡黙な男が残るだけで、エレベーターホールの空気が張り詰める。それはイツキの不安を増長させた。
「大丈夫かな……キョウさんなら持ちこたえられるよね」
「それはお前が良く知っているだろう。問題ない、あいつなら」
 手負いとはいえ、リーグ本戦でもエスパータイプと難無く渡り合えるキョウなら問題ないだろう――シバはそれだけ信じ、連絡通路へ歩を進める。その大きな背中を見ると、イツキの気も上向いた。エレベーターホールを出て、無人のオフィスエリアを抜けるとガラス張りの自動扉の先に連絡通路が見えてくる。セキエイリーグに所属してから幾度となく行き来していた通路は、中央に大きな穴がぽっかりと開き、その中で巨大な虹色の鳥が羽ばたいていた。ガラス越しに見るその鳥は、あまりにも非現実的でまるで見世物のようだった。鳥の前に立つ一人の男も、微動だにせず目を凝らさねば生気を感じ取れない。
「あれさ……」
 男に見覚えのあるイツキが、動揺しながらシバに尋ねる。彼は眉間に皺を寄せ、イツキに問い返した。
「イツキ。スタジアム側の入り口へテレポートすることは可能か」
 つまり鳥の後ろ側である。イツキは頷いた。
「うん、その距離なら」
 人を抱えての長距離テレポートは難しいが、目と鼻の先であるこの間隔なら問題はない。イツキは一旦ボールにしまっていたネイティオをその場に繰り出し、準備を整える。
「先に行け」
 シバの声に背中を押され、ネイティオは即座にその場を離れる。鳥は深呼吸して覚悟を決めようとする主を待たず、素早く彼を翼で包んでスタジアム側の出入り口へテレポートさせた。ホウオウがそちらを振り向く前に、イツキとネイティオは倒れた機動隊を心配しつつ、スタジアムの中へと駆けて行く。追撃に動く鳥の気を逸らすように、正面からやってきたシバが男を呼び止めた。
「久しぶりだな、ランス」
 イツキの背中を追おうとしていた男が振り返る。シバへと向き直って、ピースを嵌めこんだように動かなくなった。無表情のまま、据わった眼差しで口を動かす。
「こちらこそ会えて嬉しいよ。敵を一匹、スタジアムに入れてしまったことは残念だがね」
 ランスの襟元に装着していたバッジがホウオウが放つ虹色の光に反射し、シバの角膜を刺激した。バッジはアルファベットのRをかたどっている。
「敵、か」
 シバはかつての戦友が救いようのない闇に堕ちてしまったことを理解した。彼は短く息を吐き、ベルトに装着していたモンスターボールを一つ取り外す。中に入っているのはあの頃最も多く手合せしていたポケモン、カイリキーだ。

鈴志木 ( 2015/03/13(金) 19:42 )