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第1章
第8話:最終面接・前編
 このたび、第三次選考試験を通過されましたことをご報告いたします。
 つきましては、X月X日XX時より最終面接をポケモンリーグ本部にて実施いたしますので、
 ご出席をお願いいたします。
 なお、面接の服装に関しては平服で結構です。      ワタル
 
 面接当日、午前7時。
 ――ワカバタウン、トレーナー専用の宿泊施設にて。
 イツキは鏡の前で、手持ちの服を身体に当ててコーディネートをあれこれ考えていた。ベッドにはカラフルな衣服が散乱している。
「ネオ、これどう?」
 うんざりしながら主人を眺めているネイティオを振り返り、選んだ服を見せた。黄色のドット柄シャツに赤い蝶ネクタイ、紫色のカラーパンツ。派手好きなイツキは、先ほどから眩暈がするほど非常識な服装ばかり選んでいる。ネイティオは無表情でかぶりを振った。
「えー、目立っていいじゃん!」
 イツキは服をベッドに投げ出し、また吟味し始めた。
 主人は平服の意味を取り違えている……。ネイティオは持ち物の中で最もまともだと思われる、白いドット柄シャツとブルーのパンツの組み合わせが来るまで拒否を続ける覚悟だった。
 
 ――シロガネ山、奥地のコテージにて。
 コテージ横の滝で水浴びをしたシバは小屋に戻ってくるなり、ボトルに入れておいた爽やかな天然水で喉を潤した。陽光が部屋を照らし、清々しい朝を迎える。今日は面接の日だ。筆記では躓きそうになったものの、あとは難無くクリアした。特に緊張はしていない。
 昨日、ワタルに言われた言葉を思い出す。
(面接は普段の格好でいいよ。あ、でも上には何か着てくれよ?)
 彼は寝床へ行くと、布団の隣に置いてある服を手に取った。かなり使用感のあるグレーのTシャツとデニムのパンツ。さっと着替え、コテージを出た。
 相棒のカイリキー♂をボールから出して山道を下る。面接は14時からの予定だが、早めについて練習場で訓練に励もうと考えていた。
 
 ――セキチクシティ、ジムリーダー邸宅にて。
「寝坊したーっ」
 アンズは長い廊下をばたばたと走りながら洗面所に滑り込む。中へ入ろうとした途端、軽い叱責が飛んできた。
「廊下を走らない!」
 アンズは仰天しつつ、自分の目を疑った。普段はもう家を出ている父親が、鏡の前でネクタイを締めていたのだ。こんな時間に珍しい。そして、背広姿も。
「ごめんなさぁい。……でもお父さんどうしたの?いつも早いのに。スーツまで着ちゃってるし」
「ああ、今朝は本部直行だから……」
「本部って、セキエイ行くの?じゃあカイリューのぬいぐるみ買ってきてよ!ワタルモデルのやつ!」
 弾けるような娘の笑顔に、彼は思わず呆れ返った。
「お前な、遊びに行くんじゃないんだよ。買ってる暇はない」
「えーっ、いいじゃん!けちーっ」
 アンズは唇を尖らせつつも、父親と鑑の間に滑り込む。
「邪魔だ、学校にも遅れるぞ」
「お父さん、髪結ってー」
「お前なあ、低学年の子じゃないんだからそれくらい自分で……」
「だって朝の時間合うの久々だもん。いいでしょ?」
 鏡の前で嬉しそうに微笑む娘を見ていると無下に断れず、渋々棚からつげ櫛とヘアゴムを取り出して従うことにした。
「高く結ってね!」
「はいはい」
 娘の黒髪を解かしていると、数年前の感覚が鮮明によみがえる。アンズが小学校低学年くらいまでは、時々こうして髪を結んであげていたものだ。懐かしい感覚。すっかり背も伸びて、結いやすくなった。
「……」
 そんなことに、今さら気付くなんて。
 
 ――コガネシティ、とある古アパートにて。
 カリンはまだ完全に眠りから覚めていない街の上にかかる、明るくなってきた空をカーテンの隙間から覗きこむ。周囲はアパートやマンションに取り囲まれ閉塞感があるものの、朝の澄み渡る爽やかな空気感が気持ちいい。出かける寸前、彼女は玄関の全身鏡で服装をチェックした。控えめなフリルのブラウス、タイトな黒いスカート。プレーンな黒パンプス。ビジネスカジュアルは久しぶりだ。どこにも隙がない。
(うん……、いいわね)
 最後に、サテンのシュシュで美しい髪を結んで、右へ流した。少しトップの毛をつまんで、ラフさを出すことも忘れない。ふとバッグの中を覗くと、ヘルガーが惚れ惚れとしながら彼女を拝んでいた。カリンはウインクして礼を送る。そして徐に、玄関に置いている写真立てへと視線を移した。
「いってきます、おじさん」
 野球帽をかぶった、50代ほどの男の顔。自分の恩師に会釈をし、端から見ればまさにキャリアウーマンというスタイルで似つかわしくない古びたアパートを出た。
 背筋をぴんと伸ばして颯爽と歩く彼女を、通勤途中の男たちが次々振り返っていく。こつこつと鳴らすヒールの音が心地よい。途中のカフェでコーヒーをテイクアウトし、そのままコガネ駅へ向かった。
 
 面接当日、午前8時。
 面接が実施されるのは本部35階の会議室である。
 ピンストライプのシャツに細身の紺パンツを着てシルクのニットタイをしたワタルは、一番乗りでその部屋へ入った。テーブルに椅子と資料を並べ、素早い手つきで面接の準備を整えていく。ふいに質問の例題集を一瞥した。
(……一番聞いてみたいのは、『ポケモンとは何か』)
 オーキドからも提案された。それを聞けば、トレーナーの本質が分かる、と。
(オレは……仲間であり、『夢』だと思っている)
 憧れてきた『ヒーロー』になるための、夢そのもの。サカキは見限っても、ヒーローは諦めてはいない。セキエイを救うのは自分の手にかかっているのだ。
 
「お、先を越されてしまったな」
 10分ほどして、感心した表情のオーキドがやってきた。ワタルはにこやかに挨拶する。
「おはようございます、支度は終わりました!」
「気合入ってるねぇ。爽やかさに磨きがかかっとる。わしもスーツ着てくれば良かったかなあ……」
 スマートなワタルの装いを見て、オーキドは自らの服装を顧みた。ヨレたシャツにサイズが合っていないチノパン。まるでしがない教師のようだ。落ち込む彼を見て、ワタルは苦笑しながらフォローする。
「いやいや、そのままで十分ですよ。オレは少し気合を入れすぎたかも……。ま、服装は関係ないですよ」
「うむ、重要なのはトレーナースキルと中身だからな!」
 二人で笑い合っていると、マツノが息急き切って駆け込んできた。
「お、遅れてすみませんっ」
「大丈夫ですよ、まだ時間はあります。ちなみに準備は終わりました」
 汗だくのマツノは、慌てて空いている席へと回り込んだ。一張羅の茶色のスーツは汗に濡れて濃度が増しており、ワタルは思わず目を細める。
「面接、6名ですよね」
「ええ、1時間おきに話をして、12時に一旦昼休憩。15時に終わる予定です」
「き、緊張するー!」
「それは向こうの方でしょう?」
 と、ワタルは微笑みつつも若干の緊張を隠せないでいた。
 シバを除く候補者たちと顔を合わせるのは、これが初めてである。データにはない本質が見られるだろうか。共にセキエイを盛り返せるにふさわしい人物か。そして、2人も選考から落とせるのだろうか……。様々な期待や不安が、彼の心をちくちくと刺激した。
 
 本部ビル一階のエントランスには、赤いフレームの眼鏡をかけ、白のドット柄シャツにブルーのカラーパンツ、赤いスニーカーという装いのイツキが現れる。劇場のような広大な玄関口で、彼は口をぽかんとあけてしばらく見渡していた。
「すっごー……」
 立ち尽くす彼を後ろからネイティオが小突く。
 現在、8時45分である。早く受付を済ませて面接会場に行かなければ。
 
 面接当日、午前9時。
 ノックが三回響いた。
「お入りください」
 ワタルが声をかけると、控えめにドアが開いて少年が顔を出す。
「しっ、失礼します……」
 手と足が同時に前を出る程緊張している様子だったが、ワタルと目が合うなり、少年の表情は花が咲いたようにぱっと明るくなった。急いで部屋の中心に置かれている椅子に駆け寄ろうとするが、ドアを開けっ放しなことに気付いてすぐに閉めに走る。その際、彼が腰のベルトに装着しているモンスターボールが小刻みに動いていたことをワタルは見逃さなかった。
(ポケモンに指摘されたのか……?)
 少し呆れつつ椅子に座るよう促すと、少年は「は、はい……」とヘラヘラと笑いながら席に着く。いきなりの非常識っぷりに、両端に座っているオーキドとマツノは絶句していた。
(ま、まだ15歳だし……)
 ワタルは手元のデータを見ながら自分に言い聞かせる。とはいえ、11歳のレッドはもう少し礼儀正しかったような。
「イツキくん、だね?この度はご足労いただきありがとうございます。ワタルです。よろしく。リラックスしてね」
「あ……、は、はい!」
 イツキは頬を紅潮させ、嬉しさが抑えきれない、と言わんばかりの笑顔で頷いた。
「えー、まず月並みな質問なんだけど、どうして四天王試験を受ける気になったのか教えてくれるかな?」
「はいっ、ポケモンマスターが昔からの夢だったんです!それを目指してずっと旅を続けてて、それで試験の案内が来て。チャンスが来たから挑戦しました」
「うん、なるほど」
 ごく一般的なトレーナーの夢――そんなことを考えながら話を聞いていたとき、イツキは興奮気味に声を張り上げた。
「でも、僕にとって四天王は通過点のつもりです!いつかチャンピオンになりたいって思ってます!!」
 その場に、凍える風が吹き荒れた。メモを取ろうとしたワタルの手が止まる。
「そ、それはワタル君に対する挑戦状、かな……?」
 おそるおそる尋ねるオーキドに、イツキははっとして狼狽える。どうやら、何も考えずに発した一言だったらしい。だがワタルは気にすることなく、この絶対零度の空気ごとにこやかに笑い飛ばした。
「面白いなぁ、オレの地位も危ういな」
「え、えーと……」
「いいよ、そういう心構え。好きだな」
 そう、こういうドンと構えた仲間を求めていた。かつては自分もイツキと同じことを思っていたものだ。四天王はこうでなくては。当のイツキも、ほっと胸を撫でおろしているようだった。
「それから、エスパータイプ専門なんだよね?二次でもエスパー中心に戦っていたね。タイプの技を活かす正統派な戦い方で、なかなか良いと思ったよ」
「ほ、ほんとですか。や、やった……」
 イツキは膝元に置いていた手を握りしめた。
「新生セキエイはこれまでより試合数が増えて、興行的な方向になるけど、大丈夫かな?」
「こ、興行……?」
 首をかしげるイツキに、ワタルの両隣はますます暗黒のムードを醸し出した。彼は慌てて補足する。
「より見ごたえある、お客さん向けの面白い試合をしていこうと、ね」
「それは、大丈夫です!!エスパーの技はかっこよくて迫力満点なのでっ」
「確かに、そうだね。ちなみにスタメンはどれくらいかな?あんまり少ないと、シーズン回すのが辛いよ」
「じゅ、10匹くらい……」
「少ないんじゃ……」
 呆れるマツノの呟きを聞き、焦ったイツキは椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「あ、預けてる30匹くらいのポケモン、今から鍛え直すので大丈夫です!絶対、僕はやれます!!し、四天王にしてくださいっ」
 あまりに必死で熱意溢れる態度に、ワタルは度肝を抜かれて二の句が継げなかった。
「と、とりあえず座って。最低でも20匹くらいいれば、何とかいけると思うよ。多いに越したことはないけどね、付け焼き刃のトレーニングでは挑戦者は迎えられない」
「ハ、ハイ……」
 イツキはしょぼしょぼと萎みながら腰を下ろす。熱を冷ましたところでいくつか質問を交わしたが、少々危なっかしいものの素直で一生懸命な性格がひしひしと伝わり、ワタルは彼に好感を抱いた。最後に、ワタルは最も気になっていたことを問いかける。
「じゃ、最後に質問しようかな。君にとって、ポケモンとは?」
 その質問が飛んでくるなり、イツキは考える間もなく即答した。
「僕の一番の友達です!どんな時も傍にいてくれて、喜びや悲しみを分け合える……。あ、親友かも。友達じゃなかった。親友です、大親友!」
 これほど明朗な主人の元にいるポケモンは、さぞ居心地がいいことだろう。この初々しさをワタルは少しだけ羨ましく感じた。
「いいね、楽しさが伝わってくるようだ。ありがとう。……では、これで面接を終わります。何か質問は?」
「ありません!」
「結果は近日中にお知らせするからね」
「ありがとうございましたっ」
 イツキはぺこりと頭を下げると、笑顔で退出して行った。
 ドアが閉められると同時に、張りつめていた緊張の糸がぷつりと途切れる。マツノが身体を伸ばしながら、不平を漏らした。
「……ちょっと常識ないんじゃないのぉ?」
「そうですか?元気でフレッシュで……オレはなかなかいいと思いましたけど」
 ワタルはメモを書き込みながら、面接の余韻を心地よく味わっていた。
 
 部屋を出たイツキはとてつもない疲労感に足元をふら付かせながら、なんとかエレベーターホールにたどり着いた。
(き、緊張したぁあ……)
 間近で見た憧れのワタルはとても爽やかで格好が良く、そのオーラに圧倒されてしまった。
(握手してもらうの忘れた……)
 がっくりうなだれていると、エレベーターが止まって背の高いパンツ姿の女性が降り、イツキとすれ違う。どこかで見たことがあるその姿に、思わず振り返った。
「あ!あの人……」
 女性はイツキを見返ることなく、颯爽と面接会場方面へと歩んで行く。
 
 面接当日、午前10時。
「フスベシティジムリーダーのイブキです。よろしくお願いしますっ!」
 女性は入室するなり、ワタルの前に足早に接近すると勢いよく頭を下げた。その行動に三人は仰天する。
「ど、どうぞ座って……」
「失礼いたしますっ」
 ワタルに促されて席に着いたのは、フスベシティジムリーダーのイブキである。ワタルの従妹で、昨年ジムに就任したばかりだが既に実力はジョウトリーダー一と呼び声高い。彼のことを大尊敬しており、燦然と輝く眼差しをずっとそちらへ向け続けていた。
「えーと、まずは……」
 ワタルは逃げる様に視線を手元に落とし、慌てて質問を考える。だが問いが思い浮かぶ前に、イブキが鼻息荒く口を開いた。
「この度、お兄様と共に働けることを喜ばしく思います!!私は、必ずや――」
「いや、まだ決まったわけじゃ……」
「私はお兄様の次に世界に誇れるドラゴンマスターです!!お兄様以外には、負けません、ゆえに……」
「質問いいかな……」
「お兄様は世界一素晴らしいチャンピオンです!大尊敬しております!!その実力たるや……」
「えっとね……」
 彼は呆れ返りながら、従妹を諭すのに精いっぱいだった。
 実を言うと、ワタル自身はイブキを試験に招待することに反対だった。まだジムリーダー2年目と経験は浅いし、実力があるとはいえもっとジムを安定させてから試験をさせるべき、と提案したのだが、美女には目がないマツノに押し切られ、ここまでたどり着いてしまったのだ。外見で一目惚れしていたマツノも、憧れの従兄を前に我を忘れかけているイブキを見て唖然としていた。
 面接は、イブキの熱弁を聞いて終了した。
 
(ああ、お兄様とお仕事できるなんて……幸せ♪)
 面接室を出るなりイブキはうっとり夢見心地になったが、すぐに顔を正して堂々とエレベーターホールへと向かって行った。
 
 面接当日、午前11時。
 三人がぐったりしていると、ドアが2回ノックされる。
「どうぞ……」
 入室を促すと、上等なダークスーツを纏った中年男性が礼儀正しく入ってきた。緩んでいた空気が、一瞬で引き締まる。
「失礼します」
 ぴったり30度の丁寧なお辞儀。
 椅子に座るまでの所作は完璧だ。それに加えてこの落ち着き払った佇まい――ワタルは思わず息を飲んだ。
(セキチクシティジムリーダーのキョウさん……)
 ジムリーダー歴10年のベテラントレーナーである。同じジムリーダーでも、イブキとの落差に唖然とした。
「この度は、ご足労ありがとうございました。そういえば博士とは大学で……」
「そう!少しだけ授業を教えたことがあってな。彼は薬科学科を専攻していて……。かなりの秀才で有名だったんだよ」
「恐縮です」
 自慢げに話すオーキドとは対照的に、キョウは恭しく頭を下げた。
「やはり、君でも緊張しているのかね?」
「はは……、畏まった面接は入社試験以来です」
 謙遜しつつも、その顔には余裕がたっぷり感じられる。入社面接、と聞いてワタルは手元の資料に目を落とした。
「素晴らしい経歴ですね。タマムシ大学を出て大手のヤマブキ製薬に就職され製薬部の課長になって……、10年前……33歳の時、ジムリーダーに。前代未聞です。リーダーとしても評価が高い。本物のエリートだなあ……」
 キョウは有能なジムリーダーとして名高いが、そこから前の歩みも輝かしい。今回の面接ではワタルが最も気になる人物であった。
「お三方の足元にも及びませんよ」
 キョウは口許を少し緩める。このような場馴れした雰囲気は、イツキやイブキとは異なり距離感がまだ掴めない。
「いえいえ、オレなんて。ところで、ポケモントレーナーをしながら勉学や仕事に励むのは苦労なさったんじゃないですか?よろしければ、秘訣を教えてくれませんか」
「いや、ありませんよ。私、本業に専念するためにジムリーダーになるまでペーパーだったんですよ。秘訣があれば、こちらから伺いたいくらいだな」
 ペーパーとは、免許を取得してもポケモンを持たない者のことである。免許の未取得は体裁が悪いので、取るだけとって放置する者は少なくない。だがジムリーダーになるまでペーパーとは前代未聞だ。驚愕するワタルに、オーキドがしみじみと補足する。
「もう若いのは知らないのかあ。昔のジムリーダーは指名制で、前任に名指しされて就任する形をとっておったんだよ。キョウくんは前代……彼のお父上セキチクジムの後任に指名されての。ペーパートレーナーが選ばれ、あの時は大騒ぎになったもんだが……よくぞここまで上り詰めたものだ」
「お陰で指名制も廃止されましたがね。私が誇れる一番の功績です」
 キョウは自嘲的な笑みを浮かべた。堅苦しい空気が、次第にほぐれていく。ワタルは別の書類を見ながら尋ねた。
「……なるほど。バッジ保持率が就任2年目まで低いのはその為ですか」
「そんなデータまで用意しているんですか」
「でも3年目以降、現在まで保持率八割でほぼ2位をキープされている……。すごいですね、これは」
「2位で構わないんですか?」
 彼はジャケットの襟を正しながら、冗談っぽく微笑んだ。
「四天王たるに相応しい、十分な実力があると思いますよ」
「嬉しいですね。期待してしまうな」
「もし…、四天王に確定したら、ジムは大丈夫ですか?町の様々な支援に加え、保護司もされているとか……」
「ご迷惑をお掛けしないよう、何とかします。ま、後任は保証できませんけど」
 サカキの一件もあり、前科者がジムリーダーに就任することは絶対に許されていなかった。彼の弟子は元犯罪者ばかりなので、推薦すらも不可能である。
「ご多忙かとお見受けします。私の身内もリーダーですが、こんなに手広くやってないような」
「安請け合いしすぎたかなとは思うんですがね」
 と、キョウは苦笑しつつも次第に真摯な口調で話し始めた。
「私はジムはトレーナーだけのものではなく、地域に根差すべきだと考えているんですよ。プロはファンというか、支持者があって成り立つものでしょう?町の信頼を得られれば、ジムの運営もスムーズになる。保護司として、受け入れ先の間口も広がりますし」
「……なるほど。あなたはポケモンリーグを興行化しても上手くやれそうだ」
「興行化って……元々そうだと思ってたな」
「はは、確かに……。ほとんどそんな感じですね」
 聡明で、ウィットに富んだ性格。データだけ見ていかにもインテリな男を想像していたが、全く予想外だった。その後もいくつか質問したが、利発な印象は変わらない。同時に、回答の奥に本音が見えないところも。
「では最後に、いいですか?キョウさんにとってポケモンとは何でしょう?思いのままを、お願いします」
 その質問にキョウは瞼を僅かに動かし、口元を緩ませる。どうやら意図が伝わったようだ。彼は目線を落として少し考えていたが、すぐに答えを紡ぎだした。
「強いて言うなら《仕事》です」
 面接官の三人は思わず耳を疑い、揃って動揺を見せる。彼は冷やかな表情を浮かべながら語り始めた。
「まあ、耳触りのいい《仲間》とか言いたいところなんですが、ご覧の通りの経緯でいきなりプロになりましたので、私はポケモンを仲間や友達などとは思っていません。それはアマチュアの考えだ。プロは甘くはない。ジムリーダーは成績不振が続けばすぐに解雇される。そうなると、家族もポケモンも養えない。ドライかもしれないが、『バトルは仕事』とポケモンにも教えることで彼らのモチベーションも変わりますよ。高い要求に答え、勝利を得られればそこから信頼は生まれる。私は決して、ポケモンを蔑ろにしている訳ではありません。これがプロのスタンスですから」 
「……」
 高いプロ意識に感心して声が出なかった。同時にワタル自身も、ここまで考えて仕事をしていないことを反省する。ジムリーダーで終わらせておくには、もったいない男だ。
「……ありがとうございます。あなたのプロ意識は素晴らしい!では、これで質問を終わらせていただきます。キョウさんから何かお聞きしたいことはありますか?」
「一つだけ。もし採用されたら、勤務時間と年次休暇はジムリーダーより良くなります?」
 先程の真摯な態度が急に緩んだので、ワタルは目を丸くする。隣からすかさずオーキドがフォローした。
「最初は忙しいと思うが、仕事は完全にバトル中心になるからな。ジムリーダーの頃より遅く出勤して早く帰れるぞ!オフシーズンがあるから休みもたっぷり。ああ、娘さんいるんだっけ……。大変だなぁ〜」
「ええ、シングルなのであまり構えないのは痛いんですよ。反抗期が来る前にサービスしておかないと……」
 そう言いながら顎を撫でる彼の左手の薬指には、確かに何も嵌められていない。ワタルは地雷を踏まないよう、そこで面接を終わらせ、にこやかに彼を見送った。
 
 キョウが退室した途端、面接官たちは一斉に身体を伸ばした。これから1時間の昼休憩だ。
「いやー、賢そうな人だなぁ。でも、少しドライすぎません?まあ、表向きは良い顔をしてるでしょうけど」
 マツノが資料を読み返しながら二人へ尋ねる。
「それだけ苦労されたってことですよ。オレは今のところ、彼が一番いいと思いました。ただ、ジムがネックですね。最初に選んでおいて何ですが、すぐに四天王に引き抜けるかどうか」
「うむ、そうだな。カントーのジムリーダーは全体的に彼に頼りきりなところがあってなー……カツラくんにも相談しないとな」
 真剣に話し合う二人に、マツノは思わず狼狽えた。
「お、お二人ともキョウさん当確の方向ですか……?」
「マツノくん、しっかりせんと君はああいうのに足元掬われるぞ〜?年も同じくらいだろ?」
「えーっ、やめてくださいよ!っていうかお昼行きましょ!」
 マツノは資料を纏めると、焦りを誤魔化すように席から立ち上がった。
 
 面接当日、午前12時。
 面接を終えたキョウはエレベーターホールに戻り、丁度到着したエレベーターへ乗り込もうとしたが、先客を目にして思わずその足を引っ込めた。
「ああ、どうぞ。1階でしょ?ちょうど待ち伏せしようと思っていたんだよね」
 エレベーターに乗っていたロマンスグレーの老人が、口角を上げて乗車を促す。キョウは礼儀正しく頭を下げ、速やかにエレベーターに乗り込んだ。
「ご無沙汰しています、総監」
「どう?面接手ごたえはあった?」
「なんとか無難にこなしたつもりですが」
「君なら受かると思うよ。これからお昼、どうだい?忙しいの?」
「いえ、ご一緒させていただきます」
 律儀に頭を下げるキョウを見て、総監は感心しながら髭を解す。
「君、親父さんと大違いだなあ。あいつならさ、『オレは忙しいんだ』って怒って帰ってるだろうね。次男で気楽にやれてたせい?」
「いい反面教師でした」
「根はいいやつだったがなあ。不器用なんだよな。でもペーパーだった君をリーダーに指名しようと言い出した時はさすがに大喧嘩したね。よくここまで上がってきたものだ。最初は指名制度を変えさせるための、ただの爆弾だと思ってたよ。あいつ、指名制嫌ってたからねえ」
 キョウは唇の端を引き上げ、笑っているふりをした。他人事のように語る総監は、父の死後ペーパーだった彼に結局ジムリーダー業を押し付け、ひどく苦労を掛けさせた経緯を忘れているようだ。憤りを抑えながら、キョウは左手を強く握りしめる。
「でも今度は抜けるの、苦労しそうだね。弟子から後任を出せないし……ジムはしばらく休止かな」
「申し訳ありません」
「いいよいいよ、きっちり結果だしてくれたから。君は町でもお父上を超える評判の名士だしねぇ。人脈もあるし……こちらとしても、君にお礼をしようと思ってるよ。うちは結果が出せる人には優しいよ」
 総監が不敵な笑みを浮かべると同時に、エレベーターは1階に到着した。
「裏から出よう。外はマスコミが見張ってるからね。……って、突撃されなかった?」
「スーツだと職員に見えるらしくて」
 と、キョウは上着のラペルを正し、肩をすくめる。
「ああ、君は普段和装だったなぁ。いいよね、着物は。今度良い店紹介してくれよ」
「喜んで」
 二人は並んでやや距離を置きながら、裏口へと向かっていた。
 
 その頃、カリンはセキエイのショッピングモールを歩いていた。閑散とした施設内に、小さくヒールの足音が響く。
「そろそろね」
 彼女は腕時計で時刻を確認し、ウィンドウショッピングをそこで終えると、身を翻して本部のタワービルへと向かって行った。

鈴志木 ( 2013/07/19(金) 13:03 )