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第1章
エピローグ
 デビュー戦から3か月後。
 セキエイ高原のポケモンリーグ本部は、かつてない好景気を迎えていた。毎日のように取材やスポンサーの依頼が舞い込み、スタッフは調整に大忙しである。そればかりか、今シーズンのタイトル・マッチ及びマスターシリーズのチケットは全日程ソールドアウト。年間シー トも残らず完売した。ディアでの中継は毎試合高視聴率を叩きだすドル箱番組と化している。ここまで人気に拍車がかかった理由はポケモンバトルの迫力と、もう一つ大きな要因があった。
 
「イエーイ♪無敗記録また更新でーす!それでは最強四天王を祝して……カンパーイ!」
 試合後のロッカールームで、イツキは嬉々としてコーラの瓶を天井に掲ると乾杯の音頭を取った。それに合わせて、他の三人も缶ビールを打ち鳴らす。乾杯するなり、イツキは弾かれるようにテ レビへ駆け寄って電源を入れた。すぐに興奮気味のニュースキャスターの姿が映し出される。
『速報です!セキエイ・タイトルマッチでまた四天王の無敗新記録が更新されました!デビューから3か月連続無敗という記録は、10年前の8代目四天王の2か月無敗の数字を大きく上回り 、いつまで更新し続けるのか期待がかかっています』
「もうニュースになってるー!ヤバくない?ネットではさ、誰が一番先に負けるのかサーバが落ちる程盛り上がってるよ」
 イツキはスマートフォンで自分の評判を確認しながらコーラを口にした。ほっとしたように画面をいじる姿を見て、カリンがからかうように微笑みかける。
「さすがに今回、イツキのフーディンがやられた時は駄目かと思ったけどね。ネイティオで巻き返したものね〜」
「あ、当たり前だよ!一番最初に負けるとか超恥ずかしいし……」
 タイトルマッチではデビュー戦以降、四天王の無敗記録が続いていた。
 3か月も経過するとさすがに手持ちポケモン全勝とまではいかないものの、それでも余裕を持って勝つ試合が殆どで、その記録は彼らを不動のスターへと進化させていた。スタジアムは毎試合満員の観客で埋め尽くされ、誰もが無敗記録の更新を楽しみにやってくるのだ。
「しかし……持ち上げすぎじゃないか?おれたちは勝利が目的だというのに……」
 やや呆れながらビールを煽るシバに、すかさずキョウが茶々を入れた。
「お、“先輩”ビビってきたか?」
「誰が……!」
「はは、失礼。ま……でも、これじゃワタルは暇だよな。また座ってるだけだったし」
 そう――四天王の無敗イコール、チャンピオンの出番なし。これは異例の事態だった。
「……しかし、だからと言っておれ達が負けるわけにはいかん」
「そうよね〜。……って、ワタルはどこに行ったの?」
 ロッカールーム内を見回すカリンに、イツキがスマートフォンをにやにやと眺めながら答える。
「本部に呼ばれたみたいだよ。……ふふ、これ見てよ〜。ワタルのこと、『地蔵チャンピオン』だって」
 彼が見せたポケモントレーナー向けの掲示板には、ワタルの出番のなさをからかうコメントで溢れかえっていた。これにはカリンも思わず吹き出してしまう。
「座ってるだけってこと?辛辣ね〜。でも……ふふっ。当たってるー!」
 面白がる二人を眺めながら、キョウがため息をつくように愚痴を漏らした。
「あいつ、このままシーズンほぼ登板なしで俺達の倍の給料貰うのか。人気料込みとはいえ、ボロいねぇ……」
「さすがにそれは……納得できん!」
 珍しく不満を漏らすシバに、キョウは思わず目を丸くした。
「お……、“先輩”も金のこととなると真剣だな。何に使うんだ?」
「もちろん、プロテイン代だ。おれと、ポケモンの」
「色気ねぇなあ……」
 大真面目に言い放つ仲間にキョウはすっかり呆れながら、今夜ヤマブキのクラブにでも誘ってやろうかなと考えていた。
 
+++
 
 時、同じくして。
 ワタルは衣装のまま、総監室に呼ばれていた。マントを着けたヒーローは現代的なオフィスに不釣り合いで、すっかり浮いている。彼は居心地が悪そうに肩を狭めた。何故ここへ呼ばれたのかはよく理解している。
「四天王、強いねえ」
 椅子に深く腰を下ろしたまま、総監はやや皮肉を込めた笑みを浮かべる。ワタルは困惑しつつも苦笑した。
「ありがとうございます。本当に、期待以上の活躍で…」
「お陰で腰痛になっているんじゃないのかね?」
 総監は容赦なく切り込んだ。ワタルの心臓は氷の手に掴まれたように、息苦しく萎縮する。
「……い、いや!そんなことは」
「ふーん、それは良かった」
 その後流れる一瞬の沈黙。彼は視線を外しながら苦い表情で呟く。
「活躍は嬉しいのですが、その……。自分の出番がないというのは……申し訳なく……」
 その言葉をチャンピオン本人に言わせることができ、総監は満面の笑みを浮かべた。
「だよね。だから、君にぴったりのいい仕事があるよ」
「本当ですか!」
 未だ読めない総監に苦心しつつも、ワタルは“仕事”という言葉を聞いて目を輝かせた。
「うん、君は喋りも結構上手いし、分析力もあると四天王から聞いている。その仕事はね、今の担当が役不足にも程があって早く交代させたかったんだけど、なかなか適任がいなくてねえ……。 でも灯台下暗しとはこのことだね。君なら上手くやれそうだ」
「お力になれるのでしたら、ぜひ……!」
 ワタルは思わず身を乗り出した。詳細を聞く前に早まってはいけないと頭の中では分かっていても、連日のように大活躍する四天王に対し自分はベンチで声出しだけ――という現状を一刻も早く打破したかったのだ。
「そう!じゃ、早速明日から頼むよ」
「い、いきなりですか」
「善は急げって言うじゃないか」
 そう言いながら、総監は彼の前に書類の束を差し出した。
 
+++
 
 それから三日後。
 その夜のタイトルマッチも満員御礼、立ち見席も埋め尽くされる程の大盛況ぶりである。そんな熱気がテレビカメラを通じてお茶の間へも伝えられる。オープニングの演出が終了すると、中継が放送席へと切り替わった。興奮を隠せないとばかりにアナウンサーが捲し立てる。
「さあ……、今夜も始まりましたセキエイ・タイトルマッチ!チャンピオンを夢見て全国を旅し、その胸に輝く八個のジムバッジが挑戦者達の並々ならぬ実力を物語る!ですが――迎え撃つ我らが四天王も 負けていません!史上初、三ヶ月前のデビューからまだ誰も無敗という快挙を成し遂げています。その伝説は今夜破られるのかーっ!?いよいよ試合のゴングが鳴らされます!……さて解説は今夜もこのお方!チャンピオンのワタルさんでーす!」
「よろしくお願いします」
 隣の席で衣装を纏ったワタルが落ち着いた口調で会釈する。マントは外していた。
「さて本日1試合目は、挑戦者サヤカと四天王カリンの対戦カード……!ワタルさん、どう予想しますか」
「はい、挑戦者のスタメンは登録データによるとノーマルタイプ主体の様ですね。対して、カリンは悪タイプメイン……タイプ的にはあまり差はありませんが、彼女は悪タイプの技を多用した相手の意表をつく展開をすると思うので、挑戦者の方は細心の注意を払って攻めた方がいいと思いますね」
 アナウンサーは感心したように顎を撫でた。
「なるほど……。――さて、先ほど挑戦者とカリンさんが握手を交わしました。両者、ポジションへつきます。いよいよ、試合開始のフラッグが上がろうとしています!」
 と、ここでテレビ中継ではCMが挟まれた。カメラが回っていないところで、一息ついたアナウンサーがワタルへ丁寧に頭を下げる。
「今夜もよろしくお願いします。ワタルさんの解説、的確で分かりやすくて好評なんです。才能ですね〜」
「いやいや、まだ3日目ですけど……」
 ワタルは謙遜ぎみに微笑んだ。総監がくれた仕事は、試合中継の解説者である。元々オーキドが担当していたが、話が度々脱線し、的外れなコメントも多かったため不評であった。それがワタルと交代したことで一気にプラスへ転じ、視聴率も露骨にアップしたためテレビ局は彼へ足を向けて眠れないほどである。
「反響が凄いんですよ!オーキド博士の解説を凌ぐ勢いです」
「はあ……どうも……」
(博士には悪いことしちゃったかな。でも、オレも座ってるだけってのも辛いし……)
 ワタルはやや罪悪感を感じつつも、既にこの仕事にやり甲斐を感じていた。間近で試合を観戦出来なくなったことは残念だが、解説という仕事は実際に試合をしている時とは『視点』が違う。 四天王だけでなく、挑戦者側の動きにもよく気を配らなければならない。このような新たな側面を切り開くことは、トレーナーとして更にステップアップできるような気がした。
 
 さて試合は進み、カリンのヘルガーはたった一匹で挑戦者のポケモンを攻め立てて行く。カリンはヘルガーに手振りで何かを指示しながら火炎放射を命じた。技が来る前に飛びかかろうとした相手のペルシアンを軽やかにフェイントをかけて惑わし、怯んだ好きに火炎放射を放つ。会心の一撃に、アナウンサーが絶叫する。
「決まったぁっ!カリンのヘルガーの火炎放射!ペルシアンに深手を負わせる!……ワタルさん、どうですか先ほどの技は!?」
 ワタルは冷静さを保ちながら、聞き取りやすいトーンで説明を始めた。
「ええ、今の……命令する前にフェイントかけるようにサイン出てましたね。見事に不意打ちで火炎放射が決まりました」
「ほほう……!確認してみましょう」
 アナウンサーがスタッフに指示を送ると、中継にリプレイ動画が流れた。スロー映像は見事にカリンのサインを捉えている。彼は舌を巻いた。
「なるほど、この手の動きはフェイントのサインだったのですね。お恥ずかしながら、私は気づかなかったのですけれども、改めて映像を見るとそのような動きをしていますね」
「彼女、ポケモンと意思疎通がとても取れているのでサインもナチュラルで気付きにくいんですよ」
「さすがチャンピオンというべきか……」
「いやいや、そんなことは」
 ワタルは照れつつも、試合に注目するように視線をフィールドへ動かして行く。その動きは中継席の空気を引き締めさせた。こうして話は脱線していくことなく、スムーズに中継に戻ることができるのだ。
 
 このテレビ中継はベンチに設置された小型モニターからも確認することができた。目の前で試合を観戦しつつ、イツキはワタルの解説を聞きながら溜め息をつく。
「地蔵って言われたこと、そんなに気にしてたのかなー。解説者に転向しちゃったね。しかも結構評判いいらしいよね」
「らしいなー。俺は教授の、あの的外れな解説が良かったんだがな。サインを読まれるなんて、商売上がったりだ」
 キョウも呆れながら肩を落とす。だが彼はワタルの解説を聞きながら、その内容を分析するようになっていた。サインを読まれるのは癪だし、ワタルの視点はいちトレーナーとして参考にもなる。これを利用して、より精度の高いリード技術を磨こうと考えていた。その一方で、シバはとても満足そうに意気揚々と構えている。
「オーキドより遥かにいいじゃないか!おれは天職だと思うぞ」
「確かにそうかも。解説始めてからワタルはまた活き活きしてきたよね。やっぱりポケモンバトルに生きる人なんだねぇ」
 イツキがしみじみと感じていると、スタジアムの歓声が一層高まった。嵐のような拍手に称えられながら、カリンが得意げな笑みを浮かべてベンチへと戻ってくる。
「だからと言って……、そう簡単に本職の力を発揮させるつもりはないけどね。まだまだチャンピオンの元へは誰も行かせないわ」
「おめでと、また勝ったね!次は僕だー、超緊張するーっ!」
 横をすり抜けてフィールドへと向かうイツキを激励して、カリンは実況席を誇らしげに見上げると、高らかに右手の拳を突き上げた。彼がどんな表情を見せているのかは分からない。ベンチから漏れるテレビの音声だけがその反応だけを伝える。
 
「おや、あれはワタルさんへ向けてのメッセージでしょうか?」
「きっとそうだと思います」
 拳を振り上げるカリンを眺めながら、ワタルは満足そうに微笑んだ。
「何という意味が込められているのでしょう?」
「そうですね……。まだまだ出番は先ってことかな」
 彼はそう言いながら、右手を丸めてガラス越しに彼女へ突き出して見せる。この途方もない距離でさえ、二人の拳は突き合わさった気がした。


■筆者メッセージ
これにて第1章完結です。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。

次章はメインキャラと相棒ポケモンにスポットを当てたエピソードを色々書いていきます。よろしくお願いいたします。
鈴志木 ( 2013/07/30(火) 12:24 )