第29話:感謝
ゴールドの紙吹雪はフィールドを覆いつくし、幻想的な黄金色の草原を作り出していた。スタンドの興奮は未だ冷めることを知らない。スーツを纏ったインタビュアーがマイクを持ってフィールドへ駆け込むと、後を追うように大勢の報道陣がカメラを抱えて押しかける。
『さあ皆様お待たせしました、ヒーローインタビューのお時間です!!ヒーローはもちろん……この方っ!』
インタビュアーが大げさに目の前にいるワタルを示すと、スタンドから嵐のような大歓声が沸き起こった。
『新チャンピオン、ワタルさんです!!』
彼は丁寧に頭を下げてそれに応える。その腰の低さに歓声はさらに高まった。
その様子を眺めながら、立って拍手を送っていた四天王はベンチシートに次々に腰を下ろしていた。イツキが口を尖らせながらぶっきらぼうに呟く。
「あーあ、やっぱりね」
その様子を見て、キョウは思わず噴き出した。
「お前、自分だと思ってたのか?」
「ちょっと期待してたけど……僕の切り込み隊長っぷりカッコよくなかった?」
「こけかけたくせに〜」
カリンがからかう様に微笑むと、イツキは顔を真っ赤にして訂正する。
「じょ……、冗談だよ!ぼ、僕だってワタルがヒーローになるって思ってたよ!」
金色のフィールドに立つワタルをじっと眺める。ずっと憧れていたヒーローがそこにいた。今ではライバルだと思っているのだが、この圧倒的な実力を見せつけられると思わず足も竦んでしまい――彼に並ぼうなど、おこがましく思えてしまう。そんな彼の心情を見透かすように、隣で座っているシバがぽつりと呟く。
「……ワタルとて最初は初心者だったんだ。努力すれば、必ず近付くことができるはずだ。まあ乗り越えられるかどうかは運と才能だが」
心読まれたことが悔しくも気恥ずかしくなり、イツキはシバから視線を逸らしながら乱暴に言い放つ。
「当たり前じゃん。僕は負けないよ、絶対にチャンピオンになるんだから!」
その目には、闘志の火が灯っていた。
『まずはチャンピオンになっての初勝利、おめでとうございます!』
インタビュアーのその声で、観客席から再び勝利を称える大歓声が生まれた。マイクを向けられながら、ワタルは軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
『チャンピオンの名に相応しい、見事な戦いっぷりでしたね。ご自分で振り返ってみて、いかがでしたか?』
「……前半はちょっと力が入りすぎて空回りしてしまったのですが、気持ちを落ち着かせ後半で上手く巻き返すことができました。本当に、ここまでついてきてくれたポケモン達には感謝しています。私の誇りだ」
再び巻き起こる、フラッシュと拍手の嵐。それを心地よく受け止めながら、ワタルはベンチでインタビューを聞いている四天王に顔を向けた。
「それと――無敗で来てくれた四天王の皆にも。とても感謝しています。ありがとう!君たちのお陰でここまで来れました。最高の仲間達です!」
不意打ちのようなチャンピオンの笑顔に、仲間たちは思わず目を丸くする。ワタルの声に促されて、四天王を称賛するコールが次々に湧き上がった。それを受け、彼らは照れ臭そうに頭を下げる。カリンはまんざらでもなさそうに「……なんか恥ずかしい」と苦笑した。会場の反応を見つつ、インタビュアーは次の質問へと移る。
『これから長いシーズン、戦っていくわけですが……。会見通り、もう負けはないと?』
「はい、もちろんです。敗北するつもりはありません。それがチャンピオンとしての使命です。この勝利に甘んじず、これからも精進を続けるのみです」
ワタルははっきりと告げる。勝利を収めて気持ちは少し軽くなったが、チャンピオンの重圧はまだ両肩に重く圧し掛かっているのだ。
『それでは、これからワタルさんに挑むトレーナーの皆さんに一言お願いします』
「はい。……トレーナーの皆さん。最高のメンバーを揃え、ぜひセキエイに挑みに来てください。いつでもここで待っています。自分は挑戦者は誇り高く、素晴らしい存在だと思っています。全力でかかってきてください。ただし――負けるつもりはありません」
彼は初めてカメラを意識しつつ、この様子を見ている全国のトレーナーへ挑戦状を叩きつけた。揺るがぬ闘志にインタビュアーは思わず息を呑みながら、震える手でマイクを向けた。
『では最後に……、ファンの皆様にメッセージをお願いします』
「はい。ファンの皆さん、ご声援ありがとうございました!明後日からセキエイリーグが再開しますので、また是非足を運んでください。ケーシィ・テックさんの見えないフェンスを導入したこの試合の迫力は、テレビやラジオだけでは勿体ないと思います。我々もダイナミックなバトルを心がけますので――今後とも応援、よろしくお願いします!!」
ワタルは右手を高らかに掲げたかと思うと、勢いよく礼をする。スタジアムは拍手喝采の渦に包まれ、観客は心が一つになったように何度もワタルの名を叫び続けていた。それを遠巻きに見つめながらレッドは帽子を拾い上げると、南側ベンチへと踵を返す。
「……あっ、レッド君。ちょっと待って!」
すかさずワタルが声を上げた。不意打ちのような声に、レッドの肩が跳ね上がる。ゴールドのテープを踏みしめながら、チャンピオンがマントをはためかせ自分に近寄ってきた。圧倒される風格に、何故だか掌が汗ばむ。
「な、なんですか」
ワタルは一笑すると、右手をレッドの前に差し出した。
「いい試合を、ありがとう」
彼は目を丸くする。そういえば、試合後には握手をして互いの健闘を称え合うのが一応の礼儀であることを思い出した。そんな些細なことでも彼は大切にしている――レッドは感心しながら握手に応じた。
「また、機会があれば勝負してください。たっぷり鍛えて、今度こそ勝ちます」
「ああ、いつでも受けて立つよ」
カメラマンたちが二人を取り囲んでその瞬間を捉える。ゆっくりと握手を交わしながら、レッドはワタルの真っ直ぐな瞳をぼんやりと見つめていた。
(こんな風に……なりたいな)
こんな、ヒーローに。
+++
まだ誰も動こうとしない観客席――サカキはいち早く立ち上がると、出入り口へと足を運んだ。何も言わずに動いた首領の後を慌ててアポロが追う。観客席裏の通路では、スタッフや売店の従業員がフィールドの様子を伝えるカメラに釘付けになっており、誰も彼らの存在には気づかない。アポロはその平和ボケした光景を呆れながら見送った。
「……これから、どうされますか」
「そうだな、とりあえずタマムシへ戻る」
「もう一度プロジェクトを練り直しですね」
サカキはふと、通路の壁に取り付けられたテレビカメラに目を移す。そこには大歓声に応えるチャンピオンが映し出されていた。フィールドをゆっくりと回りながら、通路まで聞こえてくる声援に笑顔で手を振る凛々しい姿。
「ヒーロー……」
その佇まい。まさにヒーローだった。エアームドに襲われ、息も絶え絶えだったあの少年の面影はもうない。そこに映るのは、ただ勝利だけを求めて頂に登りつめた王者の姿。
「何か仰りました?」
アポロが首を傾げる。
「いや?」
「それは失礼しました。すぐに車が来ますので少々お待ちください……」
忙しそうにスマートフォンを操作するアポロを後目に、サカキはそのままスタジアムを後にする。ゆっくりとアスファルトを踏みしめながら、彼は興奮の余韻を楽しんでいた。
――挑戦者は誇り高く、素晴らしい存在だと思っています。
その言葉を聞いた時、サカキの心は湧き立った。かつて似たような言葉を、自分がワタルに言ったことがある。意志が継承されていることを、嬉しく感じた。
少し歩いたところで、目の前の道路に黒塗りのセンチュリーがぴたりと止まる。アポロは早足にそちらへ駆け寄ると、後部座席のドアを開けてサカキに乗車を促した。彼はふと立ち止まって振り返り、スタジアムと隣接する壮大な本部タワーを見上げる。
(俺も一人の挑戦者として――いずれ、挑ませてもらう)
そんなことを思いながら、彼は静かに車へ乗り込んだ。
+++
すべてのパフォーマンスが終了し、それから一時間ほど経過した。
ようやく客は腰を上げ、スタンドの半数は空席へと変わっている。その中でキクコは未だ座席に腰を下ろしたまま、ぼんやりとフィールドを眺めていた。黄金の紙吹雪は既にスタッフによって片付けられ、元のライトグレーを保っている。様変わりしたスタジアムは、とても半年前まで自分がそこを職場にしていたとは思えない。
「……余韻に浸ってるの?」
聞き慣れた声がして振り向くと同時に、カンナが隣の席に腰を下ろした。
「あら、来てたのかい」
「ええ、元同僚の晴れ舞台だもの。……ご感想は?」
カンナはインタビュアーのふりをするように、己の拳をキクコへ向けた。からかう様な仕草に、皮肉屋な老女の頬も思わず緩む。
「ワタル、成長したねえ」
「ホント、かっこよかった。あんな感じだったかしら?なんだか一気に雲の上の人になった気分」
カンナはフィールドを眺めながら息を吐く。カイリューに跨って宙を駆ける姿はとても勇ましく、四天王だった頃とは別人に見えたものだ。
「だーから!四天王だった頃にモノにしておけばよかったのに……。当てつけのように変な男とくっつくから、あんなことになったんだよ」
「だって……彼、仕事に私情は挟まない主義なのよ。昔なら絶対断られてる。わざわざ玉砕されに行くほどの勇気は私にはないわ……」
過去の淡い想いを心の中で握り潰しながら、彼女はため息をついた。
「今ならOKしてもらえるんじゃないかい?」
「ううん、もういいの。いちファンとして応援する所存です!」
と、ふざけたように敬礼しながら微笑む彼女に、キクコは面白くないとばかりに口を尖らせる。ほんの数年前にはこの件でよく相談に乗っていたものだが……女の切り替えは早い。
「そう……もったいない。せっかくいい男なのにさ」
「いいのっ!ところで……新しい設備、見た!?短期間でこーんなスゴイフェンスとかお洒落な売店が増えてて。ちょっと嫉妬しちゃう。私もこの中で戦いたかったな」
カンナは興奮気味にスタジアムを見回した。上ずった声が人もまばらになってきたスタジアムに小さく反響する。キクコは周囲の様子を伺いながら、はっきりと告げた。
「そしたらまた四天王目指せばいいんだよ。あたしは、そうするけどね!」
「えっ、本気!?」
その決意に、カンナは思わず腰を抜かせた。
「引退撤回して……、今度は挑戦者に回ろうかなって思ってるのよ。悔しいの、こんな設備を見せられて。ここで戦わずしてトレーナー界を去るのはね」
これまでネットに気を使って比較的小規模なバトルを繰り広げていた。しかし今回ダイナミックな試合を見せつけられ、彼女の負けず嫌いな闘争心に再び火が点いたのだ。またこのフィールドでポケモンバトルがしたい――ただ純粋に、その気持ちだけがこみ上げてくる。そしていつか、あのチャンピオンに自分も挑みたい。
「……それいいわね。私ももう一度やり直そうかな」
意気揚々と話す友人を眺めながら、カンナも羨ましそうに呟いた。
「そうそう。いい機会だし、二人で再スタートを切ろうじゃないか」
彼女は楽しそうに微笑みながらそれを受け入れる。既に思惑は一致していた。
「……そうね!それじゃ、今からいつものイタリアンでリスタート祝いをしましょうよ」
「いいねえ。あそこ、辞めてから行けてなかったんだよ。パテが恋しいわ」
二人はにこやかに笑い合うと、そのまま立ち上がって出入り口へと向かった。
+++
「えー、みんなお疲れ様!いいデビューが飾れて嬉しいよ!ひとまずカンパーイ!!」
ロッカールームの中央で、ワタルは四天王に囲まれながら高らかに瓶入りのコーラを掲げる。「乾杯」という声と共に、5人はそれを打ち鳴らした。揃って口にしたあと、すぐにカリンが不平を漏らす。
「……乾杯がコーラって、ふざけてんの?」
彼女の後ろでシバとキョウも頷いており、ワタルは苦笑した。どうしてもいち早く内輪だけで乾杯がしたかったので、彼はロッカールームについてすぐコーラの瓶を仲間たちにふるまったのだ。
「ごめん、この後すぐ祝勝会だからお酒はそこで。試合初日で冷蔵庫も補充間に合わなかったみたいでさ……。明後日にはアルコールが入っているはずだから」
打ち上げと聞くや、イツキは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「やったー、デビュー祝勝会ー!!僕もお酒飲んでいいの?」
「ダメに決まってるでしょ。……イツキくんには、このタスキをしてもらいます」
そう言いながら、ワタルは物入れの中から【未成年のためお酒を勧めないでください】と大きく書かれたタスキを取り出した。それは打ち上げの際に、羽目を外した大人が未成年に飲酒を勧めないよう用意されている物である。イツキは露骨に不満を露わにした。
「つまんない……」
「調子こいてまた下らんスキャンダルを生まないためだ、我慢しろ!」
その暗い顔に渇を入れるように、シバがタスキを引ったくってイツキに押し付ける。
「はーい……」
彼は渋々、そのタスキを肩にかけた。小柄な彼にはやや余裕があり、邪魔そうにつまみ上げる。
「キッズが調子乗っちゃだめよ」
「う、うん……」
カリンに窘められたイツキが恥ずかしそうに仲間から顔をそむけると、ロッカーの方で携帯電話が振動する音が小さく響き渡る。シバ以外のメンバーが、そちらに注目した。
「誰のスマホ?」
数秒聞いて、そのテンポに反応したキョウが前へ出た。
「俺だ。……娘かも」
彼はバッグの中からスマートフォンを取り出すと、画面を見るなり「やっぱりな」と呟いて電話に出る。その様子を眺めながら、シバはそわそわと浮足立っていた。
(会いたい……)
通話している彼は、娘から労いの言葉を掛けられているのが容易く想像できるほど機嫌がいい。だが、しばらく話すと声のトーンが少し下がった。
「……今から祝勝会だから先にアキコさんと帰っててくれ。夕食いらないから……」
それを聞いたシバが思わず野太い悲鳴を上げる。
「なっ……、なんだと!?」
彼の外面からはまるで考えられないような反応に、ロッカールーム内は思わず凍りついた。ワタルは目を丸くしながら親友を凝視するが、彼は周りの目など気にせずキョウに詰め寄った。
「待てっ、どうせなら呼べばいいじゃないか!家族は呼ぶべきだ」
キョウは呆気にとられながらも、電話の向こうの娘に一言断りを入れ、通話口を塞いでシバを向いた。
「いや常識的に、それは……」
「だが……!」シバがさらに説得を試みようとすると、すかさずカリンが口を挟んだ。
「えー、別にいいじゃない。一次会は9時まででしょ?そこで帰れば問題ないと思うんだけど。あんなに可愛い子、私も生で見たーい」
「僕も未成年仲間がほしいな」
イツキもタスキをアピールしながら、彼女とにこやかに顔を見合わせる。畳み掛けるように、ワタルも頷いた。
「うん、一人増えるくらいなら別に構わないですよ。未成年タスキは予備があります」
シバ以外は純粋に仲間の家族を招いても構わない、という理由だった。仲間たちの視線を一身に受け、キョウは少し考えると、通話口に蓋をしていた左手をそっと離してそちらに尋ねる。
「……お前の誘いが来てるんだが」
ハンズフリーに切り替えずとも、スピーカーから『行ーくー!』と大きな声がした。その様子を微笑ましげに眺めながら、ワタルは喜びを噛みしめているシバを小突いた。
「優しいじゃないか」
「ふ……。ま、まあな……」
彼は気持ちを悟られまいと、一人仲間に背を向けて残りのコーラを飲み干した。内心では飛び上がるほど歓喜していたのだが。
「ところでアキコさんって誰?新しい奥さん?」
電話が終わったキョウに、カリンがすかさず切り込んだ。
「まさか……。家政婦のばあさんだよ」
「わあ、リアルで家政婦使ってる人初めて見た……。そういえば車もレクサスのF SPORTSだし着物も鞄も高そうだし……」
目を輝かせて好奇の視線を向けるイツキに、キョウは苦笑しながら話をワタルに擦り付ける。
「ワタルの家もいるだろう」
「あ、うん……。でもキョウさんの方がずっと上だと思うよ。何たって地元では知らない人がいない程の……」
「それチャンピオン様が言うのか?」
ぎこちなく謙遜し合う二人を、カリンは面白くなさそうに睨みつけた。裕福さからにじみ出る余裕には苛立ちを感じる。そんな空気を割るように、イツキが無邪気な声を上げた。
「えー、金持ちが二人もいるのー!?ってことはアンズちゃんってお嬢様なんだ!絶滅危惧種の奥ゆかしいヤマトナデシコだったりするのかなぁ?」
「いや、真逆だな。本人が希望して公立の小学校通ってるし……ちょっと、最近お転婆が過ぎてて」
「そ、そこがいいんじゃないか!!!」
シバは思わず振り返って大きな声を上げた。突然の怒声にロッカールームの空気は再び凍りつく。彼はすぐに我に返って、慌てて補足した。
「こ……、子供は!お、お転婆な方がいい!」
「ああ、なるほど。そうだよね、やっぱり子供は元気な方がいいよ」
ワタルは親友の異変に疑問を感じつつも、特に気にせずにこやかに受け流す。それから各自帰り支度をすることになったのだが、唯一カリンはシバを眺めながら首を傾げていた。
(なんかヘンね……)
+++
祝勝会の会場は本部のコミュニティホールである。
500人ほど収容できるかなり広いスペースで、何か集まりがあるとここが使用される。まだデビュー戦ということで、店を貸し切ったりせずひとまず本部でデビューを祝おう、という意向だった。主催は役員である。ワタル達が鞄を携え7時少し前に会場へ到着すると、準備は既に完了しており、5人は多くの本部スタッフの拍手と歓声によって出迎えられた。一番奥には総監や副総監のフジ、オーキド博士やマツノという錚々たる面子が揃っている。
「お待たせしてすみません」
ピンストライプのワイシャツ姿に着替えたワタルが、総監に恭しく頭を下げる。
「構わんよ、ヒーローは最後に現れるもんだ!」
あっけらかんと笑い飛ばす総監を見ながら、ワタルはほっと胸を撫で下ろした。その顔には普段の含みを持った冷徹さは消えている。横並びになったメンバー達に、マツノが慣れた手つきで缶ビールを配り始めた。
「はいはいっ、皆さんビールどうぞ。イツキ君は何がいい?」
「コーラで……」
未成年タスキをかけられたイツキは、むくれながら再びコーラの瓶を受け取った。隣に立っていたキョウが、意地の悪い笑みを浮かべながら彼をからかう。
「お前またそれかよ。骨が溶けてもっとチビになるぞ」
「……マツノさん、やっぱり僕そっちのオレンジジュースが良い!」
そんな嘘を真に受け、イツキは慌ててオレンジジュースの瓶に持ち替えた。単純な少年にキョウが噴き出しそうになっていると、オーキドが両手を叩いて会場内の注目を集めさせた。
「それじゃ、主役も揃ったところで……!ひとまず祝杯といこうか!乾杯の音頭は――支配人のマツノくん、お願いします!」
「ハ、ハイッ」
マツノが緊張した面持ちで前に出るや、プルトップを開ける大合唱がホールに響き渡る。彼はスタンドマイクの前に立ってわざとらしく咳払いをすると、ペイズリー柄の派手なネクタイを直してゆっくりと口を開いた。
「ええー、本日はお日柄もよく!朝から晴天に恵まれまして……、まさにデビュー日和と言いましょうか。この日のために念密な準備を重ね、身を粉にして働いてきましたが、ようやくその努力が報われることとなりました。思い返せば始まりは半年前、こうなることは誰が予想できたでしょう……」
だらだらとした抑揚のない出だしを聞くなり、会場から露骨なため息の風が吹いた。だが、マツノはそれを全く気にすることなく誇らしげに語り続けている。ワタルは隣に立っているシバに向けてぽつりと呟いた。
「……これは長くなるな」
「うむ、そういえば支配人は乾杯の音頭が長かったな……。最長記録が15分だったような」
マツノのスピーチは中身がなく無駄に長い。普段は何かと人の顔色を窺っているのに、マイクの前に立つと何も見えなくなるようだ。ワタルとシバは半年ほどのブランクでこの苦痛を忘れていた。二人の話を聞いていたカリンが小声で悲鳴を上げる。
「ビールぬるくなっちゃう!止めてよ」
「いやでもマツノさん一応スタジアム支配人だし……」
ワタルは躊躇しながらオーキドに救いを求めるように視線を向けるが、彼も事情を知らなかったようであんぐりと口を開けて固まっていた。誰か止めろ……と言わんばかりに役員同士が顔を見合わせ始めたところを見て、すかさずキョウが缶を持った腕を開いた手で叩きながら、一歩前に出る。
「さすがマツノさん!支配人として素晴らしい活躍でしたね、ありがとうございます。我々もあなたには日ごろから大変お世話になっております、我が地元の傑作『見えないフェンス』の設置に動いてくださったのは他でもないマツノさんですからね。いやあなたはスタジアムのヒーローだ!」
大袈裟に持ち上げられつつも、マツノはまんざらではないとばかりに上機嫌になった。
「そ、そう……?」
掌で転がすような鮮やかなプレーに、誰もが目を丸くする。そんな驚きの空気を受けながら、キョウはにこやかにマツノの肩を叩きながら乾杯を促した。
「今度じっくり、その話を聞かせてくださいよ!……それじゃ、これからのセキエイのため、景気づけにいっちょ男らしい乾杯お願いします!」
「わ、わかった!!それではあの、四天王とワタル君、デビュー戦勝利おめでとう!明後日からもよろしくお願いします!えーと……」
だらけそうになった瞬間、キョウはすかさず「男らしく!」と小声で手綱を引く。マツノは狼狽えつつも、上ずった声で缶ビールを天井へ掲げた。
「か……、かんぱぁーーいっ!!!」
そこでようやく、会場に集まったスタッフが一斉に乾杯の声を上げる。缶ビールは何とかその冷たさを保たれ、キョウのファインプレーへの称賛も込められた大きな拍手がホールを包み込んだ。
「やるなあ〜!さすが、男らしい!」
「そ、そう?まあね……」
その拍手を全てマツノの手柄にするように、キョウは彼の肩を叩きながらメンバーの元へ戻る。仲間たちは救世主を称えるように出迎えた。
「おじさま、やっるぅ〜!」
「こういう場は任せろ。……あ、娘迎えに行かないと」
彼は得意げに微笑みながら、そそくさと出入り口へと消えて行った。
「やっとご飯だー!」
イツキはオレンジジュースを持って、ホールの中心にあるケータリングが置かれているテーブルへ駆け足で向かって行った。和洋中と全て用意されている、なかなかクオリティが高い料理に空腹の彼は目を煌めかせる。
「おいしそう……」
皿を抱えて悩んでいると、すぐに彼の周りに人だかりができた。
「イツキくん、初勝利おめでとう!好きなの取りますよ!」
可愛らしい女性スタッフに促され、イツキの心は弾んだ。
「タスキして超可愛い〜!」
「あ……、ありがとございます。たまごサンド、ください……」
イツキが照れながら虫の鳴くような声で料理をリクエストすると、その子犬のような愛くるしさに女性スタッフから黄色い歓声が上がった。それを見て彼はますます気を良くする。何せ、ここまで女性にもてるのは彼の人生で初めてのことなのだ。突然やってきたモテ期に気分は有頂天。それを遠巻きに眺めながら、カリンは心底呆れ返っていた。
「あーあ、鼻の下伸ばしちゃって……」
「たまにはいいんじゃないか?頑張ったしね」
そうフォローしつつも、鼻の下を伸ばしているイツキを見るとワタルもやや呆れてしまう。
「そうだけど。ああいうのが、ロクでもない女に騙されちゃうのよねー」
「ふん、くだらん……!」
シバもやや怒りを込めながら肩をすくめていると、視界の隅から意中の美少女が走ってきた。大きな目を輝かせながらこちらへ向かってくるアンズに彼の心臓は射抜かれ、そのまま遠くへ飛んでいってしまいそうになる。
「わあああっ!!本物だああああっ」
そんな彼の気持ちも露知らず――アンズは興奮気味に三人と少し距離を置いて立ち止まった。すぐ後ろにいる父親含め、彼らはつい先ほどまで激戦を繰り広げていたポケモントレーナー界のスーパースターである。気後れして近寄るのを躊躇していると、カリンが優しく彼女の手を取った。
「あら可愛い!この子がアンズちゃん?」
傍で見る彼女はその美貌に磨きがかかっている。アンズは息を呑んだ。
「カ、カリン様……っ」
「うふふ、“様”ってやめてよー。カーワイー♪」
カリンは嬉しそうにアンズを抱きしめる。柔らかな感触に加え、良い香りが鼻孔に広がり、同性というのに少女は失神しそうになった。飛んでいきそうな理性を必死で抑えながら、彼女は何とか言葉を紡ぐ。
「あの……、アンズです。は、ハジメマシテ……」
「初めまして、アンズちゃん。この間はキャンディとポケットティッシュをありがとう。すごく助かったよ」
緊張している彼女の前にワタルは積極的に進み出ると、笑顔で礼を言った。その言葉にシバが誰よりも早く反応を示す。キャンディとポケットティッシュ?なんだそれは――追求しようとすると、突然アンズの興奮が二段階アップしてシバの声を遮った。もう彼女はワタルに釘付けである。
「わあああっ、ワタルさんだ!お、お父さん……ワタルさん!!」
「……お前、俺が四天王だって理解してるか?」
キョウは呆れ返りながらため息をつく。
「あ、あの……あたし、ワタルさんの大大大、大っファンなんです!会えて嬉しいです!」
「お父さんから聞いてるよ。オレも嬉しいな、ありがとう」
ワタルの爽やかで端正な相貌から作られる笑顔に、アンズは恍惚としながら「かっこいいぃ……」とため息を漏らした。会うのは二度目とはいえ、想像もできなかったはしゃぎっぷりにシバは唖然とする。何より、彼女がワタルのファンというのが最大の衝撃であった。
「あ……あの!あたし、ワタルさんのマントとかフィギュアとかカードも集めてて……!よろしければサインを……あっ、アキコさんの車にマント忘れてきたーっ!お父さん、どうしよう……アキコさんにはお父さんの車で帰るって言ったからもう間に合わない……」
「知らないよ……。また今度にすれば?」
涙目になる娘を見て、キョウは呆れを通り越して恥ずかしさも感じる。だがワタルは全く気にも留めず、これほど応援してくれるファンがいることを純粋に喜んだ。
「こんなに応援してくれるなんて、本当に光栄だな。良かったら、オレのをプレゼントするよ」
「えっ!?いいんですかっ!?」
「いや、悪いよ。アンズ、お前も遠慮ってものを……」
断りを入れようとしたキョウを、ワタルがすかさず制止する。
「構いませんよ、ティッシュのお礼をさせてください。……ちょっと、取ってくる」
「今……!?後で俺が預かっとくよ」
「いや、やっぱり直接受け取った方がいいよね?」
と、ワタルが惚れ惚れと自分を見つめるアンズに笑顔を向けると、彼女は怪訝そうな父親の顔を一瞥した後、無言で勢いよく頷いた。ワタルの足は直ぐに動き、スタッフを上手く避けながら軽やかにホールの出入り口へと向かっていく。なんと気前のいいチャンピオンなのだろう――カリンは感心しながら、頬を緩ませた。
「ワタル素敵ね〜。プロの鑑だわ」
「あいつ真面目だからなぁ……。お前、図々しいぞ」
キョウはため息をつきながら、娘を睨みつける。
「だ、だって……。……ごめんなさい」
思わず委縮するアンズの肩を、カリンがそっと抱き寄せた。
「あら、いいじゃない。私たちはファンがあってこその存在だもの。パパの言うことなんて気にしないでね、アンズちゃん♪お姉さんとご飯取りに行きましょ。お腹空いてるでしょ」
「は、はい!やったっ、ご飯〜♪」
それを聞いてアンズはすぐに明るい笑顔にスイッチした。カリンに連れられて二人でケータリングコーナーへと向かうと、そこにたちまち人だかりが生まれる。美貌の四天王カリンに、キョウの娘というコンビは誰もの興味を引いた。その様子を遠巻きに眺めながら、キョウは隣で棒立ちしているシバに何か話しかけようとする。「なあ……」と口を開いた瞬間、彼は鬼のような形相で出入り口へ向かって行った。
(あいつ、なんか様子がおかしいな……)
呆気に取られていると、横から副総監のフジがビールの缶を片手に近寄ってきた。
「やあやあキョウくん、久しぶりだねー。先ほどはお見事でした」
「フジさん……、ご無沙汰しています」
キョウは即座に居住まいを正しながら、恭しく頭を下げる。フジは何故か恐縮しつつ、すぐに頭を上げるように促した。
「試合も凄かったよ。あのサインはどうやって教えているんだね?」
「それはまあ、色々と……」
彼は話したくないとばかりに視線を外しながら言葉を濁した。
「はは、やっぱり企業秘密かぁ。なかなか他は真似できないクオリティだからねぇ、苦労したでしょう。……ま、でもこれからはやっと時間ができて落ち着けるようになるんじゃないかな。あれ、さっき娘さん見かけたような……」
フジは辺りを見回しながら、アンズを探した。キョウは即座に彼の視界に入りながら、注意を自身へ向けさせる。
「今ちょっと料理を取りに……申し訳ない、後で挨拶させます。私もこれから休みが増えますからね、またタマ大OBゴルフ会に誘ってくださいよ。最近、調子はいかがですか?」
ゴルフの話題へ切り替わると、穏やかなフジの表情が眩しく輝いた。
「ようやく75だよ〜!なかなか上達しなくってね」
「いやいや、素晴らしい!私なんて、まだ最高90で……パットがなかなか決まらず。フジさんは何をお使いですか?」
「私はね、ヨシノゴルフのパターを使ってるんだけど、これが良いんだよ!もう何十年も使っててねぇ」
「なかなか渋い老舗をお使いで……。どのモデルですか?」
ゴルフ談義に花を咲かせていると、他の役員たちも次々に集まって話に便乗してきた。
「ワタル!」
部屋から出ようとするワタルを、シバが鋭い口調で呼び止める。
「……ん、どうした?」
振り向くと、色を成して唇を固く結んでいる親友が立っている。その周囲には静かな炎が燃え盛っているような気配が感じられた。いつもと違う様子に、ワタルは目を疑う。
「お前のこと……親友だと思っていた」
「え?思って……“いた”?」
シバは火を噴くように吠えたけた。
「お前は確かに見た目も中身もいいが……、おれは負けん!!相手にとって不足なし!今、この時から――お前をライバルとして認定させてもらう!!」
それだけ言うと、彼は踵を返してホールへと戻って行く。要点が抜けている謎の宣戦布告に、ワタルはただただ呆然と立ち尽くしていた。
(ど、どうしたんだ?急に……)
+++
既に終業時刻が過ぎているポケモンリーグ本部は、人通りもまばらで閑散としていた。それは観客が去ったスタジアムも同じである。メインスタッフは祝勝会へ移動しており、清掃員やバイトスタッフは全員勤務を終えている。昼間の盛り上がりが嘘のように感じられた。
(……少し前まで、ずっとこうだったんだよな)
ワタルが通路を歩く音だけが反響する。閑寂な空間――ほんの数か月前までは死んだように活気がなかったこの通路も、今や見違えるように様変わりしていた。塵ひとつなく隅々まで清掃され、壁には賑やかなスポンサーのポスターが張られているのだ。通路の両側にはデビュー戦を祝う色とりどりのスタンディングアレンジメントが整列している。
(まだ夢みたいだ)
そんなことを考えながら、ロッカールームに入る。ワタルは脇目も振らずに自分のロッカーに歩み、マントの予備を取り出してさっと広げた。
(どこへ書こうかな……)
悩んでいると、ベルトに装着したモンスターボールからカイリューがじたばたと動き始める。出してほしいとアピールしているようだ。
「……君には狭いと思うけど、いいのかい?」
カイリューは嬉しそうに頷く。ワタルは周りを簡単に片づけると、相棒をボールから召喚した。3メートルほどの天井は彼女にはやや窮屈だが、それでも主人の傍に寄れて満足そうだ。カイリューは腕を伸ばして身体を解すと、マントの裏地の裾を指し示した。ここへサインを書いてください、ということらしい。
「ああ、なるほど。君の言うとおりにしよう」
ワタルはその場所へさらさらとサインを書き入れる。
「ファンがいてくれるって有り難いことだな。プレッシャーでもあるけど……大きな原動力の一つだよ」
サインを書き終え、ワタルは丁寧にマントを畳みながらぽつりと呟いた。カイリューが同調するように頷く。
「君の存在もその一つ」
一笑する彼に、相棒は嬉しそうに微笑んだ。主人のこういった気遣いはとても嬉しい。
「でも正直、まだ夢の様なんだ……。外へ出たら半年前のスタジアムに戻っているんじゃないかって思ったりするよ」
ワタルがほっと息をつきながら近くのソファへ腰を下ろすと、カイリューはそれを否定するようにかぶりを振る。
「うん、これは現実だよね。また明後日から、プレッシャーとの戦いだ」
今日はようやくこぎつけたデビュー戦――だが長い戦いはまだ始まったばかり、ようやくスタートラインを乗り越えたに過ぎない。自分はこれからずっとチャンピオンの椅子を維持し続ける、途方もない使命を背負っているのだ。だが臆する暇はない。この道を選んだからには自分も誇りある挑戦者として、後悔なく栄光を求めて突き進むのみ。ワタルは傍でじっと自分を見つめている相棒へ視線を向ける。何があっても自分を信じて付いてきてくれる、無二の存在。
「これからも、よろしく頼むよ」
そう言って、彼はカイリューと拳を突き合わせた。
少し休んだ後、ワタルはカイリューをボールに戻しマントを紙袋へ突っ込んだ。
(ちょっと休みすぎたかな。早く戻ろう……)
やや焦りを感じながら、彼はロッカールームのドアノブを握り締めた。何となく夢から覚めてしまうような感覚がして、それ以上進むのを躊躇ったが――直ぐに思い直してドアを開いた。廊下には美しい花々やカラフルなポスターが飾られている。ワタルはほっと胸を撫で下ろし、本部へと戻ることにした。
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ワタルは早足にホールへと向かっていた。エレベーターを降りると賑やかな声が聞こえ、明かりが灯っている廊下が見えてくる。その中に佇む人影を見て、彼はぴたりと足を止めた。
「総監……」
窓の外を眺めていた初老の男が、呆れ顔でワタルに向き直った。
「主役が抜けちゃいかんよ。もうすぐお開きだよ?」
「申し訳ございません……。ちょっと、ファンへの贈り物を取りに……」
ワタルは頭を下げながら、紙袋を示した。
「うん、カリンちゃんから聞きました」
それを聞いてワタルは目を見張りつつ、フォローを入れてくれたカリンに感謝した。
「相変わらず素晴らしいプロ意識だ。その気持ちを忘れずに、これからも頑張ってくれたまえ、“チャンピオン殿”」
総監は嬉しそうにワタルの肩を叩いた。チャンピオン、という言葉が強調されていたことに、自分が完全に認められたのだということを理解する。心地よい満足感が足元から込み上げてきた。
「はい、もちろんです!」
再び頭を下げようとすると、出入り口からオーキドが顔を出した。
「あっ、ワタル君!こんなところにいたのかっ!締めの言葉、頼むよ〜」
「えっ……?オレですか」
目を丸くしていると、総監も笑顔で背中を押した。
「当たり前じゃない。手短に、“男らしく”よろしく頼むよ」
その言葉には、明らかに『マツノの二の舞を演じるな』という意図が透けて見える。ワタルは「そ、そうですね」と苦笑しながら頷いた。オーキドに導かれホールの一番奥まで引っ張られる中、彼は四天王を探してみた。カリンはアンズと楽しそうに談笑しながら食事している。イツキは相変わらず女性陣に囲まれ可愛がられていた。キョウは役員達と談笑。シバは男性スタッフに囲まれつつ、不愛想に缶ビールを飲んでいる。あそこだけ雲がかかっているように見えた。
「はい、それでは〜!ここで新チャンピオンのワタル君から締めの言葉をいただきまーす!」
和やかな雰囲気を、オーキドの良く通る声が一気に引き締めさせる。視線がこちらへ集中してホール内が水を打ったように静まると、ワタルは思わず息を呑んだ。
「じゃっ、よろしく!」
オーキドがワタルの肩を軽く叩きながら、バトンを手渡した。彼は深呼吸すると、居住まいを正してギャラリーに頭を下げる。
「はい、では……新しくセキエイのチャンピオンに就任したワタルです。みなさん、本日のデビュー戦はお疲れ様でした。大変良いスタートを切れて嬉しく思います。四天王も……シバの無敗公約を果たせたしね」
そう言いながらワタルがシバを一瞥すると、彼は仏頂面のまま黙って頷いた。
「四天王のみんなはもちろんですが、裏方の皆さんにも大変感謝しています。トラブル続きの中、ここまで信じてついてきてくれてありがとう。素晴らしい仲間が新生セキエイを作ってくれたことを私は誇りに思います。――でも、まだ始まったばかり。本部だから、トップに立つプロだからと胡坐をかいているわけにはいきません。日々レベルアップする挑戦者を迎え撃つべく、我々も精進して戦っていきましょう!今後とも、よろしくお願いします」
フィールドに立った時のようなワタルの勇ましい姿に、ホール内から拍手喝采が巻き起こった。彼は既に誰もが認めるヒーローである。いつまでも鳴りやまない拍手を心地よく感じながら、ワタルはすっと両手を広げた。
「では――三本締めで締めさせていただきます。みなさん、お手を拝借!」
一斉に両手が上がる。
賑やかなセキエイの夜景にそびえたつ本部タワーに、驚くほど上手く合わさった手拍子が鳴り響いた。