第25話:パワーファイター
『迫力の試合が続いておりますが!さて第三戦!!四天王のシバさん対挑戦者タダシさんの試合に参りましょう!!』
スタジアムDJの煽りで、会場のボルテージは更に上昇していく。そこへシバが登場すると、野太い声援が重なり合って重厚感のある雰囲気がスタジアムを包み込んだ。カリンは目を丸くしながら、ベンチからスタンドを見回す。
「シバって結構人気あるのねー。あんな堅物のどこがいいのかしら」
「昔から、男性に圧倒的な支持を誇っているんだよ。ストイックで硬派だからね」
ワタルが誇らしげに捕捉する。彼は自慢の親友なのだ。
「僕は女の子から応援してもらえる方が嬉しいなぁ……」
イツキがぽつりと声を漏らした。キョウも頷く。
「うん、俺もそっちがいい」
「いやいや、二人ともファンを選り好みするのは辞めてくれよ?夢を与える仕事なんだからさ」
ワタルは苦笑しつつ、シバの方へ向き直る。
彼はアンパイヤ席の前で挑戦者と握手しているところであった。挑戦者のタダシは柔道着を着て興奮気味にシバと会話を交わしている。キョウは顎を撫でながら、感心したように呟く。
「あの挑戦者も、シバのファンかもな」
「ええ、きっと」
ワタルは嬉しそうに頷いた。
「オレ、シバさんの大ファンなんです!戦えることができて光栄です!!」
タダシは感動のあまり涙を流しながら、シバの手を握りしめていた。
「あ、ああ……」
その勢いに、彼は少し狼狽える。このようなやりとりは前四天王に所属していた頃も多くあったのだが、久しぶりだったので思わず驚愕してしまった。
「いい試合を、しよう」
手を振りほどき、素っ気なくポジションへと戻る。タダシにはその動きがとてもクールに見え、さらに感動して頭を深く下げた。定位置へ向かいながら、シバはちらりとスタンドに視線を動かす――先ほどキョウが勝利していたときに目ざとくチェックしていた、彼女の席。
「頑張れー!」
と、アンズが手を振る。チェックのパフスリーブブラウスにショートパンツという可愛らしい装いに思わず胸が高鳴った。格好の悪い姿は見せられない。彼女のために、そして仲間のために――勝利あるのみ。ボールを握りしめ、息を整える。大歓声が次第に耳から遠退いていった。戻ってきたこのステージ。独特の緊張感にレベルの高い戦い――四天王で居続けて良かったと安心する。
『プレイボール!!』
赤いフラッグが振り上がると共に、フィールドへボールを投げ入れた。すぐにシバのエビワラーが登場するなり、地鳴りのような大歓声が巻き起こる。対して挑戦者が繰り出したのは、サワムラー。シバの脳内で、試合のゴングが鳴り響いた。
「エビワラー、先制だ!マッハパンチ!」
主人の声を聞き、エビワラーがすかさず先制。疾風の如きパンチをサワムラーのボディにお見舞いした。鈍い音が場内にこだまし、それに歓声も煽られる。サワムラーはよろめきつつ、身体を捻って蹴りを繰り出した。
「回し蹴りっ!」
「エビワラー、見切りでかわせっ!」
豪快な蹴りを、エビワラーが横へ飛んで受け流す。蹴りを空振りしたサワムラーの懐へ、更にパンチを叩き込んだ。
「メガトンパンチ!」
掬い上げるような拳がサワムラーにめり込み、宙へと吹っ飛ばした。圧倒的なパワーに、スタンドが沸き上がる。サワムラーは怯みつつも身体を素早く回転させ、踵を振り上げた。
「サワムラー、瓦割り!」
「ガードしろっ」
エビワラーはグローブをはめた両腕を顔面で揃えてガード――そこへサワムラーの踵落としが炸裂する。文字通り、瓦さえも粉々に砕く衝撃はガードを容易く打ち破った。両手を広げ、後方へ崩れるエビワラーを見て、すかさずタダシが声を上げる。
「インファイトだ、サワムラー!」
エビワラーの空いた懐にサワムラーが駆け込み、蹴りを出すべく身体を捻る。その瞬間、シバが叫んだ。
「エビワラー、スカイアッパーでカウンターを食らわせろ!!」
エビワラーは足を踏み込み、飛んでくる蹴りに合わせながらクロスするようにアッパーを叩き込む。サワムラーの足を掠める様に避けつつ、眉間めがけて拳を一閃。抉るような衝撃がサワムラーを圧倒し、後方へ2メートルほど吹っ飛ばした。タダシはサワムラーへ駆け寄り、フィールドを叩きながら彼を鼓舞する。
「立てっ、サワムラー!お前はまだやれる!!」
サワムラーはよろめきつつ何とか立ち上がる。その間、シバは格闘専門家として追い打ちをかけることはしなかった。
「行けるな?」
その問いに、サワムラーは無言で頷いた。体制を整え、再びエビワラーと対峙する。息も絶え絶えの相手を見て、シバは考えた。
(どの道、サワムラーに体力は残っていない。最後に出す技は恐らく……)
「行け!起死回生!!!」
予想通り、サワムラーはノーガードで捨て身の攻撃を挑んできた。シバとエビワラーの思惑が一致する。彼は腰を落とすと、サワムラーが振り上げた足めがけて鋼の拳を突き出した。
「バレットパンチ!!」
キレのある一撃が、サワムラーを再びフィールドに押し倒した。昏倒する音が響き、相手はそのまま身動き一つできずに気絶する。
「サワムラー、戦闘不能!」
フラッグが上がるより早く、スタジアムに大波のような大歓声が押し寄せる。四天王シバの圧倒的な実力に、観客は興奮を隠せない。
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「わーお!正統派ねー」
カリンが感心しながら小さな拍手を送る。それを見て、横に座っているイツキがあまり面白くなさそうに口を尖らせた。
「僕ならサワムラーが構える前にどんどん攻めるけどなー」
「今回は相手が相手なのもあるけど……彼はあまり追い打ちをかけたりはしないよ。そこが人気の理由でもある。スポーツマンシップを大事にしてるんだ」
ワタルは親友について自慢げに語る。彼の試合を再びこのベンチで観戦できることは、とても喜ばしいことであった。活き活きとステージに立っているシバを見ると、やはり彼の居場所はここだ、と確信する。
「指示も早いし無駄もない。さすが、“先輩”だなー」
キョウが扇子を仰ぎながらポツリと呟く。すかさずワタルは食いついた。
「うん、毎日かなりのトレーニングを積んでいるからね!シンクロ率はさすがとしか……」
「……嬉しそうだな」
顔をしかめて引き気味のキョウを見て、彼は我に返った。
「あっ、すみません。……親友の晴れ舞台なので」
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「さすがですね!……でも、次は取ります。行けっ、イワーク!!」
タダシは深呼吸して、フィールドへボールを投げ入れる。巨大な岩蛇ポケモン、イワークが登場し会場は驚きで溢れていた。シバもアンパイヤ向けて右手を上げ、交代のアピールをする。彼が繰り出したのは、それより一回り大きなハガネール。ざわめきが更に大きくなった。
「また同種対決か……」
これにはワタルも呆気にとられる。
「面白いからいいけどね。ハガネールちゃん、さっきオジサマに超カッコ悪くやられちゃったから名誉挽回しなくちゃね」
カリンは楽しそうに身を乗り出した。
シバがハガネールを選んだのもこの理由だった。あの時はまさかアリアドス一匹に倒されるとは思わず、彼はしばらく絶句していた。ボール越しに自分のハガネールも驚愕していただろう。
(ハガネールは本当に良いポケモンだ。虫にやられた、などと汚名を着せられたまま明日を迎えるわけにはいかん!ここで見返してやるのだ。……そして、明日からアリアドス対策を徹底する!!マスターシリーズであいつを倒す!)
シバはハガネールと顔を見合わせ、頷き合う。
「いくぞ!アイアンテール!!」
ハガネールが、鋼の尾を鞭のようにしなやかにイワークへ打ち付けた。
「ガード!硬くなれっ」
タダシの声を聞き、すかさずイワークは身体を丸めてダメージを吸収する。削れた岩肌が砂埃のようにフィールドへ舞い落ちた。
「そしてイワーク……、泥かけ!」
イワークは屈んだまま、ハガネールの懐めがけて泥を吐きかける。思わずのけぞったところへ、タダシはさらに畳み掛けた。
「まだまだ行きますよ!ストーンエッジ!」
イワークの尾の先が鋭利な槍へ変わり、横からハガネールのボディめがけて突き刺した。鋼と岩がぶつかる轟がスタジアムに響き渡る。
「そのままたたきつけろっ!」
揺れるフィールドに耐えながら、シバがハガネールの背後に回り込んで叫ぶ――鉄蛇ポケモンは身体に突き刺さったイワークの尾をフィールドに押し付けるように叩きつけ、豪快に引き抜いた。圧倒的な力の差に、イワークはもがくしか抵抗できない。
「ハガネール、岩砕きだ!」
イワークが顔を上げる前に、ハガネールは身体を振り上げそのままアタックする。スタジアムが振動し、観客の興奮を一層かき立てた。岩をも砕くような衝撃がイワークを駆け巡り、その苦痛に思わず悲鳴を上げる。
「ハガネールを押し返せ、怪力っ!」
タダシの声と共に、イワークはのし掛かっていたハガネールを渾身の力を込めて前方へ押し返すと、よろめきながら何とか身体を持ち直した。体力はかなりダウンしており、もうあまり長く戦えない。タダシは逸る胸の鼓動を抑えながら、勝利へ導く戦法を考える。
(さっきのアリアドスみたいに、動きを抑えるツボをついていけば勝てるかもしれないが……)
小回りが利きにくいイワークが、あれほど正確にそのポイントを突くのは非常に厳しい。そして自分にもその知識と指示スキルがない。まだまだ修行不足――彼は唇を噛みしめた。
(捨て身でいくしか……!)
「イワーク、ロックカットだ!砲弾、行くぞ!」イワークの身体が光り輝き、空気抵抗を減らす。「そして、転がる!」
続けて、イワークは身体を丸めると一直線にハガネールへと突撃した。
シバはイワークが転がってくるライン上を事前に外れつつ、「アイアンテール!イワークを止めろっ」と声を荒げる。ハガネールは頷くと、迫ってくる巨大な岩石の前に立ちはだかって鋼の鞭で振り払った。強烈な衝撃が火花を散らし、スイングの力でイワークが高く浮き上がる。この圧巻のパワーに、観衆も肝を潰した。
「怯まず攻めろ……っ、イワーク!ジャイロボール!!」
タダシがそのまま腕を振り上げた。イワークが空中で螺旋にスピンしながらハガネールへ襲い掛かる。避けられる余裕はある――しかし、シバはそれを迎え撃つ構えだった。
「打ち落とせ!!」
ハガネールは下半身を踏み込み、身体を大きく振りかぶりながらイワークをとらえる。見事に芯を狙い撃ち、後方フェンスへ叩き込んだ。恐るべきスイングスピードで放たれた200キロを超える岩石が、見えないフェンスへ直撃する。隕石の強襲にそのブロックの観客は一瞬死を覚悟したが、見えない壁は少しも傷つくことなくイワークをフィールドへ落下させた。
「イワーク!」
タダシは慌ててイワークへ駆け寄る。その手がイワークへ届くより早く、アンパイヤが戦闘不能を宣告した。拍手喝采――会場が、本日一番の盛り上がりを見せる。
「ああ……。強い……」
タダシはがっくりと肩を落とした。やはり尊敬する男は一筋縄ではいかないようだ。そして最後のボールに手をかける。
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「キャーッ、シバやるじゃなーい!!キャー!」
ハガネールの勝利が宣告された時、カンナは勢いよく立ち上がり、周囲とハイタッチして喜びを分かち合った。その際サングラスがずれてしまい、ハイタッチを受けた若い女性が彼女に気付く。
「あ、カンナさ……」
「人違いよ!」
慌てて彼女はサングラスをかけ直し、帽子を目深にかぶった。女性は見ないふりを装いつつ、小声で話しかける。
「……やっぱり見に来てたんですねー」
「……」
カンナは聞こえないふりをして、三杯目のスパークリングワインを口に含む。女性はこっそりと呟いた。
「あの、あたしカンナさんのこと応援してますから!メディアのバッシング何て気にしてませんよ。頑張ってください」
優しい言葉に、胸の奥がじわりと温かくなる。帽子のつばを少し上げ、カンナは女性に向けて小さく頭を下げた。
「……あ、ありがと……」
「あっ、やっぱり本物ー!?」
「人違い!」
カンナは慌てながら、気休め程度に女性とほんの少し距離を開けると、再び試合に集中した。
+++
タダシがフィールドへボールを投げ入れる。現れたのはハリテヤマ――とっておきの相棒だった。憧れの男に挑むことができて感無量だったが、もう後がない。次第に手が汗ばんできた。
(まだ戦いたいのに……)
この圧倒的な実力差に絶望する。バッジを8個揃えても、これほど通用しないものなのか……。だが試合は最後まで諦めてはいない。
「おれも、交代するぞ」
シバも手を上げてアンパイヤに交代をアピールした。ハガネールを下げ、繰り出したのはカイリキー♂。こちらも相棒で勝負だ。相手ポケモンが登場するなり、タダシはすかさずハリテヤマへ指示を出した。
「いけっ、突っ張り!」
ハリテヤマが先制をかける。シバの声が届く前に繰り出された突っ張りはカイリキーのボディへ衝撃を与える。二手目が届く前に、シバが叫んだ。
「押さえろ!」
すかさずカイリキーは右側の上下の手を重ね、ハリテヤマの突っ張りを受け止める。三手目も、同様に左側の腕で押さえつけた。だが体格差がありカイリキーは押され気味だ。フィールドに踏み込んだ足がやや動いた。
「そのまま押し切れ!」
タダシの指示に、ハリテヤマはさらに力を込める。シバは直ぐに次の手を命じた。
「カイリキー、ローキック!」
カイリキーは剥がれそうになった足の裏を浮かせると、張り手を受け流しつつ、ノーガードになっていたハリテヤマの横腹めがけて強烈なキックを叩き込んだ。その威力にハリテヤマが一瞬ぐらつく。
「どんどん攻めろ!空手チョップ!」
その隙をついて、シバは声を張り上げた。タダシが慌てて「止めろ!当て身投げ!」と叫びながら手を叩く。ハリテヤマはすかさずカイリキーの肩を掴むと、チョップを受け流して首を掴んで持ち上げ、そのまま相手をフィールドへ叩きつける。綺麗に決まったチョークスラムにスタンドも歓喜した。うめき声を上げるカイリキーへ、「気合パンチだ!」とタダシは追い打ちをかける。ハリテヤマは腕を振り上げた。
「カイリキー、地獄車!足を掛けろ!」
フィールドへ倒れたカイリキーは素早く足払いを仕掛け、ハリテヤマのバランスを崩させる――すかさずそのぐらついた両足を掴み、地獄車を仕掛けた。カイリキーは100キロ以上の体重差も物ともせず、ハリテヤマをフィールドに押し付ける。
「決まった!」
ワタルも興奮気味に立ち上がった。並みのカイリキーでは体格差で失敗するが、容易く技を決められたのはシバの訓練の賜物だろう。
「カイリキー、そのまま地球投げだ!」
シバが絶叫するなり、カイリキーは目を回すハリテヤマの両足を掴んでジャイアントスイングで振り回し始めた。250キロの巨体が引力により、風車のようにいとも簡単に回っていく。
「ああっ!」
タダシはなすすべなく立ち尽くしていた。そのままカイリキーは、ハリテヤマをフェンス目がけて放り投げる――が、少し足の軸がぶれて北側ベンチへ一直線。
「ちょっ……!?みんな逃げ――」
ワタルをはじめ、四天王が一斉にベンチを離れた。奥の席に座っていたイツキは身体を丸めてその場に伏せるが――その直後、前列のシートにハリテヤマが突き刺さり、彼の鼻先で止まった。イツキは鋭い悲鳴を上げる。
「ちょ……ちょーっとぉお!!」
すかさずハリテヤマが起き上り、イツキに頭突きを食らわした。彼は直ぐに身を翻し、フィールドへと駆けていく。強烈な頭突きに、イツキのサングラスは破壊された。
「イツキくん、大丈夫か?」
ワタルが誰よりも早くイツキの安否を気遣うと、彼は丸まったまま悶絶していた。一方、シバもそちらを気にしつつ再び試合へスイッチを切り替えた。ベンチから戻ってくるハリテヤマにタダシが指示を出す。
「ハリテヤマ、発勁!」
走りながら、ハリテヤマはカイリキーへ衝撃波を放つ――ふらついたところへ、更に技を重ねた。
「そして……インファイト!」
懐へ潜り込み、渾身の張り手をお見舞い――ハリテヤマが踏み込むと同時にシバも声を上げた。
「カイリキー、クロスチョップだ!」
腰を落としたハリテヤマの背へ、カイリキーが4本の腕から手刀を振り下ろした。「そして、けたぐり!」膝も合わせてハリテヤマのボディへめり込ませる。
両者の攻撃は同時に放たれた。凄まじい衝撃が、互いの身体を駆け巡る。すぐによろめき、床へ手をついた。
「カイリキー!耐えろ!!」
カイリキーは口を噛みしめ、痛みをこらえながらさっと身を立て直す。眼前では、ハリテヤマが息も絶え絶えに起き上ろうとしていた。ファイティングポーズをとるまでは、トドメは刺さない。主人の教えを忠実に守り、カイリキーはじっと構えたままだ。シバも見つめる中、ハリテヤマが立ち上がる。まだやれる――タダシはテクニカルエリアから、できる限りハリテヤマへ近付いた。
「いくぞ!ハリテ――」
鼓舞した時、そこでハリテヤマは力尽きてフィールドへ崩れ落ちた。
戦闘不能。
タダシの目の前は、真っ白になった。
(終わった……)
赤いフラッグが彼に非情な現実を見せつける。
スタンドの興奮がさめやらぬ中、シバは脇目もふらずタダシへと歩み、彼の前に右手を差し出した。
「ありがとう」
豆だらけの大きな手は、鍛え方がまるで違うことを実感する。タダシは目を潤ませながら、無念そうに握手を交わした。
「……は、はい。また……挑戦します」
「ああ、待っているぞ」
「はい!」
タダシの肩を叩き、シバは颯爽とベンチへ下がっていく。広く逞しい背中――何と頼もしいことだろう。タダシには、シバがヒーローに見えた。
+++
(やったぞ!)
シバはベンチへ戻りつつ、アンズの席へ向けて腕を振り上げるが――それに合わせるようにファンからスタンディングオベーションが巻き起こり、座って拍手していたアンズは一瞬で他の観客にかき消された。
「……」
シバはクールな表情を作りつつも、内心がっくりと肩を落としながらベンチへと帰還する。枠だけになったサングラスをかけ、鼻を赤くしたイツキがふて腐れながらシバの席に座っていた。
「……そこはおれの席なんだが」
「その前に、言うことあるでしょ!」
まるで罪悪感もないシバを見て、イツキの怒りは頂点に達する。
「すまん。だが、あれは事故だろう。よくあることだ」
「自分が悪いと思ってないのー!?ポケモンのミスはトレーナーの責任だよ!」
「逃げないお前が悪い!訓練が足りんのだ」
四天王を5年やって来たシバにとって、ポケモンがベンチへ突入してくるハプニングは良くあることなので、何故イツキがこれほど腹を立てているのか理解できなかった。すかさずワタルが間に入る。
「まあまあ……。イツキくんはまだ新人なんだからさ……ベンチにも見えない壁を設置すべきだね」
「そんなものいらん!危険予測ができてこそプロだ。これも試合の醍醐味!覚えておくがいい」
ワタルの提案を遮って、シバはきっぱりと言い放つ。
「むっかつくー!今度絶対、流れ弾当ててやろ」
むくれるイツキに、カリンが極めて冷めた口調で口を挟んだ。
「そういうのダサイわよ」
「カリンもシバの肩持つの?ひどくないっ?」
「そうね、でも流れ弾予測はできなくちゃ。シバも言葉を選べって感じだけど」
カリンの真っ当な意見に二人は揃って沈黙し、その状況がキョウが笑い飛ばした。こんなやり取りも、音は拾われなくともカメラではしっかり抜かれている。ワタルはメディアの視線を気にしつつ、話題を変えた。
「それはともかく!シバ、勝利おめでとう。お前らしい試合だったな」
「ああ!やはりタイトルマッチは気分がいい。やはり四天王になって良かった」
親友同士はにこやかに拳を突き合わせ、勝利を称え合った。そんなやり取りを横目に、ふいにカリンが席を立つ。次はいよいよ四天王最終戦、彼女の出番だ。すかさずイツキがエールを送った。
「カリン、頑張ってね!」
「ふふ、結局みんな有言実行ね。最後ってプレッシャーだわ」
彼女はショールを身体からほどくと、ベンチを出ながらワタルへ投げる。彼は思わず目を丸くした。
「持ってて」
「あ、ああ……」
後方から突き刺すようなイツキの視線が痛い。
まるでランウェイを歩くモデルのように颯爽とフィールドへ歩んでいくカリンを、大きな歓声が出迎える。