第23話:トリックスター
北側と南側ベンチ、それぞれのスタンド上部に設置されたハイビジョンスクリーンにイツキと挑戦者の顔写真が流れ、手持ちの数を表すモンスターボールのマークが3つずつ表示された。四天王戦では、手持ちはそれぞれ三対三で争われる。この映像演出も以前よりスタイリッシュに変化しており、一部でどよめきが上がった。歓声が渦巻く中、イツキは軽く腕を鳴らしつつテクニカルエリアを回り、フィールドのセンターライン延線上にあるアンパイア席の前で挑戦者と握手を交わす。
「よろしくね!」
イツキの無邪気な笑顔に、挑戦者のカズマはやや引きつった笑顔を浮かべる。彼は現在22歳。四天王とはいえ、7つも年下のトレーナーには負けたくなかった。
「……あの、会見で言ってた一匹も倒されないって公約。早々に破ってやるからな」
「へえ、気を付けなきゃ」
イツキは不敵な笑みを浮かべる。
「そんで、また骨折らないように気を付けてくださいよ。四天王様!」
畳み掛けるような嫌味に、イツキはムッとして顔を歪めた。容易く挑発に乗ってきた四天王に、挑戦者は愉快気に吹き出す。イツキは更に憤慨しながらベンチ前の自分のポジションへと戻った。
「速攻、叩き潰してやるー!」
「ちょっと、冷静になりなさいよ」
ベンチからカリンの声が飛び、我に返ったイツキがひきつり笑いを浮かべながらベンチを一瞥した。彼女は呆れながらベンチシートにもたれ掛る。
「あーあ、挑発にかかりすぎ。大丈夫かしら」
「悲しいけど、握手セレモニーでこっそり暴言を吐かれることは結構あるんだよ。気分が悪いと思うが、みんな気を付けてくれ」
ワタルが眉を顰めながらベンチに腰かけている仲間に説明すると、キョウが控えめに挙手をした。
「審判に申告したら失格になるのか?」
「事例がないから何とも言えないけど……。反則行為でポイントは付くと思う」
「そんなつまらんことで挑戦者を蹴落とすより、試合で負かせばいいだろう」
ベンチの隅でうんざりしながら呟くシバに、キョウは「ごもっとも」と一笑する。
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イツキと挑戦者カズマ、両者がポジションへついたことを確認し、アンパイヤはもう一度二人を一瞥する。会場全体が息を飲み、張り詰めた緊張感が流れる――彼は赤いフラッグをフィールドのセンターライン上にゆっくり降ろすと、一呼吸おいて勢いよく振り上げた。
『プレイボール!』
沸き上がるような大歓声に乗って、フィールドへ二つのボールが投げ入れられる。イツキが選んだポケモンはヤドラン。対するカズマはキングラーを繰り出した。その瞬間、スクリーンのスコア表にポケモンの画像が映し出される。
「同じタイプかあ……」
イツキは口を尖らせる。歓声に煽られ、すかさずカズマは声を張り上げた。
「キングラー、先手必勝!クラブハンマーッ!!」
キングラーが横を向いて巨大なハサミを振り上げる――まるでフェンシングの突きの様な素早い動作だが、ヤドランは主人の「殻!」の一言で尻尾に噛みついているシェルダーでその攻撃をガードした。しかし、パワーはキングラーが圧倒的に上である。その威力たるや殻の先が欠け、押し返されそうになった。イツキはヤドランへ近寄り、指示を出す。
「ナップ、念力〜っ!足を狙うんだ」
ナップと呼ばれたヤドランは、押し負けそうになる寸前で念力を放ちキングラーの脚をふわりと浮かせる。バランスを崩した瞬間を狙い、「思念の頭突き!!!」額に集めた念を猛烈な頭突きと共に食らわせ、キングラーは2メートルほど先へ飛ばされた。スタンドから吃驚の声が上がる。
「ちっ、キングラー……剣の舞い!!」
カズマは素早く起き上ったキングラーに、攻撃力を上げる舞を躍らせる。その間にイツキはヤドランに雨乞いを指示した。ヤドランが両手を上げて念じると、スタジアムに少し強い雨が降り始める。だが見えない壁により、観客は一切濡れることがない。あちこちでその壁の精度の高さに驚く歓声が聞こえてきた。
ベンチの隅で待機していたスタッフがイツキとカズマに傘を差し出すが、二人はそれを拒否する。
「傘なんか邪魔だもんね」
「トレーナー自身に天気は関係ねぇ!いくぞキングラー!マッドショット!!」
キングラーが泥の塊をヤドラン向けて発射する。口から連発される砲弾を、ヤドランは濡れたフィールドを滑走しながら間一髪かわしていく――が、最後に放たれた会心の一撃がヤドランの顔面にヒットした。後ろのめりに倒れかけたところを、キングラーの巨大な鋏が襲い掛かる。
「いけ!!はさみギロ……、」
「水鉄砲ですり抜けて!」
挟まれかける一歩手前――ヤドランは水鉄砲を口から噴射させると、その圧力で浮き上がってするりと潜り抜け、宙返りしながらフィールドに降り立つ。キングラーははさみギロチンを思い切り空振りしてしまった。その隙をついて、イツキは更に攻撃を仕掛ける。
「チャンス!ナップ!!冷凍ビームで脚を捕まえちゃえ!」
ヤドランは俯きながら、キングラーの足元めがけて氷の光線を吐いた。冷凍ビームが直線を描きながら襲いかかり、キングラーに凍てつく衝撃が走る。すぐに両足は凍りつき、足枷へと変わった。
「ちっ、……居合切りで断ち切れっ!」
「僕らが切ってあげるよ!ナップ、アイアンテーール!!」
ハサミを振り上げるキングラーの空いた胴体めがけて、ヤドランが鋼に硬化させたシェルダーの尻尾をフルスイングした。見事、脇腹めがけてクリーンヒット。キングラーに殻が割れるような衝撃が走り、そのままフェンスへと吹っ飛ばされた。
「キングラー!」
カズマは慌ててそちらへ走る。
(……倒した?)
イツキはアンパイヤ席とスクリーンのスコアボードを交互に見るが、まだ『気絶』のサインは出ていない。その間にキングラーがよろめきながら起き上ると、スタンドから歓声が沸き上がった。
「いけるな?」
カズマの問いに、キングラーは黙って頷く。巨大なハサミを引きずりながら、ヤドランめがけて這いずっていき――その距離2メートルとなったとき、ヤドランが両手を突き出した。
「よおし、ナップ!とどめだ!」
降雨を歪めるような強力な念力が、ヤドランから発せられる。
「サイコキネシスーーー!!」
イツキの絶叫と共に、念の波動がキングラーを強襲した。とどめの一撃。キングラーは、なすすべなくひっくり返る。すかさず、アンパイヤが赤いフラッグを振り上げた。
「キングラー、戦闘不能!」
それに弾かれるように、観客席から放たれた歓声や指笛が、一斉にフィールドへ降り注いだ。まるで温かいシャワーのような心地よい感覚。イツキは喜びから湧いてくる笑いが抑えきれなかった。
「初戦、白星ぃ!やばい!」
ヤドランと興奮気味にハイタッチする。
(やばい、超気持ちいい)
これまで生きてきた人生の中で最も称賛された勝利――あまりに幸せで、ベンチへ振り返って仲間たちに「イエーイ★」とダブルピースを送った。
「油断するな!」
すぐにシバの怒号が飛んできたが、この喜びは堪えきれない。
「いけっ、グライオン!」
背中越しにカズマの声がして、グライオンの鳴き声が響き渡った。イツキは慌てて体勢を立て直す。
「……おおっと!いかなきゃ。じゃあこっちも変えちゃお」
彼は手を上げ、アンパイヤにアピールしながらヤドランをボールへ戻すと、今度はフーディンを繰り出した。
「行くよー、ディン!」
イツキはフーディンとハイタッチして、グライオンを迎え撃つ。
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「あいつ!試合中に何やってんだ」
シバが立ち上がるような勢いで怒り狂っていた。ワタルは苦笑しながら彼を諭す。
「まあまあ。トップバッターだからね、彼は。嬉しい気持ちは分かるよ」
「……まあ、しかし、ヤドランの鈍さをフィールドを滑ることでカバーしたのは評価する!訓練の成果だな」
シバは腕組みしつつ、自分の手柄とばかり頷いた。それを見たカリンは、吹き出しそうになりながら冷やかす。
「まぁ!“先輩”さすがじゃなぁい!そうよね、怪我させただけじゃ心証悪いものね」
「……う、うるさい!」
そのやり取りを横目に、キョウがぽつりと呟いた。
「ちゃんと動けてるみたいだな」
「リハビリ頑張ってたからね。あのドキュメンタリー以上に彼は努力してるよ!」
ワタルは少し興奮気味に微笑んだ。
楽しそうにテクニカルエリアを駆けるイツキの姿を見ていると、怪我をさせてしまった罪悪感も薄れ、安心へと変わっていく。
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「グライオン!シザークロスッ!」
「ディン、リフレクターでガード!」
グライオンが滑空しながら、鋏状の爪を振り回す。フーディンは冷静にリフレクターを作ると、それを受け止め打撃を弱めた。
「怯むな、グライオン!連続斬り!」
リフレクターが張られると、カズマはすかさず攻撃を切り替える。連続攻撃で、強行突破する考えだ。凄まじい剣圧にフーディンは圧倒され、次の手を打つ前にリフレクターは破れた。その僅かな隙をついて、グライオンの鉤爪がフーディンを一閃。3メートルほど遠くへ跳ね飛ばした。スタンドはどよめきに包まれる。
「わわっ……」
直撃を受けてしまい、フーディンはフィールドに突っ伏したままだ。慌てて駆け寄るイツキの姿を満足そうに眺めながら、カズマはにやりと微笑んだ。
「フーディンは打撃に弱いからな。……どんどん攻めるぞ!グライオン、剣の舞っ」
その指示を聞いて、グライオンは空中で舞を披露する。スタンドから拍手が上がった。それにつられるように、イツキも反射的に手を叩く。
「わお、キングラーよりイケてるダンス!もっと見せてよ、アンコール!アンコール!」
「……えっ?」
するとフーディンも立ち上がって主人と共に手を叩き始めた。その独特の拍手はグライオンを混乱させ、舞を止めることができなくなる。だがアドレナリンは急上昇していき、この状態で一太刀でも受ければフーディンは一撃でやられてしまうだろう。
「ディン、今のうちに。瞑想……、そんで雨を……」
イツキがフーディンの肩を叩き、そっと指示を囁く。
フーディンは頷くと、フィールドに胡坐をかいて瞑想を始めた。上空ではグライオンが依然、剣の舞を披露している。雨も次第に弱まり――止みかけたその時、アンコールの呪縛が解けた。カズマは待っていましたとばかりにがなり立てる。
「とどめだ!アクロバット!!」
グライオンは目を血走らせながら、スタジアムの天井高く浮き上がる――すかさず、イツキが指示を命じた。
「今だ……、サイコキネシス!」
フーディンが両手を広げて目を光らせた。その瞬間、フィールドを強力な念力が波打ち、雨水を浮き上がらせる。そぼ降る雨も巻き込んで、幾千の水の矢へと変えて上空のグライオンに攻めかかった。マシンガンのような水滴がグライオンや見えないフェンスを打ち付ける。効果は抜群だった。雨粒と共に、意識を失ったグライオンはフィールドへとひらひらと舞い落ちる。
「グライオン、戦闘不能!」
一撃だった。カズマは絶句する。
「へっへー、サイコキネシスはこんな使い方もできるんだよーん♪僕のポケモンくらい鍛えてなきゃダメだけどね!」
「……そりゃ、勉強になりました」
おどけながら喜ぶイツキを後目に、カズマは悔しさを噛みしめていた。
もう後がない。
後一匹で、夢の舞台が終わってしまう。苦労してバッジを集めた努力も水の泡だ。モンスターボールを握る手がじんわりと汗ばんでくる。観客たちはいきなり無敗突破しそうなイツキにしか期待していないだろう。頭が熱を帯び、泣きたい衝動に駆られたが、必死でこらえながらボールをフィールドに投げ込んだ。
「頼む、相棒っ!」
現れたのはヘラクロスである。
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「ふーん、なかなかやるじゃないの。可愛いだけじゃないね」
スタンド最前列で、キクコはお茶と煎餅を片手に楽しそうに試合を観戦していた。
見えないフェンスのお陰で、水滴のマシンガンを非常に迫力よく見ることができた。後方で思わず泣き出してしまった幼児がいるほどだ。この設備ならではの技だろう。ネットだった頃では観客に被害が出るので、こういう大技はなかなか躊躇してしまうのだ。
「……やっぱり、あたしの頃にやってほしかったな」
キクコはため息をつくと、北側ベンチ上で悠々と観戦している総監を睨みつけた。
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「変えまーす」
イツキは右手を上げながら、アンパイヤに申告する。フーディンをボールへ戻し、オーバースローで新しいボールをフィールドに投げ入れた。
「お待たせ、ネオ!」
頭の房に、サングラス型のICマーカーを装着したネイティオが現れる。唯一無二の相棒は三番手に、と決めていた。イツキは両手を広げて、観客を鼓舞する。
「見ててね、僕のパートナー!よろしくお願いします」
ネイティオはスタンドを見回し、主人の挨拶も込めて観客向けてぺこりと小さくお辞儀する。微笑ましい姿は観客を和ませるが、カズマにそれを許す余裕はない。
「飛べ、ヘラクロス!乱れ突きだっ」
ヘラクロスが羽を広げ、飛行しながらネイティオに襲い掛かってきた。彼はすぐにスイッチを切り替えてひらりと空へ舞い上がり、攻撃を回避する。距離を取ろうとするネイティオをヘラクロスは執拗に追いかけ、再び突きを繰り出した。ネイティオが一回転して間一髪で避けると、ヘラクロスの角は見えないフェンスへに突する。頑丈なフェンスをも大きく揺らす衝撃に、観客は肝を冷やした。
「わあ、何アレ……」
それを見て、イツキも思わず怖気づいた。華奢なネイティオがあれをまともに食らってしまえば、致命傷になりかねない。
「ヘラクロス、瓦割り!」
ヘラクロスは上空で身を翻すと、ネイティオに角を振り上げた。
「ネオ、怪しい光で対抗っ」
指示を聞いて、すさかずネイティオの両眼が鈍い光りを放つ。しかし、ヘラクロスは怖めず臆せずネイティオへ突進した。その気迫に驚いている僅かな隙に強烈なタックルを受け、ネイティオはフィールドへ打ちつけられる。
「メガホーーン!!」
倒れこんだところをヘラクレスが手を緩めずに畳み掛けた。
「ネオ、電光石火で逃げて!」
イツキの声を聞き、ネイティオは痛みを堪えながら弾かれるように攻撃を潜り抜け、再び上空へ羽ばたいた。すぐに主人の元へ近寄り、自分の状態を知らせる。すでにあちこち負傷して、体力はもう半分もないだろう。
「相手はなりふり構わずって感じだね。……なるべく距離を取らないと。シャドーボール!」
ネイティオは頷くと、暗黒の念を放ってヘラクロスを狙い撃った。だが相手は再び攻撃を受けながらも正面からネイティオを強襲する。「もう一度、メガホーン!」
そのタフさに二度も驚くほどネイティオは感情的ではない。彼は即座に上空に舞い上がってそれを回避――ヘラクロスと衝突しそうになったイツキは慌ててその場に伏せる。
「負けるわけにはいかない!どんどん攻めろ、ヘラクロス!」
カズマがテクニカルエリアを駆けながら、ヘラクロスへ声を張り上げる。これで負ければ夢の終わり――焦燥感が高まり、策を練ることさえも忘れていた。カズマは必死だった。とにかくネイティオを力技で攻め込むのみ。せめて一匹でも倒して四天王の公約を破りたかった。
「辻斬りっ!!」
ヘラクロスが角を振りかぶり、ネイティオへ攻め込んだ。これを食らったら気絶するかもしれない――だが、鳥の方も負けるわけにはいかなかった。主人のデビュー初勝利は自分が献上しなければ。即座に急下降し、刃を避ける。
「ネオ、つばめ返しっ!」
地上から声を上げるその命令を聞き、ノーガード状態のヘラクロスの胴体へ疾風の白刃を叩き込む。効果は抜群だ。怯んだ隙にもう一発――と、イツキが畳みかけようとしたとき、ヘラクロスが捨て身の突進を仕掛けてきた。目を血走らせながらの奇襲は回避する間を与えない。
「起死回生だーっ!!!」
大きな衝撃を受け、二匹はもつれ合うようにフィールドへ転がり込んだ。互いに激痛を堪えながら身体を上げると、視線がかち合った。どちらも、主人を勝たせたいという想いを湛えている。
「ネオ、サイコキネ……」
「飛べ!」
イツキが指示をより早く、ヘラクロスが上空へ飛び上がりネイティオを翻弄する。彼もそれを追うように羽ばたいた。もう体力は殆ど残されておらず、両者低空飛行でよろめいている。それでもただ勝利のみを追求する姿に、観客は息を呑んだ。
ここで、一撃でも食らったら終わり――イツキは唇を噛み締める。絶対に技のタイミングを誤ってはならない。
(負けたくない……!)
相棒のネイティオには絶対に黒星を付けさせたくなかった。
「ヘラクロス、インファイト!」
カズマが口火を切った。ふらついていたヘラクロスが覚悟を決め、目を光らせながらネイティオへ飛びかかる。イツキは慌てて声を張り上げた。
「ネオ、サイコキネシス!」
直進してくるヘラクロス目掛け、ネイティオが翼を広げ念を込める――刹那、ヘラクレスが大きく飛行の軌道を外してフェイントをかけた。仰天する相棒をフォローするように、イツキはもつれる舌で絶叫する。
「は……鋼の翼で防いで!」
すぐさまネイティオは翼を硬化させ、間一髪でそれを受け止めた。だが力の差は歴然で、翼があっという間に歪んでしまう。襲い来る絶望感に、イツキの背筋が凍りつくが――その刹那、ネイティオがチャージしていた念波を発動。スタジアムごと揺るがすような渾身のサイコキネシスの波動は、ヘラクロスをスタンド上段まで薙ぎ払った。
「わああっ、ヘラクロス!」
意識を失ったヘラクロスがフィールドへ落下し、カズマが目を真っ赤にしながらそれを追った。その様子をまるで他人事のように眺めながら、イツキの意識もそこで一瞬だけ途絶える。
もしかして、勝った……?
頭は真っ白だ。
「ヘラクロス戦闘不能!勝者――イツキ!」
赤いフラッグが揺れ、弾けるような大歓声がスタジアムを包み込んだ。その巨大な賞賛が、イツキを再び現実に引き戻し、自分がスターだということを認識させる。沸き立つような高揚感に、呼吸も荒くなった。この喜びをすぐに相棒と共有したくて、彼は夢中でネイティオを探す。
「勝ったぁああ!!」
息も絶え絶えのネイティオを地上から迎えるべく、イツキが威勢よく駆けだした――その時、まだ濡れたフィールドが彼の足を取った。
「……あ」
イツキは思い切り足を踏み外した。ベンチから聞こえる仲間の声、スタンドの悲鳴――手前にこける……彼がそう意識するより早く、ネイティオが滑空しシャツの裾を嘴で摘まんで起き上らせた。鮮やかなファインプレーに、スタンディングオベーションが沸き上がる。
「……あ、ありがとネオ!さすが僕の相棒〜っ」
イツキは苦笑しつつ、喜びを噛み締めながらネイティオの頭を撫でる。相棒は疲弊しつつも相変わらずのポーカーフェイスを決めていたが、内心は喜悦でいっぱいだった。主人にプロ初白星を献上できたことは何より誇らしい。この勝ち星は、これまで得てきたどんな勝利よりも輝いていた。
+++
「イエーイ★いきなり全勝でーす♪」
ベンチに戻ったイツキは、満面の笑みを湛えながら仲間たちにおどけて見せる。
「おめでとう!いい試合だったよ!」
ワタルがイツキとフィストバンプで勝利を称え合う一方、カリンは少し捻くれた言葉をかけた。
「最後、危なかったわね。ネイティオが機転を利かせてくれて良かったわね」
「ぼ……、僕とネイティオは一心同体だから!頭の中でサイコキネシスを放てって祈ってたんだよ」
「ふうん……」
イツキはしどろもどろになりながらベンチに置かれたドリンクを取ると、それを持ってシートに腰を下ろす。この指摘は図星であった。ネイティオがまだサイコキネシスを撃てる余力があったのは想定外だったのだ。
(終わったらみっちりトレーニングしなきゃ……)
震える手でドリンクを口にし、小さくなっているイツキを仲間たちは微笑ましく眺めていた。フィールドでは次の試合に向けて整備が行われている。そろそろ完了――というところでスタジアムDJのアナウンスが流れた。
『さあ!始まりますよ第二戦!お次は四天王キョウさんと挑戦者タカヨシさんの試合です!』
やや緩みかけたスタジアムの雰囲気が再び引き締まり、熱気の波が戻ってきた。扇子を下唇に引っかけながら、考え事をしていたキョウがゆっくりと立ち上がる。仲間の声援を受けながら彼はベンチから出ると、フィールドに一礼してテクニカルエリアへと降り立った。