第20話:デビュー会見
『いよいよあと30分……14時から新生セキエイ四天王による記者会見が開かれます!まだ会場にエキスパートトレーナー達が現れる様子はありません。デビュー戦はいよいよ来月!どんな抱負が聞けるのでしょうか?』
オーキドは研究所の小さなテレビを食い入るように見つめていた。
ついにこの時が来た。セキエイを立て直すために主導し、四天王が決定してからほぼ裏方で地味な活動を続けること数か月。ワタル、そして新生四天王たちは想像以上の働きを見せてくれた。鳳凰会を吊るし上げたことは相談すらなかったが、あの総監でさえ「参ったよ」と感服していた始末。もう、自分の力は必要ないのだろう。オーキドは寂しそうにコーヒーを啜る。
「博士ー、お使いから戻りました」
研究所の開け放たれたドアから、レッドがひょっこりと顔を出す。肩にはピカチュウを乗せていた。
「おっ、ありがとう」
「何見てるんですか?」
紙袋を抱えたレッドがテレビを覗き込む。オーキドは耳を疑った。
「知らんのか?今日は新生セキエイの記者会見だぞ!?」
「へぇ……。あれ、博士は行かないんですか?プロジェクトリーダーだって言ってたじゃないですか」
首を傾けるレッドに、オーキドはがっくりと肩を落とした。
「……わしは、急ぎのデータ作成を頼まれてキャンセルになった」
「残念ですね……」
彼は苦笑しながら、ピカチュウと目を合わせる。テレビでは新チャンピオンのワタル、それから四天王たちがフリップを使って紹介されているところだった。
――オレさ、もう一度旅に出るよ。それで、チャンピオン倒すんだ。
あれから、グリーンは荷物をまとめてすぐに家を出てしまった。新チャンピオンが彼に何か影響を与えたのだろうか?ワタルは試合の興行化を受け入れ、繰り上がりというバッシングからも抜け出しずっと前を向き続けている。殿堂入りをしてから、手持ち無沙汰になりつつある自分とは少し違う。
「博士……、僕もちょっと見ていっていいですか?」
「ああ、もちろんだよ。早く始まらんかなァ」
――だから理解してください、夜明け前が最も暗いんです。
そう言い放ったあの精悍な横顔。これからどんな夜明けが訪れるのだろう?レッドは椅子に腰を下ろし、その時を待った。
同時刻。エンジュジムではマツバの弟子達が事務所から大型テレビを運び込び、道場内でそれを取り囲んでいた。
「イッちゃんが四天王なんてねぇ、未だ信じられないよ」
「骨折は大丈夫かしら……」
老人トレーナー達がお茶や菓子を片手に心配そうに呟く。リーダーのマツバはまるで敬老会のようだと思いつつ、自分の菓子を口にしながらテレビに向き直った。全く期待していなかったのに、イツキは見事スイクンを捕獲し四天王に上り詰めた。合格した時は、ジムを上げて祝福したが……気付けば彼はとてつもなく遠いところにいる。いつの間にか、途方もない差がついてしまったのだ。
(あいつに負けるなんて……正直悔しい)
だが、今回ジムリーダーから四天王に昇格している例がある。
自分にもチャンスはあるのだ。マツバの中で目標はどんどん広がっていく。ただ今は、友人の勇姿を見届けるのみ。
タマムシシティのコミュニティセンターで、エリカはカツラと二人で打ち合わせをしていた。
キョウが抜けてあらゆる支援を本部から受けているのだが、それでもまだまだ忙しい。エリカはカツラのサポートを積極的に行っていた。ふと、時計の時刻を見て彼女は書類を読む手を止める。
「あ、カツラさん。ちょっと休憩しましょう」
「ずいぶん中途半端な時間だね」
「何言ってるんですか、もうすぐ会見が始まるんですよ!」
そう言いながら、エリカは嬉しそうに自身のスマートフォンを取出しワンセグを起動する。その動作に、カツラもこれから何が始まるのかやっと気が付いた。
「あーっ、そうだった!我らが英雄の姿を見逃すところだったよ」
「バッジが無くなったときはどうなることかと思いましたけど、上手く収まって良かったです」
エリカは安堵しながら微笑んだ。だがカツラの表情は浮かない。
「……あれ、上手く事が運びすぎなんだよなぁ……」
バッジが紛失して1週間後。それはテレビに中継されている中、ランスの懐から発見された。お陰で鳳凰会は解散。リーダーのランスは実刑が確定。セキエイの信用は回復し、キョウはお咎めなし。嫌疑がかかった彼の弟子もアリバイ有りですぐに釈放。問い詰めたかったが、キョウは社交辞令的な別れを告げて自分の元を去った。あの時の彼は堂々と構えており、後ろめたさなど何も感じられなかった。
(ああいうところがあるからさ……あいつはジムリーダーに必要だったんだよ。今のリーダーたちは若くて純粋すぎる。エリカや他のリーダーが同様の事件に巻き込まれたらあっさり負かされているだろう。……多分、私も)
カツラは肩を鳴らしながら、ぼんやりと考える。サカキが消え、キョウが抜け――カントージムリーダーは完全に毒が抜けきってしまった。彼はため息をつきつつ、ワンセグに目線を移す。
一方、コガネシティのアカネの自宅では彼女が親友のミカンを呼んで、テレビの前で浮足立っていた。二人でこの日に備え、休暇をもらったのだ。
「も、もうすぐだねアカネちゃん!」
ローレライのワンピースを着たミカンが興奮気味にアカネに寄り掛かる。
「う、うん!めっちゃ緊張するーっ。カリンさんが四天王って、うち未だ信じられんわ」
同じく、ローレライのカットソーとショートパンツを纏ったアカネも胸の高鳴りを抑えられなかった。憧れのカリスマアパレル店員が四天王に決定したというニュースを初めて耳にした時は、驚きのあまり腰が抜けてしまった。コガネシティでは地元が生んだヒロイン、ということで特に大々的に報道され、中継しているコガネテレビもカリンを中心に取り上げている。
「美人でお洒落で強いトレーナーって、最高だよね。憧れるよお……」
ミカンはうっとりとため息を漏らす。コガネ百貨店でのイベントの一件から、彼女はカリンの虜である。服は全てローレライ。それもわざわざコガネ百貨店まで来て購入するというこだわりようである。四天王に昇格してからも、毎日情報をチェックしていた。
「うんうん、女の子の理想やんね。個人ファンクラブできんのかな?ソッコー入る!」
「もうすぐできるみたいだよ。フェイスブックの本部公式アカウントで発表されてたの」
「ミカンさすがやな……」
いつの間にか自分以上に心酔しているミカンに、アカネはやや呆れていた。
「カリン様のことなら任せて♪……あっ、始まったよー!」
『今、チャンピオンのワタルさんを筆頭に新生セキエイ四天王が現れましたーっ!』
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まるでスポットライトのように、数多のフラッシュが降り注ぐ。
会場に真面目な面持ちのエキスパートトレーナー達がゆっくりと会釈しながら入ってきた。その口元は綻びもなく固く結ばれている。全員がプロの顔だった。かっちりとしたスーツに身を包み、揃って一礼、着席する姿はスマートで美しい。まだ杖で足を引きずっているイツキさえも、その動きは滑らかに見えた。下種なスキャンダルに晒され続けた彼らだったが、それを一瞬で打ち消すような佇まいに集まった報道陣も圧倒される。全員席に着くと、マイクを渡されたワタルがにこやかに口を開いた。
「この度は、お集まりいただきありがとうございます。記者の方、そしてファンの皆様の支持があり、ここまで来られたことを大変嬉しく思います」
彼が恭しく一礼すると、四天王たちもそれに続く。
「いよいよ来月はデビュー戦です。では、新しい四天王たちから抱負を述べさせていただきたいと思います。……まずは、イツキくんから」
そう言って彼はマイクのスイッチを切ると、隣に座っているイツキに指示を促す。
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イツキはグレーのスーツに紫ストライプのシャツ、赤いネクタイ、同色のフレームの眼鏡というやや派手な出で立ちをしていた。座ったまま震える手でマイクのスイッチを入れ、記者陣に頭を下げる。
「こ、こんにちは……新しく四天王になったイツキです。憧れの四天王になれてとっても嬉しく思ってます。怪我はあったけれど、リハビリのお陰であと2週間くらいで完治できる見込みだそうです。お騒がせしてすみません。……でも、これでデビュー戦はテクニカルエリアを動き回れます」
イツキはぎこちなく微笑む。初々しい可愛らしさに女性記者達が、思わず口元を綻ばせた。
「僕の専門はエスパーです。ご存じのとおり、エスパーはとっても強い!タイプ最強かも。誰にも負けない自信があります。もちろん、チャンピオンにだって」
意気揚々とワタルを睨みつけるイツキに、会場からどよめきが起こった。ワタルは思わず苦笑する。
「僕の目標はチャンピオンなので、四天王は通過点でしかありません。一番年下で経験も浅いからって、一番弱いわけじゃない。エスパータイプの強さ、見せてあげます!トレーナーの皆さん、覚悟して挑んできてください!」
イツキはそう捲し立てると、勢いよく頭を下げた。舌足らずだが威勢のいいスピーチに拍手が沸き起こる。マイクを握る手はぐっしょりと汗ばんでおり、小刻みに震えていた。隣に座っているキョウが、見ないふりをしつつ頬を緩ませる。
「ワタルさん、いきなり挑戦状を叩きつけられましたがどう思われますか?」
記者の質問にワタルはマイクを手に取り、意気揚々と答える。
「彼は私のライバルです。望むところです」
イツキは俯きながら、こみ上げてくる喜びを噛み締めた。ライバルと呼んでくれて、とても嬉しかった。彼にとってワタルは今まで、到底手が届かないと思っていた雲の上の存在。それが、今こうして共に戦える存在となったのだ。カリンの恋敵であり、目標でありライバル。舞い上がるような気持ちで、顔を上げた。
イツキの満面の笑みがカメラに抜かれ、エンジュジム内で歓声が上がった。
「イッちゃん可愛いわー」
「すっかり成長したわね」
「もう雲の上の人だから、ジムには遊びに来てくれなくなるんかねえ?」
ぼそりと弟子達が呟く。マツバはテレビを見ながら無心でお茶を啜っていた。四天王とはトレーナー界の大スター――彼は可愛らしくて人懐っこいからすぐにファンが集まるだろう。自分よりもモテるかもしれない。
「あーあ、すっかりヒーロー面しちゃってさ……」
同じように夢が現実になったのに、この差はあまりに大きすぎる。その上、憧れの人物にライバルと呼んでもらえるなんて。
「明日からもっとトレーニングに力入れないとな」
彼はポツリと呟いた。
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「お次は皆さんご存知、元セキチクシティジムリーダーのキョウさんです。それではお願いします」
会見二番手はキョウである。仕立てた上質の黒スーツに、ボタンダウンのワイシャツ。そして紫色のネクタイを締め、落ち着いた装いであった。彼は息を整えてゆっくりとマイクを手に取る。緊張は全くない。会見も慣れている。記者陣を一望し、静かに立ち上がった。
「新四天王のキョウです。この度、セキチクシティジムリーダーから四天王になるにあたり、関係者の皆様には多大な迷惑をおかけしたことをお詫びすると共に、ご協力いただいたことを大変感謝しております」
そして恭しくお辞儀する。会場からどよめきが起こり、フラッシュの嵐が頭に降り注いだ。
「トレーナー人生10年の節目にこのような地位を得られたことを誇りに思います。私を選定していただいたチャンピオン含む本部関係者、未だ支持してくださる地元セキチクシティの皆様……そしてファンの方々に恥じない結果を出すことを誓います。トレーナーのプロフェッショナルとして、挑戦者を阻むプレーをお見せできればと」
落ち着き払った、聞き取りやすい言葉。さすが場慣れしており、この次は嫌だわ……とカリンは、俯き気味にむくれていた。そんな中、記者の中から質問が飛ぶ。
「ジムリーダーからすぐの昇格ですが、ポケモンの準備は問題ないのでしょうか?あなたは練習に時間が取れず、実力を懸念視する声もありますが……」
「リーダーだったからこそ準備は万全です。セキエイに挑む挑戦者に相応しいポケモンを揃えています。……ところで、ジムリーダーと四天王は全く別物なので昇格という言葉は不適切では?ジムリーダーはバッジをただ交付する人間ではない。プロを見くびらないでいただきたい」
「……失礼しました」
やや憤りが込められた表情で睨まれ、記者は慌てて席へつく。カリンが小声で囃し立てた。
「おじさまやるぅ。ちゃっかりジムリーダーも持ち上げちゃって」
「社交辞令」
キョウは前を向いたまま、カリンに向けてぽつりと吐き捨てた。
動画を見ながら、エリカは込み上げてくる嬉しさが抑えきれない。自分はジムリーダー就任当初、四天王となる男に師事していたのだと誇らしくなった。彼はルーキーだったエリカの教育係を担当していたのだ。
「うふ、ジムリーダーも強いですって。当たり前ですけれども」
「まあ認めたらジムリーダーが完全格下扱いだからね、事実だけど。リップサービスでしょ。良くやるんだ、あいつ。もーね、あの知的な顔で言われちゃうとみんな信じるんだよねぇ」
エリカと対照的に、カツラは憂いを込めた息を吐く。
「ちょっと、言い過ぎじゃないですか?せっかくジムリーダーから四天王を輩出できたんです。素直に喜びましょうよ」
エリカは怪訝そうな顔をする。
「うん、これは本当に凄いことだと思うよ。私はね、先を越されて本当に悔しいんだよ。2年後輩なのに……ペーパーのくせに突然ジムリーダーに任命されて、最初はボロクソに負けてさぁ。私も当時は青かったから、高学歴で元大企業のエリート会社員に勝ってるんだって優越感に浸ってたよ。でもだめだね、2年で形勢逆転。そして気づいたら四天王。もう追いつけない……」
「……驕れるものは久しからず、ですね」
「ほんと、そうだよね。反省して仕事もポケモンも力を入れ直してます……。あいつもし四天王コケても本部役員コースなんだろうな。世渡りも上手いし、総監まで上り詰めたりして。あああー、うーらーやーまーしー!」
「はいはい、羨む暇があったらまず努力をしましょう!妬んでいる間に、距離はどんどん広がってしまいますよ」
エリカはうんざりしながら手を叩いて陰鬱な空気を断ち切った。
「エリカちゃんにまで追い抜かれそう……」
カツラは委縮しながら、彼女をちらりと見つめる。エリカは少し得意げに微笑んだ。
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(はぁ……緊張する)
カリンは小さく深呼吸しながら、調子を整えていた。こういった場は嫌いではないが、さすがにこれだけの報道陣を前にするといくら抑えても緊張が込み上げてくる。
「続いて、紅一点。カリンさんお願いします」
ワタルの紹介と共に、彼女はゆっくりと立ち上がった。体のラインが綺麗に出るチャコールグレーのスーツを身に纏い、フリルの付いたリボンブラウスがふわりと揺れる。髪はアップにしてクリップで留めていた。顔を報道陣に向けた途端に、眩いばかりのフラッシュが焚かれる。笑顔を作りながら、彼女は恭しくお辞儀した。
「この度、四天王に就任しましたカリンです。よろしくお願いします。……いよいよ来月デビュー戦ですが、まだ夢心地です。少し前までコガネ百貨店でショップ店員をしていましたが、その気持ちが抜けきれてなくて。……こう言ったらチャンピオンに怒られちゃうかしら」
ワタルはまるで気にしないとばかりに、悠々とかぶりを振った。
「でも、私のポケモンの状態は万全です。私はジムバッジを一つも取得していませんし、他のメンバーのような輝かしい経歴もない。……でも、実力なら誰にも負けない自信があります。採用試験でもトップの成績を収めましたから。専門は悪タイプです。ワイルドでタフな感じ、素敵でしょ?挑戦者の皆さん、心してかかってきてくださいね」
カリンは首を傾け微笑んでみせる。ため息が出るような眩い美貌に、報道陣から感嘆の声が漏れ聞こえてきた。
「なかなか悪タイプを主力にしている女性はいませんが、カリンさん自身も悪女なのでしょうか?」
突然上がったワイドショー的な質問。隣に座っていたキョウが思わず吹き出した。ワタルやイツキも居心地が悪そうに俯いている。しかしカリンは特に気にするそぶりもなく、さらりと返答した。
「ふふ、それはご想像にお任せします。でも女性が悪タイプを敬遠するなんて、偏見じゃないかしら。タイプがどうとか、強いポケモン、弱いポケモンなんて人の勝手。好きなポケモンで勝てるようにするのが、本当に強いトレーナー、でしょ?」
カリンは誇らしげに微笑んだ。はっきりと告げたその言葉に、仲間たちは思わず彼女の方を向く――ワタルが先導して拍手を送った。つられて、会場全体から称賛の拍手が沸き起こる。彼女は嬉しそうに、顔を綻ばせた。
「カリン様素敵ぃ……」
ミカンが大きな瞳を潤ませながら、テレビの前で拍手をしていた。アカネはその反応にやや引きつつ、画面越しにカリンを眺めながらぽつりと漏らす。
「……うん。やっぱり、四天王だけあるわ」
「だよね、凄いよねー」ミカンは未だ夢心地だ。
「うちはそんな人に挑んで負けたんかぁ。……当然やな」
「そうかなあ?」
「だってえ……ジムリーダーと四天王には越えられない壁が……。あ、いやさっきのおっちゃんはソレ越えてるわ」
たった今、ジムリーダーからの出世例を目の当たりにしたばかり。自分にもチャンスがある。
「そうだよ、私たちも頑張れば四天王になれるよ!カリン様とお仕事できる!」
そっちか!とアカネは呆れたが、二人は顔を見合わせて未来を想い、笑い合った。
+++
くだらない。
何故こんな堅苦しい服を着てわざわざ会見を行わねばならんのだ。
こんな時間があったら、トレーニングをしたいくらいだ。
シバはうんざりしながらテーブルの端で他のメンバーの話に耳を傾けていた。腕を組み、膝を小刻みに揺すっていると、隣に座っているカリンが怪訝そうにこちらを睨む。
「ちょっと、真面目にやりなさいよ。あなたプロでしょ?」
「む……」
それとこれとは違う、と言いたいが反論はできない。彼の久々の一張羅はネイビーのスーツにワイシャツ、茶色のネクタイ。胸板が厚く、体格もいいためボタンが弾け飛びそうなほど窮屈だった。
「さて、四天王最後は続投するシバで締めさせていただきます。シバ、よろしく」
ワタルの紹介。ようやく自分の出番が来た。コメントは特に何も考えていなかった。マイクを持ったまま、立たずに報道陣を見回す。
(この中継を彼女は聞いてくれているだろうか……?)
ふと、アンズの笑顔を思い浮かべる。ここは印象に残るような豪快なスピーチをしなければ――彼はフラッシュを浴びながらゆっくりと立ち上がった。そして息を吸い込み腹の奥底から声を絞り出す。
「聞け、挑戦者たち!!新しい四天王を見くびるなっ、デビュー戦では我々は1匹も倒させはせん!!!」
突然の宣言に、メンバーたちは度肝を抜かれ一斉にシバを向いた。
「それとまだチケットを買ってないやつ、とにかく観に来い!!!お前たちに格の違いを見せてやる!!!」
カメラに向かってシバは指さし、大絶叫するとそのままマイクを置いて席に着いた。沈黙が会場を包み込む。
アカネとミカンは目を丸くし、絶句していた。放送事故かと思うほど、会場は静まり返っている。
「……す、すごいね」
ミカンがアカネを向く。
「め……めっちゃかっこいいやん!!何アレー!!やっばいっ!!」
彼女は目をきらめかせながら親友に抱きついた。
「そ、そう……?」
「うんうん、超ワイルドー!すーてーきー!」
湧きあがるときめきを抑えきれずのた打ち回るアカネを、ミカンは呆然と見つめていた。
(どこが……?)
+++
静まり返った空気をいち早く破ったのは、ワタルであった。苦笑しながら立ち上がり、マイクを手にする。
「えー……、シバありがとう。大変、君らしいコメントでした。ハードルあがっちゃったな……。さて、最後は自分で締めさせていただきます。改めまして、新チャンピオンのワタルです」
丁寧に頭を下げるなり、降りかかるフラッシュ――スポットライトと思えば、何も緊張はしない。
「本当に、ここまで来られたことを嬉しく思います。これは自分一人の力ではなく、四天王や本部スタッフ、関係者やファンの皆様の支えがあってこそです。心から感謝しています。でも、まだ本当の礼を言えるのは少し先かな。結果を出してこそ、ですよね。私は世間では『繰り上がりのチャンピオン』と言われていますから」
会場がやや、どよめいた。
「それは仕方ないと思います。事実ですから。……しかし、オーキド博士やスタジアム支配人始めとするスタッフの協力の下、これほど優秀な四天王メンバーを揃えスタジアムにも新設備を導入することができた。みなさん、セキエイの新たなスタートのために素晴らしい環境を用意してくださりました。これでチャンピオンがいつまでも繰り上がり何て言われていては、面目が立ちません」
雄気堂々としたワタルの話しぶりに、四天王たちも黙って聞き入った。
「しかし、チャンピオンに相応しくあるようどれほど努力したかなんて、ただ並べ立てるだけでは皆さんには理解していただけないでしょう。当然だと思います。だから私はこれについては言及するつもりはありません。プロは結果が全て、という側面があります。ということで、ただ私の試合を見てください。セキエイの王たるに相応しい実力があることを、証明してみせましょう。……もう敗北は、しない。私は、負けません」
彼は会場を見回し、怯むことなく堂々と宣言した。先ほどのシバとは異なる沈黙が会場を包みこむ。カメラのシャッターを押す指さえも止めてしまう、異常事態。まだ23歳という若者ながら、ドラゴンのような気高い雰囲気に皆が圧倒されていた。イツキがこっそりと手を胸の前に出し他のメンバーを見渡す――即座にシバが沈黙を破るように両手を打ち鳴らすと、他もつられて拍手を送った。それは次第に数を増し、盛大なスタンディングオベーションへと変わる。鳥肌が立つような快感に、ワタルは自然と笑顔になった。
テレビでこの様子を見ていたオーキドも、思わず画面越しに拍手を送る。
「さすがだなあ。ワタル君のこんな挑戦的な目、久しぶりに見た」
「……多分僕と戦った時以来です」
レッドがぽつりと呟く。身体が、波打つように震えてくる。殿堂入り以降、彼に勝てるトレーナーは皆無に等しかった。まだ虚脱感に支配されていた中での、この新チャンピオンの登場に武者震いが止まらない。
「……戦ってみたいなぁ」
「お、ポケモンマスターの血が騒ぐか?」
「はい。……でも、一度殿堂入りしましたからね、難しいかな」
レッドは苦笑する。一度殿堂入りし、プロ入りを拒否してしまえばもうセキエイに挑むことはできないのだ。だが、オーキドは少し考えこんだ後、指を打ち鳴らして立ち上がる。
「……いや、面白いぞ。それは」
「え?」
「デビュー戦でリベンジマッチを企画しよう!新チャンピオン対元チャンピオン。これは、盛り上がるぞ〜っ」
オーキドは電話機の元へ走りながら、嬉々として本部の番号を押し始めた。レッドはその行動の早さに呆然としつつ、ちらりとピカチュウを向く。
「……ま、いいよね。僕はセキエイの回復に何も貢献できなかったからね。それで、力になれるのなら」
ピカチュウも頷く。
だが花を持たせてやるつもりは毛頭ない。ポケモンマスターとして、全力で挑むのみだ。