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第1章
第18話:立ち上がる力
「うぐっ……」
 病院のリハビリルームにて、イツキは痛みを堪えながらリハビリに励んでいた。経験したことがない激痛に涙が溢れそうになるが、隣で心配そうにしているネイティオを見てぐっと耐える。
「へ、平気っ!」
 唇を噛みしめ一歩一歩前に進む彼の姿を、テレビカメラが追っていた。その撮影風景を、ワタルがそっと覗き込む。どよめくスタッフの様子を見て、イツキと目が合った。
「こんちはー」
 イツキは澄ました顔を作りながら、会釈する。
「調子はどうだい?」
 問いかけるワタルの顔に、カメラが向けられる。ランス逮捕の中継で映った車いす姿のイツキを見て、ドキュメンタリー番組から来た撮影の打診。ワタルは断ろうと思っていたのだが、宣伝になるならばとイツキが了承したのだった。そんなわけで、最近彼の周りには四六時中テレビクルーが張り付いている。
「へへー、かなり回復早いよ。デビュー戦に間に合うかも。……いや、間に合わせる」
 イツキは自信たっぷりに答えた。リハビリが終わると練習場へ移動してトレーニングにも励んでおり、ほぼ完全に立ち直っていることが見て取れる。
「そうそう、昨日見えないフェンスの設置が終わったよ」
「ホント!?じゃあ早速練習に行こうっと。……あ、スタッフさんも来る?」
 イツキがカメラクルーたちに無邪気に尋ねると、彼らは驚愕しながら互いに目を合わせる。
「いいんですか?」
「構いませんよ、宣伝してください」
 ワタルはにこやかに頷いた。彼の朗らかな雰囲気に、女性スタッフは思わず心を奪われる。スタッフたちがいそいそと移動の準備をし始める中、イツキもリハビリの器具を片付けていた。
「あ、手伝うよ」
 目ざとく見つけて手を差し伸べようとしたワタルだが、イツキにぴしゃりと突っぱねられた。
「いいよ!一人でやれるもん」
 イツキはつんと澄ましながら、ネイティオを伴い松葉杖でリハビリルームを出て行った。その頼もしい後ろ姿を見送っていると、スタッフの一人がこっそりと声をかける。
「ワタルさんを追い抜くのが目標なんだそうです。すごいライバル視されてて……。お医者さんと相談して、リハビリ限界まで頑張っているんですよ。可愛いのに頑張り屋さんで、みんなファンになりました♪」
「へえ、そうなんですか。心配なさそうだな」
 ワタルは心底安堵した。見えないところで、イツキは着実に前へ進んでいるらしい。
 
+++
 
 一行がスタジアムに到着すると、先客が建物を揺らしていた。シバのハガネールが見えない壁に岩石を投げつけているのだ。巨大な岩が客席ぎりぎりまで飛んで、跳ね返ってフィールドへ落下する。一見すればスタンドの前には何も仕切りがなく、テレビクルーたちは度肝を抜かれた。
「す、すごい!!」
 テクニカルエリアにいたシバがその声を耳にし、ベンチを素っ気なく振り返った。
「使っているぞ」
「僕も使わせてよー。ネイティオと勝負しない?」
 イツキが松葉杖をつきながら、ぎこちなくベンチを出る。この組み合わせは事故を回想させるため、シバは戸惑っていたのだが彼は気にせず白い歯を見せ、挑戦的に笑った。
「同じ怪我は二度と繰り返さないよ」
「そうか……」
 シバはワタルを一瞥する。彼もそれに頷いた。
「じゃー僕はこっち側だよ。杖なんだから気を利かしてよ」
 そう言いながらイツキは北側ベンチの床を叩く。これを出されてはシバも断れず、渋々南側に回り込んだ。
「分かった。今回だけだからな!」
 興奮気味にカメラを構えるテレビクルーを見て、ワタルにあるアイディアが浮かんできた。
「良かったら客席で見てください。迫力がありますし、『見えない壁』の素晴らしさを宣伝してくれれば嬉しいです」
「あっ、そうですね!移動するんで、5分ほど待ってもらっても?」
「もちろんです。――おーい、みんな!ちょっとカメラ入るから5分待ってくれ」
 ワタルの爽やかな声がスタジアム内に反響する中、クルーたちは駆け足で奥へと引っ込んでいく。
「そんな待てるかっ!」
 次いで、シバの怒号もこだまする。イツキはそれをすかさず遮った。
「いいよー、僕をかっこよく撮ってねー!」
 罵声に急かされたスタッフたちがベンチ上部のスタンドへ現れる。「これ、本当に大丈夫?」「何もないように見えるけど……」という不安の声を聞き、ワタルは思わず浮足立った。それはこれから感嘆に変わるのだ。
「いーくーぞー!」
 イツキが松葉杖を振り上げ、ネイティオを羽ばたかせる。
「掛け声はプレイボールだろうがっ!……砂嵐!!」
 シバが怒鳴りながらハガネールに指示を出す。フィールドに転がっていた岩石が粉々になり、スタジアム全体に吹き荒れた。眼前を覆い尽くす砂嵐はスタンド前でシャットアウトされ、テレビクルーから驚愕の声が上がった。イツキはポケットから大判のサングラスを取出し、舌打ちする。
「最悪!見えないし!――もっと荒れさせちゃえ〜っ、追い風!」
 イツキが楽しそうに指示をすると、ネイティオは激しい風の渦を巻き起こす。フィールドは大荒れとなり、ベンチに砂嵐が吹き込んできた。ワタルは後方まで引っ込み、しみじみと反省する。
(……ベンチの方もフェンスがいるな)
 風に乗ってネイティオが上空へ舞い上がり、客席ぎりぎりを凄まじいスピードで旋回していく。のびのびと飛行する姿はとても心地良さそうだ。カメラクルーの目の前も通過し、その迫力に歓声が上がった。
「ネオ、気持ちいいー?」
 イツキが声を張り上げて、ネイティオに尋ねる。彼が主人を向いて頷いたとき、ハガネールの尾が被さるように飛んできた。
「よそ見するんじゃない、アイアンテール!」
 硬化した尾がハンマーのように振り下ろされる――ネイティオは身体を回転させて直撃を防いだ。フィールドに翼が触れた時、獲物を捕らえるようにハガネールが襲いかかる。
「かみくだく!」
「サイコキネシス!」
 すかさずネイティオは強力な念力を放ってハガネールを押し返した。距離は取れたものの、あまり効果はない。
「わー、どうしよ。こっちめっちゃ不利じゃん。シーバー、ポケモン代えていいー?」
 イツキは声を張り上げるが、風にかき消されてしまう。両手を回してチェンジの合図を出すが、砂嵐も吹き荒れているためシバには届かない。彼は思わずワタルを振り返った。
「……いいよね?」
「いいんじゃない?」
 ワタルは苦笑しながら頷いた。
「戻れっ、ネオ!そして……行け、マンター!」
 イツキはネイティオをボールに戻すと、代わりにマンタインを繰り出した。突如の交代にシバは怒ったが、砂嵐に掻き消され向こう側には届かない。マンタインも風乗って浮き上がる。
「マンター、バブル光線!」
 勢いよく噴射した泡は、豪風により無数の矢のように変化してハガネールに襲い掛った。その衝撃で相手がバランスを崩した瞬間を狙い、マンタインが突撃する。
「か〜らの〜、突進!」
 暴風に乗った220キロの巨体は、砲弾そのもの。ハガネールの金属の肉体にめり込み、フィールドへ押し倒して地面を震わせた。その瞬間、砂嵐が穏やかに変化する。
「ハガネール、締め付けろ!」
 シバの声を聞き、ハガネールはすぐに身体を起こしてマンタインに巻きつけ、拘束しようとした。
「させないよー、水の波動っ」
 鋼の鎖が巻きつくより早く、マンタインは全身から水の波動を放って上手くすりぬける。放たれた超音波で、ハガネールは思わず混乱してしまった。前後不覚になり、視界からマンタインを見失う。
「後ろだ、ハガネール!そっちじゃないっ」
「へへー遅いよー。ハイドロポンプ!!」
 シバの声を聞いて、ハガネールが振り向いた瞬間――マンタインのハイドロポンプが炸裂した。近距離でまともに受けてしまい、一撃でハガネールはフィールドへ倒れ伏し気絶する。
「やったー、倒したぞー!見た見たー?」
 イツキが松葉杖を振り上げて歓喜する。ワタルにとびきりの笑顔を見せ、スタンドからスタンディングオベーションを送るカメラクルーに向けても大げさにお辞儀。見ている者も気分も弾むようなはしゃぎっぷりだ。
「お前っ、ポケモン代えるなら言わんかっ!」
 シバが顔を真っ赤にしながらイツキの元へ向かってきた。彼は慌ててマンタインの後ろへ隠れる。
「だって、砂嵐で聞こえないんだもん。そっちが悪い」
「追い風でさらに荒れさせたのはお前だろうが!!」
 いがみ合う二人の間にワタルが割って入る。
「まあまあ、二人とも。……ごめんな、シバ。交代してもいいんじゃないかって言ったのはオレなんだよ。まあ……練習だし、実際の試合でも3匹の手持ち以内なら交代は自由だからさ。いいんじゃないか?」
「……むう」
 シバは思わず黙り込んだ。それを見て、イツキが更に「ざまあ」と茶化す。またまたシバのボルテージが上がってきた所で、ベンチの奥からひょっこりとキョウが顔を出した。
 
「おー、見えない壁設置終わったのか。壮観だなー」
「キョウさん、こんにちは」
 会釈するワタルの前に、彼は大きな茶封筒を突きつけた。
「はい、これ」
「?」
「契約書。セキチクのあらゆる企業からスポンサー契約取ってきた。ついでにヤマブキ製薬も」
 封筒から数十枚の契約書が出てくる。ワタルは思わず、「おおっ」と弾んだ声を上げた。
「さすが……」
「これでスタジアムの白看板が埋まるな」
「ありがとう……!」
 彼はキョウに向かって勢いよく頭を下げた。本当に腰の低いチャンピオンだと、キョウは苦笑する。
「そうそう、明日ケーシィ・テックが打ち上げをやるらしい。行くか?」
「もちろんだよ!」
「何々〜?」
 楽しげに話している二人を見て、イツキが松葉杖をつきながら割り込んでくる。キョウが彼を見るのはランスの件以来であり、すっかり逞しく変わっている姿に感心した。
「お、杖になったんだな」
「へへー、リハビリ頑張ってるんだ。それより打ち上げって?」
「ケーシィ・テックが見えない壁設置完了の打ち上げをやるんだって。セキチクの居酒屋なんだが……」ワタルが説明するなり、イツキはサングラスの奥の瞳を輝かせて話に飛びついた。「僕も行きたーい!」
「君はまだ未成年だし……」
「酒飲まなきゃいいだけだろ。シバも来るかー?」
 怪訝そうなワタルをキョウがさらりと流し、こちらへ戻ってくるシバに声をかけた。
「……おれは訓練をする。行かん!」
 彼は頑として首を横に振る。キョウは肩をすくめながらワタルを見た。
「若いのにクソ真面目だなー、あいつ」
「平常運転だよ」
 ワタルは苦笑する。シバはこういう男だ。宴会などには一切参加せず、試合以外ではひたすらトレーニングに勤しんでいるのみ。まさに岩のような堅物である。
「カリンは来るかなー?それが最重要なんだよね!距離を縮めるチャンス!」
「聞いてみようか」
 と、言ってワタルはスマートフォンを取出し、メールを打ち始めた。その姿を見てイツキは愕然とする。
「えっ、何でカリンの連絡先知ってるの?」
「いや仲間だし……」
 ぽかんとするワタルを、キョウとイツキが白けた表情で睨みつけた。
「俺知らないんだが」
「僕も!」
「……いやっ、違う!そんなつもりは、一切ない!仕事と恋愛は、別!」
 ワタルは慌てて誤解を解こうと立ち上がった。なぜ彼女は他の仲間と連絡先を交換しなかったのか――スマートフォンを握る手から血の気が引いていく。
「まあ正統派イケメンだしなあ。対抗馬がガキとおっさんと堅物じゃ話にならないよな」
 キョウが軽く笑い飛ばす一方、イツキは色を成して対抗心を剥き出しにしていた。
「僕、絶対負けないから!」
 それはトレーナーとしてのライバル心より遥かに大きい。ワタルは恋愛絡みで一方的に敵視されたことはなく、目を白黒させて言葉に困っていると、助け船を出すようにシバがベンチにたどり着き、三人に声をかけた。
「おい、誰かもう一戦交えないか」
 すかさずふくれっ面のイツキが立ち上がる。
「僕がやってやるよ。またボッコボコにしてやる!」
「またお前か!口のきき方に気を付け――」
「いくよっ!!」
 シバの言葉を遮って、イツキが松葉杖をつきながらぎこちなくフィールドへ向かって行く。その態度にシバが何事かと、親友の方を振り向いた。申し訳なさそうに縮こまるワタルを見て、キョウは腹を抱えて大笑い。
「笑わないでくださいよ。困ったなー、カリンにみんなへ連絡先伝えるよう言っておきますね。ってキョウさん、本当に知らないんですか?ランスのバッジを盗ったとき……あれどうやって指示して……」
「ああ、あれ。本部でたまたま会ったから、行って来いよって言っただけ」
 キョウの表情からスッと笑みが消えた。
「……そういえば、お弟子さんが任意同行されたとか」
「すぐに釈放されたよ。シロに決まってるだろ」
 そう言いながらぼんやりと練習試合を見つめるキョウの横顔は、どこか影を落としている。本当だろうか……?疑惑が脳裏に浮かぶ。
 ランスの実刑は確実で、鳳凰会にはロケット団関係者メンバーもおり何人か逮捕されている。関連企業は逃げおおせたようだが、世間の目は完全にそちらを向いており、キョウはバッジ紛失の件で特に何もペナルティを負うことはなかった。
「……それは良かった」
 どうやって、ランスが犯人という正確な情報を掴んだのか?バッジを保管していた金庫から彼の指紋が出たということだが……学も人脈も金もあるキョウならば、ある程度工作することも可能だろう。真実が知りたい――ワタルはそう思いつつも、何も聞くことができなかった。
「疑ってる?」
 もどかしさはすぐに読まれた。
「あ、いや……」
「これから四天王になるのに、わざわざ危ない橋を渡るわけないだろ」
 キョウはからかうように笑い飛ばした。
「……ですよね」
 ぎこちない距離感は、面接から変わらない。キョウは背伸びしながら話題を離す。
「ま、これでやっとジムから手が離れたよ」
「本当に……お疲れさまです」
「残り、練習に専念したいんだが。だめかねえ」
「配慮しますよ」
 和やかになりかけた空気を引き裂くように、イツキの絶叫が響き渡った。
「うわーっ、負けたーっ!!」
「ふはは、調子に乗るからだ!」
 珍しくシバが快哉を叫び、完全に朗らかな雰囲気が戻ってくる。二人のやり取りを楽しそうに眺めているキョウを見て、ワタルは何も気にしないよう心掛けることにした。

鈴志木 ( 2013/07/24(水) 12:14 )