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第1章
第12話:ヒーロー失格
『とうとう、四天王が発表になりました!気になるそのメンバーですが……、シバさんが残留!そして、セキチクシティジムリーダーのキョウさんが加入!これはジムリーダー史上初の出来事となり、話題を呼んでいます。更に、《ローレライ》カリスマ店員のカリンさん、そして史上最年少15歳で四天王加入となったイツキさん……。様々な面子が勢ぞろい!更に、新しいタイトルマッチではバトルの数を増やし全試合メディア中継するということで、セキエイの盛り返しが期待されています』
 朗らかに原稿を読むニュースキャスターにランスは怒りを覚えた。
 エンジュシティの鳳凰会本部事務所内では、朝からピリピリと張りつめた空気が流れている。今朝、全国を駆け巡ったこのトップニュースは組織の方針に深く爪を立てたのだ。
「どういうことなんだ、カンナ!」
 彼は部屋の隅で小さくなっているカンナの前に歩むと、険しい顔で攻め立てた。
「わ、私に権限はないもの……。仕方ないでしょう、今セキエイはグリーンの一件から大赤字で……なりふり構っていられないのよ」
「だからって……!ポケモンバトル……いや、虐待を見世物にしていいのか!折角君はオレの意見に賛成して四天王を辞めてくれたのに、これじゃ全く意味がない。それどころか悪化しているじゃないか。本部には何も言ってないのか?」
 苦痛に顔をゆがませる恋人を見るなり、カンナは慌てて弁解した。
「でもね、ランス。セキエイはトレーナーの生活も担っているのよ。だから……」
「そんな言い訳、通用しない!君にはがっかりだよ。帰ってくれないか」
「でも……!」
 ランスはすがりつくカンナの腕を引っ張ると、乱暴に部屋から追い出した。
「帰れ!」
 そして、勢いよくドアを閉める。
 扉に縋り付いて釈明する恋人の言葉など、全く耳に入ってこなかった。怒りだけに支配され、朝から四天王特集ばかりしているテレビを消してリモコンを床に投げつける。
 
 何故、この世はポケモンを戦わせて喜んでいるのか。
 全く理解できない。そうして寿命を縮め、虚しく死んでいくポケモンも多いというのに。それを商売にしているリーグ本部も論外だ。ポケモンとは、人間と社会を共有するかけがえのない存在。なのに、世の中は正しいはずの自分たちを理解せず、悪の四天王を支援している。
 ランスの中に、憎悪が渦巻く。苛立ちが溢れそうになっていると、デスク上の電話が鳴った。コードを千切るように引ったくる。
『支援企業のチョウジ開発のアポロさんからお電話です。いかがしますか?』
「……繋いでくれ」
 通話が切り替わる。
「ランスですが……」
『お世話になります、チョウジ開発のアポロです。ご無沙汰しております。……ニュース、ご覧になりました?我々の意に反する、とても無念な結果になりましたね』
 電話の先の男の声が、ランスの義憤を増幅させた。チョウジ開発は鳳凰会をバックアップしてくれている、数少ない企業の一つである。ボランティアも多く派遣してくれていた。IT系の中小企業で、社長のアポロは30代ながらとても聡明な男性だ。
「……ええ」
『このままセキエイが始動すると、ポケモンリーグ本部に多くの利益をもたらすことになるでしょう。我々が地道に各方面にアンチ活動を広げて、現在あれだけチャンピオンが叩かれているとはいえ、元々ドル箱イベントでしたからね。すぐに立ち直る可能性が高い』
 ランスはアポロの指導で、ネットにアンチ記事を書き込んだりマスコミへ匿名のクレームを入れていた。しかし先程のニュースの盛り上がりを見ていると、あっという間に汚名返上されてしまいそうだ。
「そ、そんな……。では我々の活動は……」
『ええ、無駄になってしまいます。折角、虫の息になっているというのに!何としても、セキエイリーグの再稼働を食い止めなければなりません』
「ど、どうすればいいでしょう?カンナは本部に入れず、まるで使えません……」
『……それは、簡単です』
 アポロは少し間を置くと、穏やかな口調で語り始める。
『スキャンダルを見つけるのです。四天王を徹底的に張り込んで、グリーンのように反人道的なニュースを見つけましょう。大丈夫、必ずあります。どんな些細なことでも構いません。かすり傷でも、そこを我々の力でこじ開けて大怪我にすればいいのです』
「分かりました。……早速、仲間と協力して目的を達成します」
『先ほど、ピジョットで荷物を飛ばしました。そろそろ届くと思います。……きっと、お役に立つと思いますよ。それでは共に頑張りましょう』
 受話器の向こう側からアポロの笑顔が透けて見えるようだった。電話を切ると、しばらくしてランスの部屋の窓に小包を下げたピジョットが現れる。彼は速やかにそれを受け取り、辞書ほどの大きさの箱を開ける――盗聴器が5つと、小型カメラが収められていた。
「これは……!」
 つまり、スキャンダルのために盗聴しろというのか。モラルに反する行為にランスは戸惑った。
「だが……」
 
 ここで、オレが止めなければ誰がポケモンを救う?
 
 誰かがヒーローにならなければこの世界は救えないのだ。そのためには苦悩や社会の壁とも向き合い、そして乗り越えなければならない……。
 
 彼は、意を決して盗聴器を手に取った。
 
+++
 
 四天王発表後もワタルはメディアへの露出を抑え、できるだけイツキの特訓に時間を割いていた。
 彼は顔合わせ以降、シバのコテージに泊まり込んで訓練を積んでいる。あれから一週間経過しているが、既にイツキには限界が訪れていた。過酷な訓練に最初こそ張り切ってやっていたのだが、シロガネ山の洗礼を受け、現在ではすっかり意気消沈している。
 その日も、ワタルが朝からコテージへ行くとシバの罵声が小屋に響き渡っていた。
「こらああっ!!!早く起きてこい!!!」
「もうだめ、眠い……」
 イツキは寝袋の中に潜り込んでトランセルのようになり、部屋の隅に転がって逃げる。
「昨日、早く寝ずにゲームしてたからだろうっ!」
「だって……練習ばっかりつまんない……」
「……もう音を上げているのか?」
 そう言いながらワタルがコテージに入ると、途端にイツキが跳ね起きた。
「わっ、ワタルさん……!」
「様子見に来たよ」
 シバが呆れながらワタルに近寄ってくる。
「ワタル、こいつはもうだめだ。やる気がない。こんなやつ、クビ……」
「よーしっ、訓練行くぞシバー!!」
 イツキは素早く着替えると、シバの背中を思い切り叩いてコテージから逃げるように飛び出していく。切り替わりの早さとその軽薄さに、シバは憤怒した。
「なんだあいつは!」
「まあまあ。やる気みたいだし、付き添いに行こう。……オレがいないときの進み具合はどうだい?」
「駄目だな、全く。最近はお前がいないとやる気が出ない。山登りや滝行もやらん!」
 どうやらイツキはワタルのことをライバル視しているようなのだが、それだけが原動力になっており、シバの前ではだらしなくなるのがネックであった。とはいえ、彼の要求が高すぎて付いていけてないのもあるが。
「そこまでやらなくてもいいけどね。困ったな、もう少しモチベーション上げてくれないと……」
「おれは子守りか?これ以上あんな調子だと、おれの修行の邪魔だ!」
 と、言いつつ彼はコテージの外へ出て行った。何だかんだ言いつつも、一応イツキを見捨ててはいないようである。ワタルもその後を追った。並んで歩きながら、シバがため息をつく。
「ああいうガキは、キョウの方が向いてるんじゃないのか?あいつ、保護司をしているんだろう。容易く手なずけられそうだ」
「そうだな。でもジムリーダーの残務作業が忙しくて、全然セキエイに来れてなくってさ……。任せられないんだよ」
 実際メンバー発表以降、キョウは全くセキエイに出勤できずにいた。マスコミに追われ、仕事に追われ……申し訳なくなるほど激務にさらされている。シバはますます呆れ返った。
「それも大丈夫なのか?そもそもジムリーダー上がりが四天王で通用するのか……」
「ジムリーダーって挑戦者によってポケモンのレベル変えてるからな。制限なくなったらかなりの実力者だよ。ここだけの話、選考試験の総合成績は2位だった」
「……そして、おれが1位と」
 自信満々に告げるシバを後目に、ワタルは申し訳なさそうに呟いた。
「あ……、いや3位……」
「なっ……!?トップは誰なんだ!?」
 シバは目を見開いて驚愕していたのだが――後から挽回したとはいえ、筆記試験の成績が響いていることは露ほども思わないらしい。
「カリンだよ。……ま、でも1〜3位はさほど差はなかったんだが」
「あの女か……!あいつは、高飛車で好かん」
「仲良くしてくれよ。ちょっと気が強いけど、紅一点だし仕方ないさ。本当はポケモン想いのいい子だよ」
 と、微笑むワタルを不審に思いながら、シバは彼の顔を覗き込む。
「そうか?お前、あの女にたらしこまれたんじゃないだろうな」
「はは、それはないない。美人だと思うけどね、仲間としか見ていない」
 これは本音である。彼女は本部でもメディアでも評判の美女なのだが、ワタルは手を出そうという気も起きなかった。カンナの時もそうだが、仲間と認識すればそれ以上の関係にはならないように気を払っている。仕事ということで、一線を越えようと思わないのだ。
「二人ともー、早く早く!」
 少し先を歩くイツキが、二人に向かって手招きする。シバは心底呆れていた。
「……ちなみに、あいつは何位なんだ?4位か?」
「イツキくんは……、6位だね。ちょっと実力不足なところはあるんだが、やる気とポテンシャルは突き抜けていると思ってる」
 シバは耳を疑うように顔をしかめた。「今朝のあの調子、見ただろう?」
「うん……。少しムラがあるようだね……」
 ワタルもため息をつく。ほんの少し、彼を選んだことを後悔した。
 
+++
 
 しばらく歩いて傾斜のきつい谷の中腹にたどり着くと、シバはボールからハガネールを出してそれに飛び乗った。
「よし、上から岩を落とすからポケモンを使って避けながら上がってこい!」
「ええっ、危ないじゃん」
 軽装のイツキは絶句する。しかしシバは容赦しない。
「そこをどう防ぐかがポイントだ。エスパーの力を上手く利用しろ!」
「……分かったよ」
「イツキくん、オレの防護ジャケットを貸すよ。それから、一応命綱も……」
 ワタルは来ていたジャケットを脱いで渡すが、彼はそれをきっぱりと拒否した。
「いらない!シバなんか上脱いでるじゃん、僕にだってできるよ」
 彼が指し示したシバは、確かにいつものように上半身は何も身に纏っておらず、するするとハガネールを使って斜面を登っていく。
「いや、あいつはかなり手馴れてるから……」
「だから平気!行くよっネオ!」
 ワタルの制止を振りほどき、イツキはネイティオを召喚して岩肌を登り始める。彼の両肩に留まったネイティオは、くちばしで岩をつついて主人に最適な道を作っていく。ぴったりと息が合っており、意外に楽そうだ。ワタルは安堵した。
「岩落とし、行くぞー!」
 次いで、シバの野太い声が谷間に反響する。ワタルはプテラをボールから出し、サポートできるようにイツキを見守った。直径30センチほどの岩石が、上空から落下してくる。ネイティオはサイコショックを放ってそれを寸前で破壊する。
「楽勝じゃん、どんどんこーい!」
 その声を聞き、次は岩石が三つ降ってくる。これも上手く破壊した。イツキは口笛を鳴らしながら谷を登っていく。10メートルは進んだだろうか。次いで5つ、難無く突破。
「おいおい、シバ!あんまり増やさないでくれ。危ない」
 いきなりハードな訓練を見てワタルは釘を刺したが、イツキは余裕を見せながら彼に向けてにこやかに手を振った。
「大丈夫だよー、エスパー舐めないでよ!岩なんか敵じゃない!」
 その頭上に、8つの岩が降り注ぐ。
「イツキくん、よそ見は駄目だ!!」
「大丈夫、ネオ……」そう言いかけた時――イツキはふいに手を滑らせ、バランスを崩した。ネイティオが慌てて念力で岩を割るが、それを優先したため思わず主人を手放してしまう。彼はまっさかさまに谷底へ。
「プテラ!」
 ワタルの声と共にプテラが飛び上がってすかさずイツキを掴んだが、降り注いだ岩石に頭を打ち付け、そのまま意識を失って谷底へ落下した。ワタルはすぐさまカイリューを出すと、飛行用の鞍を装着し、その背に乗って後を追う。谷を震わせる不気味な地鳴りが反響した。
「イツキくん!」
 ワタルは鋭く砕かれた岩石が積もる谷底へ着陸し、急いで仲間を捜索する。すぐに岩に埋もれたプテラの翼が目に留まり、必死でかき出すと、イツキはポケモンの腕に抱かれ頭から血を流し意識を失っていた。
「おい、イツキ!!」
 上からシバとネイティオが血相を変えて降りてくる。
「大変だ、病院へ!」
 ワタルはイツキにジャケットを被せると、カイリューに抱えさせて早急に空へ飛び立った。ここからだとセキエイにあるポケモンリーグ本部の附属病院が近い。スマートフォンを取り出し、急いで電話を掛ける。
「すみません、急患です!今からそちらへ向かいます」
 イツキを抱え、全速力でカイリューを飛ばした。本気を出せば16時間で地球を1周すると言われるドラゴンだけあり、ものの数分で病院へ到着する。ストレッチャーに乗せられて運び込まれるイツキを呆然と眺めながら、ワタルはその場に立ち尽くしていた。
 
(これは、覚えがある風景だ……)
 
 かつて、自分もこうして運び込まれたことがある。
 あの時は憧れのヒーローが、負傷した自分を助けてくれた。だがこの状況はどうだ?
 
(あの時、無理にでもジャケットを着せて命綱を付けさせていれば……)
 
 この状況は防げたかもしれない。
「ちゃんと見てろよ?」指摘したキョウの言葉が突き刺さる。
 もし、イツキに何かがあったら……。手足からみるみる血の気が引いていく。
 とても寒い。
 カイリューが心配そうに主人を見下ろしていた。
 
(仲間の危険予測などできないで……オレは)
 
 ヒーローになりたいと思っていた。だが、仲間も、ポケモンも守れない。
 もはやそれ以前の問題である。彼は項垂れ、深い息を吐いた。
 
+++
 
 イツキの処置は1時間程度で完了した。
 プテラが守っていたおかげで幸いにも大きな外傷はなく、左足を骨折した程度で済んでいた。
 ワタルは病室の個室で眠っているイツキを眺める。もぬけの殻のように、ただぼんやりと。ほどなくして、シロガネ山から帰還したシバがその場に駆けつけた。
「イツキは!?」
 彼は勢いよく病室のドアを開いたが、寝息を立てるイツキを見てすぐに音を抑えた。
「全治3か月だそうだ。奇跡的に浅い切り傷と左足の骨折で済んだらしい。まだ寝てる……」
「そうか…」シバは自責の念に顔を歪ませる。
「すまん……、おれが調子に乗って岩を増やしたせいだ」
「……君は悪くない」
 ワタルは魂が抜けたような平坦な口調で口を開く。シバをフォローしなければ、と言い聞かせるがこれ以上は何も考えられなかった。ひたすら罪悪感と後悔が交錯するのみ。
「オレの監視不足だよ」
「そんなことは……」
 暗然として呟くワタルを見ていると、さすがのシバもどう声をかけていいのか分からなかった。病室の空気は重苦しく、彼は耐え切れずに「飲み物を買ってくる」と外へ出て行く。
 ワタルが虚ろな目でしばらくイツキを眺めていると、閉じた瞼が微動する。思わず腰を浮かせた。
「う……」
「イツキくん!」
 イツキの意識が、ようやく回復した。
 しかし身体は重く鈍い痛みが走り、全く動かすことができない。視覚から得られた情報だけで、彼は現在置かれている状況をなんとか把握した。怪我をして病院に運ばれ、そして隣にチャンピオンがいる。
「……ワタルさん」
「ああ、良かった。一時はどうなることかと……」
 心から安堵しているワタルを見ていると、イツキは申し訳なさで哀感が込み上げてくる。自分が命綱やジャケットを着ていれば、こんな迷惑をかけることもなかったのに。
「僕……、いつ退院できます?」
「……リハビリ込みで全治3か月だそうだ」
 ワタルは憂いを込めた表情で答える。デビュー戦も約3か月後。ぎりぎり間に合うか、と言ったところだ。だが治療に専念していては訓練や広報活動をすることができない。イツキは絶望感を露わにしたが、ワタルは必死に笑顔を作りながらフォローする。
「でも、君が無事ならそれで……」
「良くないよ!」
 イツキは声を張り上げた。瞳がみるみる赤く染まり、溢れんばかりの涙で濡れる。
「僕だけ、間に合わないなんて……。悔しい……」
「……」
 ワタルは何と慰めていいのか分からなかった。
 デビュー戦の延期を打診をしようか、良いリハビリ専門スタッフを探そうか――様々な考えが芽吹くように生まれてくるが、それを提案する前にイツキが涙を溜めた瞳で彼を刺すように睨みつけた。
「か、帰ってください」
「でも……」
「一人にして!」
 ここまで跳ね除けられては何も反論できず、ワタルは弱々しく病室を後にした。普段の勇ましいチャンピオンの姿はそこにはない。その頼りない背中を見送ると、イツキの全身からたちまち血の気が引いて行った。
 迷惑をかけた。
 みんなの夢に水を差した。
 自業自得。どうしよう。誰にもこの顔を見られたくない。
 悔しくて悔しくて、イツキは布団で顔を隠しながら、むせび泣いた。
 
 病室を出ると、廊下の向こう側からシバがミネラルウォーターのボトルを三本持って歩いてきた。ワタルは静かに頭を振って、これ以上面会できないことを伝える。二人で沈黙しながらしばらく歩き、ナースステーション前の休憩スペースに座った。まだ昼過ぎなので、看護士や患者たちが忙しく廊下を行き交っている。
 スペース前の窓の外には、閑散としたセキエイの風景が広がっていた。
「……イツキは、間に合いそうか?」シバが重々しい口調で尋ねる。
「ギリギリのラインだ。本人のリハビリ次第だが……かなりショックを受けていたからな。厳しいかもしれない」
「デビュー戦の日程は伸ばせないのか?」
「……分からない。これから総監に直談判してみるが。既にチケットは販売されマスコミにも発表されてしまっているからな」
 あの手厳しい総監が、首を縦に振るだろうか。現在のスケジュールさえ、ギリギリだと言うのに。
「そうか。最悪、イツキ抜きということか……」
「そうならないようにしたいが……」
 デビュー戦で四天王が揃わないなど、前代未聞である。イツキはもちろんのこと、他の仲間や現在セキエイリーグ始動に向けて尽力している関係者に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「……オレはプロ失格だな」
 思わず弱音を吐く親友に、シバは眉をひそめる。
「そこまで追い詰めなくとも……」
「起死回生をかけるために突っ走って、あちこちで迷惑かけて……挙句大切な仲間を負傷させるとは。駄目だな。まだまだ……」
 深いため息をつく友人の姿を見て、シバは少し考えると、その陰鬱な顔の前に拳を突き出した。藪から棒に、ワタルは仰天しながら顔を上げる。
「おれはお前がどれほど非難されようと必死で働いているから、プロを続けようと思ったんだ。駄目なんて言うな。おれもろとも否定するつもりか?“障害は大きいほど挑み甲斐がある”と言っていたが、大きすぎて挑みきれないなら、いくらでも手を貸してやる。おれは四天王だ。仲間だろ?仲間の失敗は仲間がフォローする」
 シバは落ち着き払った威厳ある口調で、はっきりと告げた。
 勇を鼓す言葉に、ワタルははっとする。チャンピオンは一人で成り立っている訳ではない――支えてくれている者がいるからこそ、その地位が存在する。それを改めて確信した彼は、弱気を振り払うように、突き出された拳に自らの拳を押し当てた。
「シバ……、ありがとう」
「ひとまず、この件はおれが悪いと上に報告する!お前は訓練と宣伝に励め。デビュー戦を伸ばせるならそれに越したことはないが……」
 シバはきっぱり言い放つと、ボトルのミネラルウォーターを一気に飲み干し、椅子から立ち上がった。
「いや、オレも謝罪を……」
「どう考えても、おれの過失だ。お前は立ち止まるな」
 彼はそれだけ言うと、あとは振り向くことなく病院を出て行った。いつでもバトル一筋の彼が、謝罪を容易く引き受けるなど初めてのことである。それほど彼は本気なのだろう。イツキに負い目を感じつつも、前を向いている――ワタルは、意を決して椅子から立ち上がった。
 ふと、後ろからパンツの裾を引っ張られる感覚が伝わる。振り向くと、5歳くらいの小さな女の子が目を輝かせてワタルを見上げていた。
「チャンピオンの……!」
 そう言われ、彼は微笑を浮かべながら立膝をついた。「そうだよ」同じ目線になり、少女は喜びを露わにする。
「あたしね、デビュー戦行くの!すごく楽しみ。がんばってね」
 もうデビュー戦のチケットを買ってる――ワタルは戸惑いつつも、握手を求めてきたその小さな手を両手で包み込んだ。少女は益々感激し、嬉しそうに飛び跳ねた。
「ありがとう!絶対、勝つよね?」
「うん、絶対負けないよ」
「やったあ!約束、ね」
 彼女は、首を少し傾けると可愛らしくウインクしてポーズを決めた。
 ワタルもやや照れながら、それを真似して返してみる。デビュー戦で彼の試合は予定されていないのだが、小さなファンの応援は彼に前を向かせるには十分な力を持っていた。

鈴志木 ( 2013/07/21(日) 22:41 )