HEROSHOW - 第1章
第11話:四天王集結
 採用通知から三日後。
 セキエイ本部に新生四天王が召集された。場所は奇しくも、前四天王の解散を宣言した40階会議室である。参加メンバーはワタルと四天王、それからマツノとオーキドだ。
 当日ワタルは30分ほど早く会議室へ行き、彼らを待つことにした。もちろん一番乗りである。やはり四天王をまとめる長として、トレーナーの頂点に立つ者として先に来ておく必要があると考えていたからだ。
(上手くやれるかな……)
 湧き立つ緊張感が心地よい。10分ほど経って会議室のドアが僅かに開くと、イツキとネイティオがおそるおそる顔を出して部屋を覗き込む。彼はワタルと目が合うなり、頬を紅潮させて再び引っ込んだ。
「入ってきなよ」彼は苦笑しつつイツキへ手招きする。
「し、失礼します……」
「君はそこに座って」
 イツキはカーペットをじっくり踏みしめながら、ワタルが指定した席に着いた。
「ポケモンは仕舞ってね」
「は、はい」
 その注意に肩を震わせ、イツキは慌ててネイティオをボールに仕舞う。非常に緊張していることがワタルにもひしひしと伝わってきた。派手な格好をしている割に、とても初々しく微笑ましい。
(オレも5年前はこんなに緊張してたのかな。もう忘れちゃったな……)
 すっかりしゃちほこばっているイツキの緊張を解すべく、何を話そうかと黙考していると、ドアが軽くノックされ和装のキョウが入ってきた。
「どうも……。この度はありがとうございました」
 彼はワタルに向けて会釈し、ついでに小さくなっているイツキにも微笑みかける。
「いえいえ。そちらの席にどうぞ」ワタルが案内したのは、イツキの反対側の席。速やかに移動する着物姿のキョウは、二人の目を引くほど貫録が出ていた。
「あっ、ジムリーダーの……」
 そこでイツキはようやく、彼が何者であるか理解する。キョウは椅子に腰を下ろした後、「よろしく」と白い歯を見せた。ほんの僅か緩んだ空気を感じ、ワタルは更に緊張を解こうと口を開く。
「イツキくんは、キョウさんのジムに挑戦したことがある?」
「な、ないです……。僕、ジョウト中心にジム回ってたので……」
「へえ、バッジいくつ?」
 キョウは両手を組みながら、委縮しているイツキに尋ねた。
「8個……」
「そりゃ凄いな。俺も負けるかも」彼は左手で顎を撫でながら、面白がるように肩をすくめる。
「ぼ、僕エスパー使いだから!あなた毒専門でしょ?か、勝てる自信あります」
 からかわれているのが気に障ったイツキは、少し強気な態度でキョウに噛みついた。一瞬ヒヤリとする場面だが、相手は大人である。キョウは哄笑しながら椅子にもたれ掛り、感心した様に腕を組んだ。
「おっと、これは前途多難だ。置いていかれないようにしないと」
「彼は若いけど実力者なんです」
 そうフォローしていると、会議室にシバが入ってきた。和みかけていた部屋の空気が再びきゅっと引き締まる。彼は席についている面子を見渡すと、無言でワタルに視線を戻した。
「シバは、キョウさんの隣だ」
「分かった。……セキチクシティジムリーダーか」彼はキョウを見下ろすと、やや横柄な態度で椅子に腰掛ける。
「どうも」
 愛想よく笑おうとしたキョウに、シバが先制して言い放つ。
「ジムリーダーが、四天王になれるんだな」
 会議室内の空気が凍りついた。彼は頭と口が直結しており、悪意はなくとも思ったままを告げるきらいがある。長年の付き合いですっかり慣れていたワタルは、場をフォローしようとすかさず腰を浮かせるが――「そう、なれたんだよ。これからよろしくお願いしますよ、“先輩”」と、キョウはまるで気にする素振りもない、余裕のある笑みを見せた。
「う、うむ。何でも聞いてくれ」
 一回り以上年が離れているというのに、シバはやや腰高に頷いた。ワタルは気が気ではなかったが、地元名士と呼ばれるジムリーダーの器は大きい。とはいえ、一応釘を刺しておかねば。
「シバ、あまり調子に乗らないように……」
「分かっている!」
 声を張り上げるシバに、イツキは思わず噴き出した。
「貴様、何がおかしい!それより、何だそのチャラチャラした服は!!」
 唸るようなシバの怒号に、イツキの背筋が凍りつく。
「シバ……!」「まあまあ」
 ワタルとキョウがすかさず彼を諌めた。硬派な彼はイツキのような派手な男が大嫌いなのだ。男二人に諭され落ち着いたものの、イツキはなめくじのように縮んで震えていた。
「いいかっ、明日から服をちゃんとしてこい!」
「それ、あなたが言うの〜?」
 声を張り上げるシバを遮るように、ドアが開いてサテンとレースのワンピースを着たカリンが現れる。目も覚めるような美女の登場に、誰もが声を失った。特にイツキは一目で彼女に釘付けだ。
「な、なんだと?」
 シバは突然現れた美女に怯んだが、すぐに怒りの矛先をそちらに向けた。だがカリンはそれを飄々とかわしてみせる。
「そのヨレヨレのシャツとデニムでよく言うわね〜。他の人を見習ったら?……ところで、チャンピオンさん、私はどこに座ればいいの?その可愛い男の子の隣?」
「そ……、そうだよ」
 彼女は怒りに肩を震わすシバを無視してイツキの隣に腰を下ろすと、見惚れている彼に向けて「よろしくね♪」とウインク。その一発で仕留められたイツキは、顔を真っ赤にさせて硬直しながら頷いた。
 何はともあれ、ようやく四天王が集結したのである。
 ワタルは誇らしげに彼らを見渡した。面接時よりリラックスしているせいか、少し頼りなく見える一面もあるものの、実力者が結集したテーブルはなかなか壮観だ。
「みんな、集まっていただきありがとう。もうすぐオーキド博士と支配人のマツノさんが来るけど、フライングで先に挨拶させていただくよ。……チャンピオンのワタルです。世間では繰り上がりと言われているが、3か月後に控えているデビュー戦に向けて万全の準備を整え、歴代最強を目標に日々訓練を重ねている。いきなりだが我々には日が落ちたセキエイを復興させ、5000万人のトレーナーの未来を守る使命がある。それを肝に銘じ、オレについてきてほしい」
 誇らかに語るワタルの言葉を、新生四天王たちはただ黙って聞き入っていた。それまでの緩んでいた雰囲気が引き締まり、皆プロの顔に変貌している。これなら、きっとやれる。ワタルがそう実感した時、ドアが少し開いてオーキドとマツノが申し訳なさそうに顔を覗かせた。
「ワ、ワタル君……わしら入りにくいんだが……」
 
 オーキドとマツノが加わり簡単な自己紹介を終えると、早速打ち合わせが始まった。
 具体的には新生セキエイリーグの詳細である。興行化を進めるため、全試合に観客を入れ、テレビとラジオで生中継。週1〜2回ペースで実施していた、四天王に挑戦するタイトルマッチも毎週金曜から日曜の3日に増やされることになった。
「タイトルマッチはこれまで通り、挑戦者は自由に四天王を指名し三対三のポケモンバトル。見事4人突破した者が、最終的にワタル君に挑めるというわけだ。で、これだけではスタジアム使用率が低いので更にイベントを増やすことにした。……次のページ開いて」
 各自親権に資料に目を通す中、オーキドが進行する。
「毎週火曜日には、四天王同士で戦うマスターシリーズを実施する!総当たりで、その月ごとに最も好成績を残した者が月末にワタル君と試合をするんだ。これは一般トレーナーにもいい研究になるだろう」
「ほう、これはいいな」シバが資料を読みながら頷いた。
「12月〜3月にかけてはオフシーズンになるが、皆にはかなり長いシーズン戦ってもらうことになる。怪我などによる離脱も考え、ポケモンの手持ちは充分にな。30匹はいた方がいい」
 オーキドの説明を聞き、イツキがひどく動揺する。最終面接でも懸念されていたが、彼の手持ちは10匹程度しかいない。これは急いで鍛える他はないだろう。
「ちなみに試合は基本的にナイターゲームとする。休日の夏場はデイゲームに変更する予定だがな。それと、水曜日と木曜日はアマチュアリーグに貸し出す予定で進めておる」
「ナイター……」
 キョウは眉をしかめながら呟いた。子持ちの彼は帰りが遅くなるのは避けたいのだろう。ワタルは察して、にこやかに話しかけた。
「すぐに倒せば早く家に帰れますよ。早いときは、30分かからずに終わります」
「それ、興行的には有りなのか……?」
 苦笑するキョウに、オーキドが横槍を入れる。
「まああんまり中だるみしてもつまらんからな。君たち、肝心なのは試合の中身!常に観客を魅せるドラマティックで大胆な試合を意識してほしい。そこもプロの仕事の一つだからな。一般トレーナーの星として、誇り高く正々堂々と戦ってくれたまえ。デビュー戦はちょうど3か月後だ!」
「もちろんよ。望むところだわ」
 カリンが自信たっぷりに微笑んだ。その向かいで、シバも大きく頷いている。
「その意気だね。……じゃ、次はスタジアムの見学に行こうか」
 ワタルは立ち上がると、皆を率いてこれからホームとなるスタジアムへ移動することにした。
 
+++
 
 ロッカールームを紹介し、その通路からバトルフィールドに向かう。
 閑散としている通路も、四天王を率いて歩けばどこか頼もしい。やがて眩い光が彼らを出迎え、広大なステージが眼前に現れた。
「わあ……!」
 イツキが魅入られたように、足を早めて一番前に出た。ベンチを抜け、夢のフィールドを一望する。カントー・ジョウト地方に存在するバトルフィールドの中でも最高レベルと謳われるそのクオリティに、感極まって自然と涙が溢れ出てくる。
「北側に立てるなんて……!」
 そこは選ばれし者だけが立てる一角、幾多のトレーナーがこちら側に立つことを夢見ている場所。カリンも惚けながらスタジアムを見渡していた。さすがに言葉が出ないようだ。
「天井高いなァ……」
 キョウも天井を仰ぎながら感心している。ここに比べると、ジムなど狭い。
「ベンチも革なのね。リッチ」
 ベンチを散策していたカリンが嬉しそうにベンチシートを撫でる。後列の端に行こうとしたとき、シバの鋭い声が飛んだ。
「そこはおれの席だ」
「あら、決め直しでしょう?」
「おれの方が四天王歴は長い!」
「まあまあ」食って掛かろうとするシバを押さえつつ、ワタルは4人の前に歩み出た。
「素晴らしい設備だろう?この地方の最高峰だよ。空いているときは、練習に使ってもらって構わない。ちなみに試合になると、スタンドの前にネットを張ってポケモンの技の被害が出ないようにしているんだ。完全に食い止められるわけではないが……、まあ空中戦は気を付けてほしい」
「ぼ、僕のネイティオはそういうの完璧です!」
 イツキが元気よく挙手をする。ワタルは頷きながら、真っ白な看板や何も書かれていないフェンスを指さした。
「それと、ご覧のとおり広告が激減してしまってね。デビュー戦まで修行に専念してもらいたいところだが、スタッフと協力して企業回りやメディア出演を積極的にお願いしたい。今はセキエイの評価が下がっているからね。落とした信用を地道に上げていかないと」
 それを聞いてキョウは自嘲的な笑いを浮かべつつ、カリンに視線を向ける。
「そういうのはおっさんより可愛い女の子の方がいいんじゃないか」
「あら、私は素敵なおじさまが宣伝してくれた方が興味を持つわ」
 余裕たっぷりに微笑みながらレシーブするカリンに、彼は思わず肩をすくめた。紅一点というだけあり、彼女はなかなか強気に出る。
「ワタル、今は使っていいのか?」
 ふいにシバはベンチからフィールドに出ると、振り返ってワタルに問いかけた。
「空いてるみたいだし、構わないよ。……ん、誰かと練習するのかい」
「ああ。お前たち、新しい四天王の実力を見たい!もちろん、おれと互角かそれ以上なんだろうな」
 彼は仁王立ちしながら、仲間を煽る。……おそらく、ワタルからすれば彼は挑発するつもりはないのだろう。ただプロとして、バトルマニアとして闘争心が疼いただけで。しかしそれを理解していない三人は揃って拍子抜けしていた。呆れたように顔を見合わせつつも、先ほど怒鳴られた件を根に持っていたイツキが彼の前に出る。
「上等!最初が肝心だもんね、立場逆転してやるよおっ、“センパイ”!」
「よし、いい度胸だ。向こう側に行け」
「はぁ〜っ?僕が挑戦者側?こっちがいい!」
「口のきき方に気を付けろ!おれはお前より……、」火花を散らす二人の間にすかさずワタルが割り込み、コインを振りかざした。「はいはい、これ!」
 二人はふてくされた顔をしつつ、コイントスを受け入れた。ベンチではキョウとカリンがシートに座ってその様子を笑い飛ばしている。コインは宙を舞い、照明に反射して輝きながらワタルの手の中に落ちた。
 
「貴様、何だその顔はぁあ〜!戦士たる者、いつ何時も……」
 北側から放たれるシバの怒号が、スタジアムに反響する。
「はいはいはい、分かってますぅー!……てか目、細いくせに視力良過ぎだっつーの!」
 イツキは南側で不満そうに貧乏ゆすりをしながら文句を漏らしていた。結局コイントスに負けて、挑戦者側に来てしまったのだ。
「時間もないから、タイマンにしてくれよー」
 ワタルの声を聞き、イツキは反射的に背筋を伸ばした。何事も初回が肝心。憧れのチャンピオンにいいところを見せ付けるチャンスである。
(アイツは格闘と岩タイプ専門だから、僕のエスパー軍で余裕だもんね〜)
「よし、いくぞ小僧!!」
「オッケー、泣かないでよねセンパーイ♪」
 両者、ボールを構える。
『プレイボール!』
 放たれたボールから現れたのは、カイリキーとヤドランだ。カイリキーはシバの相棒である。その気合の入れように、ワタルも思わず襟を正した。
「タイプ的にはあの子が有利よね」
「だがヤドラン、トロいからなぁ……。ま、カイリキーもそれほど素早くないんだが。割と互角なんじゃないか?」
 カリンとキョウも、面白がっていた表情が次第に真顔に変わっていった。
「カイリキー、空手チョップ!」
 シバの声と共に戦いの火蓋が切って落とされた。ヤドランめがけて、カイリキーが右上の腕を振り上げながら飛びかかる。
「ナップ、殻でガードぉ!」
 イツキの指示を受け、ヤドランは尻尾のシェルダーを振りかざして手刀を防いだ。しかしカイリキーの腕は四本ある。空いた三本の腕が同時に動いて、ヤドランの腹に鋭い突きを食らわせた。えぐるような激痛に、ヤドランは悶絶しながら体制を崩す。イツキはテクニカルエリアからヤドランの背中を追いつつ、慌ててフォローを出した。
「が、頑張れ!水鉄砲でカイリキーから離れて!」
 カイリキーが更に襲い掛かってくる前に、ヤドランは慌てて水鉄砲を噴射し、相手を怯ませながら距離を取る。
「危ない、危ない。もうちょっと下がって……ドわすれ!」
 彼はできるだけヤドランを敵から離すと、エスパー技の効果を高める念をかけさせる。だらだらと念じるヤドランに苛立ちを感じたシバが即座に雄叫びを上げた。
「けたぐり!」
 その指示を受け、カイリキーはフィールドを揺らしながらヤドランに襲撃し、強烈な蹴りを食らわせる。“ドわすれ”が完了する寸前で回避する間もなかったヤドランは、軽々とフィールドの端まで飛ばされた。
「わー!ナップ〜!!」
 サンドバッグを渾身の力で蹴たぐるような鈍い音がスタジアムに反響し、イツキは泣きそうになりながらヤドランの元に駆け寄った。
「あいつ無駄が多いな。ヤドランはトロいんだからトレーナーが引っ張らないと」
 狼狽するイツキの姿を呆れたように眺めながら、キョウがぽつりと呟いた。同じことが気になっていたワタルは、感心しながら問いかける。
「なるほど。キョウさんならどう指示します?」
「そうだな、俺ならずっと遠距離攻撃かな。ヤドランを攻撃に集中させつつ、トレーナーがカイリキーの行動を見ながらサインでポジションを指示して距離を取って行けば、殴られる可能性も少ないんじゃないかな。まあ理論通りになるかどうかは別にして」
 その話はワタルの興味を引いた。
「もしかしてキョウさん、サインを取り入れているんですか?なかなか高度な技術をお持ちで」
 サインとは身振り手振りで作戦を伝える手法であるが、全体的に人より知力が劣るポケモンにそれを覚えさせることは、なかなか根気と技術を要する。彼は一体どんなバトルをするのだろう?ワタルの足元から好奇心がじわじわと湧き上がってくる。
 しかし一方で、カリンは冷ややかな眼差しで言い放った。
「ふぅん、遠くから攻撃なんて……オジサマって意外と男らしくないのねー。あんないかにも脳みそまで筋肉みたいなトレーナーのポケモンなんて、不意打ち狙って攻めればいいのよ」
 小娘のはっきりとした物言いに、キョウは憤慨するどころか感服したとばかりに白い歯を見せる。
「ほー、言うねえ。カリンちゃんの方が俺より男らしいな」
「ありがと♪でもオジサマ、“カリンちゃん”って気持ち悪いからやめてね。呼び捨てで構わないわ」
 ここで締めておかないと、ずっとセクハラを受ける可能性がある。そう思ったカリンは鋭い目つきで彼を睨みつけた。キョウは恐れ入ったと肩をすくめ、前を向いてぽつりと謝罪する。「それは失礼しました……」
 一方、フィールドの隅ではヤドランがもたつきながら身体を起こしていた。
「ナップ!早く起きて!カイリキーが来るよ!」
 イツキは必死でフィールドを叩きながら、ヤドランに身を起こすよう促した。そんなやり取りをしている間に、シバの「クロスチョップ!」という声が飛び、カイリキーが全速で駆けてくる。脇目もふらずに疾駆する姿を見て、イツキは素早くヤドランの傍へしゃがみ込んで耳打ちした。
「ナップ、少しあいつを引きつけてさ……サイコキネシスを繰り出そう!」
 ヤドランは小さく頷くと、ゆっくりと身体を起こしながら徐々に力を蓄積する。いよいよカイリキーが2メートル手前まで迫ってきたとき――顔を上げ、ありったけの念力を放出した。フィールドが震え、波動がカイリキーの肉体を切り裂く。イツキが歓喜の声を上げながらジャンプした。
「サイコキネシス、クリティカルヒットォー!」
 カイリキーは後方に吹き飛び、フィールドに倒れ込んで痙攣していた。効果は抜群だ。これにはシバも動揺を隠せない。
「やったっ!よし、とどめの……頭突きっ!」
 大はしゃぎしている主人の命を受け、ヤドランは鈍い足取りで倒れこんだカイリキーに襲いかかるが――振り下ろした頭は、途端に4本の腕でがっちりとホールドされた。昏倒していたはずのカイリキーが目を開き、そのまま軽々とヤドランを持ち上げる。「うっわ……」イツキの身体から瞬く間に血の気が引いていった。
「本当に甘い……!カイリキー、地球投げだ!」
 シバの咆哮と共に、カイリキーは北側のベンチ前めがけてヤドランを投げ飛ばした。観戦していた三人が即座にシートから離れた直後、ピンクの砲丸がそこに突き刺さる。すぐにワタルが近寄って確認するが、ヤドランは地球投げの衝撃で気を失っていた。
「シバの勝ちだね」
「ええーっ!?」
 ヤドランの安否を気遣うイツキが、テクニカルエリアを回りながら疾走してくる。そしてこれ以上戦えないことを再確認すると、がっくりと肩を落とした。
「ふん、調子に乗って油断するからだ」
 シバが勝ち誇ったように言い放った。それを聞いて、イツキは悔しそうに反発する。
「なんだよ、自分だってサイコキネシスに引っかかったじゃん!もう少しで勝てたのに……」
「負け惜しみとははしたないぞ!貴様、四天王としてまっっったく駄目だ!今からシロガネ山で特訓してやる」
「あんな山行きたくないよーっ。すっごく強いポケモンがいて、超ヤバイんでしょ?お化けもいるらしーし……ワタルさん助けて!」
 シバに首根っこを持ち上げられ、イツキは恐怖に慄きながらも必死で懇願する。ワタルは哀れに感じたが、彼の実力不足と手持ちの少なさを考えると、シバを止めない方が良いと思われた。
「イツキくん、君の手持ちの一軍……確か10匹程度って言ってたよね?」
 彼はイツキに向き直ると、真摯な眼差しで尋ねた。こうなるとイツキも「ハ、ハイ……」と小声で頷くしかない。
「そりゃ少ないな!シーズン回せないぞ〜」キョウが茶化すように苦笑した。
「そう。だから君にはデビュー戦までの間、なるべくシバと訓練に専念してほしい。シロガネ山は危険だけど、確実に実力はつく。オレもなるべく協力するから」
「……」
 助け船を出してくれないチャンピオンに、イツキは悔しそうに唇を噛みしめた。それを見て、ワタルは微笑みながら彼の前に拳を差し出す。
「君のことは、とても期待してるんだよ。チャンピオンになるんだろ?」
 面接で啖呵を切ったあの台詞を思い出し、イツキの心に火が灯る。四天王は自分にとって、一応夢の通過点だ。彼はゆっくりと顔を上げる――挑戦者に相応しい、気高く誇り高い表情。彼は口元を少し緩ませたかと思うと、ワタルが突き出した拳に渾身のストレートパンチをお見舞いした。
「もちろんだよ!僕は絶対、誰にも負けないから!」
 憧れから、目標……ライバルへ。
 不意打ちの攻撃に悶絶するワタルを後目に、イツキはベンチの奥に去ろうとシバを呼ぶ。
「ってことだからさ、行くよー先輩!僕が山のポケモン全滅させてやるから」
「貴様!なんだその態度は……」
 駆け足でスタジアムを去るイツキとそれを追うシバの背中を眺めながら、キョウは感じ入ったように微笑んだ。
「いいね、若いねえ」
 一方で、カリンは誰にも心配されないまま膝を折っているワタルに一応声をかけた。
「チャンピオンさん、大丈夫〜?」
「あ、ああ……」
 彼は痺れる右手を押さえながらよろよろと立ち上がったが、妙な悪戯心が芽生えたカリンに小突かれ、またも大きくよろめいた。驚きながら振り向くと、彼女は不満げな表情を浮かべている。
「……イツキとシバが訓練に没頭するってことは、私たちのメディア出演が増えるの?練習の時間取れないじゃない」
「ご、ごめん……なるべく調整する」
「そういえば、私たちの就任はいつ発表になるの?」
「4日後だ。会見は、2か月後……。あんまり時間なくてすまないね」
「ふーん、4日後からマスコミに追われるわけねー。引っ越し考えないと」
 カリンは呆れる様に肩をすくめながら、ベンチの奥へと消えていった。これでスタジアムには男二人取り残されたわけだが、ふとキョウに視線を向けると、彼は難しい顔をしながら何やら考え込んでいるようだった。
「……ジムの件ですか?」
「ああ。明日から動いてなるべく早く片付けるつもりだが、打ち合わせに出られない日があるかもしれん」
「大丈夫です、議事録取っているのでメールで送りますよ。総監も手を回していただけるみたいだし」
「言ってたなァ……。あんまりあの人に借りを作りたくないけど、まあ仕方ないな」
 彼はやや辟易しつつ、苦笑した。まるで顔見知りのような口ぶりだ。
「……総監とはお知り合いなんですか?」
「うちの父とね。当時はライバル同士だったらしい。そこそこ仲が良かったらしいのに、俺をリーダーにするかどうかで大喧嘩して結局和解できないまま父は逝ってしまったが」
「なるほど……。悔やまれますね」
「唯一の友だったらしいからなぁ。シバみたいな堅物で、敵を作りまくってたな。ジムを引き継いだとき、イメージアップに大変だったよ」
 昔のことのようにキョウは笑い飛ばすが、その言葉や態度からは苦労が滲み出ている。ペーパートレーナーから2年で一人前のプロになる、その努力は計り知れない。
「……でも君とシバを見てたら、上手く嵌っていたんだろうなと思うよ。と言っても総監は食わせ者だから、操っていただけなのかもしれないが」
「いやいや、そんなことは……。ちなみにシバは思ったことを口にするヤツですけど、根は良いんですよ。何だかんだ、イツキくんの世話をしてくれると思っています」
「へえ、“先輩”やるね」
 と、キョウは茶化していたが、ふいに冷静になってワタルを見据えた。
「でも君も良く見てろよ?最近の子は便利に慣れて、思いがけない怪我をしやすいからな。イツキは旅をしていたとはいえ、見るからにモヤシみたいだから気を付けないと。シバも体育会系の典型みたいな男だし、無理を押しつけてしまう可能性がある。お互い理解し合えるまでは監視していた方がいい」
 その客観的な意見にワタルは自分の甘さを反省した。シバの性格をよく分かっているはずに、なぜそこに気付けなかったのか。自分がフォローしなければ。
「……そうですね。早速、追います」
 彼はキョウに頭を下げると、ベンチ裏に駆け出しながらシバたちの後を追った。ここまで真摯で謙虚なチャンピオンの姿は、若いながらも頭が下がる。キョウは感心しながらその逞しい背中を見送った。

■筆者メッセージ
ポケモンのニックネームは非常に重要な愛情表現のひとつだと考えているのですが、大人が付けてると痛さが増すのでキッズトレーナーだけの設定です。

※名前の由来
ナップ:nap(うたたね)から。
鈴志木 ( 2013/07/21(日) 00:03 )