第9話:最終面接・後編
面接当日、午後1時。
昼食をとった三人は、気を引き締め直して午後の面接に挑むことにした。マツノの表情は特に凛々しくなっている。しばらく待っていると、ドアが三回ノックされた。
「どうぞ!」
ワタルより早く、マツノが上ずった声で入室を促した。やけに気合の入った支配人にぽかんとしていると、すぐにセクシーで端麗な女が入ってくる。途端に浮足立つ両隣にワタルは戸惑ったが、その美貌には彼も思わず息を呑んだ。
「失礼します」
女性が微笑みながら一礼すると、美しいまとめ髪が肩から滑り落ち、豊かな胸元がちらりと覗く。ワタルは咄嗟に見ないふりをしたが、マツノは露骨に腰を浮かせていた。
(彼女がバトル試験に全勝したのか……)
顔写真でも目を疑ったが、実際に姿を見て改めて驚いた。とてもそんな実力があるようには思えない。華やかな雰囲気がそれを隠しているのだろうか?同じ年頃の女性でも、カンナはやや控えめな服装をしており、四天王の威厳が前面に出ていたものだが。
「この度はご足労いただき、ありがとうございます。ワタルです。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
着席したカリンは、笑顔でゆっくりとお辞儀する。その姿を惚れ惚れと眺めているマツノを横目に、ワタルは苦笑しながら質問した。
「なんだか、意外だな。あなたのような華のある方がバトル審査を全勝して、伝説のポケモン・ライコウを捕獲するなんて。お怪我はなかったですか?」
「はい、捕獲は思ったより簡単でした。二日目で遭遇して……運が良かったのかも」
その澄ました微笑みからは大変な自信が窺える。
「今回、四天王試験を受けることにした理由を教えてください」
「自分の実力がどこまで通用するのか……試してみたかったから、ですね」
「なるほど……」
「それと、ちょうど転職も考えていた時期だったし」
カリンは頭を少し傾け、いたずらっぽく答えた。ワタルの一つ年下にしてはコケティッシュな彼女だが、ふと垣間見える少女のような可愛らしさがとても危うい。油断していると何も聞けなくなってしまいそうだ。
「コガネ百貨店の人気店で働かれているんですよね。もし、四天王に確定したら……」
「大丈夫。すぐに辞められますわ」
カリンは満面の笑みを浮かべる。
両端の男達はすっかり彼女に魅了されているが、ワタルには彼女がキョウよりも更に胸に一物秘めているように思えた。面接用の回答を述べているだけに思えるのだ。本音を聞きたいのは山々だが、この独特の雰囲気では、あまり根掘り葉掘り尋ねるのは野暮な気がする。そこでワタルは、トレーナースキル中心に尋ねてみることにした。
「ところであなたのバトルを見て思ったのですが、あまりポケモンに指示されていませんよね?」
「ええ、基本的にポケモンの意志を尊重するようにしています。私にとって、ポケモンは大切な無二のパートナー。あまり干渉せずに信頼関係を築いてきたものですから。私の恩師の言葉ですけど、“トレーナーは彼らが困っているときに手を差し伸べてあげる存在でいい”と思っています。ポケモンは人が思っている以上に賢いでしょう?」
優しげなトーンで語られたこの回答には、裏がなくポケモンを見ずともその愛情が伝わってくるような気がした。
「心が通じているんだね」
ワタルが安堵したように微笑むと、カリンはやや動揺しながら視線を外した。「そ、そうね……」
「ちなみに、新生セキエイは興行色を前面に出す方向で行こうと思っています。どう思いますか?」
「現状を考えれば、仕方のないことかと。私にはシーズンを回せるメンバーも揃っています」
彼女は自信たっぷりに答えた。
アマチュアトレーナーでバッジも取得していないが、試験の結果が充分な実力を裏付けている。そしてなかなか気骨のある女性の様だ。端麗な容姿を抜きにしても、ワタルは彼女にとても好感を抱いた。一見穏やかだが強かそうな所もあり、油断していると足を掬われるかもしれない。
(いいな、彼女。採用したいな。でもイブキが起用される可能性が限りなく低そうな今……紅一点になりそうだ)
これほどの美貌はトラブルの種になってしまうかもしれない。カンナの時はグリーンが口説いていた程度で、特に問題は起こらなかったのだが。
「……もし、四天王に採用されたとして」ワタルの唇が自然に動く。
「はい?」
「四天王に採用され、紅一点になることがあっても問題ないでしょうか?男女比は考慮できないんです。できる限りフォローしますが」
「ふふ、喜んで。望むところだわ」
カリンはワタルの不安を跳ね除けるように、強い眼差しを向けて答えた。
「そういうことを言われると、少し期待しちゃう」
「いや、あなたの美しさならきっと大丈夫ですよお!」
口を挟んだマツノに、カリンは「あら、嬉しい!」と可憐な嬌声を上げた。ますます支配人は上機嫌になり、すっかりワタルは呆れかえったが、22歳にして大人をここまで魅了し、手玉に取れるのならきっと問題ないだろう。その後いくつか質問を続け、面接は終了した。
「結果、楽しみにしていますわ」
退室しようとドアへ向かっていくカリンの後姿を眺めながら、ワタルは彼女の採用を確信した。見た目もいいし、総監もきっと一番気に入ってくれるはずだ。
(多分、いける)
カリンは出入り口の前で一礼し、扉を開いた。しかし廊下に出ようとした刹那、突然人間と接触しかけ、声にならない悲鳴を上げる。
「!?」
ドアの前で、リクルートスーツを着込んだ若い男が仁王立ちしていたのだ。
「だめですよ、ミナキさん。ぶつかっちゃいます!」
スタッフがカリンに平謝りしつつ、慌てて男を後ろへ下がらせた。
「すまん、気合が入りすぎた」
男はカリンに会釈する。
「は、はあ……」
だからって、ドアの目の前でスタンバイすることはないでしょう。カリンは呆れつつ、足早にその場を去った。
面接当日、午後2時。
面接も残すところあと二人。次の相手はアマチュアトレーナーのミナキである。とても礼儀正しい男で、席に着くまでの所作は完璧だった。リクルートスーツを纏っていることもあり、面接練習用のビデオを見ているような錯覚に陥ってしまうほど。
「ポケモントレーナーのミナキと申します。この度は、お声掛けいただきありがとうございます」
丁寧なあいさつとは裏腹に、膝に置かれた手は小刻みに振動していた。かなりの緊張が伝わってくる。
「いえいえ、こちらこそ。ご足労いただきありがとうございました。ワタルです。よろしくお願いします」
「ファ……ファンです。お会いできて光栄です……」
「それはどうも。ありがとう」
ワタルが微笑むなり、ミナキは感無量とばかりに目を見開いて潤ませた。
「それではまず、なぜ四天王試験を受けたのかお伺いしたいのですが」
「はい、いちポケモントレーナーとして、ポケモンマスターは私の目標であり、日々精進していたところ、あの案内をいただきまして、これは参加しない他はないと思い、エントリーさせていただきました」
「なるほど。バッジも7個揃え、トレーナーのスキルは十分ですね。バトル試験の成績もいい……」
「ありがとうございます!」
ミナキは恭しく頭を下げる。シバとは異なる硬さや真面目さを感じた。
「ちなみに、肩書にスイクンハンターとあるんですが……これは?」
「はい、私はスイクンの魅力に惚れ込み、長年追い求めているんです。なかなかお目にかかれませんが、必ずや我が相棒にと思っておりまして……」
スイクンと聞いた途端、ミナキは目の色を変えて饒舌に語り始めた。面接官たちは拍子抜けする。
「じゃあ三次試験のターゲットはスイクンにした方が良かったかな……。サンダーでしたっけ……」と、苦笑するワタルにミナキが食いつく。
「いえ!リリースが条件でしたから、むしろ外していただけて幸運でした。ちなみに、スイクンが出題された方がいらっしゃるんですか……?」
「……あ、その辺はお教えできないんですよ」
「と、いうことはスイクンがターゲットにされたということですね!?」
「いや、そういう訳では……」
ああ、聞かなければよかった……頭を抱えるワタルに遠慮することなく、ミナキは立ち上がって捲し立てる。
「スイクンを追うことは、私のライフワークなんです!!けがの程度や捕獲場所など、できれば詳しく教えていただきたく!」
「今面接なんですが」
やや強めの口調でチャンピオンが注意すると、彼は我に返って顔を正し、何事もなかったかのように席に着いた。それからスイクン以外の事をいくつか質問すると、別人のように真面目な回答が返ってくる。あれは一体何だったのだと、ワタルは複雑な気分になった。
「……では最後の質問です。あなたにとって、ポケモンとは?」
「はい、かけがえのない《仲間》です。共に成長し、喜びを共有できる……これ以上ない、大切な仲間!私はこれからも、彼らと共に夢に向かって努力する所存です」
「ありがとう。オレも確かにそうだと思います」
ワタルはにっこりと微笑むと、そのまま面接を終わらせてミナキを見送った。
「おお、あと一人ですね」
マツノがぐったりしながら呟く。
「うむ……あっという間だな。どうだい、気になる人はいるかな?」
オーキドは記録をまとめながら、ワタルに尋ねた。
「博士も大体、目星はついているんじゃないんですか?」
「まあな……」
そう話しているうちに、ドアがノックされた。
面接当日、午後3時。
「失礼する」
最後に部屋に入ってきた大男は、会釈するなりそのまま椅子に座った。
イブキ以降、大体服装にも気を配り、礼儀も正しい者が続いていたので、最後にやってきたラフな友人にワタルは少し驚く。しかし『普段の格好でいい』と伝えたのは他ならぬ自分である。すぐに思い直して彼に礼を言った。
「シバ、ご足労ありがとう。」
「硬いやりとりは苦手なんだ。いつもの感じでいいか?」
シバは眉をひそめて真っ先に要求した。ワタルは苦笑しつつ、左右に同意を求める。
「馴れ合いにならない程度にな。……と、言っても君のことはオレが良く知っているからあまり尋ねることはないんだが。一連の試験を受けてみて、どうだった?」
「……初心に帰れた気がする。おれはこの5年で少し天狗になっていたようだ」
素直に反省するシバはワタルにとって少し意外だった。ストイックでプロ意識の高い彼が、こんなことを口にするなんて。
「筆記は分からんし、バトルは2敗した。ファイヤーは捕獲に5日掛かったし……お前に貰った火傷治しがなければ、取り逃がしていたと思う。これまでバトルだけ極めればよいと思っていたが、改めてプロの厳しさを痛感した。おれはまだまだ自分に甘い」
「なるほど……。また四天王に復帰したら、パワーアップしたシバが見られると?」
「うむ、そうだな。チャンピオンに恥をかかせない男を目指す」
彼は有言実行だ。必ずやってくれるだろう。
(やっぱり、彼は四天王に必要だな……)
今ここで採用を告げたい気持ちを抑え、ワタルは姿勢を正して彼に問いかけた。
「じゃ、改めて聞いてもいいかい?君にとってポケモンとは?」
するとシバは少しも悩まず、きっぱりと言い放った。
「おれの人生そのもの、ライフワークだ。切磋琢磨し、心身ともに高めていく仲間たち。そしておれはトレーナーとして、仲間を勝利へ導くのみ」
威風堂々とした佇まいはプロの姿に相応しい。
ワタルは満足そうに頷く。
「ありがとう。結果は後日、知らせるよ」
「うむ」
彼は会釈すると、そのまま何も言わず退室して行った。
その威厳に圧倒され、オーキドとマツノも礼儀がどうとか細かいことを指摘する気にはなれず。ワタルは満足そうに空いた椅子を眺めていた。
面接当日、午後4時。
西日が差し込む部屋の中で、三人はリラックスした雰囲気を作りながら打ち合わせを行っていた。会議テーブルに候補者の書類を並べ、オーキドがワタルに尋ねる。
「大体、意見は一致すると思うので……ワタルくん、気になる人を言ってくれんかな」
「はい。まず、シバです。さすがの風格があり、彼は四天王にふさわしい」
ワタルは真っ先にシバの書類を指した。
「賛成だな」オーキドの言葉に、マツノも頷く。
「次に、ジムリーダーのキョウさん。あのプロ意識と明晰な頭脳は非常に魅力がある」
「同じく」
マツノは少し躊躇っていたが、オーキドが頷くのでそれに習った。
「それからカリンさん。計り知れない実力とあの自信。いいと思います」
「賛成です!」
オーキドが頷くより早く、マツノが手を上げる。ワタルは苦笑しつつ受け流した。
「で、最後に……実力としては、ミナキさん。と、言いたいところですが」
彼は一番最初に面接を受けた少年の書類を二人の前に差し出した。
「オレはイツキくんを推したいところです」
「えっ、あの子!?」マツノは思わず腰を浮かせる。
「わしも、ミナキくんの方がいいと思うんだが。実力的にも態度的にも……」
「確かにそうなんですが、イツキくんはかなり伸びしろがあると思うんです。ミナキさんより劣っているとはいえ、実力は申し分ない。この中だと最もチャンピオンの器に相応しいかもしれません」
「そ、そう……?」
「確かに、明るくて素直なところは評価するがな。……うーん、プロに揉まれれば成長するかなぁ?ここはひとつ、ワタルくんに懸けてみようか。どうかね、マツノくん」
「ま……、駄目だったら入れ替えればいいだけですしね。またお金がかかりますけど」
マツノはやや不満そうにしつつも、時間を気にして速やかに荷物をまとめ、足早に部屋を出て行った。彼はカリンが採用されればそれで満足のようだ。
打ち合わせが終わっても、ワタルはしばらく4名のプロファイルを眺めながらぼんやりと考え込んでいた。
(ポケモンとは、親友、仕事、ライフワーク。そして、パートナー……)
迷いなく答える彼らには確たるポリシーや価値観があり、非常に感心させられた。それと共に己の『夢』という答えが弱く感じ、ぼやけていく気がする。
「話を聞いて、何か思うところがあったかね?」眉間に皺を寄せるワタルを見て、オーキドが声をかけた。
「ええ……。オレもまだまだ甘いな、と。鍛え直さなければ」
ワタルは苦笑いを浮かべながら、悩みを忘れるように書類を片付け始めた。
「チャンピオンとはいえ、君は若い。まだまだ成長過程だからな!焦らず、しかし着実に前に進めばいいのさ」
「そうですね」
彼は席から立ち上がると、オーキドと共に退室していった。