M-83 三人寄れば文殊の知恵
ヘルメス神殿。
珠玉を安置する場所の鍵を、何も知らない者や盗賊などから守るためにある、ひっそりと佇む神殿だ。
そして今、サファイア達はその鍵を探しに神殿を訪れ、門番の謎解きを受けているのだが……
「頭上に赤の光を頂く者、かぁ……これってどういう意味なんだろ?」
これが、今回の謎解きの肝だ。
神殿の廊下には、幾つものポケモンそっくりの形をした石像が安置されている。ホーホーのように割と小さな像から、ハガネールのような大きく場所をとっている像まで、種類や形も様々。見たところ、石像の材質に違いはない。
神殿の構造は、真上から見ると正方形になっている。サファイア達が求めている鍵は本殿と呼ばれる中心の建物にあるらしい。その本殿を囲むように四本のまっすぐな長い廊下が伸び、正方形の四つの頂点にはそれぞれ小さな祭壇がある。
祭壇といっても、少し高くなった所に火を燈す台があるくらいで、今では特に儀式に使うような役割があるわけではないようだ。
出入口と本殿へ続く道があるのは南側だけで、他の廊下にはない。
「私としては、祭壇回りの石像から調べていきたいんだけど……」
「まあ、片っ端から調べていくってのもアリだよね」
サファイアの提案に乗り、三人は手分けして石像を調べてみることにした。サファイアは南の廊下の石像、エレッタは東、ミラは西のものと担当を決め、北の廊下で落ち合うことを決め、各自の持ち場に移ることにする。
サファイアは試しに一番近くにあったバクフーンの石像に近付き、何か手掛かりがないか調べる。
すると割とすぐに、バクフーンの石像の足元に無色透明な小さい球体が乗っかっていることに気付いた。
(これが鍵になる宝玉か、もしくはそのダミーってことかー……)
宝玉はサファイアの前足で掴めるほどの大きさで、サファイア達が集めている宝石のような輝きはないものの、透き通った形の宝玉はそれだけでも中々美しい。
万が一にも壊さないようにゆっくりとバクフーンの足元に宝玉を戻し、サファイアは隣にあるヌオーの像へ向かう。
その途中に、本殿の出入口の扉に何か書いてあることに気付き、近寄って足型文字を読んでみた。
(えっと、"刻(とき)は銀なり、待機は金なり"……何だこれ)
暗号のような内容に、サファイアは首を捻る。書いてあることをそのまま受け取るなら、待機は刻より大切だということだろうが、これでは意味が分からない。
(まあいいや、後で二人にも聞いてみよう)
今ここで考えても仕方ないと判断したサファイアは、予定通りヌオーの像へ歩いていく。
(これも無色透明で同じ大きさ……混ぜると見分けがつかなくなっちゃうね)
それから少し後、エレッタはぶつぶつと呟きながら、持っていた宝玉をザングースの像の足元に戻す。
この宝玉は今のところエレッタが調べた全ての像の足元に置かれていた。足元の台座には小さな窪みがあり、上手く宝玉が収まるようになっている。
エレッタがぼやいた通り、足元に置かれている宝玉は全て同じ色・サイズで、透明感も全く変わらない。横に並べてしまえば、どの宝玉がどの像に置かれていたかの区別は出来なくなるだろう。
(宝玉自体を見分けることは不可能、となると……)
全て同じように見える宝玉から本物を見分けることを諦めたエレッタは、次に像そのものに目をつける。
(何かあればいいんだけど……そう上手く行くかなぁ?)
更に少し後、担当の廊下にある宝玉を全て調べ終わり、一度廊下全体をざっと眺めているのはミラだ。
彼女も宝玉を並べて本物を見付けられるとは思っておらず、像を調べる前に一度辺りを見ておいた方がいい、と判断しての行動だ。
(宝玉は見ただけでは区別がつかないけど、もとあった場所にしか戻せない。宝玉と像は対応してるってこと?)
ミラは試しに二つの像の足元に置かれていた宝玉を取り替えてみた所、何故か窪みに嵌まらないことを突き止めていた。
つまり、宝玉は並べると見分けることは出来ないが、像と宝玉の組み合わせは固定だということだ。
(分かってるのはそれだけだけど……)
それが分かった以上、次に調べるべきは像そのものということになる。だが像にも特にこれといった特徴がないのだ。
かといって、廊下には割と大きめの窓が一つあるだけ。窓もこれまた何の変哲もない、本当にただの窓だ。
地道に像を調べていくしかないと気を取り直し、ミラは近くのサイドンの像に近付く。
形はサイドンそのものだが、実物はもう少し大きいはず、とミラは考えながら像を見上げ――
(……め、目が合った!?)
像からあるはずのない視線を感じた気がしたミラは、像の目を注視する。そこにあるのは、石で出来たサイドンの目だ。当然、動いたりはしない。
(……気のせい、だよね)
気を取り直したミラは、像を念入りに調べ始めた。
これといった有力な手掛かりを見付けられないまま、サファイアは合流地点へと向かうことにする。
北側の廊下に足を踏み入れたところで、既に集まっていたエレッタとミラの姿も視界に入った。
「あ、サファイアー! 何か気になるものは見付かった?」
待ち合わせ場所に向かって来るサファイアに気付いたエレッタが、手を振ってサファイアを呼ぶ。この様子だと、二人とも何か見付けた、あるいは気付いた訳ではなさそうだ。
「特には……ね。あんまり期待はしてなかったけど、北の廊下も似たような構造になってるのか」
北の廊下は、三人が調べた廊下とほとんど同じ構造になっている。せいぜい南の廊下に出入口があるとか像の数や形が違うというだけで、南にも東にも西にもあった横長の窓はやはり北にもあるようだ。
ここで三人はそれぞれの調査から分かったことを共有する。大方の予想通り、あまり三人の持ち寄った情報に目立った違いは見られなかったのだが、サファイアは気になる暗号らしきものを見付けていたことを思い出した。
「あ、そういえば二人とも。南の本殿への出入口に、何かの謎解きメッセージみたいなものがあったよ」
「謎解きメッセージ?」
「うん。確か、"刻は銀なり、待機は金なり"だったはず。私は焦らず待てって意味だと思ったんだけど、二人はどう思う?」
サファイアの問いに、エレッタとミラは顔を見合わせる。
それから少し間を空けて、二人も考えをまとめたらしい。
「うーん、あたしのはサファイアの意見に似てるけど……時間を惜しまずに待機しろ、とか?」
「わたしは、急いでダメなら待ってみろ、っていうことかと」
エレッタとミラの、自分とは違う意見。サファイアが出した、焦らず待てという意見。それを混ぜ合わせて、サファイアの頭は必死に手掛かりを掴もうと働いている。
(ダメなら待ってみる? でもそれだと日が暮れる。ここであんまり時間をかける訳には――)
「そういえば今まで無視してたけど、カイムは赤の光がどうのって言ってたよね」
「……でも、赤い光なんてどこにもなかった。窓からもあまり光が入ってなかったし……」
サファイアが思考を巡らす中、エレッタとミラもカイムに言われた言葉を思い出していた。
赤い光、全ての廊下に開いた窓、夕暮れ、そして様々な形の石像。それを繋げて考えると、サファイアの思考の中に"ある可能性"が浮上してきた。
「ねえ。赤い光って、もしかして夕焼けのこと?」
「夕焼け? ま、確かに赤い光だけど」
「それには夕方まで待つ必要がある……なるほど」
サファイアはここまでの情報から、赤い光は夕焼けの光だという仮説を立てた。夕焼け自体は長くは続かないため、確かに待機は金と書かれるのも納得がいく。
「じゃ、問題はどの像に赤い光が射すかって話だけど」
「日は西側に沈むっていうから、西の廊下かな? 窓があったから、そこから入ってくるはずだよね?」
エレッタの質問に返したサファイアは、その流れで北の廊下にもある窓を見上げる。
他に神殿内部から外の様子が見える場所はないので、光が射すとすれば西側の窓しかない。
「今は昼過ぎくらいだっけ? それなら、日が沈むまで待機か。しばらく待たないとね」
ひとまずそう結論を出した三人は、後で西側の窓に集合することを決めて一時自由行動となった。
その頃の、ヘルメス神殿の本殿でのこと――
建物の広間の中心部に、あの黒い渦がゆっくりと渦巻いている。
数十日ほど前から突如として出現したこの渦は、カイムには手のつけようがなかったことと放っておいても特に害を示さなかったことから、様子見のまま監視されていた。
そんな大人しかったはずの渦が、今日になって突然膨らみ始め、中心にエネルギーを溜め込む。
その渦に、バチリと黄色の電気が走り――中心から、一人のポケモンの影が這い出てくる。
そのポケモンはふらふらと出口を探して部屋をうろつくが、本殿の唯一の出入口は未だ封鎖されていて出ることが出来ない。
それでも、光を持たない虚ろな目を持つそのポケモンは、出口を求めて広い部屋の中をぐるぐると回り続けていた。