E-06 エレッタと兄馬鹿(エレッタ編)
一方のエレッタは、いつもの探検がある日より少し遅い時間帯に目を覚ました。
遅いといっても、ギルドに入ったばかりの頃よりも起床時間は早い。普段は大寝坊をかますとミラから目覚ましマジカルリーフが飛んでくるので、次第に(マジカルリーフを避けるために)起床時間が早くなっていたようだ。
「ふぁぁ……おっはー……って、あれ」
欠伸混じりに隣の二人に挨拶するエレッタだが、どちらからも返事が帰ってこないことに首を傾げ、目を擦って左右を確認した。
まずは、サファイア。いつも笑って挨拶を返してくれるはずのサファイアは、今日は幸せそうな顔でぐっすり眠っている。寝癖がちらほら見えたり、ヨダレが垂れそうになっているのは見なかったことにした。
(サファイア……寝顔、可愛いなぁ)
普段はエレッタの起床時間的に中々見られないサファイアのレアな表情に、つい手が伸びる。ベッドから降りてサファイアの頬をつついてみると、茶色の毛に包まれた頬の柔らかい感触がダイレクトに伝わってきた。
(あ、何コレ。面白い)
ちょっと早起きしたせいか調子に乗ったエレッタは、これ幸いと起きる兆候のないサファイアの頬をつつき続ける。すると、眠ったままのサファイアの顔が急に持ち上がったと思うと、そのままエレッタの手に向かって――
「うわっち!?」
嫌な予感に従って瞬時に引っ込めた手をかするように、がちりとサファイアの歯が閉じられる。イーブイの歯はエレッタやミラと違って攻撃にも流用できる鋭いものなので、地味に危険だったりする。
「あっぶなかったぁぁ! え、何なの、寝ぼけなの? 夢なの? あたしの手、食糧か何かに間違えられたの!?」
サファイアに言っているのか呟いているのか分からないエレッタの言葉は、お休みモードのサファイアには聞こえない。気を取り直したエレッタは、反対方向を向いた。
「で、ミラはーっと……いないし」
よく考えればエレッタが朝からこうも騒いでいる時点でミラから何か横槍が入りそうなものだが、それがない。
エレッタの視線の先に、案の定ミラの姿はなかった。
(資料室にでも行ったか、その辺を散歩してるか……いいや、あたしはフロールタウンをうろうろしてよっと)
何となく二度寝の気分でもなかったエレッタは、フロールタウンをぶらつくことに決め、バッジとある程度のお小遣いのポケを持ってギルドを出た。
〜★〜
大半の探検隊はもう出発しているというこの時間帯、朝は賑わうフロールタウンはかなり静かになっていた。時々、この近くに住むポケモン達が、生活に必要なものを買いに訪れるくらいのものだ。
(賑やかなのもいいけど、こういうのも新鮮で落ち着くよね)
高台にあるギルドの階段を降り、大きく伸びをする。
そんなエレッタに、遠慮がちに声をかける者がいた。
「あのぅ……」
「ん? 何?」
エレッタに声をかけたのは、サナギラスとネオラントの二人組。二人とも探検隊バッジをつけているので探検隊であることはほぼ確定だが、ふらわーぽっとでは見たことがない。
「俺達は、別の街から来た探検隊だ。ここには中継地として寄った。急ぎでなければ、カクレオン商店の場所を教えてもらえると有り難いんだがね」
「あー、いいよ」
特にやることもなかったエレッタは、このサナギラスの頼みを快諾する。案内ついでにカクレオン商店に行く理由も出来た。
エレッタ達探検隊のメンバーや、この近くに住むポケモン達はともかく、他の街から来たポケモンにとって、フロールタウンの構造は分かりにくいのだそうだ。
「ありがとよ、嬢ちゃん。ギルドを中心に放射状に施設が並んでるってのは本当だったんだな」
特に何事もなくサナギラス達の道案内を終え、エレッタはカクレオン商店の様子を覗く。
サナギラス達に応対しているカクレオン兄弟の機嫌が、今日は何故かやたらと良い。
「では、これがお品物です! ありがとうございましたー!」
お礼の言葉の端々から感じるルンルン気分が気になり、エレッタは商店を見るついでに話しかけてみることにする。
「カクレオンさん達、やけに機嫌がいいね。何かあったの?」
「ふっふっふっ……昨日、ふらわーぽっとから支給された援助金が、思ったよりいい金額だったもので……」
「ふらわーぽっとからの援助金?」
聞いたことのない話に、エレッタは首を傾げる。エレッタはフロールタウンの店がどこにあるか知ってはいても、街のシステムについてはよく分かっていなかった。
もっとも、これはエレッタに限らず大体のポケモンに当て嵌まるのだが。
「私達のような、探検隊のサポートをするような店や施設には、年に二回、ギルドから援助金が入るのですよ。その代わりに、私達は探検隊には少し安めに道具を売っているんです」
「なるほどね。えっと、ギブアンドテイク、っていうんだっけ? そういうの」
つまりカクレオン達は、通常の店の売り上げ以外にも予想以上の収入があったから、こんなに機嫌が良くなっていた、ということらしい。
エレッタ納得したところで、カクレオンが気持ちを切り替えたのかずずいと身を乗り出す。その目は完全に商売モードになっていた。
「と・こ・ろ・で、エレッタさん。黄色グミが一つ売れ残っているんですが、買いませんか? 今なら特別に600ポケにまけておきますよ」
「600かぁ……そうだね、パッチールのドリンクスタンドでゆっくりするって手もあるし、買うよ」
「まいどあり〜!」
600ポケと引き換えに、エレッタは黄色グミを受け取る。エレッタはにっこりと笑うと、カクレオンにちょこんと頭を下げた。
「ありがとう、カクレオンさん! じゃあね!」
そのままドリンクスタンドのある専用区画に向かうエレッタ。客がいなくなったことで、カクレオン達はしばらくリラックスモードに入ることにする。
「可愛いですよね、エレッタさんって」
「あのチームは、可愛い子揃いですからねぇ」
「えぇ、そうでしょう、そうでしょうとも! うちの妹は可愛いからね!」
カクレオン兄弟が適当にさっきのエレッタを話題にしていると、突然店の前から何者かが会話に入ってきた。
驚いたカクレオン兄弟の前にいたのは、黒いマフラーを首に巻いたピカチュウ。さっきのエレッタと同じく、にこにこと笑っていた。さっきまではいなかったのに、いつの間にここに立ったのだろう。
「どうも、初めまして。エレッタの兄のルクスと申します」
「えー……っと、ルクスさんですね。初めまして。エレッタさんのご家族ですか」
「ええ、"妹"がいつもお世話になっております」
なぜか妹を強調するルクスの表情は柔らかなものだが、その視線はどこか鋭く冷たい。ルクスは一歩カクレオン達に近付き、更に笑みを深める。
「そこのカクレオンさん。探検隊をサポートして、援助金を予想以上に貰ったカクレオンさん達に、聞きたいことがあるんだけど、答えてくれるかい?」
冷たい視線が、カクレオン兄弟をロックオンして離さない。更にルクスの顔が黒い瞳ごと近付いて来る。
変なクレームをつけてくる客の扱いは慣れているカクレオン兄弟だが、ルクスの放つ異様な雰囲気に呑まれていつものキレが無くなる。
「は、はい……なんでしょうか?」
「単刀直入に聞こう。うちの妹に何か良からぬ誘いをかけたりするオスのポケモンを見たことはないかな?」
目に"絶対零度"もかくやというレベルの冷たい光を宿らせ、本当に単刀直入に踏み込んできたルクスにカクレオン兄弟は全力で首を横に振る。そのシンクロした動きに、ルクスの視線が春の雪解けのように和らいだ。
「そっか、それならいいんだ! これからも妹をよろしく。それとリンゴを一つ」
ちゃっかり買い物も済ませ、受けとったリンゴをマフラーに忍ばせてルクスはふらわーぽっとのある方向へと歩いていく。それを引き攣った営業スマイルで見送ったカクレオン兄弟は、ルクスの姿が見えなくなると同時に顔を見合わせていた。
〜★〜
エレッタはカクレオンの店で買った黄色グミをドリンクスタンドでジュースにしてもらい、ちびちびと飲みながら流れる歌に耳を傾けていた。
このドリンクスタンド内には最近ステージが出来たようで、時々歌やダンスを披露してくれるポケモンがいるらしい。今日は、リーフィアの"草笛"の演奏だった。
(今日休日にして良かったぁ……なんか凄く落ち着く)
探検隊としてダンジョンを歩くのもいいが、たまにはこうやってゆったりと過ごすのも楽しい。
エレッタとしてはサファイアやミラも来ればいいのにとは思うが、サファイアはともかくミラはミラで休日を楽しんでいるだろう、と思い直し、草笛に耳を傾けて……
「……はっ! え、あたしもしかして寝てた!?」
それからしばらくして、エレッタは急に顔を上げる。改めて周りをぐるりと見渡し、ステージにいたリーフィアも草笛に聴き入っていた客もいなくなっていることを確認し、若干焦ってスタンドのパッチールに声をかけた。
「ちょっ……え、今外の様子ってどうなってる!?」
「大体、日が黄色からオレンジ色になるくらいですよ〜。まだギルドでの夕食には早いですねぇ」
意外とそこまで時間が経っていなかったことにホッとため息をつき、パッチールに挨拶してドリンクスタンドを後にする。
探検隊が本格的に帰ってくるとフロールタウンはまた混み出すので、早めにカクレオンの店の商品をチェックしてギルドに戻ることにした。
(……にしても、いくら草笛には眠らせる効果があるとはいっても、あんなにコロッと落ちるとか……疲れてるのかな、あたし)
エレッタは心の中でそう結論つけると、今日は早めに寝ようと決めた。
後ろをつけている者がいるとも知らず、エレッタはカクレオンの店に寄ってオレンの実を買い、ギルドへと帰っていく。
「うん、やっぱりいつ見てもエレッタは可愛いね! いやぁ、眼福眼福」
そう呟いたルクスの声は当然エレッタに届くこともなく、商品のピーピーマックスとオレンの実を渡したカクレオン兄弟はそんなルクスを何とも言えない目で見ていたことは言うまでもない。