ポケモン不思議のダンジョン 星の探検隊 12の光に導かれし者








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閑話 エスターズの休日
E-05 炎の槍と氷の矢(サファイア編)
 これは、三人がトリス洞窟に行った翌日のこと。

 部屋に響いた何かを叩く音に、サファイアの意識がゆっくりと浮上してきた。意思に反してなかなか開かない目を擦り、今まで眠っていたベッドの上から扉へ視線を投げかける。

「……ふあぁぁ……お客さん、かなぁ……」

 再び、今度は強めに叩くような音が聞こえ、そこでようやくサファイアはベッドから降りる。欠伸混じりに伸びをしてみたものの、長らくくっついていた瞼は未だに離れようとしてくれない。

 今日――エスターズは、ここ最近気を張り詰めなければならないイベントが続いて疲れたというエレッタの心の叫び、もとい休日要請を受け、久々に探検活動の休止日を設けていた。
 もともとギルドの締め付けは緩いので休みなど(食費さえあれば)好きなだけ取れるが、探検隊としての自覚や次々と寄せられる依頼や情報に振り回され、三人は休みをあまり取っていなかったのだ。

 が、その休みだというのにエレッタもミラもどこかに出掛けてしまった。サファイアは休日らしく心ゆくまで惰眠を貪っていたのだが、昼過ぎともなるとさすがにただ寝るのにも飽きてくるようで。

「はいはぁい、今開けますよっと」

 相変わらず半開きの眼のまま、ノックのような音がしたと思われる部屋の扉へ向かい、開く。どうせマロンかアルビス辺りだろうと検討をつけて出た廊下には……

「えー、何コレ……誰もいないし」

 サファイアの無気力な声が静まり返った廊下に響いた。
 他の部屋へと続く廊下には、彼女以外の気配はない。ノックの音からそこまで長い時間が経っている訳でもなく、いないと判断された可能性は低い。
 ピンポンダッシュの類か何かかと一瞬思いかけたが、すぐにその案は切り捨てる。大体の探検隊が仕事に出掛けている中、そんな暇なことをする輩はおそらくいない。

「……まあいいや、もっかい寝ようかな……」

 音の謎は気になるが、今廊下にいても仕方がない。そう判断してサファイアは部屋に戻り、寝ぼけ眼のまま窓近くのベッドに飛び乗って。

「――うっひょえうあぁぁ!?」

 目の前の窓にべったりと張り付いた某黄色いネズミの姿を見付け、自分でもどう発したのか分からない悲鳴と共にベッドから盛大に転げ落ちた。


「全く! どうしてわざわざ窓から入ろうとするかな!? ギルド入口から入るとか、誰かに呼び出してもらうとか、もっと他にやり方はあったでしょうに!」

 机をバンバン叩きながらプンスカ怒るサファイア。その怒りの矛先は、机の反対側に鎮座しけらけら笑うピカチュウ――エレッタの兄、ルクスだ。

「いやぁ、ごめんねぇ。僕やレイダーってもしかしたら一連の蒸発事件のお尋ね者として有名になってるかもしれないし、堂々と入るのはちょっとまずいかなって」

 全く悪びれる様子を見せないルクスの笑い方は、エレッタそっくりだ。さすがは兄妹である。
 ルクスは笑顔のまま、サファイアが棚から引っ張り出したオレンクッキーを口に放り込む。こんな状況でもちゃんとクッキーを出して来客をもてなすサファイアであった。

「レイダーはともかく、ルクスさんは名前どころか存在自体疑問視されてるから! 絶対今ので寿命五年は縮まったよ、もう……」

 サファイア達は、まだルクスとレイダーのことを誰にも伝えていない。もっとも、ハーブとマロンくらいには話して置いた方がいいと判断はしてある。
 ぶつぶつと不平を零すサファイアに、ルクスは手を叩いて気を引き付ける。

「はいはい、言いたいことはあると思うけど、とりあえずこっちの話を聞いて。僕がここまで来たのは他でもない、君に用事があったから」
「……へ? 私?」

 サファイアとしてはてっきりエレッタに用事があるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。顔を上げたサファイアに、ルクスはにこりと笑いかけた。

「レイダーから聞いたんだけど、君って氷タイプの"目覚めるパワー"を使えるんだってね。で、そのちょっと変わった活用法を伝授しようかと思ってさ」
「変わった、活用法……?」

 サファイアは訝しそうな目をルクスに向けるが、これがこの技に関しての世の中の普通の反応である。
 "目覚めるパワー"を扱うポケモンは少なからずいるものの、使うポケモンによってタイプが変わってしまう特殊な技。故に、数タイプに共通した改良は難しいとされる技だからだ。

「んー、まずはちょっと目覚めるパワーを撃ってみてくれない? 部屋の中だし力はいれなくていいよ」
「はぁ……」

 何をする気かと不思議に思いながら、サファイアは顔の前に一つだけ"目覚めるパワー"のエネルギーで作った氷を浮かべる。
 サファイアが作り出したエネルギーを見て、ルクスはうんうんと頷いた。

「よし! 基本的な条件は満たしてるね。確かにこのままでも十分攻撃手段としてはいいんだけど……」

 そう呟きながら、ルクスはクッキーをもう一枚頬張ってから自分の首に巻いている黒マフラーの中からリンゴを取り出し机の上に置いた。
 一体どこから出してるんだと突っ込みを入れかけたサファイアだったが、ルクスが手を振り上げ炎の球を作り出したところで大人しく黙り込む。

「行くよ……"目覚めるパワー"!」

 ルクスはその声(トリガー)と共に、炎の球をリンゴに投げつける……かと思われた。
 ところがルクスは炎の球を維持し、さらに球にエネルギーを流し込む。
 するとサファイアの目の前で――炎の球は細く引き延ばされ、さながら炎の槍とでも呼ぶべき形に姿を変えた。

「へっ!?」

 呆然とするサファイアに構わず、ルクスは炎の槍をリンゴに突き立てる。
 槍はリンゴに突き刺さったかと思うとあっという間に霧散し、机の上には表面がこんがり焼けたリンゴが残る。

「よっし、こんなもんかな。あ、リンゴ半分あげるね」

 目をぱちくりさせるサファイアの隣でルクスは焼きリンゴを半分に割り、片方をサファイアに差し出した。
 ルクスが割ったリンゴの断面も、しっかり焼いた跡が残っている。

「……え、ルクスさんって炎タイプの"目覚めるパワー"の使い手だったの?」
「まあね。ほら、夜の湖に残り火代わりに放ったりすれば、多少の撹乱にはなるかと……」

 ルクスに言われたサファイアは、とある文章の一部を思い出していた。
 あのユクシーがいなくなった経緯の説明に、確かに湖の辺に残り火があったと書かれていた。
 湖の住人からの侵入者は赤い身体だという証言も相まって、ギルドでは犯人は炎タイプだという説が広まっていた。それを考えると、どうやらルクスの目論見は完璧に成功していたらしい。

「でも、今の形は?」
「あれは、エネルギー体への干渉だよ。一回発射してしまうと、遠距離技ってのは大抵自分の制御から離れて操作出来なくなる。だからこそ、発射直前に細工を施すことで安定して改良出来るようにする」

 サファイアはルクスの放った槍の跡をリンゴを通して推定してみる。
 あの炎の槍は、リンゴに当たるやいなや、まるで水がかかったかのように掻き消えた。
 リンゴの表面を見ても、槍が表面に少し刺さっただけで貫通どころか真ん中まで達している訳でもない。難しいことは分からないが、対象の体に直接熱のダメージを与えていると考えるのが妥当だろう。

「どう? 君の技のタイプは氷だから、炎と違って簡単に形くらいは変えられる。試してみる価値はあると思わない?」


 その後サファイアは、レイシアの道場の一角を借りてルクスと"技の応用"にチャレンジしてみることにした。
 昼過ぎに、しかも見たことのない同伴者を連れて入って来たサファイアにレイシアは首を傾げたが、ルクスとの関係をさらりと聞いた後はサファイアの練習に手を貸してくれることになった。

「なるほどねぇ。確かに、目覚めるパワーに限らず形を変えるってのは、戦闘では結構使えるし」
「そうなんだ……で、その形を変えるにはどうすればいいの?」
「まずは、目覚めるパワーのエネルギー体に触って、"核"を認識するんだ。そんで、その核を見つけたら、変えたい形を思い浮かべながらそこにエネルギーを追加で送り込む。とにかくやってみれば分かるよ」

 ルクスの言葉にサファイアは目覚めるパワーのエネルギーの詰まった球体を生み出す。氷のエネルギーを持ったそれは、出した側からギチギチと音を立てて表面が凍り付いていく。
 サファイアは言われた通りに球体に手を突っ込み――じわじわと伝ってくる冷たさに、思わず手を引っ込めそうになる。

「ちょ、ちょっと!? これ、そのまま凍り付くんじゃないの!?」
「そりゃそうだよ。僕なんて慣れるまではチーゴの実が手放せなかったし。いいから核を探すんだ、一回分かれば後は手を突っ込まなくても想像だけで何とかなるから」

 慌てたサファイアに、冷静に返すルクス。限界と判断したサファイアが球体を消すと、ルクスも仕方ないか、といった風に笑った。

「ま、これは凍る前に形を変えられるようになるしかないね。ちなみに、レイダーの時は岩にハサミが押し潰されそうになったみたいだし、虫タイプだとなんかもぞもぞと気持ち悪くなったり、悪タイプだと切り裂かれるような痛みが走ったり……」

 視線を宙に浮かせながらしれっと言うルクスに、サファイアが顔を青くする。

「そんなリスクがあるんなら、最初にそれ言ってくれてもよかったのに!」
「はっはっは、新しい力と努力と苦労と怪我はワンセットさ! 諦めるんだ、若人よ」
「……ルクスさんってエレッタと年は幾つ離れてるの?」
「ん? 二つだけど?」

 さっくりとサファイアを若人呼ばわりしたルクスの年齢と返答に、へなへなとサファイアの肩の力が抜ける。本当に、この兄にしてあの妹ありである。

「ま、本当に凍ったら僕が目覚めるパワーで治したげるから、練習再開だ!」

 練習する立場のサファイアよりテンションの高いルクスに、サファイアは内心ため息をつき、レイシアはこっそり苦笑していた。

〜★〜

「そうそう、そこにエネルギーを注ぎ込んで……」

 太陽がそろそろ山の向こうに沈み始めるかどうか、といった頃。
 サファイアの練習している"目覚めるパワーのエネルギー球の変形"は、完成間近にまで漕ぎつけていた。

「そう、もっとスマートに! そしてもっと引き絞って!」

 レイシアの言葉に、サファイアは更にエネルギーを注ぐ。すると、元々細く変形していたエネルギー体が更に細くなり、先端が尖って鋭く光った。

「よし! そのまま発射!」

 ルクスの掛け声に合わせ、サファイアは目覚めるパワーを発動させる。細く引き延ばされたエネルギー体は空気を切り裂き、ルクスがマフラーから隠し持っていたリンゴに矢のように突き立ち、リンゴを一部凍らせた。

「うん! ひとまずダンジョンの敵に通用するレベルになったかな? 後はひたすら実戦で使って慣れるだけだよ」

 ルクスのお墨付きを貰い、糸が切れたようにサファイアがその場にへたりこむ。

「二人ともありがとう……つ、疲れた……ルクスさん、結構容赦ないね……」
「お疲れ様。格好よかったわ、サファイア」

 レイシアが差し出したオレンの実をサファイアはほとんど反射的に受け取り、口に運ぶ。オレンの実で体力は回復できるが、疲労だけはどうしようもない。

 サファイアはルクスと違い、槍ではなく"矢"のような形を思い浮かべた。エネルギーの核を見つけ出すところまでは上手くいったのだが、いざ変形する段階では思うようにいかず、時間がかかってしまった。それでもルクスからすれば大分早いらしいが。

「ま、ピーピーマックスがぶ飲みして大方エネルギーを使い果たしてるだろうし、今日はゆっくり休むのよ?」
「分かってます。ところで、ルクスさん……途中でどこに行ってたの?」

 実は、ルクスはサファイアの練習中に、少し訓練所を出ていた。目的はオレンの実やピーピーマックスの補充だが、それにしては帰りが遅かったのだ。

「いやぁ、カクレオンの店に行こうとしたらたまたま愛する妹が歩いているのを見付けて、暫くロックオンしてたのさ!」
「……つまり、ストーキングしてたってこと……?」

 若干引き気味のサファイアに、ルクスは心外だと反論する。

「ひとをストーカー呼ばわりしないでくれよ! 何年も探して、やっと再会出来た妹を心配するのは兄として当然の義務じゃないか!」
「言いたいことは分かるけど結局はストーカーだよね!? エレッタに言っておこうかな……」
「待って待って待って! ばれたらまたエレッタのサマーソルトキックが入るからやめて!」

 こんな訓練所でのやり取りは、レイダーがルクスを迎えに来るまで続いたという。

■筆者メッセージ
やっと投稿できました。本編にも関わりのある話です。
本当は閑話は一話だけのつもりでしたが、間が空きすぎたのと私のリハビリのために三話構成に急遽変更しました。

あと、一章と四章のラストに簡単な登場キャラ紹介をのっけました。
すずらん ( 2014/02/25(火) 00:22 )