M-80 集まるパズルピース
〜☆〜
エレッタの…………お兄さん!?
私とミラがまさかの事態に呆然とする中、エレッタはレイダーの相棒――ルクスさんに満面の笑みを浮かべて飛び付いた。その衝撃をもろに受けたルクスさんは「うぉわっ」と声を上げ1、2歩交代しつつも、しっかりとエレッタを抱きとめている。エレッタの飛び付き、もといタックルはかなり勢いがあるのに……よく止められたなぁ。さすがはお兄さんってところかな?
「ルクス兄ちゃん……生きてたんだね! どうしてこんなところにいるの!?」
「それはこっちの台詞だよ……それにしても大きくなったなぁ、エレッタ……いや、重くなったと言うのが正……グホッ」
……あ。
ルクスさんの(エレッタにとっては失礼極まりない)発言をエレッタは蹴り上げを華麗に食らわせることで遮り、勢いそのままにくるりと一回転して着地した。一方のルクスさんはと言うと、エレッタの蹴りがクリティカルヒットした顎を痛そうにさすっている。
うわぁ……痛そう……あれほっといたら腫れそうだね。自業自得だけど、後で目覚めるパワーで冷やしてあげようかな……
「……あいつは基本的に優しいが、今ひとつ女心が分からんらしい。失礼な発言はさらっと流してやってくれ」
横から私とミラに向かってレイダーがぼそっと説明してくれた。お気遣いありがとう……でもそれはそれでいろいろ問題がある気がするんだけど。
「しっつれーな! 成長したとか立派になったとか、もっと言いようがあるでしょーー!?」
「あはは……ゴメンゴメン。レイダーから聞いてるけど……探検隊になって、しかもダイヤモンドランクっていうじゃないか。いつの間にそんなに立派になったんだい?」
「サファイアとミラのお陰だよ。あの2人に出会わなかったら……多分今頃はまだ海岸近くに引きこもっていたかもしれないし」
ね? とこっちに視線を合わせてきたエレッタに、私は曖昧に笑いかけた。確かにエレッタとは海岸で初めて会ったし、探検隊を一緒に始めたのもあの時からだったけど……技の使い方すら知らなかった私はあの時エレッタに助けられっぱなしだったし、『お陰』なんて言われてもちょっと困ってしまう。
それはミラも同じだったみたいで、ちょっと目を逸らしている。でも、あんまり照れ臭そうじゃない辺り、もしかして……
「海岸? 僕が迎えに行った時は確かにフィルス村にはいなかったけど……海岸に移動してたのかい?」
「……あんなとこ……兄ちゃんがいないことに気付かれて襲われたから……さっさとおさらばしたよ。……ねえ、どうして兄ちゃんは……あの時、戻って来なかったの?」
あの時……エレッタは前に、ルクスさんの不在時に襲い掛かってきたフィルス村の住民を10万ボルトで薙ぎ倒して逃げたって話してたけど……結局今までルクスさんの不在理由は分かっていなかったんだよね。
「……それは…………新しい住居を探していたんだよ。フィルス村のような変な圧力のかからない、もっと離れていて穏やかな場所をね。だけど、あの日……ちょうどいいと思われる場所を見つけて、エレッタに知らせるために急いで帰っていた途中……背後からお尋ね者に襲われたんだよね」
……お尋ね者……まあどうせこういう奇襲型のお尋ね者だったら、大抵動機は金銭目的かストレス発散に誰かを痛め付けたいとかそういうものだろうけど。
「不意打ちだったし相手も強くからまともに太刀打ち出来なくて、激しい攻撃を受け続けて倒れてた……みたい。ただ、たまたま近くにいたストライクが僕を治療してくれた……それが昔のレイダーってわけ。ああ見えてコイツ意外と優しいんでね」
「ほっとけ」
レイダーは照れているのかいないのか知らないけど、ルクスさんを思いっ切り睨みつけている。けどルクスさんはそんなのガン無視で、さらっと流して話を続けていく。
「……けど、思った以上に回復に時間をとられてね……やっとフィルス村に帰ってきた時には、もうエレッタはいなくなっていた。村のポケモン達に問い詰めても、お前に知らせる義理はないとかの1点張りさ。仕方ないからそれからはレイダーと一緒に行動して、村付近を中心にエレッタをずっと探してたんだけど、まさか海岸まで出ていたとはね……それからはエレッタの情報は何も入手出来なかったんだけど、レイダーが気付いてくれた」
「それって……」
私とミラが倒れた後の話だろうか? エレッタは突然レイダーが動きを止めたって言ってたけど、それが何か関係があるのかな?
そう思っていると、横からレイダーが話を引き継いだ。
「……最後のバレットパンチを受ける直前……お前、自分が何て叫んだか覚えてないのか?」
「あれ、あたし何か言ってた? その辺りってあんまり覚えてなくて」
「……『――助けて、ルクス兄ちゃん!!』だった。それで分かったのさ、ピチューはピカチュウの進化前だしな」
レイダーがこう話している間、ルクスさんはエレッタの頭を兄らしく優しく撫でていた。本当に仲が良いんだね……
……ん? 何かルクスさんが私をじっと見てる……え、私何かした? 何か顔についてるとか?
「…………あれ……君は……レイダー、前に火の玉新山 奥地で戦ったのは……間違いなくこの3人だったかい?」
「ああ」
「……となると、やっぱり君は……」
え、何? 本当に何なの? 私前に変なことしたっけ!?
と、ルクスさんが私に近付いて、首を傾げつつ言った。
「君。名前は……サファイア、だっけ?」
「はい……あの、何か」
「あ、いや……知らなかったらゴメンだけど、天から流れ星の如く降ってきた宝石って持ってたりしない?」
ルクスさんは私の言葉を遮ってやや焦ったように詰め寄ってきた。ちょっと、顔が近いよ!
と思いつつも、直ぐさまバッグの中から宝石と結晶を取り出す。ルクスとレイダーはそれをじっくり吟味するように見つめて、やがて合わせて首を縦に振った。
「そっか。君があの場にいたから……レイダーが持っていたはずのガーネットが離れたんだね。それにしてもちょうどよかったよ……まさか守護者に出会えるなんてね」
ん? 離れた?
それを聞く前にルクスさんは私と握手をしながらレイダーに目配せして、それから私にも「ついて来てくれる?」と声をかけた。
2人は私の答えを待たずに揃って別の部屋へ行ってしまう。 さすがにここには明かりがあるが、見失っても大変なので私達もその後を追い掛けた。
でも、ルクスさんは、私が守護者ってことを知ってた。もしかしてこれって、ルクスさんは宝石について何かしら知ってるのかな?
ルクスさんとレイダーが歩みを止めた地点は、ここまでの洞窟の長さに比べると大して歩きはしなかった。どうやらここが本当に一番奥の部屋のようで、明かりを頼りに辺りを見渡すものの他に出口が見付からない。
「……教えてあげる。僕達がエスパータイプのポケモン達をさらってきた、その理由を。見えるかい? 部屋の奥にある、虹色に輝く球体が」
ルクスさんが指差す方向には、確かに虹色の球体がふわりと浮かんでいて、暗い部屋の中で暖かい光を放っている。球体自体も美しく、そして何よりも私にとっては見覚えがあって――何て言えばいいんだろ、ドキドキするというかザワザワするというか……上手く言えないけど、とにかく興奮するような……
「へえ……綺麗な宝玉だね。でもこれって何なの?」
さすがの好奇心旺盛なエレッタといえど、神秘的なな雰囲気を伴うそれからは少し距離をとって眺めている。そしてそれはミラも同様だった。
その質問に対して、ルクスさんはエレッタに答えを――私達を驚かせるのには十分すぎるほどの答えを持ってきた。
「……これは、『彩色の珠玉』の“臨時版(ダミー)”だよ。あの珠玉のカケラにエスパータイプのポケモン達の力を組み合わせた、ね」
「……珠玉の……ダミー?」
その瞬間3人の視線を一斉に浴びたルクスさんだけど、特別怯むことも何もなく、珠玉にすたすたと近付いていく。
「そう。君が持っている珠玉のカケラの力は強いものだけど、カケラを全て集めて珠玉にしなければ……本来の力は発揮されない。そして珠玉の力がなくなったこの世界は……今、異変が起きていることは知ってる?」
異変……あ、もしかして、前にミラが言ってたような……
「……時空の渦が、増えている……とか?」
「大正解」
ルクスさんはニヤリと笑って、珠玉の下をもっとよく見るように促した。
それに従ってもう少し近付いて見てみると……本当だ、小さいけれど渦巻いているエネルギー体がしっかりあるね。
「珠玉は1000年ごとにニンゲンの世界とポケモンの世界を行き来する……つまり、1000年で珠玉のエネルギーを使って世界のバランスを一定にするってサイクルがずっと続けられていた。けど、1000年経たないうちに何らかの影響で珠玉がこっちの世界に来てしまった……要するに、ニンゲン界のエネルギーが少ないんだよ」
それは、つまり……
「それで時空の渦が増えたのは分かるけど……暴走した渦が増えたのは何か関係があるの?」
「あるよ。本来エネルギーを対の世界に逃がしてバランスを保つのが時空の渦だけど……バランスが思いっ切り崩れると、何でも強引に吸引してエネルギーを無理矢理奪取しようとする渦が現れる……それが暴走した渦。僕達はそれを出来るだけ食い止めるために、このダミーを使ってエネルギーを送っているんだ。一応ダミーとはいっても、本物の半分くらいの力は出せるから……せめて、このくらいはね」
ルクスさんとレイダーはその球体に近付いて静かに珠玉を手にとると、私の目の前に持ってきて……衝撃がかからないようにゆっくり振った。
中で何かが転がるような、カラカラと小さな音が聞こえて来る。
「……中に……何か入っているの?」
「うん。中にあるのは珠玉のカケラ、ラピスラズリ。本当ならこの場で守護者に渡したいところだけど……今はまだ渡すわけにはいかないな。ごめんね」
そう言ってルクスさんは珠玉を再び渦の上に戻した。渦は正常なもののようで珠玉を吸い込むことはないし、珠玉もちゃんと元のように渦の上でふわふわと浮いている。
「エスパータイプのポケモン達を連れ去ったのも……これを作るためだった。でも騒ぎが広まるといけないし、まだ種族や顔を知られると困るから……バトルで気絶させた後、強力な眠り薬を使いながら少しパワーを頂戴したってわけ。彼らが僕達の顔を知らないのはそういうことなんだよ」
本当はその場でお礼を言えればよかったんだけどね、と語るルクスさんの表情は、少し寂しそうだった。ルクスさんもレイダーも、もしかしたらダミーを作るためとはいえ強引な手段をとったことを、やはり気にしていたのだろうか。
確かに、珠玉が今は世界にないとは言っても、神話が広まってない状態で世界を守るような行動をとるのは難しいらしい。
理解者が殆どいないんだから当然か。
「……だから、君達にお願いがある」
そう言って真剣なものに変わったルクスさんの眼差しから、私はルクスさんが言いたいことを何となく読み取った。
「残りのカケラを全て集めて……珠玉を元の状態に戻してほしいんだ」
――繋がった。
エスパータイプのポケモン達がいなくなっていたこと、暴走した時空の渦というものが増えていること――そして、ニンゲンだったはずの私が、イーブイ……ポケモンになったこと。
私が考え事をしてうっかり頷かないでいると、いつの間にかレイダーが近寄ってきて、私の目の前に何かを置いた。
真紅のハサミの中から出て来たのは、紫色に輝く丸い宝石。
「これは……アメシスト?」
紫に輝く宝石を持ちレイダーを見上げると、彼も私をじっと見下ろしていた。
その目にはもう、あのレイダーとのバトルでかいま見た、凍ったような雰囲気はどこにもない。
「……決めろ。お前達がどういう選択をしようと構わないが、チャンスはこれ1回きりだ。よく考えて選べ」
そんなレイダーの言葉を聞いて、私は覚悟を決めた。元々私は珠玉を守る役目を負っていたのだから、単に原点回帰したと思えばなんてことはない。
「……分かった。絶対、あと1つ……ダイヤモンドを集めて来る!」
「そうこなくっちゃ」
私の宣言に、ルクスさんはほっとしたのか本当に穏やかそうに笑った。
「サファイア! あたしも所在地不明のあと1つを探すの、手伝うよ!」
「……わたしも、同じくね」
「2人とも……分かった。絶対にダイヤモンドを探し当てようね!」
エレッタとミラがいれば、きっと大丈夫。
絶対に見つかるはず……!
「……じゃあ、ダイヤモンドを手に入れたら、その時僕からラピスラズリを渡すよ。……頑張って。エレッタも、もう立派な仲間がいるんだからね」
ルクスさんはレイダーに合図を送り、私達は再びレイダーの背に乗ってしっかり掴まる。
「じゃあ……あと1つ、頼んだよ!」
ルクスさんのその言葉を合図に、私達を乗せたレイダーは再び羽を広げ、暗い洞窟の中を滑らかに飛んでいく。
私はバッグの中に入れたままのアメシストに、次は何の記憶が蘇るのかと期待を寄せて――
やがて現れたこの洞窟の出口から、夕焼け色に染まった光が私達を優しく迎えてくれた。