M-76 初めてと久々と
次の朝、エスターズの3人は北に位置するダンジョン"大地の裂け目"に行くために早く起き、探検の準備を整えてフロールタウンを発っていた。
そして、道中何か目立ったトラブルが起きることもなく、サファイア達は昼前には中継地点のトレジャータウンに着くことができた。
「うわぁ……ここ、活気がある街だねぇ」
トレジャータウンの賑わいぶりに、サファイア達は少々驚いていた。
フロールタウンとトレジャータウンは同じ探検隊を支えることで発展していった街。だが、割と自然が多く残されて静かなフロールタウンに対し、トレジャータウンは活気に満ち溢れているというか……とにかく雰囲気が明るく、多くの探検隊が集まっており、文化的に進んだ印象を受ける。
……とは言っても、フロールタウンはここ数年の間に発展したのに対し、トレジャータウンは星の停止事件が起きるずっと前から開拓されていたのだから無理もない。
一応、施設の種類はあまりフロールタウンと変わらない。銀行があり、店があり、倉庫にカフェに道場……タマゴ育て屋等はフロールタウンにはないが、最低限の施設は全国共通らしい。ちなみにトレジャータウンの入口に何かプクリンの上半身を模した建物があったが、どこか怪しい気がしたので入らなかった。
とりあえず大地の裂け目に関してはもういいので、せっかくここまで来たのだから、とトレジャータウンの近くで何か異変が起こっていないか聞いてみる。
……手応えあり。この近くでダンジョンのポケモンが進化しただの、やたら強いポケモンが出て来ただのと異変はフロールタウンで噂されているものと変わりはない。
そのせいで最近は探検隊の仕事が増え、商売は繁盛しているんですがね、と言うカクレオン兄弟も浮かない顔をしていた。
……余談だが、このカクレオン兄弟はフロールタウンにいるカクレオンと外見は全く同じである。気になって詳細を聞いてみると、どうやらこのカクレオン達は血の繋がった一族であるそうだ。
「やっぱりここでも宝石の影響が出てるのか……」
「大地の裂け目に近いからね。宝石が近くにあると、影響も強く受けちゃうのかな?」
カクレオン達に聞こえないよう、サファイア達はこれまでの情報をもう一度確認した。この北の地ではサファイア達のように特異な力を持つものは少ないのか、珠玉のカケラが原因だということは知れ渡っていないようだ。珠玉のことは、大体のポケモンはお伽話の中の宝物、くらいの認識しか持っていないのだ。
すると――
「おや、『エイシラル』ですね? いらっしゃいませー!」
サファイア達の横からオーダイルとレントラーが姿を現し、カクレオンの店に並んだ。ここまで来る途中で消費したリンゴ等を既に補充していたサファイア達は横にどき、このやりとりに半分耳を傾けることにする。
「今日は何をお求めですか?」
「とりあえずグミを何色でもいいから8つ。それと復活の種2つに敵縛り玉、穴抜けの玉に聖なる種と特大リンゴ3つかな。そうそう、見通しメガネとねじりハチマキもよろしく」
「……!?」
昨日グミを3つ買って高い買い物だと何だと喋っていた某探検隊の隣で、ポケに換算すれば物凄い金額の商品がどんどんカウンターの上に出されていく。サファイア達はもちろん、その場をたまたま通り掛かった探検隊でさえもぎょっとした目でその光景を見つめていた。
「今日は随分買い込みますねえ。何かあったんですか?」
「ちょっと"ゼロのしま 北部"での指名依頼と挑戦状が来てね。ついでにちょっくら最後まで潜って、宝物フロアにある不思議なグミでも回収してこようかと思ってさ」
「なるほど〜。エイシラルなら安心ですね! 何かいいものがあったら是非ともうちに売ってくださいね? 高く買い取りますから」
「見つけたら、ね。まあ適度に期待しててよ」
さっきからレントラーばかりがカクレオンと会話しており、オーダイルの方はうんともすんとも言わずにその様子を見守っている。その目が一瞬見慣れないサファイア達の姿を捉えたが、特に話し掛けて来ることはなかった。
「では、合計で22300ポケで〜す!」
「あいよ、22300ポケね。んー、ちょっと財布が軽くなったかな。まあゼロのしま 北部でも多分店あるだろうし、もう10000ポケぐらい引き出しておこうかな……じゃ、行ってくる!」
「毎度ありがとうございました〜!」
満面の笑みを浮かべて、カクレオン兄弟は一気に20000を軽く超えるポケを落としていった探検隊を見送った。これをお得意様と言わずして何と言う。
さっきのレントラーの言葉もすごい。財布が軽くなったな、で済むのだ。エスターズのおよそ1、2ヶ月分の食費である。
「……『エイシラル』って世界を2度救ったっていう、この大陸の看板探検隊だろ?」
「すげーよな、やっぱ。英雄様はポケの使い方もなかなか豪快だぜ」
通り掛かった探検隊らしきポケモンから、そんな会話が聞こえてきた。その中に若干羨ましさというか、皮肉が混じっているように聞こえるのは気のせいだろうか。
何故かこの場にいてはいけないような気がしたサファイア達は、さっさとトレジャータウンを抜け て大地の裂け目へ行くことに決めた。
トレジャータウン入口付近のあのプクリンの怪しい建物がかの英雄達を輩出した有名ギルドであることをこの3人が知るのは、まだまだ先の話。
〜★〜
トレジャータウンから更に北にある、切り立った崖が連なる地。
このダンジョン――大地の裂け目の中継地点目前にて、敵を薙ぎ払いつつ進んでいく3人のポケモンがいた。
「10万ボルトー!」
その中の1人――エレッタは、一本道に居座ったフワライドを撃墜した。サファイアは後ろから近づいてきたピジョットに目覚めるパワーで攻撃し、羽を一部凍らせてミラのチャージビームに繋げていく。
このダンジョンでは、基本的に先手必勝だ。近付いてきた敵は急いで倒さなければ、捕まって崖から下に落とされてしまう可能性だって十分にあるのだ。ちなみに谷底が見えないため、普通に落ちたらまず生きては帰れないだろう。
当然勢い余って自分から崖下に飛び込むようなことはしたくないので、必然的にサファイアやエレッタの物理攻撃は封じられた形になる。
よってなかなかPPの消耗が激しかったが、何とかPPマックスに余裕がある状態でこの階の階段を下りることができた。
大地の裂け目 中継地点には、先客がいた。
"彼"は夜の闇の長を示すような黒い羽を整えつつ、もうすぐやってくるであろう探検隊を待っている。沈み行く夕日は彼のシルエットを映し出し、存在を一層際立たせている。
岩場に止まって休むそのポケモンの姿は、当然サファイア達の目にも入った。見覚えのある姿に、3人の歩みがはたと止まる。
「あれ? ……あのポケモンは……」
「レオ、だっけ? 前に宝石を届けてくれた、あの……」
岩場にいるそのポケモン――ドンカラスのレオは、そんな話し声に反応してサファイア達の方を向いた。その目が僅かに細められ、ふっと笑顔に変わる。
「ほう、俺の名を覚えていたか……久しいな、エスターズ」
「……どうして、こんな場所に……」
この前、レオは宝石をサファイアに届けた。そして今回は、宝石が落ちたらしい場所に現れた。今回はどう考えてもレオはサファイア達を待っていたとしか考えられない。
「お前達に忠告をしに来たのさ」
「忠告……?」
レオはサファイア達から奥地へ続く道へと視線を移し、こう続けた。
「お前達の探している"エメラルド"は、このダンジョンの最深部に落ちている。だが、そこはダンジョンボス……キノガッサとベトベトンが共生している。奴らは狂暴で近付いただけで襲って来る。宝石を回収したいのなら、戦って勝つしかないぞ」
「え? あ、分かった…………そうだ、1つ聞いていい?」
思いがけない新情報の入手に少々面食らっていたサファイアだが、ふと思い出したようにレオに問いを投げかけた。
飛び立とうと大きく広げられた彼の羽が、再び畳まれる。
「……何だ」
「レオは、ニンゲンだったころの私に会ったことがあるんでしょ? それって、レオがその時ニンゲン界にいたってことだよね?」
もし逆にサファイアがこちらの世界に来ていたとしたら、絶対に騒ぎになっているはずだった。だから、レオがニンゲン界にいたとしか考えられない。だが――
「でも、今あなたは"こっち"の世界にいる。ニンゲン界とポケモンの世界って、そんなに自由に行き来出来るものじゃないんでしょ? なら、どうして……」
2つの世界を自由に渡るポケモンなど、聞いたことがない。だから、サファイアにとってこのことは気になって仕方がなかった。
「……その勘の鋭さは、相変わらずか」
レオは一般的なドンカラスのイメージから掛け離れた笑みを崩さないまま、おもむろに口を開く。
「……確かに、そうだ。サファイアの言う通り、ニンゲン界とポケモンの世界は普通は行き来出来ない。いや、それどころか――別世界の存在が入り込もうものなら、そいつはすぐに始末されるな」
「……!?」
別世界の存在。
それはつまり、サファイアやレオのように己の居場所から離れ、ニンゲン、或いはポケモンの世界に来た者達のことだ。
そして、その者達は――
「世界に適合しない者は"黒の力"により異物と見なされ、いずれ消滅……まあ存在が消える以上死ぬようなものか――することになるのさ。ただし、俺の場合は少々事情が異なる」
レオは翼を広げ、谷に吹く風を捕まえてふわりと宙に飛んだ。
「俺は、『時空(そら)の旅人』だ。お前達の持つ白、黒、紫……だっけか? その力を3つ併せ持つと普通はタマゴから出られずに死ぬが、時々突然変異(ミューテーション)を起こして外の世界に出て来られる、特異な存在さ」
「……『時空の旅人』? でもそんなの、神話に出て来たことはなかったよね?」
「神話が形成されてからずっと後に出現した存在だからな。それはともかく、時空の旅人は特殊な能力を持っている。条件さえ揃えば時空の渦を利用して、異世界に渡ることが出来るのだ」
「異世界に渡るって……要するに、ニンゲン界に行くことも出来るってこと?」
「まあざっくり言えばそういうことだ。……この位知っておけば十分だろう、他に何か知りたければ自分で調べるといい」
質問に答えたレオはこの場から立ち去ろうと空高く飛び上がったが、何か思い出したのかすぐに高度を落とし、サファイア達の元に戻ってきた。
「……サファイア、最後に一つ、俺からも聞いておきたいことがある」
「……何?」
「お前は、このポケモンだけが暮らす世界をどう思っている?」
一瞬だけ質問に戸惑ったサファイアだったが、少し間を置いて静かに質問に答えた。
「……すごく、いい所だと思うよ。皆優しいし、自然は美しいし……」
「そうか。それなら、その気持ちをずっと忘れるな。俺が言いたいのはそれだけだ。じゃあな」
レオは再び笑みを浮かべると、大きく羽ばたいて中継地点から去って行った。
もう夕日は沈み、空は日の入り直後の独特の色合いを持っている。その空を悠々と飛ぶレオは、さながら夜空の王のよう。
唯一の光源である月に彼のシルエットが重なったのを最後に、舞い散った1枚の黒羽を残してレオの姿は闇に溶け、消えてしまった。