M-75 間の息抜き
バッジを掲げてフロールタウンに帰ってきたサファイア達は、すぐにタウン内で流れている噂を耳にすることになる。
カクレオンの店の品揃えを見ている間に、通りすがりの探検隊らしい誰かが話しているのをたまたま聞いたのだ。
「おい、知ってるか? フロールタウンの端っこにある上級探検隊限定エリアに、ドリンクスタンドがオープンしたらしいぞ」
「ドリンクスタンド? 何だよ、それ」
「バッカ、知らねえのかよ。ドリンクスタンドってのは、余ったグミとかタネをジュースにしてくれるパッチールのカフェのことだ。特にグミのジュースを飲むと少し強くなるって言われてて、人気のチェーン店なんだぜ」
「でも俺達はまだシルバーランクだろ? 上級っつったらダイヤモンド以上だし、横にあるっていう市場共々利用出来ねえじゃん」
「そーだよ。利用したかったらとっととランク上げてこいってことなんだろうな」
「世の中厳しいねぇ、全く」
……ざっとこんな感じである。
この話をばっちり耳に入れていたエレッタは、すぐさまドリンクスタンドに興味を持った。
「ドリンクスタンドだってさ。フロールタウンの端にあるみたいだし、行ってみる?」
「えー? こんなに遅い時間帯なのに?」
「ドリンクスタンドって、要するに酒場でしょ? 酒場といったら情報収集の定番ポイント、大地の裂け目についての情報もちょっとぐらい集まるでしょ」
一瞬すっかり暗くなった空を指して反論しかけたサファイアも、情報収集という素敵な単語に上手く丸め込まれた。
ドリンクスタンドは食品持ち寄り制ということなので、カクレオンの店でグミを三つ買うことにする。
どうせプロテアで道具を安く買えたのだし、夕食もそんなにポケを使っていない。グミの出費は痛いが、明日から節約すれば何とかなるだろう。
フロールタウンの隠しエリア。
知る人ぞ知るフロールタウンの端っこにあるが、別名"上級探検隊限定エリア"というだけあってダイヤモンドランク以上にならないと立ち入ることさえ許されない。
エスターズはもうとっくにダイヤモンドランクになっていたものの、その後しばらく続いた重大イベントラッシュのせいで三人ともその存在すら忘れていたのである。
「……む。お前達はダイヤモンドランク以上の探検隊か?」
そのエリアの入り口に近付くと、多分門番担当のグラエナがぬっと姿を現し、値踏みするようにエスターズをじろりと睨みつけた。
「あ、はい。ダイヤモンドランクです」
この睨みつけるを食らったら防御力が3段階くらい下がりそうだという心の声をしまって、サファイアは探検隊バッジを取り出した。
グラエナも条件に適合する者達だということを認め、
「入れ」
と簡潔に奥を指した。
「隠しエリアって、こんなところだったんだ……」
「さすがにポケモンの姿はまばらだね」
隠しエリアの様子は外からは見えないが、いざ入ってみると意外と普通のフロールタウンと何ら変わりはないように思える。一応施設は違うのだが、暗いせいかよく見えない。
しばらく進むと『この下パッチールのカフェ』という看板を見付けたので、サファイア達はそれに従い近くにあった穴に潜っていった。
看板近くの穴は、広く明るいパッチールのカフェへと続いていた。いくら開店当日と言えど、さすがにこの時間帯ともなると来店者は少なくなっている。
空いているテーブルを適当に見付けて座ると、給仕でもしているのだろうか、チリーンがささっと近寄ってきた。
「こんばんは! 初めてのお客様ですね? このパッチールのカフェの説明を致しましょうか?」
「あ、うん。じゃあよろしく」
完全なる初心者のサファイア達は、チリーンの説明を聞くことにする。チリーンの声は聞く者の心を穏やかにする効果でもあるのか、説明はすんなりと耳に入った。
「ここは余ったリンゴ、グミ、種類を持ち込むと、無料でジュースに変えてお客様にお渡しするカフェです。それらを持ち込まずにここでジュースを注文することも出来ますが、少々値段は高めになりますのでご注意下さい。そして、あそこのカウンターにいらっしゃるのがオーナーのパッチールです。ジュースをご希望の際はパッチールに直接お声をおかけ下さい」
受付カウンターを見ると、確かにパッチールがいた。しかし足取りがかなりフラフラしていて正直見ていて危ないのだが、大丈夫なのだろうか。
「じゃ、さっそくジュースを頼んでみますか。橙グミ、茶色グミ、緑グミがあるけど……」
「あ、じゃああたしは茶色がいーな」
「わたしは緑」
「……うん、分かってたよ。私は橙が欲しいんだし別にいいけど」
生憎カクレオンの店にはこんな何とも言えない組み合わせの色しかなかったのだ。まあ全員好みが分かれたので、そこはよしとする。
「えっと、これでジュースを一つずつお願いします」
「了解ですぅ〜」
代表でサファイアがグミを持って行くと、パッチールがやたらと長い語尾とは裏腹に、すぐに反応してグミを受けとった。
「橙グミ、茶色グミ、緑グミ入りましたぁ〜!」
パッチールがそう高らかに叫ぶと、後ろから『リリリーン』と盛大に風鈴のような涼しげな音が聞こえてきた。多分さっきのチリーンだろう。
パッチールはそののんびりした見た目を真っ向から裏切るような恐ろしいスピードでグミをシェイカーに突っ込み、何事もなかったかのようにそれを三つ束ねて纏めて振り始めた。
「あ、それ♪ ほ、それ♪ くるくるくる〜っと……出来上がりっ!」
パッチールはシェイカーを開き、取り出したグラスに出来たグミのジュースを注ぐ。少しの間猛烈に振られていただけなのに、柔らかいとはいえ固形物であるはずのグミは見事に液体と化していた。
「お待たせしましたぁ〜! 橙グミ、茶色グミ、緑グミのジュースの出来上がりです!」
パッチールがジュースの入ったグラスをカウンターに置くと、すぐさまチリーンがそれを念力でエレッタとミラのいるテーブルに上手く運んだ。てっきり自分が運ぶものだと思ってカウンターにスタンバイしていたサファイアも、つられてテーブルに戻って来る。
「それじゃあ、いただきまーす!」
粒々の入った橙ジュース、アイス茶色ティー、ホット緑ドリンクをサファイア達は口に運んだ。
すぐにグミ本来のはっきりした味が伝わり、ふわりとした柔らかい、またはまろやかながらもすっきりした後味を残す。
このジュースはグミを振って液体にしただけ(少なくともサファイアの目にはただ振ったようにしか見えなかった)のものだが、いつもの何となくむしゃむしゃ食べてしまう食べ方では分からないような深い味わいが楽しめた。
「うわぁ、美味しい!」
「さすが……チェーンになるだけのことはある」
「幸せだよね〜……ところで私達、何しに来たんだっけ?」
「えー? ジュース飲みに来たんじゃなかったっけー?」
完全に頭がお花畑と化したサファイアとエレッタを、ミラは冷たい声で現実へと引き戻した。
「……大地の裂け目の情報収集」
「……はっ! そうだった!」
この現実引き戻し作戦は効果覿面。
サファイアはすぐにジュースを飲み干すと、ガバッと勢いよく立ち上がった。
それが周りの客の視線を集めてしまい、逆にサファイアは気まずそうに再び椅子に座ることとなる。
「……おっちょこちょい」
「ごめんなさ〜い……」
少々の視線を受けて落ち込むサファイアに、呆れ顔のエレッタとミラ。しかしサファイアの珍行動は、結果的に良い方向へと働いてくれたらしい。
「……ちょいちょい、そこのお方」
ふわりと羽毛のようなもので肩を叩かれ、エレッタはその方向を振り返った。視線の先には白と黒の羽毛で覆われ、何故か眼鏡をかけている鳥ポケモン……ムクバードの姿がある。
「……えっとー……誰?」
「私はパッチールのカフェの隣で情報屋をやっている者です」
「情報屋?」
聞いたことのない職業(商売?)にサファイアは疑問の声を上げる。エレッタやミラにも視線で疑問を投げかけてみたが、二人とも首を傾げたり横に振ったりするばかりだ。
「まあ、簡潔に言いますと……情報屋というのは、あらゆるポケモンから情報を仕入れ、その内確証を得た情報を売る商売ですよ。病気を治す知恵や遠く離れた街の状況等を取引する者もおりますが、私の専門はダンジョンの情報と事件の詳細ですね」
「ふ〜ん……それなら、ダンジョンに詳しいってことは……私達が今知りたい"大地の裂け目"っていうダンジョンについて何か知ってる?」
何か知っているなら自分で調べるより楽だと、サファイアは軽い気持ちで聞いた。
するとすぐにムクバードの片翼が目の前に差し出され、訳の分からないままサファイアはしばらく硬直してしまった。
「100ポケです」
「……え?」
「私はあくまで情報"屋"。私にとって情報はすなわちメシの種とでも言いますか、とにかくタダで教えるわけにはいきませんね」
眼鏡をぐいと押し上げ、ムクバードはなおも差し出した羽を引っ込めない。
まあここまで会話をしたんだし、お試しということでサファイアは100ポケをムクバードに渡した。
「ふむ、確かに。それでは大地の裂け目の情報を提供致しましょう。まずあのダンジョンは、ここより遥かに北に位置します。ここから行くのであれば……太い街道を通り、その近くのトレジャータウンを経由した方がよろしいでしょう。ダンジョンはB十階まで、中継地点を挟んで奥地がB十二階まであります。基本は崖ですが、奥まで行くと浮遊石の上を渡って行かなければなりません」
「浮遊石?」
「文字通り不思議な力が働いて浮かんでいる石のことです。まあどちらにせよ足場は最悪、更に出現ポケモンは飛行タイプや特性に浮遊を持っているなど、自由に空中を移動できるものばかり。戦闘で崖から落ちないように気をつけて下さい」
私の教えられることはここまでです、とムクバードは眼鏡を取り、去って行こうとして……ふとサファイア達を振り返った。
「そういえば、今日情報が出たのですが……昔ハッサムだかに連れ去られていたエスパータイプのポケモン達が、もといた場所に帰ってきているそうですね。それについて、あなた達は何かご存知ありませんか?」
「えぇ!? そうなの!?」
またまた大きな声を上げてしまい、再び周りの客の視線を大量ゲットしたサファイアは二人に睨まれてしまった。
「……どうやら、帰ってきてはいるようですが……皆さん、バトルで倒された後の記憶がないみたいです。恐らく、眠らされていたか記憶を弄られたかのどちらかでしょう。その様子だとご存知ないようですし……私はまた情報収集に励むとしますか」
ご利用ありがとうございました、と一言付け加え、ムクバードはサファイア達の元を離れていった。三人は空のグラスをじっと見つめたまま、お互い黙ってしばらく口を開かなかった。
「……帰ってきたんだ……ユクシー達」
誰ともなく発したエレッタの言葉を残し、三人は席を立ってふらわーぽっとに帰り、依頼掲示板の隣に貼られている壁新聞を見付ける。内容は言わずもがな、だ。
サファイア達は黙って自分の部屋へ戻ると、間に立ち寄るといいというトレジャータウンへの道程をさっと確認し、ベッドに潜り込む。
三人が眠りにつく最後まで、ポケモン達が帰ってきたことについては誰も触れることはなかった。