M-74 紐解かれる謎
サファイア達がハーブの正体に驚いている一方で、そのハーブがいるふらわーぽっとでは――
「親方様! 嬉しいニュースが入りましたよ」
マロンがまた大量の書類を抱えて、ハーブのいる親方部屋の扉をノックした。
ハーブは中にいたようで、すぐにドアを蔓の鞭で引っ張り開ける。資料で手が塞がった彼への配慮だった。もっとも、ハーブが気付かない時はマロンが"サイコキネシス"を使い自力で開けるのだが。
「で、嬉しいニュースって何?」
「ついに、隣の大陸との貿易が開始されたんです! まだポケモンの交流は未解禁ですが、そちらの大陸で産出・栽培されている珍しい物産が、フロールタウン上級探検隊限定エリアの市場に入荷しています。それと、前からあったドリンクバーチェーンの誘致計画も成功し、市場のすぐ隣に余った食糧品をジュースに変えるドリンクスタンドがオープンしました」
「へえ、いいこと尽くめじゃない。やっぱり経営関連はマロンに任せるのが一番ね!」
さらりととんでもないことを口にしたハーブに、マロンは苦笑いを浮かべる。これはまた仕事を押し付けられるフラグだなと瞬時に悟ったのだ。
「じゃ、次はこっちの医療用品増量計画要綱の方を……」
マロンの予想は見事に的中、ハーブは資料の山から紙束を器用に蔓で引っこ抜いた……が、突然の来訪者に受け渡しの中断を余儀なくされることとなる。
親方部屋の窓がコンコンと叩かれた。外には1通の手紙をくわえたペリッパーが待機している。
それを見て、すぐにマロンが応対に出る。ペリッパーはいつも依頼を運んできてくれるのだが、親方部屋に直接来るということは探検隊への依頼類ではないのだろう。
「やあ、いつもご苦労さん。これはだれ宛て?」
「ハーブ様にお届けペリ。速達で重要かつマル秘便だから、急いでお届けしたペリ」
「了解。お疲れ様〜」
「お手紙お届け、確かに渡しましたペリー! 安全安心、バブルペリッパー便のご利用ありがとうございましたペリ〜!」
配達員のペリッパーはお辞儀代わりに宙でくるりと一回転すると、大きく羽を広げて飛び立った。マロンは受け取った手紙を軽く振り、異物が入っていないか確認する。お尋ね者から時限爆弾か何かでも送られてきたら大変だから、という理由だ。ハーブのことだから、多分至近距離で爆弾が爆発しても死にゃしないだろうけれど。
「あ、大丈夫です。多分紙しか入ってないっぽいです」
安心してマロンはハーブに手紙を渡す。ハーブは封筒を一通り見回して、ぽつりと言った。
「あら? これ差出人の名前書いてないわ」
「え!? そうなんですか……?」
差出人不明は怪しいと踏んだのか、開封を止めようとしたマロンを遮り、ハーブは躊躇なく封筒を開ける。その中から滑り出てきた手紙に書かれていた差出人の名前を見た瞬間、ハーブの表情は驚愕を浮かべたものに変わる。
「嘘……これ、エルテス姉さんから……?」
〜★〜
エルテス――ニンゲン界でのサファイアと同じ、珠玉の守護者。ハーブは、その実の妹である。
ということは、ハーブはサファイアと同じ力を持つわけで……
「……そこにいるのは誰だ?」
突然ネイティオは視線を上げて、部屋の出口を睨みつけて言った。
頭が混乱していたサファイア達はぎくりと身構えるが、振り向いたミラは外にいるのが誰か分かったようだ。
「……サファイアに、エレッタ?」
「……ははは……その通り」
もう外で隠れる意味もないだろうと、サファイア達は祈りの間へと入って行く。
ネイティオの先程までの厳しい視線は緩み、サファイア達を品定めするようなものに変わる。
「(ミラ。この方は?)」
「(この方は……フェリオ様。わたしが司祭様、と呼んでいた方)」
「ほう。そなたらがミラの探検仲間か」
「……はい。お初にお目にかかります……私がサファイア、こっちのピチューがエレッタです」
知っている限りの敬語をフル動員し、サファイアはフェリオと呼ばれたネイティオと挨拶を交わした。
「それで……先程のお話に出て来た、エルテス様とは……?」
「こちらの世界の珠玉の守護者だ。ただ、エルテス殿を始め、守護者の一族はある秘密の場所から出て来ることは殆どない。……ハーブ殿は、そのような意味で少し異質な存在と言えるだろう」
異質な存在。
その言葉に疑問を感じたサファイアは再度フェリオに質問する。
「異質……? それはどのような意味なのです?」
「……守護者という高い地位にありながら、本来住む場所から離れ探検隊として活躍する……そのような話は、他に例を見ない。……ただし、それは元ニンゲンであるそなたを除いた場合の話だが……」
――今の話からして、フェリオにはサファイアが元ニンゲンだと、しかも守護者だということが分かっているらしい。
だが今回はもっと他に聞きたいことがあるので、エルテス関連の話はここで一旦切り上げた。
「ところで……あの、ダンジョンの中で最近見過ごせない変化があるのですが……」
どう説明していいのかよく分からず、非常に言いにくそうに話を切り出したサファイアに対し、フェリオは先に言いたいことを読み取った。
「……ダンジョンの中で、時空の渦とも違う変なものが出現しているということか?」
「……は、はい。しかし何故それを……」
「ミラから先程聞いた。詳しくは後程ミラから聞くとよい……それとも、まだ他に謎があると?」
フェリオの言葉に、サファイアは頷いた。渦の件に加え、ギャラドスが突然ダンジョンで進化した訳も知りたい。もっと言えば、まだあと4つあるであろう宝石の行方が分かれば最高だ。まだ残っている宝石の情報はぱったり途絶えてしまっている以上、こちらとしては少しでも情報が欲しい。
と、ここで今までサファイアとフェリオのやりとりを聞いていたエレッタが、話に乗ってきた。
「ああそうだ、この前行った水鏡の森ってとこで、何故か急にギャラドスが進化したんだけど……フェリオ様なら何か原因知って――痛っ!!」
エレッタが最後まで言い終わらないうちに、横からマジカルリーフが1枚飛んできた。勿論ギリギリまでその存在に気付かなかったエレッタは、もろにリーフデコピンを食らって額を押さえ込む。
「ミラー!! いきなり何すんのー!?」
突然始まった寸劇もどきにサファイアとフェリオが生温い視線を注ぐが、エレッタは気にしない。当然のことながらエレッタは葉っぱを飛ばしたミラに抗議の声を上げる。
「全く……司祭様に向かって何という口の聞き方を……」
「うぇ〜……敬語って苦手なんだけど……」
エレッタは困り顔でため息をつく。確かにミラの言う通り、司祭なんだからもうちょっと丁寧に……というサファイアの気持ちは、エレッタには伝わらない。
「えっとぉ……近頃ダンジョンで、変なことが発生してるんですけどー……それで……」
「……もういい。エレッタに敬語表現を求めたわたしがバカだった」
「ちょっとぉ!? それどういう意味!?」
あっさりとミラの『時間のムダ』宣告を食らったエレッタと、エレッタを睨みつけるミラ。その様子を見ていたフェリオは、ふっと微かに笑いを浮かべた。
「……ミラ」
「何でしょう?」
「いい仲間を持っているではないか。そこのピチューが言いたいことは分かった、気にするな」
「……はい」
フェリオはミラを静めた上で、改めてサファイア達に向き直る。
「それは、おそらく珠玉のカケラがこの世界にあることと関係があるのだろう」
「カケラ……あの12個の宝石が、ですか?」
「そうだ。カケラはそれだけでも大きな力を持つが、完全体……珠玉になって初めて本来の力を発揮する。逆に不完全なままだと、世界に変な影響を与えることがある。そなたらはカケラを集め回っているようだが、まだ全ては集まっていないのだろう?」
「はい。まだ4つ残っています」
まだ見付かっていないのは、確か――アメシスト、ダイヤモンド、エメラルド、ラピスラズリ。見事にバラバラな組み合わせだ。
「うむ。各地に散らばったカケラは、その世界に良い影響を与えようとして……結果、その効果が行き過ぎてしまうことがある。今回の場合は、光の泉にエネルギーが大量に満ち溢れ、外まで漏れ出したものであろう。しかも、既にこの大陸の大部分にまで進化エネルギーが届いているようだ」
「…………」
サファイア達は真剣な表情で、フェリオの話に耳を傾けている。サファイアが集めている、珠玉のカケラが及ぼす影響をもっとよく知っておきたいのだ。
「もう一つ言えば、最近あちこちのダンジョンで今まではいなかったはずのポケモンを見かけたという報告もある。ダンジョンでは基本的にその環境に適したポケモンしか生きられないが……宝石の力によりダンジョンの環境や居心地が良くなり、今まで住めなかったポケモンが住み着けるようになってしまったのかも知れぬな。このエネルギーは、一旦流れてしまうと数年は消えない……対処法もないが、これ以上の被害を食い止めることなら出来るかもしれない」
フェリオは塔の外を見ながらそう言った。このプロテアにもエネルギーが流れ込んでいる……街に安らぎを与える司祭として、この街を心配しているのだろうか。
「それは……どうすればいいのです?」
「珠玉を完全体にすればよい。つまり、カケラを全て集めて、1つの珠玉に結合させるのだ。……それと、ここから遥か北、トレジャータウンという街より更に北にある"大地の裂け目"というダンジョンに、流れ星が落ちたという報告が上がっている」
「!! それは……」
喜び半分、驚き半分の表情のまま固まったサファイアに向き直り、フェリオは告げた。
「……カケラの1つ、エメラルドはその奥にある。だが、このダンジョンは遠い上に危険な場所だ。心して行くがよい」
〜★〜
「大地の裂け目、か……確かにこの地図に書いてあるね……」
あの後3人ともフェリオにお礼を言い、階段を降りて塔から出た。サファイアはトレジャーバッグから地図を出し、広げて位置を確認する。
もうサファイア達は驚かないが、この地図は不思議な地図と呼ばれるだけあって、一度でも持ち主が耳にしたダンジョンの位置が即座に表示されるようになるという機能がある。今朝は大地の裂け目などというダンジョンの位置は記されていなかったのだ。それが善きにつけ悪しきにつけ、ダンジョンへの冒険を手助けしていることは事実である。
「このダンジョンに行くには、トレジャータウン……てとこを通り抜けるルートが一番早いかな? 山道通らなくて済むし」
「だね。でも抜け道とかあるかもしれないし、一応マロンとかに聞いてみようか」
このサファイアの意見に、エレッタもミラも賛同する。
とりあえずダンジョンに突っ込む前に予備知識を蓄えようと、サファイアとエレッタはミラに聞き込みがてらプロテアの案内を頼むのだった。
サファイア達がプロテアからふらわーぽっとに帰ってくるのは、とっぷり太陽が沈んだ後の話。