M-72 意外なところで
――ねえ、サファイア。
貴方は何のために、宝石を集めているの?
もし宝石が珠玉に戻った時は、貴方はどうするつもりなの?
残る宝石は、4つ。アメシスト、ダイヤモンド、エメラルド、それにラピスラズリ。
……それを集め終わった後、或いはその前でのサファイアの行動次第では……もしかしたら、もう沈黙は許されないのかもしれない。
そうだとしたら、語らなければならない。隠し通すことなど出来ない。
――数多の生ける強者の命を取り込んで、成長の糧とする神木のこと。
その神木に生命を吸収されし後、行き場の無くなった魂の成れの果てを。
そして、全ての始まりの地であり、終わりの間でもある……懐かしい、“私”の故郷のことも――
知者の心に秘められた想いは、口に出されることなく保たれる。
待ち遠しくも恐れられながら、封が解かれるその日まで――
〜★〜
「ねえミラ、プロテアって具体的にどこを通って行けばいいの?」
出発の朝早く、サファイアがすやすや気持ち良さそうに眠りこけているエレッタの鼻をつまみながらミラに聞いた。
ミラは明らかに「当日になってそれを聞くか」といった顔をしていたが、ちゃんと質問には答えてくれた。
「……このギルドから北西に行って、"シートロン平原"を突っ切ればいい。シートロン平原は不思議のダンジョンじゃないから、道なりに行けばすぐに着く」
「ふーん。じゃ、敵ポケモンはいないわけ?」
「いや……あそこはいろいろなポケモンの住み処になってる……この時期はそのポケモンに子供がいるから、もしかしたら襲って来るかも。……弱いけど」
「なら大丈夫だね。ちなみに棲息してるポケモンの種類は?」
「確かウツドン、シードラ、フカマルに……」
平原に住むポケモンのラインアップを並べるミラの声は、何故か次第に小さくなっていく。
「……後は、アブソルに……ケンタロス」
「え? 最後何て言った?」
「……何でもない」
一番最後だけミラの声が小さすぎて聞き取れなかったサファイアは再度ミラに聞き返すも、あっさりと強制遮断されてしまった。
ちょうどそのころ、鼻をつままれてそろそろ息が苦しくなっていたらしいエレッタが跳び起きる。
「……ぷはっ! ……あー、苦しかった……何か鼻を押さえられてた気がするんだけど、それってサファイアのせい?」
「んー? きっと早起きの妖精さんの仕業だよ」
明後日の方を向きながら、さらりとしらばっくれるサファイア。エレッタはそんなサファイアにじっとりとした視線を送っていたが、ミラの冷たい視線を受けてやっとベッドから降りた。
「じゃあ、もう準備は出来ているね? エレッタがふらつかずに歩けるようになったら出発しよう」
〜★〜
というわけで、サファイア達3人は朝早くギルドを出て、プロテアへ続くシートロン平原の道を歩いていた。
一応前からミラ、サファイア、エレッタ……と続いているのだが、何故かミラは周りをしきりに警戒している。……自分でここのポケモンは弱いと言ったのに、だ。
「ねえミーラー、何でそんなにぐるぐる周りを見回してんの?」
「いや……ちょっとね」
理由を聞いても、こんな返答しか返ってこない。
出来ればさっさとプロテアに行きたいサファイアが、少し疲れ始めたその時だった。
「!」
ガサリ、と茂みが動いて、何かが飛び出して来る。ダンジョンでの経験からか、反射条件並の速さで3人は身構えた。
まず見えたのは、大きく開いた口。そこから覗く白く鋭い牙。青と赤の身体に、大きなヒレや後ろ脚――フカマルだった。
フカマルは、じっとサファイア達の様子を伺っている。もしかしたら彼の縄張りに入ってしまったのかもしれないが、まだ襲いかかって来ない分ダンジョンのポケモンより話が分かるらしい。
余計な刺激を与えないよう、足早にミラとサファイアはそこを去ろうと一歩踏み出した――そこまではよかった。
が。
「わあぁぁ!? フカ、フカ、フカフカフカ……フカマルーーッ!?」
半分奇声混じりの叫び声が後ろから聞こえ、何事だと振り返った2人の目に……道を外れて全速力で逃げていくエレッタの姿が映る。
「……はい?」
「……ちょっと、エレッタ!? 戻ってきて!」
イマイチ状況が飲み込めず、サファイアもミラも一瞬ぽかんとその様子を眺めたが、すぐさまエレッタの後を追って走り出した。
フカマルはサファイア達を追うことはなく、首を傾げた後はまた茂みの中に潜って姿を消す。
やがてフカマルのいた茂みがそろそろ見えなくなったころ、平原を逃げ回っていたエレッタはやっとその足を止めた。
ぜぇぜぇと肩で息をついており、かなり無茶苦茶に地を駆けていたことが一目で分かる。
「ちょ、エレッタ……一体何があったわけ?」
先程のエレッタ大爆走を見るからに、大体の予想はつくが……念のため、聞いておく。
「……いや、あたし、フカマルが苦手でさ」
「フカマルが?」
サファイアは、さっきのフカマルの顔を思い出す。
……外見こそドラゴンだが、別に恐ろしくはない。ぱっくりと大きく開いた口は、むしろ可愛らしく思えるほどだ。
「あ、もしかして電気技が効かないから?」
「や、そうじゃなくて」
ふっと浮かんだサファイアの予想は、速攻でバッサリと否定された。
じゃあ何なんだ――とサファイアが言いかけたその瞬間……地面が、ドンと揺れた。
いや、揺れた――というよりは、弱い地響きの類のようだ。ズンと時々足音の響きが聞こえ、小刻みに縦揺れが起こる。
「……ひゃっ……!」
この縦揺れにいち早く反応したのは、電気タイプ故に地振動に弱いエレッタではなく――意外にも、ミラだった。
「ん、ミラ? 何かあったの?」
「…………来る……!」
エレッタの質問にも、ミラはよく分からない返答を返すだけ。だがその声が若干震えているのは、一体どういうことだろうか?
地面の縦揺れが一層激しくなった頃、ようやくその揺れの元凶がのっそりとやって来た。
「……ケンタロス……」
サファイアが呟く。ケンタロスは5体が固まってこちらに近付いている。フカマルのように戦闘を回避できればそれに越したことはないのだが……
「……うわっと!?」
ケンタロスの小さな群れの内の1体が、サファイアに突進を仕掛けてきた。だがスピードは思ったほど速くはなく、サファイアは簡単に横に跳んで避ける。
突進を余裕でかわされたことに苛立ったケンタロスは、標的を変えて再び突撃する。今度の狙いは……ミラだ。
ケンタロス自身のスピードは、遅い。サファイアほど素早いわけではないミラでも簡単に避けられるレベルだ。
だが、ミラは目を固く閉じ、その場から動こうとしない。いや――動けないのだ。
「危ない!」
ミラを踏み潰そうとしたのか、前足を振り上げたケンタロスにサファイアは電光石火で突っ込んだ。
ケンタロスはそれをまともに受け、エレッタの10万ボルトの追撃を受けここから逃げ出す。
「ねえミラ!? ミラってば!! どうしたの!?」
「……早く……追い払って……」
「は?」
何を、とは聞かない。ミラの状態から、ケンタロスを追い払えばいいというのは分かる。
だが、今のミラは……もしかしてケンタロスが怖いのだろうか? 何にせよ戦力にはなりそうもない。
「エレッタ!」
「りょーかいっ! 10万ボルト!」
残っていたケンタロス全員に、エレッタが電撃を浴びせる。
怒ったケンタロスは、電撃を飛ばしたエレッタに突進し……サファイアが目覚めるパワーで確実に仕留めていく。
ミラの言った通り、ここのポケモンは弱い。自分達の不利を悟ったらしいケンタロスは、さっさと逃げて行った。
ケンタロスが去ると、あの独特の縦揺れも収まった。それに気付いたミラは顔を上げ、やっといつもの状態に戻る。
「……終わった……?」
「うん。……ミラ、もしかしてケンタロス苦手なの?」
エレッタが単刀直入に聞くと、ミラは軽く頷いた。
「……本当は、ケンタロスそのものじゃなくて……ケンタロスが走ると起きる地響きが苦手。だから、ただの絵とかなら平気」
「あの地響きが? 確かに独特だけどさ……珍しいね」
「……そういうエレッタだって、フカマル苦手なくせに……」
ミラが少々トゲを含めて言うと、エレッタはぴたりと黙り込んだ。サファイアは2人の様子を見守りつつ、声をかける。
「まあまあ……ここは別の意味で危険だね。さっさと平原を抜けて、プロテアに行こうよ」
サファイア達は先程まで歩いていた道へ戻り、まっすぐ続く道に沿って再び歩き始める。
ちなみに、これは後で分かったことだが――エレッタのフカマル嫌いの原因は、『昔フカマルに食べられかけたから』。
ミラの場合は、『あの振動はどうも受け付けない』であるそうだ。
〜★〜
そんなハプニングを挟んだものの、日が高く昇るまでにサファイア達はプロテアに辿り着いた。
ミラを先頭に、階段を上って街の門をくぐった先に見えたものは、天に向かってまっすぐそびえ立つ3本の塔。花壇や施設の造りからも、この街が相当な発展を遂げていることが分かる。
「……ミラ、プロテアってこんなに発展してるところだったの!?」
「そう。港が近くて、モノが集まりやすいし……この近くに移り住んだ紫の魔導士達が、科学都市に成長させた」
科学都市……いかにもミラに合う街だと考え、サファイアははたと気付く。
「ちょっと待った。それって、私達迫害フラグ立ってるってこと!?」
「大丈夫。この街では、迫害禁止。それより、中央本塔は探検時に重宝する薬を売ってるから、覗いてみて。わたしは薬草を買ってから最上階へ先に行く。暇になったら来て」
そう言うミラは、サファイアとエレッタを置いて一番高い中央の塔の中へ入っていく。その直後に、エレッタがミラを呼び止めた。
「ストップ! 中央本塔に薬売り場があるのなら、左右の塔は一体何なの?」
「……実験塔。たまに爆発音が響いてきて危ないから、もし入るなら覚悟して」
さらりと言い切って、ミラはさっさと中央本塔へ入って行ってしまった。
サファイアとエレッタは汗を浮かべた顔を見合わせ、脇目も振らずに遅れて塔の中へ突入したのだった。