ポケモン不思議のダンジョン 星の探検隊 12の光に導かれし者








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第5章 明らかになる真実
M-71 散雷光
 ――何か、した?

 エレッタの問いに、サファイアは一瞬どう言えばいいのか分からず言葉を詰まらせた。

「えっと……何て言えばいいんだろう……私の見たままを話すと、私が守るでアクアテールを防いだ直後に、エレッタは電磁波のようなものを繰り出して……それを食らったギャラドスは、麻痺じゃなくて混乱した」

「はい?」

 こんな説明では、エレッタが納得出来ないのも無理はない。
 だが何か心当たりでもあるのか、エレッタの質問は続く。

「して……その時の、あたしの様子は?」

「目の焦点が合ってなかったのと、名前を呼んでも反応してくれなかった…………あ」

 そこまで言って、ようやくサファイアも気が付いたらしい。
 エレッタが感づいていたものは、すぐに確信へと変わる。

「……覚えて、ないんだよね、全く。電磁波を撃とうとしたら、急にキリキリと頭が痛んで……その次に見たのが、サファイアの顔と混乱したギャラドス。だから電磁波を撃ったこと、分からないんだ……今朝のサファイア達と同じように」

 エレッタも、この症状に陥った。
 サファイアは電光石火、ミラはシャドーボール、そしてエレッタは電磁波を撃とうとした時に、それぞれおかしな行動をとった。

 その共通点は、技を繰り出そうとする際に頭が痛み、ぱっと意識が飛んでしまうこと。おかしな技を使い、暴走を始めること。そして、その時の自覚も記憶も全くないこと、だ。
 だがそれが分かったところで、特に解決策が出て来ることもない。サファイアもエレッタもこれ以上考えるのをやめて、サファイアの質問に移った。

「じゃあ、私からも質問。……今まではポケモンが進化するところなんて見たことなかったけど……ポケモンが進化するために必要な条件は、一体何なの?」

 サファイアの問いに、エレッタは真剣な表情で答える。こういったことに関して、エレッタは時に予想以上の知識をサファイアにもたらしてくれることがあるのだ。

「……進化方法として一番メジャーなのは、それなりに強いこと。ミラやハーブがこれに当たるね。で、他にレベルじゃなくて、炎の石みたいなアイテムさえあれば進化できるものもいる。そうだね、アルフィンやマロンがこのタイプ。そして、他にもグミを沢山食べていると進化したり、近くに特定のポケモンがいると進化したり、特定の性別のみが進化したりで条件は本当に色々だけど……」

 エレッタはそこで言葉を切る。その切り具合が絶妙で、サファイアは一段とエレッタの話に引き付けられた。

「……進化するための共通必須条件が、1つある。それは、"光の泉"に行くこと」

「……光の泉……?」

 聞いたことのない地名に首を傾げるサファイアに、エレッタは更に説明を加える。

「ふらわーぽっとから北に行ったところにある不思議な泉だよ。普通なら条件が整ったとしても、ポケモンはそこに行かないと進化は出来ないんだ。進化を助けるエネルギーが充満している、あの場所に行かないと……」

 エレッタの声は、後半になるにつれ萎んで小さくなっていった。
 光の泉が重要なのは、よく分かった。だが、それではさっきコイキングがいきなりギャラドスになった現象の説明がつかない。

「じゃあ、何で? ここは光の泉じゃないのに、あのコイキングは何で進化しちゃったの?」

「分からない。こっちが聞きたいよ、そんなこと。ミラに聞けば何か分かるかもしれないけど」

 サファイアはオレンの実を、エレッタはリンゴをバッグから取り出し、かじる。2人とも黙り込み、しゃくしゃくと瑞々しい音だけが辺りに響く。

「……まあ……今はまだ分からないんなら、気にしたって時間の無駄か……いいや、ミラやアルフィンも待ってるし、さっさと奥地に行ってシロリマソウをとってこよう」

 オレンの実のヘタを投げ捨て、サファイアは休憩終了の合図をかける。
 万が一のことも考えて、サファイアはミラから渡された毒薬を一番取り出しやすいポケットへと移して……

「何だこれ?」

 先に奥へ行ったらしいエレッタが、素っ頓狂な声を上げる。サファイアもエレッタにすぐ追いつき、エレッタの隣でピタリと足を止めた。

 奥地へ続く道の右側に見えるのは、黒い崖。だが、普通の崖にしては何かがおかしい。
 崖ならば、上からの太陽光に照らされて岩肌が見えるはず。だが今サファイア達が見ているそれは、光が届いていないかのように真っ暗だ。おまけに、崖の下の穴はクレーターのように丸くなっていて、穴の中では微かに渦を巻いていて……
 いや、強いて分かりやすく言えば――『円状に森の空間が消え去っている』と……わけが分からない。

「黒いけど、時空の渦じゃない……何だこれ?」

 エレッタの言う通り、今まで散々見てきた時空の渦に見えなくもない。が、黒くて渦を巻いているという共通点はあるものの、クレーター状であるためどうも別物のようだ。

 一応、不用心を承知で近づいてみるものの、特に反応はない。相変わらず中央の渦は不気味にゆるゆると動いているだけだ。
 これ以上ここに留まっていても意味がないと判断し、サファイア達は奥地へ歩みを進めて行った。

〜★〜

 ふらわーぽっとに鮮やかな赤い光を提供していた夕日が、ゆっくりと西の山に沈んでいく。
 アルフィンが医療室のランプをつけると、辺りが明るくなる。その人工的な明かりに照らされていると、もう夜になったんだ、と改めて思い知らされるのである。

「あの方々は……大丈夫なのでしょうか……」

 すやすやと穏やかに眠るミミロルの様子を見つつ、ミミロップは心配そうにアルフィンに聞く。あの方々とは、もちろん薬草採取に出掛けたサファイア達のことだ。

「大丈夫ですよ。エスターズはこのフロールタウンの中でもかなりの力をもった探検隊なんですから。そうですよね、ミラさん?」

「……そうなの?」

 アルフィンはずっと黙りこくって本を読むミラに話を振るが、あっさりと質問で返されてしまった。
 しかもミラは別に驚いていたり喜んでいたり、ましてや謙遜してそんなことを言っているのではない。端からこの話題に興味がないのだ。

「そうです、ちゃんと自覚を持って下さいよ。今の貴方達は、フロールタウンでベスト5に入るくらいの、皆からすれば憧れの探検隊なんですからね」

「……うわ」

 ミラからの簡潔ながら心底嫌そうな返答に、アルフィンは思わず頭を抱えた。

 フロールタウンには、その中心ギルド:ふらわーぽっとに所属している探検隊の他にも、ハーブに弟子入りをせずに独力でチームを結成している探検隊も数多いる。ふらわーぽっとに所属する探検隊はそんなに多くはないものの、探検隊のための街であるフロールタウン全体ならかなりの数となるはずだ。
 その中で本気で5番以内に入っている。となると難しい指名依頼だって来るし、挑戦状が来ることも珍しくない。その辺の弱小チームならともかく、有名所が仕掛けて来ることも結構あるらしい。
 もしかしたら、あまり目立つことを好まないミラにはそれが嫌なのだろうか?

「あの、ですから……」

 アルフィンが何か言いかけたとき、予告も何も無しにいきなり医療室のドアが開いた。その奥からは、この場に集う全人員が帰りを待ち望んでいた2人の影が見える。

「あ、お帰りなさい……え!? だ、大丈夫ですか!?」

 ドアを開けた本人達、則ちサファイア達の姿を確認すると、アルフィンはすぐに駆け寄った。

 傷は、見当たらない。だが、2人とも明らかに疲れきっているのだ。近付いてきたミラに奥地で採ってきたシロリマソウを渡し、アルフィンに疲労感たっぷりに笑いかける。

「ああ、ちょっとね……例の場違いの敵って奴に遭遇してさ……しかもだよ! 中継地点直前ではギャラドスに、最奥部ではやたら強くて素早いゴーストに追い回されて……ギャラドスの方はまあよかったけど、ゴーストは壁抜けて来るから辛かったよ……」

 サファイアは医療室の椅子に飛び乗ると、バッグからミラ特製の毒薬瓶を取り出した。
 眠り薬の元である液体の入っていた瓶の中身は空っぽになっており、また麻痺症状を引き起こすあの種は出発前の7個から4個に減っていた。
 これだけでも、水鏡の森に出ている"場違いな敵"とやらがどれくらい強いか分かる。サファイア達でさえ、毒薬を使わなければ危なかったということを意味するからだ。

「……そ、それはお疲れ様でした……あの、シロリマソウ、ありがとうございます」

 このサファイア達とアルフィンのやり取りを横から傍観していたミミロップが、怖ず怖ずと話に入って来た。
 サファイアはいつものスマイルを作り、柔らかく答える。

「いやいや、私達は受けた依頼をこなしたまでですし、頑張っているのは私達だけではありませんから。……後は、特効薬が出来るのを待つだけですね」

 そう言って、サファイアは毒薬瓶を持って、ミラに何かぼそぼそと話し掛けた。ミラは差し出された瓶を受け取ると、再び薬を作る作業に戻っていく。

 ミラが特効薬を完成させたのは、そんなやり取りから15分程経った頃だった。
 受けとった薬をアルフィンが飲ませ、ミミロルに飲ませると……やがて今まで微かに残っていた熱が、すっと一気に引いて行った。

「……ここまで熱が下がれば、もう大丈夫……ですね」

 アルフィンがほっと安堵の息をつく。ミミロップはそれを聞いた瞬間、ぺこりとサファイア達に頭を下げた。

「……本当に、ありがとうございました! あ、これ……依頼のお礼です」

 ミミロップがサファイアにお礼の入った袋を渡す。中身はどうやらポケらしいが、このずっしりした重さから考えてかなりの量が入っている。……さすがはあいつらの選んだ依頼と言うべきか。

「どういたしまして。アルフィン、後は任せたよ!」

「了解です!」

 サファイア達3人もミミロップとアルフィンに会釈を返すと、医療室を出ていった。
 大丈夫、ミミロルは絶対に良くなる。
 アルフィンも、ティレンには及ばないとは言えれっきとした治療士だ。彼女に任せておけば、あの親子も安心するだろう。

〜☆〜

「だぁかぁらぁ! ホントに進化したんだって! コイキングからギャラドスに!!」

「そう力説されても……そんなこと、普通有り得ないし」

「有り得ないことが起きてるからこんなチーム内会議を開いてるんでしょうがー!!」

 ……失礼、ここはチームの部屋の中。今は私とエレッタとミラがテーブルを囲んで座っていて……ああエレッタ、吠えないでテーブルをバーンと叩かないで……階下に響くでしょ……

 こんなことになったのは、ミラにいろいろ聞きたいことがあったからだけど……まずギャラドスの件で、ミラが疑ってかかったんだよね。普通じゃないって。
 いや、エレッタの方も明らかに説明不足だし、どっちが悪いとかそういうのじゃないんだけど……

「ねえエレッタ、この会議の目的は何か知っているかもしれないミラに話を聞くことじゃ」

「そりゃあたし達だって信じられなかったよ! 普通じゃないんだから!」

 ……なかったっけ。

 止めようとしたのにエレッタにガン無視され、思わずため息が出る。
 そのため息を見ていたミラは、ちょっと疲れたように方針を切り替えた。

「分かった分かった……一応、そういうことにしとく。で、光の泉でもないのにコイキングが進化した? ……それなら、こう考えられる」

 ミラはエレッタをとりあえず黙らせてから、バッグの中に入っていた不思議な地図を取り出して広げた。

「光の泉は、ここ。そして、水鏡の森はここ……結構、離れてる。で、進化した原因と考えられるのは、2通り」

 ミラは両手をそれぞれの場所に置いて、一呼吸ついた。

「光の泉に集まっている進化エネルギーが、水鏡の森まで流れ出ている場合。そうなら、この2地点だけじゃなくて、光の泉付近のダンジョンでも同じことが起こる可能性がある」

 ……ああそうか。もし水鏡の森までエネルギーが来てるんなら、光の泉を中心、水鏡の森までを半径とした円の内部にだってエネルギーがあると思っていいよね。

「そして、もう1つは……進化のエネルギーが、光の泉に関係なくこの世界全体に発生した場合。それだとしたら全てのダンジョンで同じことが起こりうる」

「……エネルギーが、何らかの影響で大量発生するってこと?」

「そう」

 エネルギーが世界中に溢れ出すのか……それ、結構まずいんじゃない?
 ダンジョン内の敵ポケモン達がホイホイ進化したら、適性レベルも何もないんだし。

「で、どちらにせよそのエネルギー大増殖の原因と考えられるものについては?」

「知らない。……知ってたら苦労しない」

 流れに任せてつい聞いちゃったけど、考えてみればそりゃそうだ。ギルド内でダンジョンのポケモンが進化したなんて噂は出てないし、まだ解明の動きも出てないんだろうなぁ。
 と、そう思っていると、エレッタがまた別の話題を持ち出してきた。

「……あと、もう1つ。水鏡の森でさ、何か変な渦見かけたんだけど……ミラは何か知らない?」

「……渦?」

 ……あー、そういえばそんなのを見たね。

「えっと、説明難しいんだけど……何かちょっと深めの崖付きクレーターがあって、その底で時空の渦みたいなのがゆるゆる回ってます、みたいな……そこだけぽっかり空間が消えちゃった感じ。時空の渦が悪化したって外見のさ」

 エレッタ、詳しい説明をありがとう。確かに形容しがたいものだったけど、それだけ説明出来れば十分だ。
 ミラは知ってるのかな……?

「それ……もしかして……」

「え? 何か知ってるの?」

「…………いや、何でもない」

 そう言うミラの様子はどこかおかしい。というか絶対何でもなくない。


「……司祭様なら……」

「ん?」

 ふと、ミラが遠くを見つめながら口を開いた。

「……プロテアの司祭様なら、何かご存知かも」

「プロテアの、司祭?」

「サファイア、司祭ってのはプロテアやフィルスみたいな特定の力を持ったポケモンが集まる街村の最高権力者のことだよ。だから普通は物知りなポケモンが多いの」

 司祭、ねぇ。多分の件についても、まだ情報は広まってないと思う。だったら、その司祭様ってポケモンに聞きに行けばいいんじゃない?

「ミラ。ここからプロテアへは、歩いてどのくらいかかる?」

「……朝早く出れば午前中に着くけど……もしかして、行くつもり?」

「うん。情報が少なくて分からないって言うのなら、聞きに行くしかないでしょ? それに、やっぱりあの渦のこと、気になるし」

「はあ……」

 ミラはしばらく"本気なのか"という視線を向けていたけど……私の気持ち、分かってくれたみたい。
 「明日の朝に出発する」と言うと、バッグの中をいじり始めた。
 明日朝早く出るんだったら、今日は早めに寝ないとね。明日エレッタが早く起きてくれればいいんだけど。

〜☆★〜

 その日の、夜。

「親方様? 親方様ー? マロンです。入りますよ」

 マロンがゆっくりと親方部屋のドアを開ける。その白い手にはたくさんの資料が乗っかっている。

「……あ、マロン……どうしたの?」

 マロンが入ってきたことにやっと気付いたハーブは、しきりに動かしていたらしい蔓をぴたりと止めた。

「……目つきが、とても真剣でしたけど……一体何を……」

「ま、それは後でね。それより、その大量の資料は何なの?」

「いえ、それが……」

 マロンは自分の口からは言わずに、持っていた資料を差し出す。
 ハーブはそれを受けとって、ざっと目を通す。

「……ふーん……もう用済みってことかしらね? まあいいわ、明日探検隊に伝えておく」

「はい、お願いします。それと、さっきのは……」

「何、そんなに私の行動が気になるの?」

 最後にハーブが意地悪く放った言葉は、何故かマロンに効果覿面だったらしい。
 ばつが悪そうに黙りこくったマロンに冗談だと明るく笑いかけ、蔓でさっき掴んでいたものをマロンに渡す。

 それは、白い布に包まれた何かだった。布の覆いを取ると、中から現れたのは……

 まばゆい光を放つ、透明で綺麗な宝石だった。どうやらハーブはこれを磨いていたらしい。

「……これは……?」

「ダイヤモンド。っていっても、普通のダイヤじゃないわ。これは、"珠玉のカケラ"の1つね」

「ああ、これが……この世界に12の宝石となって散らばった珠のカケラなんですか……ですが、噂によると、今誰かが頑張って宝石を回収しているのでしょう? そのポケモンに渡さなくてもよろしいのですか?」

 マロンはハーブがまだギルドを開く前、そしてエスターズが弟子入りした直後、"彩色の珠玉"について詳しく教え込まれた。
 そして、本来は今この世界にあるべきものではない、とも。

 ハーブはにっこり笑って、マロンの手からダイヤモンドを取った。

「……まだいいのよ。渡せばいい相手はもう分かっているし……渡すに相応しい時は、この宝石が教えてくれるわ」

 そう言って、再びハーブは蔓を器用に動かして宝石磨きを始める。
 光をよく反射する透明な宝石は、ハーブがそれを磨き終えると同時にきらりと光った。

すずらん ( 2013/05/08(水) 23:34 )