M-69 降って湧いた……何?
「イルマス……」
サファイアが小さく呟いた。
向こうもこちらの存在に気付いたようで、多少驚きながらも声をかける。
「よう、誰かと思えば……エスターズの奴らか。随分と久し振りじゃないか」
イールの言葉は、別に悪でもチンピラっぽいわけでもない、非常に健全なもの。だがちょっと見下すような口調のせいで、全くそう聞こえない。
「あら、貴方達知り合いだったの? え、いつから?」
変に空気が張り詰めたことくらい気付いているだろうに、レイシアはけらけらと笑ってイールに聞いた。
「こいつらがブロンズの頃からだよ……それより、今はそんな話をしてる暇はねえんだ」
「お前さんは、タポルの実が何処で採れるか知らないか?」
3人はレイシアの面白そうな笑みを気にもとめず、トレジャーバッグの中から依頼の紙を取り出して見せた。
依頼主が求めているブツは、タポルの実。どうやら薬の材料に使うそうだが、病気が悪化して超緊急依頼となっているらしい。今日中に届けないと危険なのだそうだ。
「そーねえ、タポルの実は……一番確実なのは、オレンの森の隣にあるダンジョン、リクラ密林ね。貴重な木の実は大体そこで採れるけど、敵が強いから気をつけて」
「分かった。それと、お前達」
クロンがレイシアから視線を滑らせ、サファイア達を見た。最早条件反射レベルでサファイア達は一層警戒を強めるが、3人は別に襲い掛かって来たりはしなかった。代わりにクロンはさっきとは別の依頼の紙を取り出し、サファイア達に押し付ける。
「その依頼、お前達にやるよ」
「……はぁ?」
サファイアは渡された紙を見つつも、不機嫌そうに声を上げた。
第一、なぜ依頼をここで渡されなければならないのか。おまけによりにもよって、何故この3人に。
「お前達はもうダイヤモンドランクなんだろ? だったらそんな依頼くらい楽勝だ。本当は今日俺達が熟(こな)す予定だったが、生憎別の緊急依頼が入ったからな。報酬もそこそこいいし、有り難〜く受け取っときな。いくぞ!」
イールは何だかよく分からないことをつらつらと述べると、クロンとガルトを従えて訓練所を出て行った。
リーダーであるイールのトレジャーバッグには、ウルトラランクのバッジが誇り高く光っていた。
「な……何だ? 今の」
サファイアは疾風のごとく出ていった3人に違和感を覚えながらも、さっき渡された紙を読んだ。
『私の息子が病気にかかってしまいました! 治すには水鏡の森 奥地に生えているシロリマソウから作る薬が必要です。誰か薬を作って下さい!』
……つまり、水鏡の森 奥地にあるシロリマソウを採って来るだけではなく、薬も作らなければいけないらしい。多分それはティレンにお願いすれば何とかなるとは思うが。
「……ふーん……あいつらもこんな人道的な依頼を受けるんだねぇ……真面目に依頼を熟してるのか怪しかったけど」
「あら、イルマスは依頼達成数も成功率も高いのよ。知らなかった?」
エレッタの独り言に、レイシアが口を挟んできた。が、その内容が意外だったのか、エスターズ3人は揃って「?」の表情になる。
「そう……なの?」
「そうよ。だからウルトラランクになってるんじゃない。確かに依頼を受けていない時の品行はちょっとアレだけど、探検隊としての彼らはなかなか凄いんだから」
「…………」
新事実、発見である。
というか予想外だ。
サファイア達にしてみれば、何かと突っ掛かってきたり邪魔してきたり、とにかくいいイメージが皆無なのだが。
一応、試験を妨害されたり因縁をつけられたりしたことをレイシアに話してみたが、あまり実感が湧かないのか「へぇ〜……そんなことがあったのね」だけでかるーく流されてしまった。
「……まあ、病気の薬を作るっていうなら受けてもいいか。じゃ、私達はこれで失礼するよ。今日はどうもありがとう!」
「どういたしまして。探検頑張ってね〜」
依頼の受理を決めて訓練所を出るサファイア達を、レイシアはニコニコ笑いながら見送った。
サファイア達の姿が見えなくなると、レイシアは笑うのをやめ……ぽつりと呟く。
「……イルマスは……羨ましかったのね。恵まれた時代に生まれ、どんどんランクを上げていくエスターズのことが……」
〜★〜
一旦部屋に帰ってトレジャーバッグを取ってきて、サファイア達は再びギルドの外へ出ようとした。しかし……
「そこを何とかお願いします! ……このままでは……」
「うーん……弱りましたねぇ……」
サファイアとミラも大分お世話になったあの医療室から、こんなやりとりが聞こえてきた。
どうも切羽詰まった感じがして、自然とそちらに足が向く。
「……あのー……どうしたんですか?」
医療室のドアを開け、サファイアは恐る恐る中を覗いた。中にいるのはキレイハナとミミロップ……キレイハナは確かティレンの手伝いをする治療士の1人だ。名前は確かアルフィン、だったと思う。
アルフィンはサファイア達に気が付くと、縋るような声でこう頼み込んできた。
「ああ、エスターズ! ちょうどいいところに……君達、今から大至急水鏡の森 最奥部へ行って"シロリマソウ"って薬草を取ってきてくれない!?」
「ん? シロリマソウ? もしかして……」
当然サファイアがこの言葉に反応しない訳がない。
さっきイルマスから押し付けられた依頼の紙を取り出し、よーく読むと。
『依頼主:ミミロップ』
……やっぱり、か。
そう思いながら、サファイアはミミロップに依頼の紙を見せる。
「ああ、依頼を受けて下さったのですね! 今、私の息子がそこに運び込まれているのですが……どうも、昨日から熱が下がらなくて」
サファイア達がその言葉につられてベッドを見ると、確かにミミロルが寝かされている。……随分と、苦しそうだ。
ちなみに何故ティレンでなくアルフィンが応対しているかと言うと、今ティレンはダンジョン内で大怪我をしたポケモンを付きっ切りで治療しているかららしい。全く、今日はあのタポルの実を求めた患者といい、何て急患の多い日なのだろう。
「えっと、じゃあ依頼通り、大至急シロリマソウを取ってくればいいわけですね? 行ってきます!」
サファイアとエレッタはすぐに頷き、医療室を出ていこうとした。
が、ミラはその場から動かず、ミミロルをじっと観察している。それに気付いたサファイア達がミラを急かすと、ミラは何と2人にこう告げた――
「わたしは、ここに残る。薬草は、2人で取ってきて」
「え? ……いやちょっと待て何でそうなるっ!?」
エレッタは勿論驚いてこう言うが、ミラはお構いなし。アルフィンに向き直ると、突然尋ねてきた。
「……薬、飲ませてるみたいだけど……何が入ってる?」
アルフィンはアルフィンで、突然の質問に面食らいながらも答える。
「確か、オレンの実の搾り汁にウブの実の果汁を少量加えて、それを煮込んだものにシロアミグサの根を刻んで……」
「それじゃ、ダメ。それは確かに滋養薬としてはいいけど、症状は抑えられない」
そこまで言ってから、再びミラはサファイア達に視線を向けた。
「わたしなら、特効薬はシロリマソウがないと無理だけど……症状を抑える薬なら、作れる。このままだと、危ない」
「え……ええ? でもあたしもサファイアも、シロリマソウの見分け方知らないし……」
「ダイヤモンドランク昇格試験の時、白い花の薬草を採ったでしょ? ……あれが、シロリマソウ。1本あれば大丈夫だから」
何を言おうと、ミラはここに残る気らしい。だが確かにミミロルの息遣いは荒い。症状を抑えられるならその方がいいだろう、どうせ水鏡の森なら2人でも何とかなる。
「あ、ちょっと待って下さい!」
そう判断した矢先、今までこのやりとりを傍観していたアルフィンが割り込んできた。
「今、思い出したのですが……近頃の水鏡の森には、適性レベルを大きく上回る強敵が住み着いているとか……出会っても正面から戦いを挑んではなりません」
サファイア達は同時に思い出した。大湧泉群には、そこらのポケモンとは比べものにならない強さを持ったフーディンがいた。水鏡の森にも、そんなポケモンがいるのか。あの時はチルムがいたからなんとかなったが、今回はむしろ戦力が減っている。
「だったら……これを持って行って」
ミラは顔をしかめたサファイア達の気持ちに気が付いたのだろう、トレジャーバッグの中から小瓶を2つ取り出し、エレッタに投げ渡した。
「うわ……っと。これは一体……?」
「毒薬」
今日の天気でも伝えるかのようにさらりと出されたその単語に、瓶をキャッチしたエレッタが固まる。その手から転がり落ちた瓶を、慌ててサファイアが受け止めた。
瓶の中身は、1つは中で仕切られた液体。もう1つは、ただの種に液体を染み込ませた、鮮やかな青色の種が7つ入っている。
「といっても、毒薬なんて即殺レベルからちょっと頭痛がするくらいのものまでより取り見取り。液体の方は眠り薬、瓶の蓋を開けてちょっと息を止めていれば周りは眠る。種の方は軽い麻痺薬で、投げ当てるだけで痺れて動けなくなる」
「……ミラ……」
「……早く、行って。ただでさえ行くのに時間がかかる場所なんだから」
ミラはアルフィンに何かを告げると、医療室を出て行った。おそらくチームの部屋に置いてある薬草諸々を取りに向かったのだろう。
サファイアとエレッタは心配そうな依頼主に軽く一礼すると、薬瓶をトレジャーバッグの中に入れて水鏡の森へ急いで行った。
それにしても。
症状を抑える薬を作ると行った矢先に、毒薬瓶を投げて手渡すのはいかがなものか。
サファイアもエレッタも、一瞬だけそう思ったのは間違いないだろう。