M-68 5つの牙と防壁と
「電光石火!」
エネルギーを溜めたサファイアが、茶色の弾丸となってミラに真っ直ぐ突っ込んでくる。ミラはこの攻撃を見切り、ある程度余裕を持って横に跳んで弾丸を回避した。
電光石火は、スピードが速い分コントロールが効きにくい。そして、減速するのも時間がかかる。
このままでは壁に衝突すると踏んだサファイアは、慌てて電光石火を解除する。その間に、ミラはサファイアに向かってマジカルリーフを放ってきた。
マジカルリーフは、追尾能力があるため避けられない。けれど、それはあくまで"地上にいるとき"の話。
サファイアはすぐに穴を掘って地中に逃げる。標的を見失った葉は勢いをなくしはらはらと落ちていく。ミラはそれに構わず、足元の僅かな変化も逃さないようじっくりと観察を始める。
サファイアの潜伏時間は、そこまで長くはなかった。
ミラのもとまで一気に近付き、地面から電光石火の奇襲を仕掛ける。地面から飛び出てきたサファイアを……電気の束がピンポイントで迎え撃った。もしかして予想されていたのだろうか。
「っく……!」
電光石火の勢いを殺され、サファイアは一旦横に降り立った。ダメージは、相殺したおかげでほとんど受けていない。だが、やはり技の威力対決ではサファイアが不利。
だとしたら。
サファイアは再び穴を掘るを使い、地中へ身を隠した。が、今度は地中に潜ったまま、なかなか姿を現さない。
不思議に思い攻撃の準備をしたミラの足元の地面が、ピシリと割れた。
ミラがそこに向けてマジカルリーフを放った、その直後。
緑の壁に包まれたサファイアが、地面から勢いよく姿を現した。
ミラのマジカルリーフはサファイアの飛び出し際の"守る"にことごとく防がれ、更にすぐに守るを解除したサファイアはミラに電光石火で突っ込んだ。
ミラにそれを避ける時間はなく、少しでもダメージを抑えようと受け身をとったその瞬間、サファイアの電光石火の衝撃が来る。おまけに当たる向きが悪かったのか、軽く空中に投げ飛ばされた。
しかし、ブレーキをかけて電光石火を止めるサファイアには、多少なりとも隙が出来る。それを逃すミラではない。空中である程度体勢を立て直すと、再び上からマジカルリーフをサファイアに向けて飛ばした。
サファイアが気付いた時には既に遅く、降り注いだ葉を全て受ける形になってしまった。だが枚数自体が少なかったため、大きく体力を減らすには至らない。
(やっぱり電光石火って、助走つけないと威力低いよね……)
サファイアはミラから距離をとり、様子見のつもりで目覚めるパワーを3つ放った。
今のサファイアが同時に出せるエネルギー球の上限は、3つ。ミラのシャドーボールの上限と同数、の、はずだった。
(……え……は? ちょ)
ミラはサファイアの予想通り、シャドーボールで目覚めるパワーの相殺を図ってきた。そこまでは良い。
ところがその攻撃方法に関して言えば、ミラの行動はサファイアの予想を見事に崩してくれた。
ミラが今回同時に作り出したシャドーボールは、なんと5つ。
しかも、だからといって威力が下がったりはしていないようで、3つはサファイアの目覚めるパワーを相殺し、2つは地面にぶつかり激しい爆風と土煙を引き起こした。
砂埃が目に入らないようにサファイアは咄嗟に目を閉じていたが、周りが見えないためマジカルリーフが飛んでくる可能性がある。
土煙が晴れないうちにサファイアは再び穴を掘り、ミラの攻撃が届かない地中でほっとため息をついた。
(さっきから薄々感じてはいたけど、いつの間にあんなに強くなってたんだろう……)
サファイアは穴の中でふとこう思った。
ミラは、着実にバトルの実力をつけてきている。それはエレッタだって同じだろう。何となく2人とも強くなっているんじゃないかとは思っていたが、特訓とは言えバトルを行うと、それは確信に変わった。
2人とも、強くなってるんだ。
それなら私だって、遅れるわけにはいかない!
サファイアは頭の中で素早く作戦を立てると、今度はミラから遠く離れた場所からフィールド上に飛び出した。
〜★〜
「くかー……ふにゃ……黄色グーミー……逃げるなぁ〜……」
ちょうどそのころ、置いてきぼりを食らったことなど知らないエレッタはというと、まだ幸せなドリームワールドの中にいた。
ちなみに寝言から察するに、エレッタは夢の中で逃げる巨大黄色グミを追い掛けているらしい。まず巨大な黄色グミに足が生えて逃げているだけでかなりシュールな光景だが、ドリームワールドでは何でもありなのだ。
「……グーミー……捕〜まえ……ぐぎゃっ!?」
完全に寝ぼけてベッドの外まで手を伸ばしていたエレッタは、当然というべきかベッドから転げ落ち、まるで踏み潰されたような声を上げた。落ちた時に、ちょうど床が後頭部を直撃したのだ。
「……い……ったぁ……あれ、黄色グミ……なんだ、夢だったんだ」
さすがの寝坊すけエレッタも、今の衝撃で完全に目が醒めたらしい。窓の外に目をやって、まだ日の出からそんなに長い時間が経っている訳ではないことを知った。
「ん? ……やった、あたし今日は早起きじゃん、ミラのマジカルリーフを食らわずに済……え、あれ」
ガッツポーズをしたのもつかの間、エレッタはすぐにサファイアとミラがいないことに気付く。トレジャーバッグはあるので、探検に出掛けたとかそういうのでないことは一応分かったが。
(……まさか、どっかに隠れて驚かそうとか……ないか、いくらなんでも)
頭の中に一瞬浮かんだふざけた冗談にバツ印をつけ、何かメッセージがないかと部屋内を歩き回り、机の上に置いてある書き置きを見付けた。多分これはサファイアの字だろう、ミラの字はもっと丸っこくて綺麗だ。
というかサファイアの字は、所々曲がっていたりズレたりして正直汚い……こんな時に何を考えているんだとエレッタは我に返り、メモに書かれた大きさがバラバラな文字を読んだ。
『私とミラはレイシアの訓練所に行ってくるね。出来るだけ早めに帰ってくるからもう一眠りしていてもいいよ』
……これで100%皮肉の文章ではないのだからすごいと思う。ミラならいざ知らず、サファイアは絶対にエレッタに気を遣って書いているのだ。
だが、いくら二度寝の許可が下りていると言っても、また眠るのは何か腹が立つ。
じゃあ、どうしようか。
答えは既に決まったようなものだ。
エレッタはすぐに部屋の外に出て、フロールタウンの外れにある訓練所へと走っていった。
「……ふぅ、訓練所っていうとここでいいんだよね……」
エレッタはサファイア達がいるという訓練所まで一気に走って辿り着き、それこそ道場破り並みの勢いで扉を開けた。
すると、何故か側にいたレイシアが、エレッタが来ることを分かっていたかのようにこちらへ来てと合図をしてきた。
訓練場のフィールドを使っているのは、サファイアとミラだった。
2人が激しく技をぶつけ合ったりかわしているものだから、時々爆風や流れ弾がこちらへ飛んできてなかなか危ない。
「……え〜と。……何でバトル?」
「サファイアが"守る"の強度を高めたいって言い出したのよ。で、それには地力をつけることが必須だって分かって、ミラがそれに付き合ってる状態ね」
「……はあ」
「そんなに心配しなくていいのよ〜。何かあったら私が止めるから」
ムウマージの明るい声を右から左に聞き流しながら、エレッタはフィールド上の2人の動きをぼんやりと見つめていた。
サファイアの電光石火を、ミラはひょいと左に避ける。
さっきまでのサファイアは、急ブレーキをかけて止まっていたため隙が出来やすかった。しかし、今回は違う。
サファイアはスピードを落とすことなく走り続け、壁に飛び掛かった。そこから四肢に力を入れ、180度方向を変えて再びミラに突っ込んでいく。隙を作らないために、壁を使ってターンしたのだ。
「! ……っと」
すんでのところでそれに気付いたミラは電光石火をギリギリかわし、再度の追撃を防ぐためにサファイアにチャージビームを放った。
襲い掛かる電気の束を防ごうと、サファイアは守るを使って身体の周りにバリアを張る。
しかし、これまでに何度もチャージビームを使って強化されたミラの攻撃は、簡単に防げるものではなかった。
電気の束はサファイアの緑のバリアに衝突すると、ゆっくりとそのバリアを蝕むように亀裂を入れていく。
まずい、避けるか、とも思ったが、この状態で横に動いたらバリアが壊れてどっちにしろダメージを受けるだろう。
だったら、無謀でもなんでも守るの強度を信じてその場に留まるしかなくて……
……避ける?
何を、考えているんだ。
サファイアは段々と壊れていくバリアを見て、急にそう感じた。
本来、このバトルは守るの練習のつもりでやっているのだ。だったら、守るが壊れそうだからといって諦めて逃げられるだろうか?
答えは、否。ミラにこうして手伝ってもらっているのだから、自分だってそれなりの成果を出さなくてはならない。
――だから、逃げるわけにはいかない! 絶対にこの攻撃を……受け止めてみせる!
サファイアはチャージビームをしっかりと見据えると、更に多くのエネルギーをバリアに流し込んだ。
その直後……サファイアを取り囲んでいたバリアの天井が、パキパキと音を立てて壊れていった。
だが、サファイアがミラの攻撃を受けることはなかった。
サファイアを覆っていたバリアは、崩れた。しかし代わりにサファイアの前に現れたのは、サファイアを守護するように湾曲した、大きな緑色の盾だった。
盾だから上や後ろからの衝撃は防げない。しかしその分盾はいつものバリアよりもずっと厚く、ミラのチャージビームをしっかりと防ぎきった。
「……! これは……」
「へぇ……面白い」
ミラは一旦チャージビーム発射を止め、サファイアの後ろへ素早く回り込むと今度はマジカルリーフを固めて飛ばした。
それにもサファイアは慌てることなく一度目覚めるパワーを挟んで葉の何枚かを撃ち落とし、すぐに強めの守るを使う。
盾は、すぐに現れる。今度はサファイアの正面ではなく横に現れ、当たった葉を全て弾いた。さっきよりも、盾の幅は広がり、サファイアの身体の半分を覆っていた。
「出来た……」
「……なるほどね。一方向からの攻撃を集中して受け止めるために、不要な部分を削り落としたと……上手いじゃない」
レイシアは感心したようにサファイアを見て、1人決意した。
2人がもう1回ずつ技を出したら、バトルを止めよう、と。これ以上の戦いは必要ないが、もう少しこのバトルを見てみたい気持ちもあった。
サファイアは守るを解除し、電光石火の構えを見せた。本来ならばすぐにチャージが終わり、茶色の弾丸となってミラに向かって飛んでいくはずだった。
しかし――サファイアはいつまでもエネルギーを溜め込んだまま、一向に走り出さない。
エネルギーの溜めすぎか、溢れ出たエネルギーが白い光の球の形をとって周りに浮かび出した。
「サファイア? ……何やって……」
エレッタが言い終わらないうちに、サファイアは突如走り出す。
それは、最早“電光石火”と呼べるものではなかった。
エレッタの目が捉えることの出来ないような速さで、サファイアはフィールドを縦横無尽に走り回っている。
サファイア自身コントロールが効いていないのかむやみやたらと動いているが、あんなのがミラに当たったら大怪我では済まない気がする。
一方のミラも、何やらおかしな行動をとっていた。
サファイアの電光石火準備とほぼ同じタイミングでシャドーボールを作り出していたはずなのだが、今ミラがつくったシャドーボールはやがて姿を変え、巨大な紫色の球体の中で何かが渦巻いている怪しいエネルギー体と化している。
「……2人とも……どうしちゃったの……?」
エレッタの声は、2人には届かない。
サファイアがフィールド内を駆け回り始めたのと同じ頃、ミラの作り出した紫の球体は、あろうことかミラからエネルギーを吸い取り始めた。
それはまるで紫色のメガドレインといったところだろう、ミラの顔色は少しずつ悪くなっていく。それに反比例するように、巨大な球体の中は一層激しく渦を巻く。
そして……ミラは、それを正面に投げた。
ミラの手から球体が離れてすぐに、サファイアが物凄いスピードで球体の中に突っ込み……
その場で、球体が派手に爆発を起こした。
訓練所内に発生した爆風に、エレッタとレイシアは吹き飛ばされそうになる。現場を見ようにも、散ったエネルギーの煙と舞い上がった土埃が邪魔をする。
それでも少し経つと、煙は晴れた。だが爆風が収まってほっとしたのもつかの間、爆発地点にはサファイアとミラが倒れていたのだ。
「サファイア、ミラ!? 大丈夫!?」
エレッタは咄嗟に2人に駆け寄り、つついたり揺らしたりして呼び掛けた。
幸い2人とも怪我という怪我をしているわけでもないようで、エレッタに気付くとすぐに自力で立ち上がった。
「ねえ、2人ともどうしたの? さっきの技(?)は一体何だったわけ?」
レイシアから渡されたオレンの実を差し出しながら、エレッタは2人に問う。だがサファイアとミラはお互い顔を見合わせ、逆にエレッタにこう聞いてきた。
「……私達……さっき何かしてた? 何か守るの盾を使った後に電光石火を出そうとして……そっから記憶が途切れてるんだけど」
「……同じく。シャドーボールを作り出して……その後に何をしたかは覚えてない」
「は……何だそれ?」
信じられないという顔をしながら、エレッタは2人に状況を説明した。だが正体不明の技を使って半分暴れていた、と説明しても、ますます2人は首を傾げるばかり。サファイア曰く、そんな変な技を使った覚えはないということだ。表情からして嘘をついているとは思えない。
「……まあ、よく分からないけど……とりあえず本来の目的は達成出来たし、良かったんじゃない?」
何となく気まずい雰囲気を壊すように、レイシアが努めて明るい声でそう言った。それを機に、3人は一度思考を入れ替えることにする。
「そうだ! 守るの強化、ちゃんと出来たじゃない! おめでとう!」
「……ありがとね。後は使い慣れればもうちょっと応用出来そうかな……」
サファイアとエレッタはこの話題でわいのわいのと盛り上がり出す。
ミラはそれに口出しすることはなくただ眺め……訓練所の扉が開くキィという音に振り返る。
「……!」
室内に入って来たポケモン達の姿を見た途端、ミラにも多少あった柔らかな雰囲気が、跡形もなく消えた。
サファイアとエレッタもそちらを振り向き……サファイアは身構え、エレッタは「うわ」と小さく声を上げた。
何故なら……つかつかと中に入って来たのは、出来れば会いたくなかったポケモン達――イール、クロン、そしてガルトだったのだから。
「あら、誰かと思えばイルマス御一行じゃないの。久し振り〜。元気だった?」
レイシアの場違いなほどに穏やかな声だけが、静かな訓練所の中に木霊した。