M-59 操り人形と矛先
「「……は?」」
サファイアとエレッタは、ミラの発したその単語に耳を疑い思わずミラとサーナイトを見較べる。
確かにサーナイトと言えば、ラルトスの最終進化系だったような……
何故か怯えるように距離をとってサーナイトを見るミラと、満面の笑みを浮かべるサーナイト。落差の激しいことこの上ないが、よく見ればサーナイトの笑みは誰かを楽しませるような、そんな笑いとはどこか違う。底冷えするというか、油断ならないという印象を受ける。
そんな様子を崩さぬまま、サーナイトはサファイア達に向かって口を開いた。丁寧で優しい朗らかな口調なのに、やはり何故か明るさを伴っているとは感じられない。
「……初めまして。私はミラの母親――サーナイトのアクシア。これからどうぞお見知り置きを」
「どうして……ここに!? まさか、私を……?」
ミラはアクシアから距離をとるつもりだったのか、少しずつ後退り始めた。
すると、アクシアはくすりと笑いながら一歩前に踏み出し、距離を詰める。
「ああ、違う違う。私は何も家から抜け出したこととか、あちこちさ迷った上に探検隊をやっているとか……そういうことに関して責める気なんてサラサラないよ。そうじゃなくて……私が言いに来たことは、『自分の過去のこと、いつまで黙っているの?』ってことだけ」
ミラがびくりと反応したのを、サファイア達は見逃さない。目の前のサーナイト……アクシアは笑っているのに、サファイアやエレッタでさえ逃げ出したくなるような威圧感を持っている。自分の母親と言えど、もしかしたら怖いのかもしれない。
「……それは、一体……」
「とーぜん、そのまんまの意味。どうせいつかは話さなきゃいけないと思っているみたいだけど、そこにいる仲間達……特にピチューの反応が"怖くて"、ずっと言い出せないままなんでしょ?」
アクシアの口から発せられたその言葉を、サファイア達が聞き逃すはずはない。
――私やエレッタの反応が怖い……? 何か、私達に隠し事でもしていたのかな? でも、今の話の内容からして、あんまり良くないことなのは確実なのかな――
サファイアはどういうことなのか詳しく聞きたい思いにかられるが、ミラは図星なのか何なのか、言い返すことのないまま黙って俯いてしまった。
そんなミラに更に追い撃ちをかけるかの如く、アクシアは鋭い言葉を重ねている。
「……本当は、貴方だけの決意で話して、自己解決してもらいたかったけど……もうタイムリミット。これ以上、私も待つわけにはいかないし、貴方だって辛いだけ。……そうだ。そこにいるのは、サファイアとエレッタ……だっけ?」
急にアクシアはサファイア達に向かい合うように身体の向きを変え、さらさらとサファイア達の名前を挙げた。もちろん、サファイア達が仰天したのは言うまでもない。
「!! ……知ってるの? 私達の名前を?」
「そう。娘の友達だし、探検隊としてもそこそこ有名だし……それにね、エレッタ……貴方のことは、昔から聞いていたから」
「……昔から?」
「そう。厳密に言えば、今から3年前に。確か貴方の親御さんは、エネコロロとライチュウだったかな? ……ミラ、後はもう自分で説明出来るね?」
ミラはちらりとエレッタの顔を見、覚悟を決めたのか小さく頷いた。
「そうそう。じゃ、今の所私の役目は終わりかな? それにしてもフロールタウンってなかなかいいところだね。気が向いたらまた今度ふらっと立ち寄らせてもらうことにするよ」
アクシアはサファイアやエレッタに対しては最後まで笑みを崩さずに、テレポートでも使ったのか手を振りながらシュッと姿を消した。
残された3人の間には、しんとした気まずく重い空気が漂っている。
「……ミラ。何か私達に話さなきゃいけないことでもあるの?」
サファイアが優しくそう言うと、ミラは複雑そうな顔でこくりと首を縦に振った。
「……部屋の中で、話す。ここじゃ、ちょっと話しにくい……」
ミラがそうサファイアに告げ、サファイアは自分のトレジャーバッグから探検隊バッジを取り出す。いつもと何も変わることなく、高く掲げられたバッジは緑色の光で3人を包み込んだ。
エスターズの部屋に戻ってきたサファイア達は、ミラがこれから話すという内容に漠然とした不安感を持っていた。
今まで黙っていたなんてどう考えたって怪しい。よく考えれば、最近ミラは暗い雰囲気を纏っている時が多かった。今から話されるという内容に関してのものだろうか?
「……さて、もう話す。確かに、いつかは話さなきゃいけないのは分かってた……」
ミラは気乗りしない様子でため息を零すと、ゆっくりと話し始める。
「……そうだ、昔私がプロテアっていう港町に住んでたのは知ってる?」
「プロテア? ……ああ、昔チルムさんから聞いたっけ?」
「それなら……そこの近くに『大湧泉群』っていうダンジョンがあって……私はチルムとよく行っていたの。けど、3年前に行った時、ちょっとしたことで道に迷って……」
〜★☆〜
「……どうしようかな……どっちに行けばいいのかな……」
私はダンジョン出口付近の、小さな森の中で道に迷っていた。
昔からこのダンジョンに来ていたけれど、こんなところに来てしまったのは初めてだった。チルムもまだこの辺にいるはずだけど……小さな森だし、その辺を歩き回っていれば見付かるかな?
そう信じて、すたすたと森の中の道を歩いていた、その時視界の端に何かが映った。誰かが、道の隅に倒れていたのだ。
「!! ……だ、大丈夫……ですか?」
探検の時には必ず持って行ったバッグの中からたまたま残っていたオレンの実を取り出し、私はそのポケモンに駆け寄った。
私の呼び掛けに気が付いたのか、そのポケモンはゆっくりと身を起こす。確か、このポケモンはブーピッグという種族だったっけ……? 身体中に傷を負っていて、何だかすごく痛そう……
それなのに、ブーピッグは私が差し出したオレンの実を丁重に断り、柔らかな微笑みを浮かべた。
「……いいえ、まだまだ自力で歩ける体力くらいは残っていますから……それに、こんな女の子に気を使わせるわけにもいきませんし」
ブーピッグは酷い怪我を負っているにも関わらず、多少時間をかけてではあったが自力で立ち上がった。
……あれ? このブーピッグ……私と同じ“気”を感じる。ってことは、もしかしてこのブーピッグも私と同じ"紫の魔導士"の力を持っているのかな?
「……一体、何があったのですか?」
「……実は、先程まで“黒の魔導士”共の襲撃を受けて……ここまで逃げてきたのです。黒の力を持つ者達のことを貴女はご存知ですか?」
……黒の力を持つ者達……それなら聞いたことがあるけれど、実際に見たことはない。私の住むプロテアは、紫の魔導士達の集まりでもある。そんなところにわざわざ突っ込んで来る黒の者なんていやしない。
「でも、襲撃……ということは、集落にでも間違って入ってしまったのでは?」
「いや、それがこの近くに離れて住んでいるんですよ。集落から離れて名もなき山に住み着き、たまたま通り掛かった私にいきなり襲い掛かってきたのです! 酷いと思いませんか!?」
ブーピッグはずいっとこちらに顔を近付け、急に語調を強めた。
それには一瞬だけびっくりして1歩後退りしたけど、まあ普通に考えてみてもなかなか酷い話ではある。集落から離れて住むのはともかく、通りすがりにいきなり襲い掛かるのはいただけない。
「はあ。まあ確かに酷いですね……」
「おかげで私はこの通り傷を負って……この痛みを、同じ力を持つ貴女にも分かって欲しいものです……」
ブーピッグは、ゆっくりと手をこちらを伸ばしてきた。
その行動の意味が分からずに、私は首を傾げながらその手を見つめた……きっと、その選択が間違いだったんだと思う。
「――っ!?」
突然身体が麻痺させられたような感覚に襲われ、気付いた時には全く自分の思い通りに動けなくなってしまっていた。頭の中にも、鈍い痛みがいつの間にか生まれている。
目の前にいるブーピッグはそんな私を見て、今までの柔らかな表情はどこへやら……一変して邪悪な笑顔へと豹変する。
「……そうだろう? 酷いと思うのなら……ちょっと一緒に来てもらおうか。大丈夫だ、すぐに終わるさ。ライバルが減るのは君にも有益な話だし」
「や……! 嫌っ! 離して! 来な、い……で…………」
無理矢理身体を引きずってでも逃げようとした矢先、ずっと感じていた頭の痛みが一層激しくなり、意識が少しずつ薄れていくような気がして……
「よしよし、いい子だ。相手は2人だ、せいぜい頑張ってくれよ」
どこからか、そんな声が響いた気がした――
そこからしばらくはぼんやりした記憶があるだけなんだけど……次にはっきりと覚えているのは、どこかの山の上のこと。
私の前にいるのは、エネコロロとライチュウの2人……2人は私に向かって何故か険しい表情で攻撃を飛ばし、私はそれを見通すかのように攻撃を避けている。どういうわけか私の意思に反して身体が勝手に動いているらしい。
それを何度も繰り返し、2人が疲れた時を見計らって……私は“頭の中に聞こえてきた声”に命じられるまま、"封印"を放った。それは2人に命中し、動きを封じてしまう。
けど、その直後……上から黒い雷が私に落ちて、全身を貫くような痛みを感じて……確か、そこで意識が途切れた気がする。何が起こったのか、全く分からないまま……ね。
その次に、私がゆっくり目を開けると真っ先に視界に飛び込んで来たのが、あのブーピッグの姿だった。
終わったぞ、と一言告げるその顔は、先程見せたあの邪悪な笑顔。その笑みを見て、先程の記憶……エネコロロとライチュウのことを思い出し、顔を上げる。
私が見上げた、その先にあった……ぴくりとも動かずに横たわる2人の姿を見つけ、やっとまともに働くようになった頭で即座に状況を理解する。
同時に私のしたことの重大さにも気付き、急に怖くなって全力でその場から逃げ出した。
もしかしたら、ブーピッグが追ってくるかも知れない……そう思うととにかく恐怖しか感じられなくて、とにかく山の森の中を走り続けた――
〜★☆〜
「……じゃあ、ミラはまさか……」
今の話をあらかた聞いたサファイアは、信じられない思いでミラに問いをぶつけた。
「……そう。私は、操られていたとは言っても……結果的にエレッタの両親、つまりエネコロロとライチュウを殺す計画に協力させられていたみたい……」
サファイアは何か言おうとして口を開くも、言葉が見付からずしばらく口をパクパクさせていた。
「……な、何で!? そのブーピッグは、どうしてそんなことを!?」
「……多分、集落から離れて住んでいたエネコロロ達一家なら、簡単に潰せるって踏んだんだと思う……そういう考えを持つポケモンも、世の中にはいる」
サファイアは辛そうに話し続けるミラにかける言葉を探して、黙り込んでしまった。
――大変だったね? 違う。ご愁傷様? 全然ダメ。気にするな? それは流石に言えない――
あれこれと考えを巡らせているサファイアの隣で、パチリと何かが弾けるような音がした。その音に反応してサファイアが隣を見た時、俯いた状態のエレッタが口を開いた。
「……ミラ、教えて。私の父さんと母さんは、本当にそのブーピッグに殺されたと?」
「うん」
「そして、結果的にそれに手を貸したのは、ミラ……そういうこと……?」
「……そう」
エレッタの冷静な質問にミラは素直に認め……しかしその瞬間、エレッタの電気袋から火花が幾つも飛び散った。
そして――
「う……あああぁぁッ!!」
エレッタは目を閉じたまま叫ぶと、溢れ出した電気を纏め……なんとミラにいきなり"10万ボルト"を放った。
だがエレッタ自身その電撃をコントロール出来ていないのか、電気の走るスピードはいつもより遅い。これならミラでも避けるのは容易なはず。
「……きゃぅ!?」
――なのにミラは、その場から動く様子もなく10万ボルトを直に受けてしまう。エレッタの精密さと引き換えに威力の高まった10万ボルトは、ミラの体力を簡単に奪っていく。
(何!? どうして……!? 何が起きて……でもこのままじゃまずい!!)
そう頭で思う前に、サファイアの身体は動き出していた。
一方のエレッタは、突然沸き上がった怒りを抑え切れずに力任せに10万ボルトを放ったものの、ミラの悲鳴を聞いてやっと自分が何をしているか気が付いた。
だが10万ボルトを止めようと思っても、電気の放出が止まらない。頭では分かっているのに、身体が言うことを聞いてくれないのだ。
(と、止まれっ! 止まってってば!!)
エレッタは電気を抑え込もうと身体に力を込めるが、それでも何も変えることは出来なかった。と、ちょうどその時、電気が弾かれるような音がエレッタの耳に届けられた。
今まで流れていた電撃が止まったことに疑問を感じて、ミラは閉じていた目を恐る恐る開ける。
すると、そこにはミラを庇うようにエレッタとの間に割って入り、電撃を"守る"で防いでいるサファイアの姿があった。
サファイアはバリアを維持しながら近くに置いてあったミラのトレジャーバッグを掴み、ミラに放り投げる。
「ミラ! 今はエレッタと一緒にいちゃダメだ! 少しの間……フロールタウンから離れてて!」
「……え? でも一体どこに……」
「出来れば近くのダンジョンの最奥部! じゃあ……その大湧泉群ってとこの奥地!」
「!?」
突然のサファイアの指示にミラは一瞬困惑するものの、すぐにその意味を理解した。
今のエレッタは、落ち着いて話が出来る状態ではない。
だから、"逃げろ"と。
「エレッタが落ち着いたら、その時は迎えに行く……絶対に! だから、早く!!」
サファイアの守るもそろそろ限界なのか、多少のヒビが入り始めている。
これ以上ここにいる訳にはいかないと思い、ミラはバッグを持つと部屋のドアを開け、振り返りもせずに部屋の外へ飛び出して行った。
ミラが部屋から出ていくと間もなく、エレッタの電撃放出は止まった。
未だパチパチと火花を出してはいるものの、もう技を出そうとはしていないらしい。
「エレッタ! 落ち着いて! 一旦よく考えて!」
サファイアはエレッタにほぼ怒鳴っているような口調で呼び掛ける。だが、エレッタは……
「……サファイア、私もミラが悪い訳じゃないって分かってる……分かっているけど……!! ……ごめん、ちょっと1人にさせて!」
エレッタは驚くサファイアの横を擦り抜けると、扉を乱暴に開けて部屋から出ていく。
エレッタを止めようとしたサファイアの前足は空中で固まり……やがて、緩やかに下ろされた。
「ど、どうしよう……一体、どうすればいいの……!?」
と、その時またドアが静かに開き……マロンが顔を覗かせた。
「……サファイア? 何かさっきミラとエレッタがすごい勢いで出て行ったけど……ねえ、サファイア? おーい、聞いてる? 何かあったの?」
マロンは2人の様子がおかしいことに気付いて、わざわざここまで来たらしい。だが、硬直状態のサファイアはマロンが入ってきたことにすら、耳元で呼び掛けられるまで気付くことはなかった。