M-52 灼熱の洞窟
火の球新山の中には、予想通り炎タイプのポケモンが多めのようだ。
彼らはふつふつと泡を作り、時々球の形をもって跳ねる溶岩の膜をものともせず、火の地形を悠々と歩いて襲い掛かって来る。
「また来たよ! 今回はブーバーとデルビルだ!」
エレッタが溶岩を渡って来るポケモンに気付き、電気袋からパチパチと火花を散らした。
エレッタはこちらに気付いて"炎のパンチ"を繰り出したブーバーに十万ボルトを浴びせ、パンチを中断させ動きを止める。そこに穴を掘って待機していたサファイアが、地面から飛び出しブーバーに飛び掛かった。ブーバーにとっては効果は抜群である地面タイプの技を当てられ、ブーバーはノックダウンする。
「っ! あっつ……!」
が、ブーバーに接触したサファイアは、身体から反射的に噴き出したらしい炎を食らって火傷を負ってしまった。
一方、デルビルは大きく跳躍すると、ミラを自身の鋭い牙で噛み砕こうと一直線に迫って来る。
が、ミラはそれを避けようとはせずに、手の平に小さな紫色の球体を作り出した。
「シャドーボール」
ミラは小さく呟くと、ミニサイズのシャドーボールをデルビルの大きく開いた口目掛けて投げ付ける。シャドーボールは狙い通りデルビルの口へすっとはまり、その中で小爆発を起こした。
デルビルは口の中で突如起こった爆発の衝撃に動転し、足を止め大きく咳込んだ。
闇のエネルギーを集めたシャドーボールは、それだけでもゴーストタイプの全ての技の中でも高い威力を誇る。更にミラが戦闘用として作り出す小さなシャドーボールは、その大きさを犠牲にした分闇のエネルギーが濃縮されている。それを口の中に投げ込まれたのだから、デルビルもたまったものではない。ついでに言うと、ミラの一歩手前で足を止めてしまったデルビルは、その直後至近距離でのチャージビームの餌食となった。
先程ブーバーを倒したサファイアとエレッタと合流し、ミラはバッグの中からチーゴの実を取り出した。
「サファイア、これね」
「……うん、ありがと。ごめんね、さっきから私ばっかり……」
「いいのいいの。火傷なんてどーせあたし達に大した影響はないけど、サファイアはそういうわけにもいかないでしょ?」
エレッタに説得され、渋々サファイアはチーゴの実を受け取り口に放り込む。
実は、火傷を負っているのはサファイアだけではない。エレッタもミラも、さっきから火傷を負っている。二人とも視界が悪い曲がり角で"火の粉"の奇襲を受けたためだ。
だが、エレッタとミラは物理攻撃を(あまり)使わないので、火傷自体は大した重荷ではない。たまーに傷がちょっと疼くぐらいで、堪えられないものでも何でもないのだ。
が、敵に接触する場合が多いサファイアは、物理攻撃のダメージが減るのは厄介だ。しかしチーゴの実の持ち合わせは三つ、さっき床で拾ったものを含めても四つ。全員が火傷になる度に使っていてはすぐになくなってしまう。毒にしてくる敵もいるので、癒しの種は取っておきたい。
そこでサファイアだけは実を食べて火傷を治し、エレッタとミラは放置している。サファイアは反対したが、結局エレッタに上手く丸め込まれてしまったのだ。
「にしても……マグマ多いよねぇ、このダンジョン」
エレッタはきょろきょろと辺りを見回し、暑さに顔を顰めている。
ぐつぐつと沸き立つマグマは、階段を上るごとに量が増えている。内部へと進んでいるのだから当たり前なのだが、マグマに覆われていない通路も減ってきていることは、サファイア達の焦りに拍車をかける。こんなマグマに道を阻まれている場合ではないのに、目的地に中々辿り着けない。
「あ、あれ階段じゃない!?」
そんな中でエレッタが7Fへと続く階段を見つけ、3人は急いで駆け出す。だが。
「!!?」
階段がある部屋へ入ろうとして、サファイア達は愕然とした。
階段のある"向こう岸"へ、渡れない。
マグマによって部屋の床が川のようにまっすぐ抜け落ちて、崖になって分断されていたのだ。もちろん抜け落ちた隙間には、底無しのように思えるマグマのたまり場がある。きっと炎タイプでさえも、このマグマの海に入ったら沈んで窒息死してしまう、そんな気がする。
「うおぅ……どうしようか?」
何か階段のある向こう岸へ行く方法はないのかと、サファイア達は近くの大きく平らな岩に乗っかった。だがいくら目を凝らしても、階段のある部屋へ続く通路はこれしかない。
「ダメだね。どうしよ……埋め立ての玉なんて貴重なもの持ってないし」
サファイアとミラはその場で先に進む方法を考える一方、エレッタは岩の上を歩き回り使えるものがないか調べてみた。こんなに暑い中で、黙って考えることなどエレッタには出来なくて――
カチリ
――エレッタがぐるぐる岩の上を回り始めた時、何かスイッチを押すような音が聞こえた。
「え?」
その場で考え込んでいたサファイアとミラは、咄嗟に音のした方を向いた。音を聞いて立ち止まっていたエレッタは、そんな二人の視線を浴びて首を傾げる。
「……え? え? え? な、何?」
「エレッタさ、もしかして……何か踏んだ?」
「踏む?」
エレッタが嫌な予感を持ち恐る恐る足を上げると……そこには、注意して見ないと分からないような大きさの出っ張りがあった。言うまでもなくそのスイッチはたった今エレッタに踏まれ、しっかり入っている。
すると。
ボコボコと、マグマの沸騰がより一層激しくなった。
サファイア達が乗っている大岩はポロポロと外側が崩れ、小さな石ころとなってマグマの中に転げ落ち……ジュッと生々しい音を立てて、 ねっとりした赤色の泡の中に消えた。
それを見て、サファイアはゾクッと背筋が凍る。ここは暑いはずなのに、周りの空気が一瞬にして冷えたような錯覚に襲われる。
「早く、逃げっ……!」
危険を感じたサファイア達は慌てて岩から離れようとしたが、時既に遅く。
「うっわ……!?」
「な……!?」
一瞬岩が激しく揺れたかと思うと、ゴウッと音がして……地面が、浮いた。
岩の付近のマグマだけが激しく噴水のように噴き出し、大岩もろとも三人を持ち上げた。サファイア達は真上に弾き飛ばされ、一方の岩は落下を始める。
マグマの海に落ちた大岩は、落下の衝撃とマグマによってあっという間に粉々にされ……ゆっくりと沈んでいく。
サファイア達がそのジャンプの最高点に達したころ、ちょうど岩は跡形もなくなった。
三人の真下に見えるものは、岩を飲み込みまだ足りないとでも言うように沸き立つマグマのみ。
(……!?)
このままでは自分達もマグマの中に落ちる。
でも、だからといって自分達に出来ることもない――
岩に続き落下を始めたサファイア達は、下の光景を見ていられなくて目を固く閉じていた。
だから、最初自分達の身に何が起こったのか、理解することが出来なかった。
気が付いたら、温かい水を勢いよく被っていて。それから水流のようなものに飲み込まれ、横に吹き飛ばされ……
「わぅ!?」
「痛っ!」
「くっ……」
ダンジョンの壁に、思い切り叩き付けられ……ずるずると下へ下がり、床で止まる。
――床?
その平面の冷たさに驚いて、三人は目を開けた。下にあるのは、今三人が転がっているのは……マグマではなく、れっきとした地面の上。
顔を上げて状況を確かめると、目の前に七階へと続く階段が鎮座している。
「……何が……起こったの?」
「確か私達……マグマの噴出に巻き込まれて……」
「何か濡れて、壁に叩きつけられたんだよねぇ」
助かったと感慨に耽ることもなく、暫し沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは、濡れの原因に気付いたらしいミラだった。
「温泉が……湧き出したせい?」
「温泉? こんなダンジョンの中に?」
「存在しないわけじゃない。さっき持ち上げられた時、見えた壁に……」
ミラはそこで言葉を切り、手で壁を指した。
サファイア達がそこを見上げると、まるで種明かしをするかのようにその壁から濁った水がザッと噴き出した。
「あのスイッチ……この仕掛けを作動させるための罠だったのかね?」
正体が分かり、ほっとして緊張を解いたエレッタ。そのエレッタの手を、サファイアとミラががっしり掴んで階段へと引きずっていく。
「ちょっと、こんなところで休んでるヒマなんてないよ! さっさと気持ちを切り替えて、二人を追い掛けよう!」
今のイベントが衝撃的過ぎて忘れかけていたが、本来の目的はここへ入って行った赤いポケモンの情報収集だ。ダンジョンでは、階段を越えたらもう前のフロアには戻れない。
そうしたら、もしかしたら……まだ奥地にいるかもしれない。可能性がまだあるならば、サファイア達は追い掛ける。
〜★〜
火の球新山の奥地には小さな広場と崖があり、その広場を囲むように幾筋ものマグマが規則正しく上から流れ落ちている。
近付いただけでも溶かされてしまいそうな熱さを持つ、その赤い筋から一歩離れ、レイダーは舌打ちをひとつ。
「……小賢しいことを」
その鋭い視線は、崖のあらゆる面に向けられる。
ここまで追ってきたはずのポケモン……エムリットは、絶対にこの奥地のどこかにいる。それは分かるのだが、マグマの熱さに負けて、ろくに捜索が出来ないのだ。
このマグマに誤って触れることは、炎や熱が大の苦手な彼にとっては死を意味するといっても過言ではない。ただでさえこの灼熱地獄の中、何もしなくともがりがりと体力を削られているのだから。
どうしようか、と彼が思考を巡らせようとした、その時。
「……いた! あいつじゃない!?」
ダンジョンから奥地へ続く道から大きく響いた声に、レイダーは何事だと振り返る。
サファイアは、エレッタの声を聞きながら、奥地の広場を見る。
……確かに、赤い。何となく種族は見て取れたものの、確信が持てないサファイアは広場へと急ぐ。
そして広場にたどり着いたサファイア達を、彼の鋭い眼光が出迎える。
「…………」
「……初対面で悪いけど、正直に答えてくれる? ここで、何をしていたの!?」
サファイアはその睨みにも怯まずに、心に炎を宿しながら問い詰める。自分の睨みにも怯まない、刺すような視線を感じて……レイダーは口を開く。
「……なるほどな。ついに……現れたか」
彼は自身の手――赤いハサミを現れた三人に突き付け、宣戦布告にしては静かに告げた。
「いいだろう。このことに気付いて追ってきたその鋭さに、敬意を表そう。確かに俺はエスパータイプのポケモン達を次々と連れ去った……"レイダー"だ。よく覚えておけ」
威圧感に威厳すらも混ぜ込んだ、力強い声で……"ハッサム"のレイダーは目の前に現れた三人を鋭く見下ろした。