M-50 新たな異変
タマンタからの『青いグミを取ってきてください!』という依頼と、お尋ね者を倒して道具を取り返す、という依頼を同時に受け、サファイア達は水鏡の森にやってきた。
やはりあの赤いポケモンの件は気になるけれど、サファイア達が関わる糸口は見当たらない。ならば、探検隊連盟からの指示に従った方が安全と言えば安全だろう。
何せ相手は伝説のエスパータイプ相手に連勝を重ねているお尋ね者。きっと戦闘の達人だ。サファイア達が何も分からないまま、こんな大事に突っ込むことは危険すぎるのだ。
青いグミを見付けるのに、さほど時間はかからなかった。
運が良かったというのも勿論あるだろうが、試験の時と違って敵を一回の先制攻撃で楽に仕留められることが増え、戦闘時間が短くなったのが大きいだろう。
圧倒的な力の差を戦闘で見せつけることができれば、それを見たポケモンは恐れをなして近寄って来なくなる。
邪魔が入らなければ探索も楽になるので非常に楽に依頼の品を探すことも出来るのだ。
このノリでお尋ね者を倒そうと意気込んで階段を上ると、そこには早速探していたお尋ね者のキノココの姿があった。
「……あっ、探検隊……!? こ、こっち来るな! 来るな来るな来るなあぁぁーーー!!」
必死に叫びながらキノココは"キノコの胞子"を振り撒く。この技は、部屋全体に眠くなる胞子を飛び散らせて、敵を眠らせてしまう技だ。探検隊がそれにかかって眠っている間に、階段まで逃げようという魂胆だろう。
が。
それに関しては、サファイア達の方が一枚上手だった。
「!?」
走り出そうとしたキノココの進路を、サファイアが遮る。その周りをエレッタとミラが取り囲み、キノココの逃げ道をしっかりと塞いでいた。
サファイア達には今もたくさんの胞子がバラバラと降りかかっているというのに、眠りこけるどころか眠気でフラフラしたりもしない。
特性が"不眠"にでもなったかのように、ピンピンしているのだった。
「どうして……」
「へへ、"神秘の守り"をかけてもらったんだ。私達の周りに、青い色のバリアが見えない?」
囲まれたままのキノココが探検隊の三人をじっくり見ると、確かにサファイア達は淡青色のオーラを纏っていた。このバリアがある限り、サファイア達は眠りはもちろん麻痺にも毒にもかからない。
三人はお尋ね者のキノココと聞いた時点で、何となく催眠使いなんだろうなとは予想していた。その対策としてカゴの実を食べていても、特性"胞子"によって引き起こされる毒や麻痺は防げない。だからキノココがキノコの胞子をばらまいてくる前に、ミラが神秘の守りを使っていたのだった。
「さて。奪った道具を返してもらうよー! 電光石火!」
特性を恐れずに真っ向からキノココにぶつかっていったサファイア。もともと状態異常にする技のみに頼りきり、探検隊の追跡をかわしていたキノココは、戦闘慣れしていないらしいこともあってか思い切り吹っ飛ばされ、木に当たって早くもノックダウンした。
「さ〜て……あ、あった」
エレッタがキノココの持ち物を調べ、依頼主から盗んでいたらしいチーゴの実を取り返した。
しかし、チーゴの実くらいなら盗られてもその辺のダンジョンで拾えるし、そもそも店に行けば普通に買える。こんな実一つのために報酬まで出して探検隊に奪還を頼む理由が分からない。
「まさか、よっぽど大事にしていたチーゴの実かな? 例えば母からもらった大事な宝物なんです! とか」
「……そんなに大事にしてるんなら、依頼書に長々と書いてくると思うけどね」
普通依頼主というものは、盗まれたものがいかに大事なものであるかを力説して探検隊に頼むのが普通だ。切迫感を出さなければ、探検隊は別の切迫詰まった臭いのする依頼を優先することのほうが多い。
依頼を出したところで、受理されるかどうかは探検隊次第。依頼主の境遇説明や依頼の危険度、それを踏まえた上での報酬が探検隊の心を動かせたらめでたく依頼は受理される。
ただグミが食べたいから危険なダンジョンの深層に行って取って来い、報酬は癒しの種のみだなんて言われたらそれは突っぱねられて当然である。ダンジョンや依頼が増えているこのご時世、ある意味依頼状の文面は、依頼主と探検隊の交渉のようなものなのだ。
それなのに、この依頼主はその盗まれたチーゴの実についてほとんど触れていなかった。そんな依頼を受けたサファイアもサファイアだが、報酬が依頼の難しさと釣り合っていたのとなるべく簡単過ぎず危険過ぎないダンジョンに行きたかったからという理由がちゃんとある。
「さて、依頼は完了したし、そろそろ帰ろっか!」
エレッタがバッジを高く掲げ、緑色の光が三人をフロールタウンまで連れていった。いつものようにギルドで依頼主と会い、依頼された品を渡して報酬を受け取る。サファイア達が逮捕したキノココは、まだ子供ということもあり一応ジバコイル保安官から軽いお説教を受けただけで済んだらしく、自分の住む森へと帰って行ったようだ。
「ふい〜……まだ夕食まで時間があるね……どうしよっか?」
エレッタが伸びをしながら呟いた。夕食の時間は日が暮れてすぐ。まだ時間はそれなりにかかるだろう。
「そうだね、久し振りに資料室とか行ってみない? ちょっと調べたいことがあるから」
「あ、いいよ。ミラも一緒に行く?」
サファイアとエレッタは資料室に行くことを決め、ミラを誘った。が、ミラは何も言わずふるふると首を横に振ると、資料室とは反対方向……エスターズの部屋へ向かう階段をさっさと上って行ってしまった。
「あれ? 珍しいねぇ、本の虫のミラが資料室に行かないなんて。もしかしたら近々槍が飛んでくるじゃない?」
「物騒なこと言わないの。でもさ、最近……ミラちょっとおかしくない?」
不思議そうにミラの様子を見るエレッタの隣で、サファイアは首を捻った。
「おかしい? おかしいって、何が?」
きょとんとサファイアを見つめるエレッタとは視線を合わせず、サファイアは話し出した。
「ミラ、最近元気ないもん……元の性格がアレだから結構分かりにくいけど……」
その優しく心配しているらしい口調は、この前フィルス村騒動で一時的にテンションががくっと下がったエレッタにかけたものと全く同じだ。
「街ではいーーっつもボーッとしてるし、探検中は一言も喋らないし。今日の朝なんて、本逆さまに持ってたんだよ? 普通のミラならそんなこと有り得ない。ミラは全然言ってくれないけど、私達に何か隠してる。そんな気がする……」
サファイアの声は、最後になるにつれだんだん萎んでいく。
サファイアが言っていることは、本当だ。フィルス村から帰り、エレッタが自分の過去を話した次の日から、ミラは急に元気を無くし始めた。まるで、フィルス村へ行く前……いつもの状態に戻りつつあるエレッタに、生気を吸い取られているかのように。
そういえば、エレッタが寝坊したりダンジョンでヘマをやらかしても、ここ数日は冷ややかな目線を向けなくなっている。
「あたし達に何か言いたいことでもあるのかな……何なら本人に聞いてみる?」
エレッタのこの発言に、サファイアは耳をぴくりと動かした。それから、エレッタに確認するかのように真剣な口調で問う。
「……いや、やめとこう。それよりエレッタ、もし……だよ? ミラが何か重要なことを私達に話してくれたら……エレッタは、ちゃんと事実を……ミラを、受け止めてあげられる?」
サファイアの質問にぱちぱちとエレッタの黒い目が瞬いた。それからその言葉が持つ意味を理解したのか、エレッタはこくりと大きく頷く。
「……うん。ミラもサファイアも、本当のことを話したあたしを受け入れてくれたでしょ? だったら、こっちもそれ相応のことはしなくちゃね。お互い様だし」
エレッタは元気よくそう言うと、早く資料室に行こうとサファイアをせき立てた。サファイアもその言葉を聞いてほっと安心し、エレッタの誘いに乗って資料室への階段を下った。
――大丈夫、私達はきっと受け入れてあげられる。
そう強く信じて、疑うこともせずに。
〜★〜
それから、時は三日後の夜に進む。
地底の湖と呼ばれている、厳しい砂漠と流砂の中にある洞窟に道を阻まれる道の先にある、美しい湖。
その湖の地面に、とあるポケモンがトスッと降り立った。
ポケモンは辺りをさっと見回し、生き物の気配を確かめる。周りには、他の生き物の姿も気配もない。
が、そのポケモンは、目を閉じ手を湖の水の中に差し入れ……しばらくそのまま固まっていた。
やがてポケモンはふっと目を開き、荷物から銀の針をすっと取り出し……
「そこだな?」
湖の水面に向かって、一直線に投げた。針は鏡のように滑らかな水面に突き刺さり、小さな波紋を残して水の中に入っていく。
それとほぼ同時に、小さなポケモンがザバッと湖の中から姿を現した。
ユクシーと同じような身体に、赤い宝石とピンク色の頭を持つ。紛れも無く、この湖に住む伝説のエスパータイプのポケモン、エムリットだった。
「……そう……オマエだったの。ユクシー達を次々と連れて行ったのは……」
エムリットは苦々しい口調で、目の前にいるポケモンを睨みつけた。
「……着いてきてもらおう。話をする気はない」
そのポケモンは口を開いたかと思うとすぐ戦闘態勢に入り、いきなりエムリットに突っ込んだ。
「っ! とと……」
すんでのところでその先制攻撃をかわしたエムリットは、つい先ほどまで相手がいた位置にふわりと移動し、額の赤い宝石を輝かせ始めた。
「無駄な抵抗は止めろ。俺は必要以上に傷付けるつもりはない。だが戦うと言うのなら……戦意を失うまで容赦はしない」
再び技を出そうと構えたそのポケモンに向かって、エムリットはにやりと笑った。
「残念、私は戦うつもりはない。ありがとう、律儀に待ってくれて!」
「……何だと?」
エムリットの言葉を警戒してそのポケモンは技を出そうとしたが、エムリットは額の宝石を強く輝かせ、フラッシュに似た眩しい光を放った。
「!」
エムリットに真っ直ぐ突っ込んでいたポケモンは強い光を直接見てしまい、慌てて目を閉じるとくらりと目眩がした。
やがて光を感じないことに気付き、そのポケモンが目を開けると――既にこの場から生命の気配は消えていた。
「チッ……余計な手間を増やしやがって……」
そのポケモンはそう呟くと、来た時と同じように洞窟へ続く道を猛スピードで後戻りし始める。しばらくは一本道が続くため、追い掛けていればすぐに追いつけるはずだ。
絶対に捕まえてやる。
そう固く決意して、そのポケモンは湖の地面を蹴った。