M-47 秘めていた記憶
フロールタウンに緑の霧のような光が出現し、それが一つに凝縮され……その中からサファイア達の姿が現れた。
全員疲れきった表情で、とても今日は別のダンジョンに探検に行くことなど出来そうにない。
が、サファイアは例え疲れていなくても、これから探検に出る気などしなかっただろう。エレッタに聞きたいことが、山ほどあるのだ。悠長に探検などに出てはいられない。
「エレッタ……フィルス村のあれ、一体どういうことだったの?」
「……」
サファイアは心配そうに聞くものの、エレッタは俯いて目を合わせようとしなかった。ミラもその目を覗き込むようなことはせず、ただ二人のやりとりをじっと見ている。
フィルス村で起きたこと……それを、ミラはともかくサファイアはきちんと理解していない。
しかも、エレッタはそれを『あたしのせい』と言い、『あたしがいた時と』という意味深な単語がポンポンと飛び出していた。それを解明しなければ、あんなことになった理由も掴めないし納得もいかない。
「あ、でも……話したくないんだったら、無理に話さなくたっていいんだよ?」
サファイアは慌ててフォローのつもりで言ったが、エレッタは首を振って顔を上げた。
「ううん。いつかバレるとは思っていたし……話すよ。小さい頃の、覚えていること全部」
若干顔を上げたエレッタだったが、やはりその表情は冴えないままだ。こんな話をフロールタウンの入り口で話すのも何だか嫌なような気がして、サファイアは再び探検隊バッジを掲げた。
二度目の光に包まれて降り立った場所は、エスターズに割り当てられたギルドの部屋。
近くの椅子に探検隊バッグをまとめて置き、エレッタは話し始める。
「まずは、何から話せばいいかな……そうだ、サファイアはこれ見たことがあるよね?」
エレッタはバッグの中から、とあるオレンジ色の石を取り出した。中では燃え尽きることの無い火が灯っている、あの石だ。サファイアはちゃんと覚えている。
「これ……私達が霧の湖に行った時、エレッタが見せてくれた物だよね?」
「そうだよ。見せたことがあるのはサファイアだけだけど……ミラなら、これが何か知っているんじゃない?」
話を振られたミラは、そのオレンジ色の石を見て、こくりと頷いた。
「……知ってる。これは、"黒の力"の塊のようなもの。黒の力を宿すポケモンに代々受け継がれている石なの」
「……黒の力を?」
サファイアはオレンジ色の石を再度見たが、やはり前と同じく中で松明(たいまつ)の炎が燃えているだけで、黒の力の塊と言うにはどこか似合わない美しさを持っている。
「……サファイア達には言ってなかったっけ? わたしも、似たような物を持ってる」
「似たようなもの?」
「そう。これ」
ミラも自分のバッグから石を取り出し、サファイアに見せた。こちらは綺麗なマリンブルーの色をしていて、中にキラキラと光る雪の結晶の様なものが入っている。
「こっちの石は、"紫"の魔導士達が持つもの。紫の力を持つわたしがこの石を持ってるってことは――」
ここから先は自分が言うものではないと判断したらしく、ミラはそこで言葉を切る。
代わりに重い口を開いたのは、他でもない、当事者であるエレッタ。
「そう。あたしは……黒の力を受け継ぐ者。サファイアやミラと同じように、神話に出て来る力を操る者なの」
どこか寂しそうに、エレッタはそう言った。
暫しの間、三人のいる部屋が完全に静まり、物音一つ聞こえない状態が続いた。
「黒の、力を? エレッタが?」
「うん。そしてフィルス村は、黒を封じ込め白を助ける習わしをもつ村。だから、私……それに一緒にいた二人までも、一緒に処分しようとしていたんだと思う」
「処分って、もしかして……」
「う〜ん……ま、最終的には殺されるんじゃない?」
「!?」
淡々と話を進めていくエレッタに、サファイアは既にパニック寸前の状態になっていた。
それに対しミラはやっぱり、とでも言いたそうに、軽くため息をついただけ。ミラにはテルル村という前例があるので、サファイアよりも理解は深い。
「……エレッタ、それ、本当の話、なの?」
サファイアは、霧の湖の時と同じように――エレッタに否定して欲しいと願っていた。本当だと言うことは、あのフィルス村のポケモン達の対応を見れば明らかだと、頭のどこかでは分かっている。でも、信じたくないという思いの方が勝っていたのだ。
それなのに。
「本当だよ。だから逃げないようにしっかり閉じ込めておいたつもりだったんだろうね。そういえば、昔テルル村で……言われたでしょ? あたし達は一緒にいてはいけないって。あれはきっと、あたし達がそれぞれ持つ力、それが対立するもの同士だったからじゃないかな……」
サファイアとは目を合わせず、顔色も変えずにエレッタは言葉を紡ぎ出す。
「それなら……どうして、昔あの村に住んでいたの? 黒の力は生まれつき持つもの、封じられない限り消えはしないはず。最初からはねつけられていれば、あれまでは……」
ミラが珍しく話に口を挟んだ。いつもは元気なエレッタがこうだと、パーティ内の空気が萎む。これから先ずっとエレッタがこのままだったら、探検の面白さも色褪せてしまう。
ミラもサファイアと同じように、エレッタのことを心配しているのは確か。それならエレッタから話を聞き出すことは必要不可欠だ。
「……ちょっと、事件があってね。小さい頃に。あたし達、といっても両親にお兄ちゃんだけだけど……昔は、別の山の中腹に住んでいたんだ。けど三年前のある日、突然父と母が口を揃えて逃げろって言って来て……あたしは、訳も分からないまま言われるままにお兄ちゃんと一緒に山を降りた」
「……」
きっとエレッタは、今から大事なことを伝えようとしている。サファイア達は、エレッタが話している間それを聞かなくてはならない。
「……後で見たんだ。 さっきあたしが使ったような、でもちょっと違う黒稲妻が、山の中腹に落ちたのを。それからは何度あの山に行っても、二人を見付けることは出来なかった……死んじゃったんだろうね、多分」
「……!」
エレッタの過去に起こったこと。サファイアはその話に真剣に耳を傾けている。
一方のミラは、エレッタの話した"黒稲妻"にびくりと反応し、エレッタを注視し始めた。ミラがここまで態度を豹変させることは珍しいが、あいにく二人はミラの変化には気付いていない。
「それからお兄ちゃんと居場所を探して……あたし達が辿り着いた時、快く迎えてくれたのが、フィルス村のポケモン達だった」
「え……でも、さっき……」
「最初はあたし達の黒の力も弱かったから、誰にも気付かれなかったんだよ。でも、あたし達が成長して、黒の力を持つと向こうに知られてからは……常に処分の機会を狙われていたんだ」
「狙われていた? すぐに処分されなかったの?」
「バレてすぐに来られたけど、お兄ちゃんが撃退したから平気だったんだ。他に行くところもなかったし、その後も仕方なく静かに生活していたんだ。周りの村人に、迷惑をかけないように。なるべく昼には外に出ないように、夜に新しい居場所はないか常にお兄ちゃんが探しに行っていた。けど……」
そこでエレッタはため息混じりに一旦話を切った。
「ある日の夜に出掛けてから、ずっと帰って来なかったんだ。どれだけ待っても、今でもまだ」
「……それで?」
「自分達では勝てないお兄ちゃんがいなくなったことに気付いたフィルス村のポケモン、特にあのユンゲラーが中心となって……一人になったあたしを処分しに来た。でも、十万ボルトと、お兄ちゃんから教えてもらったあの"毒入り電磁波"で撃退して、すぐにフィルス村を出て遠く離れたこの近くの海岸に移ったんだよ。サファイアと初めて会ったの、海岸だったでしょ?」
まるで全部話したよとでも言いたげに、エレッタは目を開けて顔を上げた。
「そっか……だからフィルス村に行こうって言った時、エレッタは嫌がってたんだ……ごめん、今更だけど」
「別にいいよ。指名の依頼だったら、自分の感情なんてあんまり挟まない方がいいでしょ? それに、あの村がまだ何も変わっていないのは分かったのはある意味収穫だったかも」
「……え? どういうこと……?」
サファイアは、その言葉が分からずエレッタに聞き返す。昔と何ら変わっていないことが分かったのは、果たしてエレッタにどういう影響を与えたのか、想像がつかなかった。
「今まで、ずっと疑問に思ってたんだ。あれが変わる時代が来るのか来ないのか、来た場合の身の振り方も……でも、今回の事件で、あの村なんてそんな程度だって分かった。仲間意識は強いけど、風習は大きな変化はなかなか起こらない。所詮そんなもんだと思えば、こっちとしても割り切れるんだよね」
エレッタは何気なく窓辺に向かい、閉めきっていた部屋に風を入れる。フロールタウンより更に遠くの山から流れて吹き込む風は、サファイアにとっては不思議と澄んでいるような気がした。
「さて! この話はこれにて終了! もうこの話は止めにしよう。結構話すとスッキリしちゃうもんだね」
くるりとサファイア達の方を振り向いて、今度は屈託なく笑うエレッタ。
だが、通常のエレッタのそれに戻るには、あともう少しの時間が要るだろう。
別に、それでも構わない。
エレッタが再びいつもの調子に戻るまで、サファイア達はずっと支えていくつもりでいる。
「そういえば、まだ親方様に手紙の依頼達成の報告してないっけ。あんまり遅くなるのもあれだし、さっさと報告に行っちゃおうよ」
サファイアは思い出したように、声を上げ、部屋のドアを開けた。エレッタがまず外に出て、次にサファイアが出て……ミラが出るのを待つ。
が、ミラはその場に固まったまま、考え事でもしているのかぼーっとつっ立っていた。こちらの行動に気付いた様子は全くない。
「ミラ? 早くこっち来て」
「……え? あ、うん……」
声をかけると、ようやくサファイア達が部屋の外に出ていることに気付いたらしい。一応頷いて廊下に出たものの、少し元気がないのは気のせいだろうか?
「今何か考えてた?」
「……別に。なんでもない」
「ふーん……本当になんでもないならいいけど」
少々何を考えていたか気になるものの、詮索するほどのことでもないだろう。サファイアはそれを軽く流し、親方の部屋へと歩き出した。
〜★〜
サファイア達がフィルス村から帰ってきた、その日の夜のこと。
「いっつも、こんな風に戦いになるのかい?」
霧の湖と呼ばれるその場所で、とある声がする。声は若干の憂いを含んでいた。
「そうだ。いつも、こちらの主張など分かっちゃくれない。お前もこれで分かっただろう? 交渉の余地は全くないことを」
声がもう一つ、先の声に反応して答えた。月明かりが雲に遮られて届かないため湖は暗いはずなのに、二つの声が聞こえるその場所だけは、妙に明るさを保っていた。
「……そうか……『知識の神』ユクシーでさえこんな状態なら、もう無理かもしれないな……あ、"フラッシュ"もう消すよ。見つかったら面倒だ」
「了解」
そこにいる小さいポケモン、ルクスがフラッシュの光を消すと、辺りには再びそこにあるべき暗闇が戻ってきた。ルクスは大きなポケモン、レイダーの上にひょいっと乗り、霧の湖を去る態勢になる。
「あ、ちょっと待って」
今にも駆け出しそうなレイダーに急ストップをかけ、ルクスはレイダーの背から飛び降りた。
「何だ、何かやり残したことでも?」
「ちょっとね。大丈夫、誰かに気付かれた時用の簡単なものさ」
ルクスは身体の周りにエネルギーを寄せ集め、丸い形を作りそれを地面に投げ付けた。そのエネルギーは地面に落ちているものに当たり、パチリと小さな音を立てる。
「これで、よし。行こうか、レイダー」
「ふん……相変わらずだな、ルクス。慎重なところは全く変わっていない」
「お互いな」
改めてルクスはレイダーに飛び乗り、今度はしっかりと捕まった。
「最初から飛ばすからな。落ちるなよ」
「お前こそ、これ以上ユクシーを傷付けるんじゃないぞ。これから先は傷付ける必要は全くないんだからな」
「分かっている」
レイダーは湖の地面を蹴り、言葉通り最初から素早く動き出す。
ここ霧の湖に向かっていた時と同じように、彼らの姿は夜の暗闇に紛れ、どこかへと消えて行った。