M-46 激情の黒稲妻
薄暗い部屋に、頑丈そうな鉄格子。そして、そんな鉄格子に負けないくらいに頑丈そうな灰色の壁。
その中心で、エレッタは外の様子をじっと伺っていた。
エレッタがいるのはサファイアやミラと同じ、フィルス村の端にある牢屋の中。ただしサファイア達がいる場所とは大分離れており、壁もボロ壁でなくかなり新しいものだ。その壁には例の如く技をシャットアウトするバリアが張られている。ついでに、格子の外にはご丁寧にも二人の見張りがついている。
こんな所にエレッタがいる理由は、ただ一つ。真夜中に村長の家に窓から侵入した張本人、ユンゲラーの仕業だ。
エレッタにしてみればこのユンゲラーはその気になれば簡単に捻ることができる相手ではあった。
が、もし戦闘に発展していた場合、眠っていて回避行動がとれないサファイアとミラを確実に巻き込んでいた。
こうなった原因は、おそらく全て自分にある。自分が引き起こした騒ぎに、サファイア達を巻き込みたくはなかった。
それを避けるためにはこうするしかないと決め、結果ユンゲラーのサイコキネシスで運ばれてここにいる。
それでも、エレッタは余裕の表情で、バリアや壁や鉄格子を破壊しようなどと無駄に技をぶつけて体力を浪費したりはしなかった。
――朝日が昇って、しばらくの時間が経っている。
きっと、もうそろそろ来る。その時に、あたしはあたしなりのことをするつもりだから――
やがて、ドカンと何かが爆発したような音が響き、次いでガラガラと瓦礫が崩れるような音が聞こえてきた。
(……来た!)
エレッタは外から見えないようにガッツポーズをする。外ではこの音を聞いて驚いた村人達が何事かと集まってきたようだ。
「爆発か!?」
「ああ、あの牢屋の近くだ! まさかあいつら、あの中から脱出を謀ったな!?」
「しかし、技でもないくせにあんな規模の爆発をどうやって……」
「今はそれどころではない! 追うぞ!」
村人達は、次々と爆発があった方面へと向かっていく。更には、エレッタが何か怪しいことをしないように突っ立っていた見張りの内の一人も、パートナーに見張りを任せて様子を見に行ってしまった。
そうなれば、エレッタはもう勝ったようなものだ。確かこの見張りが、牢屋の鍵を持っているはずだ。
見張りがエレッタから目を離した隙に、エレッタは"メロメロ"でハート型のエネルギー体をいくつか作り出した。それを見張りの周りに漂わせ……エネルギー体は見張りを逃げられないようにがっちりと取り囲んだ。
それに気付いた見張りは必死にエネルギー体から逃れようとしたものの、既に後の祭りである。
「お、お前! こんなことをして後でどうなるか……っ……」
「私の知ったこっちゃないよ。どうせもうすぐあたし達はここから出ていくし」
見張りはメロメロの効果をそこで受け、ふらふらと足元がおぼつかなくなる。やがてメロメロが深く効いてきたのか、見張りは鉄格子の中に手を差し出したかと思うと、持っていたはずの鍵をぽとりと部屋の中に落とす。
「ラッキー。有り難くいただくよ」
まるでそうなることが始めからわかっていたかのように、エレッタは鍵を取り牢屋の扉を開いた。
まんまとそこから脱出したエレッタは、メロメロの効果が解けないうちにそこをダッシュで去っていく。メロメロは異性であれば普通誰にでも聞くが、効果継続時間はそんなに長くない。万が一見張りに見付かれば、また捕まりこそしないが面倒なことになりそうだ。せっかく今回は無傷で脱出出来たのだ、後々の為にも余計な禍根は残さない方が良い。
「それにしてもサファイアとミラ、一体何したんだろ。何とかして脱出するとは思ってたけど、あんなに派手にやっちゃうなんてね」
エレッタはそっと呟くと、やはり出来るだけ誰もいないところを選んで走っていく。見張りにかけられたメロメロが解けた時には、既にそこにエレッタの姿はなかった。
〜★〜
「いたぞ! あいつらだ!」
「まーたー増ーえーたー!? しつこいね、本当に!」
一方、こちらはさっきから村内逃走劇を繰り広げているサファイアとミラ。
やはり爆発は村の住人達の気を引いたようで、さっきから続々と追っ手は増え続けている。サファイアとミラは、なぜ自分達が追われているのか、そもそもエレッタはどこにいるのかさっぱり分かっていない。
ただ、ミラ曰く『さっきの爆発に便乗して、エレッタはこっちに近付いているはず』らしい。
確かにエレッタは一見抜けているようで考える時は考えている。あちらがどのような状況下にあるかは知らないが、不本意に別行動している状態ならばエレッタは絶対に合流しようとしてくるはず。ついでに言えば、エレッタは閉じ込められようものなら蹴破ってでも飛び出す性格だ。
とりあえずまた増えた追っ手の足止めをするべく、ミラは爆裂の種(通常バージョン)をすぐ後ろに投げて爆発させ、追っ手達の足を止める。それでも大して差がつかない場合、今度はサファイアの目覚めるパワーが飛ぶ。
サファイア達とて村人達を叩きのめす意思などないが、理由も分からないまま追われているのだからこのくらい勘弁してもらいたい。
別にサファイア達は、あてもなく逃げ回っている訳ではない。ちゃんとエレッタと合流出来そうな場所へと向かっている。
そこは――村の外だ。
合流したらすぐにこんなところから出たいものだが、バッジの一瞬でギルドに帰ることが出来る機能はどこかの街の中にいると使えない。どのみち帰るためには外へ出なくてはならないし、エレッタもそのことを知っている。
ならば、行き違いにならないようにするためには、こうするのが一番良いだろう。
〜★〜
エレッタは村の外へ続く門の所まで走り、このまま走り抜けようとスピードを上げ……突然、急ブレーキをかけた。
後ろから、名前を呼ばれた気がしたからだ。
その聞き覚えのある声に思わず振り向き、姿を認め……それは一瞬だけ、エレッタの緊張の糸を緩ませた。
「サファイア! ミラ!」
「エレッタ! よかった、やっぱりここに向かっていたんだね!」
エレッタ、サファイア、ミラは出口で合流し、お互いに怪我がないことを確かめて安堵の溜息をつく。だが、そんな再会を素直に喜び合えるほど、時の流れは甘くはないらしい。
「……ふ、よくこんな所まで逃げて来れたものだ」
「うぇ!?」
サファイアとミラは突然聞こえた声に再び緊張を張り巡らし、エレッタは軽く舌打ちしながら声のした方を見た。
そこにいたのは、既に戦闘態勢に入ったユンゲラーと、何かあればいつでもユンゲラーの助太刀に入れそうな村人達。揃いも揃って、三人をジロリと睨みつけていた。
「……私達に何の用があるの? いきなり牢屋に入れておいて!」
「決まっているじゃないか。お前達の"処分"だ」
「……は?」
ユンゲラーは曲がったスプーンを持ち、感情の抑揚を出さずに話す。
「この聖なる村は、黒の眷属が入ることを良しとしない。例えそれが未認知だったとしても、この村に入った黒の魔導士はその仲間もろとも処分する。この村の掟だ」
ユンゲラーは、まるで当然のことのようにあっさりと言い切った。
「処分? ……それに、黒の魔導士って……?」
「方法はご想像にお任せする。それよりも、お前達は聞いていないのか? 仲間であるピチュー……いや、エレッタが何者であるか」
ユンゲラーがスプーンでエレッタを指し、サファイアとミラはそれにつられてエレッタを見る。そのエレッタはというと、さっきから微動だにせず、ただユンゲラーを睨みつけているだけ。その目から読み取れるのは、容赦のない憎しみ、ただ一つ。
「まあ、これ以上は話しても無駄だろうな。改めてこの場で今回の決着をつけてやるか……特にエレッタ、お前とはな」
そう言うが早いか突然ユンゲラーはシャドーボールを作り出し、サファイア達に飛ばした。今までダンジョンで得てきた勘を行使しギリギリで三人がかわしたシャドーボールは、地面にぶつかり大きな陥没をもたらした。
「……ええい、もういいや! エレッタ、ミラ、あのユンゲラーをどうにかしなくちゃ!」
サファイアは電光石火を繰り出す態勢に移り、ミラはマジカルリーフを宙に浮かばせた。次の技が来る前にユンゲラーに攻撃しようとしたサファイア達だったが、それを手で制止した者がいた。
「……エレッタ……?」
エレッタはサファイアの前に出ると、手でユンゲラーへの進路を遮った。既にエレッタの電気袋からは、微量の電気が溢れてパチパチと火花を立てている。
「サファイアもミラも、じっとしてて。あいつは、あたしが倒す。三年前と、同じように」
普段のエレッタからは考えられないような鋭い声に、サファイアは思わず技の構えを解いた。ユンゲラーもさすがにエレッタの纏う暗い雰囲気を警戒しているのか、サイコキネシスをかけるもエレッタの十万ボルトに阻まれた。
「この村は……あたしがいた時と、何にも変わっていない。……あの時と同じ行動を取るって言うのなら……いや、友達も一緒に傷付けるつもりなら、今度はこっちも容赦しないよ!」
エレッタは、自身の電気袋に溜め込んだ電気を、一気に空に打ち上げた。
途端、青い空からの光が弱まって辺りが若干暗くなり、同時に現れた雷雲に覆われた空には紫色の稲妻が何本か走る。
そして……
「これで……終わりだぁぁ! "トロフィバースト"!!」
エレッタが技らしきものの名前を読み上げ、振り上げていた手を地に振り下ろした、その瞬間……
雷鳴が暗くなった空に鳴り響き、濃紫に染まった雷がユンゲラーを含む村人達の周りに続けざまに落ちた。
「う……何だこれ……ぐわあぁ!」
すぐにサイコキネシスで雷の軌道を変えようとしたユンゲラーだが、雷の威力の高さから思い通りにはいかず異質の太い雷が直撃し、火花を散らしながら崩れるように倒れていった。
周りを囲んでいた村人達には、ユンゲラー程ではないものの他に落ちた雷の余波を受け、そのダメージと痺れに苦しみ始める。
その様子を呆然と見ていたサファイアだったが、はっと我に返って言った。
「そうだ! ここから出なくちゃ! ……エレッタ、行こう! 早く!」
今の濃紫の電撃の反動が来ているのか、肩で息をしているエレッタを急かし、サファイア達は村から出て――探検隊バッジを掲げた。
そのバッジから出る優しい緑の光は三人を包み込むと……いつものように、四つの方向に霧散するように、中の三人の姿と共に消えた。
「……諦めるものか……いつか、必ず……エレッタ――」
そう零れ落ちた誰のものとも分からない呪詛の言葉は村の喧騒に飲み込まれ、誰一人としてその耳に捕らえたものはいなかった――